フレデリカは黙ってしまった。
やっぱり怒ってるよな。
事後を見せちまった挙句にフィンフィンを見せてしまった。とんでもない驚かれ方をしたし、本当に嫌だったんだろう。
マリアンヌにも悪いことをした。
俺がもっとしっかり彼女のことを見ていれば……いや、違う。俺がもともだったら、マリアンヌの感情を察することもできたはずだ。俺の目が曇っていたせいで彼女に迷惑をかけた。
結局、マリアンヌが耐えられそうにないってくらい追い詰められてから闇マリに改めて指摘されて気が付く始末だ。
本当に情けない。
『……おぬし、ハーレム作ってるくせにそういうところは本当に真面目じゃの。めんどくさいわ』
『そういうところが可愛いんじゃない。わかってないわね駄目神は』
『かわいい~? あんなちん○持ってる男がかわいいわけないじゃろが!』
『ハァ……なのに情けない姿晒すのがいいんじゃない。ほんとダメね』
判断基準がフィンフィンなのやめない?
それにおっきいおっきいって言うけどさ、みんななんだかんだスルリと入ってるじゃん。俺からしたらそっちの方が不思議だよ。あんなほっそい身体のどこに入ってるのかいつも疑問に思ってる。闇マリとテイアは二人とも神だから飲み込まれても疑問に思わないけど、マリアンヌとかどこに入ってるの? って思って躊躇っちゃうんだよな。
『その割には笑ってたじゃろ……』
あれは闇の俺が出てきてるだけだから。
フィン・サディスティック・デビュラとフィン・ドマゾ・デビュラは別人だから。
師匠とかアリアとかには見せないし見せる気もない。
マリアンヌにだって見せる気はなかった。
でもして欲しいって言われたから解放せざるをえなかったんだ。
なんていうか、得ちゃいけない快楽が全身を痺れさせてて、本当にヤバかったね。ハマりそうだった。マリアンヌも自分からして欲しいって言った癖に怯える感じだすしさ。俺はさ、そんな目に遭わせたくないんだよ。そんなことしたくもなかったんだよ。でも心のどこかで悦んでて、俺は本当にどうしようもない奴なんだってわかって、嫌になって、それすらも気持ち良くて。
マリアンヌは本当にアレで良かったのか?
『ええ。めちゃくちゃ悦んでたわ』
そっか……。
もう俺、女の子の気持ちとか全くわからなくなってきちゃった。
いや、マリアンヌがスケベなだけなんじゃないか?
俺を性的に見ている発言から始まり、身体を舐め回されたり、結構他の女性陣より「おお……」ってなる内容が多かったように思えなくもない。
どう思う闇マリ。
『あの娘は間違いなく淫乱……いえ、童貞みたいな思考を持って拗らせた女の子よ』
童貞みたいな思考を持って拗らせた女の子!?
