「…………という感じね。私の方から言えることはこれくらい。これでも歴とした女神なのよ? 今じゃ邪神だけど」
すっかりオーラを引っ込めた闇マリがふわふわ浮きながら話を締める。
闇マリがなぜ俺に宿ったのか。
宿ったことで今どうなっているのかを改めて説明していたのだが、フレデリカは眉間の皺がどんどん濃く刻まれていき、最後には目に怒りを滲ませていた。
「……じゃあ、なんだ。私たちが崇めさせられている女神ってのは、性根の腐り果てたくそったれで、【天日の聖女】もその被害者だって? そのせいで男女問わず犯す存在にさせられたって言うのか?」
「私の知る限りでは、それで間違いないわ。エヴァにも直接聞いたもの」
「…………」
目を閉じて、自分の考えを整理するようにトントン、と指を叩く。
「……あの聖女が嘘を吐く理由もねえ。あるとすれば女神サマの操り人形であるパターンだろ」
「ええ。でもそれはない。すでに私の力はあの頃の私と同等か、超えてるもの。特に対神に対しては前より絶対的に有利になった。魔は神の力と反するものだから特攻と言ってもいいわ。そんな私の領域で生活しているあの娘に神の力は届かない」
「…………じゃあ、魔王はあんたの差し金か?」
ピク、と闇マリが動きを止める。
「……どうしてそう思ったのかしら」
「魔王軍に自分の使徒を紛れ込ませていた理由が分からなかったからな。ヴァシリからある程度運命とやらの話を聞いていたから、本来あんたが何を考えていたのかを推測したまでだ」
「……運命、ね。異世界、いえ、外宇宙からの訪問者にして召喚されし者達の影響は大きかった。神々の時代はともかく、人の時代において彼ら彼女らは劇物だったわ」
「あ? 異世界? そとうちゅう?」
「宇宙は宇宙、夜空の世界よ。黒森人に知恵を授けた者は、紛れもなく世界を変えたのでしょう。アニカのおかげでおおよそのことは理解できたけど、よくもまあ、ピンポイントで黒森人に辿り着いたものね」
「…………フィン・デビュラ。説明しろ」
「すまん、俺はそう言うのはさっぱり…………」
「把握しとけよ!!」
お、怒られちゃった。
普通に凹む。
でもさぁ、俺そういうの本当によくわかんないし……運命? なんですかそれ。宇宙? 夜空の世界? すみません、初めて聞きました。
「なんでヴァシリは教えてねえんだよ……! それが拗らせた原因の一つだろうが!」
「ま、まあまあ。昔の俺はその、なんというか……本当にバカだったし……」
「てめえの自己評価は当てにならねえから黙っとけ! 世界を救った勇者惚れさせたガキがバカの一言で言い表せるわけねーだろ!」
あ、あんたほどの人がそう言うなら……。
「チッ……まあいい。運命だろうがなんだろうが、多くの命を救ったのは間違いねえ。お前をぐちゃぐちゃにした魔王軍の尖兵とやらは、あのまま放置してればもっと多くの被害が生まれたかもしれねえんだ。最悪私だってぶっ殺されてたかもな。この功績はちゃんと受け取っとけよ」
「……功績って言われてもな。倒したのはマリアンヌだ」
「その力の源はお前なんだろ?」
「まあ、そう聞いてるよ」
「ならそれでいいじゃねーか。お前だって役に立ってんだよ。役立ってないわけねえだろ」
……うっ。
なんか、こう……なんだろうなこれ。
すげえ正面から責められてるような感じがするけどすごい褒められてて、でもそれは別に俺の手柄じゃなくて、否定したいけど否定する理由も封じられて……追い詰められてる感じがして気持ちよくなってきた……!
