ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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25 【勇者】アリアンロッド・モーナ⑤

 アリアは強い。

 間違いなく、フィンの何倍も強い。

 ヴァシリを百だとすればアリアは九十はあり、フィンは四十くらいだ。とてもではないが、肩を並べるなんてことを言えたものではない。

 

 だが現時点でフィンがアリアよりも圧倒的に優れている部分があった。

 

 それは────精神力だ。

 

 アリアはまだ少女の心が抜けていない。

 力と技術は磨き上げられ既に超越者の領域に足を踏み入れていても、彼女にはその力を使って命を奪うことへの覚悟が一切出来ていない。

 

 傷つけるのも、傷つけられるのも、まだ難しい。

 

 だがフィンは。

 フィン・デビュラは違った。

 撥ね飛ばし殺されかけたのにも関わらず気にせず仲良くしようと発言し。

 毎日手足を折られ、折られた箇所を執拗に狙う組手に耐え抜いて。

 血反吐を撒き散らしながら、それでもずっとずっと身体を鍛えて来た。

 

 今更、命の奪い合いに動じることなどない。

 

『────キイイィィィイイ!!!』

 

 甲高い叫びと共にモンスターが両鎌を振るう。

 蟷螂のような見た目でありながらフィンよりも大きな体躯を持つそれは、腕から刃のようなものを幾重も射出する。

 

 アリアの目にもハッキリと見えたそれは速い。

 だが、彼女が十全ならば問題なく避けられたはずだ。ヴァシリとの鍛錬で放たれる攻撃はこれよりも鋭いのだから問題ない──だと言うのに、アリアは避けられない。

 

(あ────よけ、なきゃ)

 

 迫る刃。

 動かない脚。

 さっきまでフィンと交わしていた会話から切り替えられない。そんな訓練も練習もまだしていないのだから、当然と言えば当然だった。

 

 アリアの精神性が〈普通〉なのはヴァシリも知っている。

 ゆえに、急ぐことなく、成長してからゆっくり馴染ませていけばいいと思った。物心つく前からナイフを握って生きてきた子供でも無いのだから、慌てる必要はないと。

 

 だが、動かない。

 アリアの心は、緊急事態にどうすればいいか、戸惑っている。

 ここに彼女しか居なければ、なすすべもなく傷を負っていただろう。死ぬことはなくても、痛みで正気を失い追い詰められる可能性もあった。

 

 向けられた風の刃。

 それら全てを、目の前に立つフィンが身体で止める。

 

 ──ビチャッ……!!

 

 音もなく切り裂かれた身体から血が溢れる。

 

 それを見たアリアは一瞬悲鳴を挙げそうになって、堪えた。

 

 ヴァシリと違って敵はモンスター。

 初めて彼女が体感する殺意のこもった攻撃。フィンだって、実際に殺し合いをするのは初めてだ。

 

 だが、動じない。

 

『……こんなもんか』

 

 一言呟いてから前に一歩踏み出す。

 モンスターは刃を撃つ対象をフィンに絞り、鎌を振るう。

 

 ──ヒュゴッ!!

 

 放たれた風の刃が同じようにフィンへと当たり、血が噴き出る。

 

 ビチャチャッ! と嫌な水音が響く。

 

 それでもフィンは一切気にせず足を前に進める。

 

 一歩、二歩、三歩四歩。

 風の刃を防ぐこともせず、全身から血を流しながらフィンは進む。モンスターも何か異常を感じたのか、がむしゃらに腕を振るうが、それら全てが、肉を裂いて流血させるに止まる。

 

 そして、フィンが目の前に迫って来た時。

 

『キ……キイイイイイッッ!!』

 

 モンスターが振るった鎌。

 目と鼻の先で行われたそれはまともに当たれば頭をかち割る一撃となったが、フィンはそれを僅かに身を逸らす事で回避。

 

 頬を鎌が掠りこれまでで一番深い傷が刻まれたが、勢いよく振り翳した所為で鎌が地面に突き刺さって抜けなくなっていた。

 

『じゃあな』

 

 そう言って、フィンはモンスターの首を掴み、地面に叩きつける。

 

 ミシッ!!

 ゴッ!!

 ドゴッ、ゴシャッ、ゴッ、ゴッ!!