『ええ。紛れもなく童貞みたいな……いえもう童貞そのもののような性欲持ってたわ。あのね、我が使徒が思ってるよりあの娘は普通なの。我が使徒がどれだけ大事に想ってるのかは知ってるけど、過保護にするのはよくないわ。あなたに好意を持つ一人の女の子だと思って扱いなさい。その好意には性欲も含まれているのですから』
『……こやつ、敵なのか味方なのかようわからんの』
マリアンヌが普通の女の子ねぇ……。
わからなくはないんだけど、やっぱり色眼鏡で見ちゃうんだろうな。
こういうところも治していかなきゃいけないのか。
ほんと、俺は未熟だな。
そして神様たちと話しているうちに、フレデリカは何を話すべきなのか決めたのか、ゆっくりと口を開いた。
「……お前は、それでいいのかよ」
「盾役として生きることか? もちろん。欲を言えば、才能は欲しかったけどな」
師匠直々に才能がないってお墨付きされてるんだ。
身体を鍛えてもらって、盾役として生き残れたのも紙一重だった。同年代の仲間達と比べて恵まれてたんだ。文句の付けようもない。
「アリアと師匠についていって一緒に戦えれば、それでよかった。でも現実はそうならなかった。そうならなかった
自暴自棄だとか諦めだとかそんなんじゃない。
俺はこれで良かったと思う。
師匠に泣かれた時はちょっとだけ寂しかったけど、でも、そう思うのも仕方ないことだ。それでも俺なりに必死に生きて来たからさ。それに、カルラやアストレアとえっちな事できるなんて思ってすらいなかった。
報われてるよ。
「…………チッ、そうかよ。お前が納得してるなら、私から言えることはなにもねえ」
「悪いな。でもいいのか? 闇マリは女神だけどちゃんと悪い所があるぞ」
「……どうしようもねえだろ。勝ち目なんざねーし、何より、ウチは主神サマの声が届かないことで有名なんだ。神に祈りを捧げてくたばったやつらの行き先が地獄でも驚かねえ。ほんの少しでも女神らしさがあるのなら、私はそっちを信じるね」
『……ふん。見る目があるじゃない』
『うお! 照れておるぞこやつ、邪神のくせに』
『黙れ』
『ぎょええええっ!!』
闇マリが楽しそうで何よりだよ。
テイアもなんだかんだ闇マリに余計なこと言って逆らってるし、楽しんでるんだろうな。
『楽しいワケあるかたわけ! おっ、おおっ! おおおっ!!』
あのさ、人の頭の中で喘がないでね。
興奮してくるから。
「まあ、お前が助けて欲しいって言うなら話は別だ。どうなんだ?」
「……え? どうって、それは……」
「お前が邪神に苦しめられて助けて欲しいってんなら私が手助けしてやるよ。勝てるとは思えねえが、屈するつもりはねえ」
そう言って、フレデリカは真っ直ぐ俺の目を見る。
「どうなんだ、フィン・デビュラ。私はお前のために歯向かってボコられて最悪な目に遭う覚悟がある。ここで邪神に弄ばれようが、私の生き方を曲げるつもりはねえ。理不尽に対する敵でいるのが私の道だからな」
──…………。
……聖女って、なんか、すげぇな。
セラさんもそうだしマリアンヌもそうだけど、フレデリカも聖女の名を冠する理由がある。芯がある。曲がらない芯が。
だって、彼女の手は震えてる。
顔は不敵に笑ってるけど、俺みたいにフランクに接してきて互いに信頼関係があるわけじゃないんだ。本当に酷い目に遭わされるかもしれないのに、それをわかっているのに、フレデリカは言えた。
「──ふふ。随分な言い様ね」
闇マリが顕現する。
いつもより少し力を滲ませて、あの祠に初めて遭遇した時のような感じだ。
「っっっ…………! は、本当に、エロ聖女と同じ顔してやがる……!」
「エッエロ聖女!?」
「ひ、酷い言われようね。まあ事実だからしょうがないけど……」
あまりのことに思わず声を出してしまった。
あっ、闇マリの邪神オーラが減った。
「そんで、あんたが邪神サマか。なんて呼べばいい?」
「好きに呼びなさい。闇のマリアンヌでもいいし、ルルクスでもいいわ」
「…………じゃ、闇のマリアンヌで」
「…………」
「…………んだよ、その顔は。お前が好きにしろって言ったんじゃねえか」