「……ま、そう言われても受け取りにくいのはわかる。認められねえんだろ?」
「え。……なんでわかったんだ?」
「そりゃ、身に覚えがあるもんだからな」
ふー、とため息を吐いてフレデリカはぐでっとソファの背もたれに首を預け、天井を見つめた。
「……誰もが手のひらを返して褒め称えてくる。こっちが自分の力で手に入れたものを賞賛してくるんだ。それまでにお前らがしてきたことは? 何をしてくれた? 私に何を与えた? どうしててめえらは助けてくれなかったんだ。…………チッ。嫌な記憶だ」
「…………」
「私もいまだに受け入れられてねえよ。起きたことは仕方ねえし、復讐もしたからな。スッキリしたぜ。だけど思わなかったわけじゃねえ。もし私がお前らの言うような『聖女』だってんなら、どうしてガキの頃からあんな目に遭ってこなきゃならなかったんだってな」
何も言えない。
それはきっと、俺の奥底に燻っている感情の一つだからだ。
どうして言ってくれなかったんだ。
なんで放っておいたんだ。
俺を助けてくれなかったんだ。
俺を連れて行ってくれなかったんだ。
俺にはどうして才能がないんだ。
どうして才能がないとわかっていて弟子にしてくれたんだ。
死んでもいいから連れて行ってほしかった。
置いていって欲しくなかった。
きっと、俺が俺を認められない理由の一つなんだ。
「フレデリカは、どうなんだ?」
「どうって、何がだよ」
「そんな自分をどう思う?」
言ってから、とんでもなく失礼なことを聞いたことに気がついた。
「すまん。忘れてくれ」
「……別にそれでいいんじゃねえか?」
「…………えっ」
「少なくとも私は今更どうにかなるもんじゃねえと思ってる。嘆いて懇願して認めりゃ過去が変わるのか? 変わらねえ。だったら、そういうもんだろ」
「……そういうもん、だよなぁ……」
正直に言えば、俺も同意見だった。
今更変わりはしない過去。
それを嘆くことよりも、俺は誰かの役に立てるようになりたかった。仲間のためにまともになりたかった。師匠を失望させたくなかった。結局のところ、俺はそれを根幹に据えているのだ。
「認められないなら認められないに気楽に生きりゃいいのさ。私からすりゃ、お前は自分を律しすぎてると思うね。もっと我儘に生きたって誰も文句は言わねえさ。むしろ周りの女はお前が欲を出せば喜ぶんじゃねえか?」
「いや、それは流石にな。趣味は趣味で、俺はちゃんとした人間になりたいし……」
「真面目な奴め。私を見ろよ。【聖女】なんて呼ばれてるがこの有様だぜ?」
ニヤリと笑うフレデリカ。
大きく開いた胸元にスリットが入っていて丸見えの足、引き締まったボディライン。
うん、まあ、確かにどエロいか。エロ聖女と言われてしまったマリアンヌやセラさんと違ってとんでもないエロさをしている。
「でも、フレデリカは聖女に相応しい人だろ。俺は取り繕わないと獣みたいな中身が出てきちまうから……」
「…………あのなぁ。そういうこと言えるなら十分だろうが!」
「エッ」
呆れた表情のフレデリカに怒られた。
「サラッと女を口説くようなことが言えてる時点で十分だろ。逆に聞くが、お前の本性を晒した時に言わなくなるのか?」
「……いや、他人のことを褒めたりするのは当たり前のことだしな。変わらないと思う」
「それがわかってんなら十分だよ。お前は別に取り繕わなくたって立派な人間だ。私が保証してやる。【破砕の聖女】フレデリカ・ブラッドフォージがな」
屈託のない笑顔で言う。
あー……。
なんだろうな。
そういうもんなのか?
でも、そんなのって醜いよな。
でもフレデリカは素のままで聖女らしさがある。乱暴さの中に規律があるんだ。俺は? 俺はそんな立派な人間じゃない。けど彼女は俺を立派な人間だと言った。本当にそうなのか?