 

 何度も執拗に叩きつけ、踏みつけ、モンスターはやがてピクピクと痙攣し動かなくなった。

 

 その凄惨な光景を作り出した張本人は、息を荒げることもなく、頭に呻くこともなく、口を開いた。

 

『…………なあ、アリア』

『っ、な、なに?』

『俺、弱いだろ』

 

 血だらけのまま振り返ったフィン。

 問われたアリアは、まだ混乱した頭でどう答えればいいか考えるも、良い答えが思い浮かばなかった。

 

『こんな奴、師匠とアリアなら一発だ。こんな風に、みっともない見た目になることだってない。一撃も喰らわないで倒せるのに、俺は、こんなに傷を負って、こんなに時間をかけないと倒せないんだ』

 

 ──そんなことない。

 

 そう言うだけなのに、アリアは何も言えない。

 

 なぜなら、その通りだから。

 

『俺は弱いんだ。出来ることは、近付いて殴るだけ。それだって師匠にも、アリアにだって勝てやしない』

 

 だから──その先の言葉を、アリアは聞きたくなかった。

 

『今は一緒にいけないよ、アリア』

 

 寂しそうな表情でそう呟いたフィン。

 アリアはそれを見て、俯いて、嗚咽を溢す事しか出来なかった。

 

 

 

 モンスターによる襲撃は村全体に及んでいたらしいが、他地域に関してはヴァシリがあっという間に片付けた為に大事にはならなかった。

 

 なんなら、一番怪我してたのはフィンだった。

 

 大慌てで駆け付けたヴァシリが絶叫しながら治癒する姿は二人とも見たことがなかったため思わず顔を見合わせ笑ってしまったが、問題は何も解決していない。

 

 寧ろ悪化した。

 理由は、旅立つ予定が早まってすぐに出ていくことになったからだ。

 

『私の持つ〈知識〉と照らし合わせると、このタイミングで旅に出ないとまずいっぽいんだ。だからごめん二人とも、明日には出てくよ』

『……???????』

『……わかった』

 

 アリアは現実を受け入れられず意識を飛ばし、フィンは渋々頷いた。

 

 荷物を纏めることもせずベッドで呆然とする自分の代わりに荷造りを進めるフィンを見ながら、アリアは思った。

 

 もう、一切の猶予は残されてないんだと。

 これから先、両親はおろか、フィンとは一緒に居られないんだと。

 

 村を出て旅をするってことは、各国を巡るということで、王都に向かうフィンに会うことは出来なくなる。

 

 ヴァシリの〈知識〉に従い移動する限り、その機会を得ることは出来ないだろう。

 

(──……どうしよう。え、いや、本当にどうすれば……)

 

 アリアから見て、フィンは真っ当に良い男だ。

 一緒に暮らして不満点はあれどもうとっくに飲み込んだ。

 それに幼馴染の為にあれほどの苦労をしてくれる男なのだから、好きにならない訳がない。

 

(こ、これが他の女の子に向けられたら……めっちゃモテちゃうんじゃ……)

 

 なんなら昨日、何も出来ない自分を助けてくれたのだ。

 傷だらけになって、痛い思いをして守ってくれた。

 アリアやヴァシリ基準だと確かにフィンは力が及ばないが、普通の女性からすれば頼れ過ぎるくらいには強い。

 

 アリアにはまだ普通の感性が残っているので、その事実を理解できた。

 

 一緒に行けない。

 それはもう仕方のないことだとも思う。

 アリアの我儘で連れて行ったとしても、きっと幸せな事にはならないのだ。

 

 だがこのまま別れるのはどうなのか。

 

 ほわわわんと頭の中で考えたのは未来のこと。

 

(私が師匠と一緒に勇者になって……数年経ってフィンを探して王都に行ったらもう、知らない女の子と結婚とかしてたら……!!)

 

『ああ……あばばばっ!』

『!?』

 

 思い浮かべた最悪の想像に呻いたアリア。

 驚き振り返ったフィンが首を傾げて荷造りに戻った事にも気が付かず、アリアは更に思考する。

 

(あれっ。ていうか師匠、将来私がどうなるとか何も言ってないよね。なんか幸せになる道はあるって言うけど具体的なこと言ってないよね? フィンと私はどうなるの? え、あ、うそうそうそっ! このまま行ったら私、フィンと結婚できないの?)

 

『……アリア』

『はいっ!』

『元気が良くなったならいいけど……はい。荷造り出来たぞ』

『あ、ありがとう』

 

 当たり前のように下着まで含む衣服の荷造りをされているのだが、アリアは気が付いてなかった。

 

『……師匠も、急だよな』

『うん……』

『でもまあ、アリアなら大丈夫だ。【勇者】にだってなれる』

『そう、かな……結局、フィンに助けてもらってばっかりだし』

 

 荷物を置いてベッドに転がる。

 もう、なりたくないとは言わない。

 ただ、ずっとずっと、フィンには助けられてばかりだった。

 

 あの日からずっとそうだ。

 フィンを撥ねた日からずっと。

 なんの恩も返せないまま、旅立ちの日になってしまった。

 一体これからどうすればいいんだろう。

 どうすれば、フィンにまた会えるかな。

 

 アリアはそればかり考えていた。

 

『俺が助けになってたか?』

『うん。助けられてばっかりだよ』

『……そうか。なら、良かった』

『……え?』

 

 思わず、フィンを見る。

 

 フィンは優しい目でアリアを見て、微笑んでいた。

 

『俺は、お前を少しでも助けられてたんだな』

 

 ふと思い出す、あの日の言葉。

 

 特別になんてなりたくないと泣いたアリアにフィンが言った、短いけど、何よりも嬉しかった言葉だ。

 

 ────アリアだけだとたいへんだろ。おれもなってやるよ

 

(……そっか。フィンは、ずっと私のことを、助けてくれてたんだよね)

 

『……そうだよ。ずっとずっと、フィンのおかげだったんだから』

 

 フィンは一緒にはいけないかもしれない。

 フィンは今、アリアよりも弱いかもしれない。

 

 でも、それがどうした?