「……我が使徒。ちょっと気に入ったかも」
「チッ……ちょっとは面くらえよ!」
「仕方ないじゃない。そんなふうに呼んでくるのはアリシアと我が使徒だけよ?」
「何してんだよアリシアは……!」
ああ、なるほど。
闇マリから主導権取ろうとしたら上手くいかなかったのか。
頭をガシガシとかいてから、フレデリカは改めて口を開く。
「それで? 私に何の用だ。使徒を誑かす女を成敗しに来たか?」
「ふふ……もしそうだとしたら、どうするのかしら」
「決まってんだろ。徹底抗戦だ」
ギラリと目を煌めかせ、震える手を押さえつけてフレデリカは言う。
「私は理不尽がこの世で最も嫌いだ。特に男のソレは反吐が出るほど憎い。けどな。女が男に理不尽を強いているのだって嫌いさ。フィン・デビュラの人生はずっと理不尽と共にあった。誰もこいつを助けなかった。その結果、お前みたいな邪神に取り憑かれて、今生きていることを素晴らしいんだって思わなくちゃいけないようになっちまってる」
一度呼吸を挟み口内を潤してから、続ける。
「こいつが助けてくれって言うなら、私は一人でだって歯向かってやるぜ。神に睨まれた程度で止めるワケねえだろ。私はフレデリカ・ブラッドフォージなんだからよ」
その啖呵を、闇マリはじっと聞き届けた。
威圧感は増し、明確な感情が滲んでいく。
慣れている俺は特になんとも思わないが、初めてこれを一身に浴びている彼女は決して平気ではないだろう。
だけど、それでも、フレデリカは不敵な笑みを浮かべている。
額に滲む汗も、手の震えもあるのに、それでも彼女は気丈に立ち向かっている。
その姿は、まるで、あの時の俺のようだった。
あの日、尖兵になすすべもなくやられた時の俺と一緒だ。
「……ふ、ふふっ。うふふっ。そう。そうなの。怖いのに、畏れてるのに、それでも自分の芯を優先する。ふふっ、あははっ!」
闇マリの力が部屋に浸透していく。
フレデリカを閉じ込める神の領域が構築されていく。
それでも、彼女は、震える手で魔法を使おうと構えを取る。
「ハッ! やるかぁ!? 言っとくが、私はそこらの女と違って打たれ強ぇぞ! 一生かけても噛みつき続けてやるからよぉ!!」
領域が完成する。
漆黒の夜空に包まれた。
闇マリの力が彼女の身体を攻撃するより前に声をかける。
「闇マリ。落ち着け」
その一言で、闇マリの力はピタリと止まった。
そしてそのまま少し落ち着いたのか、するすると収めていく。
「…………ふん。最初から本気でやるつもりなんてないに決まってるでしょ」
「うそつけ。珍しくやる気だっただろ」
「そんなことないけど?」
つーん、と顔を逸らした。
「悪いな、フレデリカ。多分闇マリはフレデリカを気に入ったんだと思う」
「…………は? …………い、いや、お前いま、止めたのか……?」
「止めたわけじゃないさ。最初からする気なんてなかったよ。フレデリカがあまりにもいい女過ぎて暴走しかけただけで」
それに、もし闇マリが本当にやるんだったら何が何でも止めてたよ。
俺もフレデリカのことは気に入った……というより、嫌いになる理由がない。
他人の為に怖くても恐れていても命を張れる人。
嫌いになるわけないだろ、そんなの。
「フレデリカからすればどうでもいいことかもしれないが……俺は、すごく嬉しかったよ。なんていうか、俺、そうやって庇われたのは初めてだから」
敵の目の前で自分の命すら捨ててでも歯向かってやる、なんて言われたのは本当に初めてかもしれない。
もしかしたらそれくらい想ってくれてる人はいるのかもしれないけど、敵を前にして面と向かって言ってくれたのはフレデリカが初めてだ。特に親しいわけでもない誰かのために自分の人生をかけてやるって、酷い目に遭うことだって耐えてやるって言えるなんて、そんなのはさ。
「……ありがとう。うん。結構本気で嬉しかった」
そう言うと、フレデリカは目を見開き、しかし何とも言えない顔になり、最後には溜息を吐いた。
「…………ちっ。困ったらすぐに言えよ」
横を向いて不貞腐れた様に呟く。
ほんのりと赤くなった横顔が綺麗だった。