「おい。焦って認めようとすんなよ」
「っっ…………」
見抜かれてる。
感情が読めるわけでも思考がわかるわけでもないのに。
「同じなんだよ、私とお前は」
「……フレデリカも自分を嫌うようなことがあったのか?」
「ハッ! んなもんずっとそうだわ。……初めて【星天】を見た時にな。思い知らされたよ。世界にはこんな奴らがいるんだって」
【星天】。
師匠、アリア、アリシアさんで構成されていた世界最強の冒険者パーティーだ。今でもその立場は変わらない。
「美しく、穢れもなく、強くて気高い女達。なんの冗談かと思ったさ。自分の醜さと比べて、心底打ちのめされた」
そう語るフレデリカの表情は穏やかだった。
「牙を抜かれたってのはこういうことを言うんだろうな。そしてついさっきヴァシリと話して、世界のこととやらを聞いて、自分の人生ってのがなんだったのかと思った。でもそんなのはどうだっていいことだ。何をしてきたかじゃねえ。今の自分がどう生きていくか。それがわかれば私は私でいられるんだよ」
「……今の自分がどう生きていくか……」
決まっている。
俺は【払暁】の盾役だ。
師匠の弟子で、邪神の使徒で、マゾで、頭がおかしくて、気持ちがわからなくて、自分のことも認められないけれど、俺がどう生きていくかってのだけは決まっているんだ。
俺は金等級冒険者パーティー【払暁】の盾役なんだから。
ここが、俺の居場所だ。
「急いで決めることでもねえんだ。お前の周りにはお前を認める人間がたくさんいる。そいつらと足並み合わせて歩いていけるようになりゃいいんだよ」
「……そうか。それで、いいのか……?」
「もしそれで文句言われたら私に言えよ。お前のこと聖法国に連れ帰って真正面からヴァシリと喧嘩してやるから。神に喧嘩売った女がただの人間にビビるわけねーだろ?」
ふん、と鼻を鳴らしつつ、しかし笑みを浮かべたまま言う。
「……ははっ。俺は囚われの姫か?」
「私に攫われたって知ったら全員血の気が引くぞ。なんてったって男を襲ってきた女だからな、私は。お前もそんなの嫌だろ?」
「え? いやそれは嬉しいだろ」
こんな素敵な女性に犯されるなんてただのご褒美でしかない。手足を拘束されて身動き取れない状態で上にのしかかってスケベな事して欲しいです!
一瞬動きを止めて固まったフレデリカだが、少ししてからジト目になった。
「……そういやお前マゾだったな。おい変態。私はてめえの女じゃねえぞ」
「ほ、ほひっ! 経験豊富な聖女に無理やり……ぐふふっ」
「ぐふふじゃねえんだよ気持ち悪ぃな!!」
は、はひいぃっ!!
で、でもマゾだってバレてたらもう我慢できなくってぇ!
「言っておくが、私はお前とヤらねえからな」
「ああ、それは別に……ちょうど今禁欲期間中でな。社会的地位を得られるまで新たな女性と関係を結ばないと誓ってるんだ」
「マゾの癖にそう言う所はまともなんだよな……。てかそんなもんは誓わなくても守れよ」
「で、でも、これまでの反動が来て……女を知ったばかりの童貞だから……」
「…………」
何とも言えない顔で溜息を吐かれてしまった。
「……お前の問題複雑すぎるわ。だからもう宣言しておくぞ」
「ああ。何でも言ってくれ」
「…………。お前とはヤらねえ。セラも巻き込むつもりはねーんだろ?」
「ない。それはハッキリと言える」
「ならそれでいい。お前自体は悪い奴じゃねえが、セラがこの中に組み込まれて幸せかって言うと、そうは思わねえんだ。私もお前のことは嫌いじゃねえ。寧ろこの世で出会った男の中で一番親近感と好意を覚えてるよ。けど────悪いが、私はもう、そういう行為で楽しめねえんだ」
寂し気な表情で呟く。
「だから、期待しないでくれ。つまんねえ女だって、思われたくねえからよ」