「はああぁぁあぁぁ……なんだよそりゃあ。なら最初からそう言えよ。なんでわざわざこんな遠回りして説明したんだよ。めちゃくちゃビビったわ、クソったれ!」
頭をガシガシかきむしってフレデリカが腰を下ろす。
床に胡坐をかいて座り込んだ彼女に、ヴァシリは申し訳なさそうな顔で言う。
「だ、だって……フィンが最初からマゾだったって言ったら、フィンがただの変態になってしまうじゃないか」
「どう考えても変態だろうが! あんたの激しい修行とやらも、王都で女三人に囲まれてネチネチやられて耐えられたのも、マゾだからだろ!」
「ぐう…………」
ヴァシリは唸った。
反論のしようがないのだ。
「い、いやでも、本当にフィンは頑張ったんだ。マゾだからって何もかもが嬉しいわけじゃないし楽しいわけじゃなく、あの子は辛くて、それでも前を向けただけなんだ。苦痛に苛まれてこの世界を憎み、その憎悪があまりにも激しすぎて、邪神に魅入られた。マリアンヌくんの力は全てフィンの憎悪を糧に邪神が産み出した力なんだ」
「…………だから……そういうのを先に言えって……!!」
「ええい、言えるかこんなこと……!! マゾだけど本当は努力家で精神的にも追い詰められていて自分のことを絶対に評価できないが、邪神に憑りつかれてどれだけ肉体が傷付いてもマゾだから喜ぶ男の子だって、言えるか!? 言えるわけないだろ!」
ヴァシリ、迫真の逆ギレ。
どれだけ手を尽くして説明してもどうしようもないという現実が彼女の心をかき乱す。先にマゾを説明してもダメ、先にフィンの苦痛を説明してもダメ、先に前提条件を説明して一つずつ説明してもダメ。
「どうすりゃいいんだ……」
「私に言うなよ…………」
お互いに項垂れる。
しかしそこは流石ヴァシリ、伊達に何度も精神攻撃を受けていない。
フレデリカと違い自分がやらなければならないことを理解しているため、早めに復帰した。
「とにかく、フィンは確かにマゾだったけどそれだけの子じゃないんだ。マゾだったかもしれないけど、アリアを大事に想っていたし、私達と差が激しかったことをずっと引きずっていた。それを表に出さないで、私達に相応しい人間であろうとずっと努力してくれていたんだ」
「……いまいち信用できねえんだけど」
「信用してくれ。頼むから」
「…………まァ、フィン・デビュラ自体は悪い奴じゃねえってのはわかる。でもお尻○めだろ? 最初からマゾだったとしても変態だろ」
「…………まあ、そういう見方もあるね」
「そういう見方じゃなくて現実な?」
冷静に冷めたお茶を飲んだ。
「そんで……邪神ってのは? フィン・デビュラのマゾより優先度低いんだろ?」
「え、あ、ああ……まあ、彼女が居なければフィンは死んでいたからね。文句は言えないさ」
「でも魔王軍の尖兵とやらを使徒にしてたっつってたよな。死んだ原因じゃね?」
「それはそうだけど、邪神……ルルクス様にも色々あるんだ」
「へぇ。あんたが弟子の死を許容出来ちまうような事情か」
フレデリカは鋭く躊躇わずヴァシリの痛い所を突いていく。
「……うん。エスペランサの真実ってものを思い知らされたよ」
「…………ロクでもねえ神だろ?」
「っ……」
ヴァシリが目を見開く。
「ハッ。そんくらいわかってるさ。こんなクソッタレな世界の神がまともなわけねえ」
這い上がって聖女になったフレデリカだからこそ堂々と言える。
この世界はくそったれだ。
救いなどどこにもなく、弱者を強者が蹂躙していたぶり搾取する。
強さだけがこの世界で人生を保証するモノだ。
それこそが真理だと辿り着いた彼女にとって、神など頼る存在ではない。
「私が邪教狩りを積極的にしてたのは、大体頭のおかしい連中がバカみてえなことをしてるからだ。女子供攫って洗脳して好き放題やって、挙句の果てには生贄に捧げるとか言って殺すんだぞ。あんなの放っておけねえだろ」
聖女という肩書も彼女が欲しがったというより、いつのまにか付与されていたというのが正しい。
「だから別に、女神サマが極悪非道のクソ野郎だったとしても驚かねえ。もしまともな奴なら苦しむ人間に手を差し伸べることくらいするだろうよ」
吐き捨てるように呟く。
誰にも救われなかった。
誰にも助けてもらえなかった。
手を差し伸べて来る相手は全員外道の変態だった。
それでも歯を食いしばって這いつくばってきたのだ。
「あんたがその邪神とやらをどうこうするつもりがねえなら、私は何も言わない。見たこともねえ女神と話だけで聞いた邪神より、こうやって顔を突き合わせて話したヴァシリの方が信用できる」
ニヤリと笑う。
畏れはある。
今この瞬間、邪神が聞いているかもしれない。
いや、それどころか、今いるこの場所が邪神の胎の中かもしれない。
またあの日々が来るのか?