 フィンはこれまで、アリアのことをずっと助けて来たのだ。

 やがて【勇者】という特別な存在になって、世界を救う運命が待ち構えている、少女のことを。

 

(ああ────やっぱり私、フィンのことが……)

 

 好き。

 フィン・デビュラのことが好き。

 

 胸の高鳴りも、苦しさも、思わず目で追ってしまうこの仕草も、全て恋だ。

 

 だから。

 いつまでも甘えるわけにはいかない。

 

『……ありがとね、フィン。私、ずっとフィンのこと、忘れないから。フィンも、私のこと忘れないでね?』

『ああ、忘れない。お前が勇者になっても、俺にとってはアリアのままだ』

『うん。……うんっ、うん!』

 

 それは、彼女にとっては何よりも嬉しい〈特別〉だ。

 

 アリアンロッド・モーナは、恋をしている。

 

 どれだけ強くなっても、どれだけ偉くなっても、どれだけ時が経っても──フィン・デビュラの前では、ただの女の子でいられるから。

 

 だから、彼女は旅立った。

 いつかきっと、自分を〈女の子〉として見てくれる幼馴染に再会するために。

 

 

 

 

 

「はい、あーん」

「あーん……」

「んふふ、おいしい?」

「うまい」

 

 美少女巨乳幼馴染勇者のあーんで食べるスイーツは最高だな!

 

 ニコニコ笑顔が眩しいぜ。

 ドマゾ趣味もいいが、やっぱりこういう日常的な幸せを噛み締めるのも素晴らしい。つくづく俺がまともでよかった。

 

 しかしまあ、アリアは変わんないな。

【勇者】になってすっかり俺のことを忘れてるかと思ったが、全然そんなこともなく。あの頃のままだ。

 

 最高の日々だった……

 師匠にボコボコにされ、アリアにあっという間に追い抜かれる。それだけ鍛えた体をもってしても、モンスターを倒すのに身体はズタボロになる。常にアリアとの才能差に打ちのめされてぐるぐるする思考に俺の頭はいっぱいいっぱいで、それが気持ち良かった。

 

 無力感に苛まれながら、それでも気持ち良くなりたいからずっとやり続けた。

 

 アリアと師匠の旅についてくのも悩んだんだよなぁ。

 君は絶対死ぬから許可しないって師匠が断固として拒否してたけど、二人の前で死ねるならそれはそれでいいかとも思ってた。両親以外で初めて出来た死んでほしくない人達だもん。

 

 そりゃ、守って死ねるなら本望だろ。

 

 でも死なない道を選んだ。

 俺が死んだら二人が悲しむし、親も悲しむ。

 死ぬことがわかっていて、それが必要なら受け入れたけど、俺は無駄死にっぽかったしな。

 

 それはちょっと、あんまりだ。

 

「ねえねえ、フィン」

「なんだ?」

「えっと……その。実は、私達が帰って来たのは、ある程度魔王軍との戦いに目途がついたからなんだよね」

 

 そうなのか。

 流石は師匠とアリア、俺はよくわからん獣にボコボコにされてなんとか勝利している間に戦争で活躍するとか規格外すぎる。

 

「それでね? まあ、結構お金がもらえるわけですよ」

「おお。いっぱい飯食えるな」

「そうだね~。じゃなくて! そのー……えっと、王都に、家を買おうと思ってさ」

 

 家を!?

 す、すげぇ……

 俺ですら個人邸宅は買っていないのに……

 コツコツお金ためても鎧ぶっこわれる所為で貯金が吹っ飛ぶんだよ。

 

 もうどうしようもないだろ。

 どうせ俺は三人の美女に寄生するヒモですよ。

 野郎にそうやって噂されても何も嬉しくない。せめて美人受付嬢とかに蔑まれたいわ。

 

 そんなことを考えていると、アリアはなにか恥ずかしそうに指をちょこちょこ弄ったあと、意を決したかのように口を開く。

 

「それでね? フィンが、よければ、そのぅ……い、い、一緒に、暮らさない?」

「俺、パーティーで暮らしてるから無理だ」

 

「……………………。パーティー。……聖女ちゃん?」

「あとカルラとアストレア。俺も共同出資して家買ったんだよ」

「……………………。────…………ぼえええええ!!!!!」

 

 

 

 

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