アニカ曰く、聖女の数は決まっていた。
DLCで追加された聖女は七人。
この世界の聖女は八人。
新たに追加された聖女は【聖撃】の聖女。
それはつまり、マリアンヌのことだ。
(──そうだ。君は最初から、そうなる運命だった……)
ヴァシリとアニカ、そしてアリシアはこの世界が定められた運命の通りに進んできたことを知っている。ヴァシリが積極的に介入していない場所は忠実に再現されているのだ。遠い蝶の羽ばたきは届かない。ヴァシリは神ではない。この世の全てを変えることなどできない。
「……なあ、おい……。どうなんだよ…………?」
フレデリカが、くしゃくしゃになった顔で呟く。
答えられない。
ヴァシリの持つ答えは無慈悲なものだ。
そうだとしか答えられない。
もしもヴァシリがアニカから齎された話を知らなければ、わからないといえたかもしれない。聖女の数が定められていると知らなければよかったのかもしれない。
「…………そうだ。君の人生がそうなることは、確定していたことだ。七人の聖女。君たちが現れることは、運命で定められていた」
「……………………」
沈黙が下りる。
フレデリカは何かを堪えるように身体を震わせている。
ヴァシリは何も言えない。
言うべきではないと思った。
自分にも覚えがある。
死ぬしかない運命を避けられないと理解した時の絶望。〈聖剣〉を見つけて【勇者】を見つけて、適合したあの瞬間。
絶望した。
もう避けられないと理解した。
それでもやっとたどり着いた。
あと数年でやって来る死を避けるための準備をようやく始められる。
ひどいストレスだった。
食事を作るが、食べられない。
フィンとアリアに食べさせても、残った分を自分に詰め込むことすら出来ない。眠れない。アリアの精神が塞ぎ込んだ時は、吐き気で一日中苦しんでいた。
フレデリカにとっては既に過ぎたことだが、自分が必死になって生き延びたことを『運命だった』と言われて、受け入れられるわけもない。
「っ、は、ははっ、なんだよっ、それじゃあ、私はなるべくしてこうなったのかよ……。犯されて、惨めな思いして、やっと這い上がったのも全部、誰かが決めたことだってのか…………?」
そうだ──とは、言いたくない。
だが、きっとそれが真実だ。
ヴァシリは目を伏せた。
それは何よりも明確な答えで、フレデリカは乾いた笑いを浮かべた。
「んだよ、そりゃ…………」
項垂れる。
力なく俯くその姿は悲痛だった。
(…………私が強いから、必死になったから、こうなったわけじゃねえって? ふざけんな。そんなわけねえだろ)
だが、否定する気力がわかない。
ヴァシリ・ヴァルバロッサがそんな嘘を吐く理由がない。
嘘だとして、自分を揶揄っているくらいのものだ。
そんなことをする理由がない。
(…………くそったれ。こんな……ンなのは…………?)
ふと、思った。
仮にヴァシリの言っていることが真実だとして、それがどう今の問題に関係するのか。もしそうだったとして、なぜフィン・デビュラがマリアンヌとそんなことをするに至る?
「……なぁ、ヴァシリ」
初めてフレデリカが名前を呼んだ。
「預言とやらが存在するのも、お前がその為に生きてきたのも、私の人生が運命で定められてたってのも理解した。だけどよ、おかしくねえか?」
「おかしい? 何がだい?」
「結果的にフィン・デビュラの人生を歪めちまった。まあ、あんたの言った事が事実だとすると理解はできる。だが、それがどうしてフィン・デビュラがマゾになって【聖撃】に変態行為させる理由になるんだ?」
フレデリカは心の底から理解できなかった。
ヴァシリ・ヴァルバロッサの言葉を真実だとしたところで、フィン・デビュラが変態であり、そういった行為を仲間にさせているのは事実だ。その事実が仕方ないんだと言えるようになる理由がわからない。
「お前が置いていったせいで歪んだって言うなら、そりゃあいなくなってからの環境が悪さしてんだろ。実は【聖撃】がとんでもねえ変態でフィン・デビュラを調教しちまった可能性だってあるぞ」
王都で軽く調査をしたが、【払暁】のメンバーは最初から今まで一度も変わっていない。
フィンが王都にきてからすぐに組んだと言うのもギルドの情報提供でわかっている。
「なんか……違くねえか?」
「…………(す、鋭いな……)」
ヴァシリはあえて言っていなかったが、フィンはアリアに轢かれてマゾになった。
つまり最初からマゾだった。
ただしこれを言ってしまうと『マゾだから厳しい修行にも耐えて置いていかれて王都に来て厳し環境でも喜んでやってられたんじゃねえか』と勘違いされかねない。
マリアンヌとアリアに説明した時のことを反省し濁しながら説明するつもりだったヴァシリは、勘の鋭いフレデリカに冷や汗をかく。
(いうべきか、言わないべきか……ううん、勘違いして欲しくないんだけどなぁ)
フィンはマゾでおかしい所があるが、それは決して彼のすべてではない。
そうだとわかっている人間ですらマゾだから、変態だから頑張ってこれたのかと思ってしまうほどだ。何も知らない人間からすれば『マゾだから頑張って来た生粋の変態』だと思われかねない。
「え、えーと……それはまあ、フレデリカくんも想像してる通り、フィンは結構【払暁】で厳しい目にあって来たみたいでね。例えばカルラくんがフィンを斬ったり、アストレアくんがフィンに才能ないから帰れとか言ったり……」
「……じゃあやっぱりアイツらのせいじゃね?」
「…………」
反論できなかった。
美少女と美女と美人エルフ。
美少女以外の二人に厳しい目で見られ続け斬られたり風を当てられたりと散々な目に遭ってマゾに覚醒してしまったとする方がしっくりくる。
あながち間違いでもないのが、否定しにくい。
「もしそうだとしたら、息子みてえな弟子を好き放題された側だろ」
「…………」
息子みたいな弟子。
その認識がまたヴァシリの心を抉る。
確かにそうなんだけどね。
そうなんだけれども。
その息子みたいな弟子を身体を重ねてしまっているんだよ。
フレデリカの純粋な言葉が傷つける。
「…………悪い。話の腰を折ったな」
そんなヴァシリの様子を察したのか、フレデリカがため息交じりに謝罪する。
「まだ言ってねえことがあんだろ? 今のは前提みてえなもんだ。動揺した」
「……そう言ってもらえると助かる。まだ続きがあるんだ」
フーッと息を吐いて、ヴァシリはゆっくり話を再開する。
「フィンは立派な子だけど、その実、心の中では自分が才能がない人間だと思っている。アリアを見て育ち、王都ではカルラくんやアストレアくん、マリアンヌくんと一緒に居たわけだからね。周りの人間が派手な功績を残す一方で、盾役として地道に貢献した。……いやまあ、全然地道ではないんだけど。誰もあの子を評価しなかった。自己評価が著しく低いまま成長したある日のことだ」
一度止めた。
ここから先の話を本当にするのか。
しないわけにはいかない。
なぜならばこれこそがフィンの全てでもあるのから。
本来ならば、ヴァシリが死ぬはずだった魔王軍の尖兵の登場。
ヴァシリの身代わりになり地獄のような責め苦を受けた後に、邪神に魅入られてしまったこと。
話さねばならない。
本気で仲間に引き入れるのなら、隠すことは出来なかった。
「……あれは、今から四年前のことだ」
ヴァシリが口を開いた。