あれより苦しむことになるのか?
嫌だ。
恐ろしい。
逃げ出したい。
かつての忌まわしい記憶が蘇ってくる。
それでもフレデリカは、逃げることを選ばなかった。
なぜなら、それが彼女の生きて来た道だから。
例え運命で定められていようが、自分は自分。
フレデリカ・ブラッドフォージが運命通りの道を辿れたのは自分が諦めず折れなかったからだ。だから、ここで屈することはしない。
「それで? 結論はフィン・デビュラは元々マゾだけどしっかり男として芯の通った奴で、でもそれは表面上取り繕ってたもので、中身はボロボロで性癖までヴァシリの所為で歪んじまった男って認識でいいのか?」
「…………私が言うのもなんだが、よくそこに着地できたね」
「仕方ねえだろ。私だって否定してえよ。でも、フィン・デビュラが私に釣られなかったのは事実だしな。話して不愉快な奴でも無かった。わざとらしく胸見せてやったが全く見なかったからな。どんだけ紳士ぶってても見ちまうものを、興味なんてないと言わんばかりに流しやがった。ちょっとショックだったくらいだ」
ぶっきらぼうに言う。
「これで本当に合ってるんだな?」
「……さらに言えば、邪神は女神と半分になってる感じで、フィンの悪感情が溢れ出しそうになったら記憶ごとそれを養分にしているね。だからフィンが紳士的に振舞えてるんだ」
「邪神じゃねえか…………」
(まだ何かあるのかよ……)
もう疲れた顔で聞いているフレデリカに、ヴァシリは注釈という名の追撃をする。
「フィンは苦痛を快楽に受け取るけど、それは決して存在してない訳じゃない。実はアリシアは他人の感情がわかるんだが、フィンは憎悪と快楽が常に渦巻いている様な状態らしい。普通じゃないだろう? それでもあの子は紳士的に振舞うんだ。ずっとそんな状態だったのに、私はあの子に何もしてあげられなかった。これがどれだけ……」
「あー! ああ! もういい! もういいわかった! 感情がわかる? なんだそりゃ? は? おい。どんだけ隠し事あんだよお前ら!」
言葉を遮って、ヤケクソになったフレデリカが立ち上がって宣言。
「もう直接聞きに行くぞ! 直接私が納得するまでデビュラと話す! それならもうこんなぐちゃぐちゃにならねえだろ!?」
「え、いや、しかし…………」
「あのなぁ! もうこっちは訳わかんねえんだよ! 邪神? 運命? 実は女神がクソで? アリシア・ラ・アエラスが感情を読めて? フィン・デビュラの中身がぶっ壊れてて? どうしてここまでいろんな隠し事があって一番厄介なのがマゾなんだよ!」
「だ、だって、そこが大事だし……」
「知らん! 私が判断する!」
武器を置いたまま、フレデリカは肩で風を切り扉へ向かっていく。
扉を開き、外に半身出てから、ヴァシリのことを見た。
「……おい」
「な、なんだい?」
「言っちゃいけねえことはあるか?」
「……罵倒全般、かな……」
「…………」
フレデリカは無言で扉の外に出ていく。
それを見届けて、話を聞いていた筈のアリシアからも何のコンタクトもなく、ヴァシリは天井を見上げた。
「どうすりゃいいんだ…………」