…………疲れた。
割り当てられた客間に戻ってくるまで、やけに長かったような気がする。頭がぼんやりする。こんだけ疲労したのは随分と久しぶりだ。
それこそ、ガキの頃に無理させられた時以来かもな。
「おかえりなさい。結構長かったで、す…………ね……?」
「…………おう。少し、長引いた」
部屋の中にはセラフィーヌがいた。
妙に驚いた顔をしてやがる。
そんなにわかりやすいか?
まあ、確かに、取り繕えねえくらいズタボロなのは自覚してるさ。
セラに気取られるわけにはいかねえ。
ヴァシリに泥を被ってもらうしかねえな。
「なにが……なにがあったんですか?」
「……なんもねえよ。少し話し合いが長引いただけだ」
嘘じゃねえ。
正にこれが事実なんだからな。
「……話し合いで、フレデリカさんがそんな風になるとは思えません」
「相手は怪物ババアだ。私の素行も知られてたしよ、かなり厳しい目で見られてたぜ」
「……でも、フレデリカさんは、とても素晴らしい人で……」
セラフィーヌは傷付いた表情で言う。
騙すようで気が引けるが、ここは仕方ない。
「心配すんなよ。ちゃんと理解してもらえたさ。フィン・デビュラにも会ったし話したぜ」
「え……フィンさんと?」
パチパチと目を瞬きする。
「おう。セラの言う通り気のいい男だったわ。襲っちまおうと思うくらいにな」
「お、襲っ……!? い、いけませんよそんなこと! 絶対にダメですから!」
「冗談だよ冗談。怪物ババアの弟子に無礼働けるわけねーよ」
ま、こんくらい言っときゃ十分だろ。
フィン・デビュラと私の間には何もなかった。
フィン・デビュラはセラフィーヌの感じている通りの人物だった。そうさ。嘘はなんにも言ってないんだ。騙してるわけでもねえ。
「まったくもう……! 冗談でもそんなこと言っちゃいけませんからね。フィンさんにもヴァシリさんにも失礼です」
「わかったわかった、言わない言わない」
「…………」
ジト目で見てくる。
心優しいセラフィーヌのことを考えると、胸が痛ぇよ。
無礼を働いた方が喜ぶ男だなんて想像もしてねーんだろうな。私だってあの時たまたま聞いてなけりゃ思わねぇ。セラフィーヌが哀れに思えるかもしれねえが、フィン・デビュラなりの気遣いだし、あいつが悪意を持ってるわけじゃねえのがなぁ……。
こんなのどうしようもねえ問題だ。
アイツが自分を肯定できるようになれば別なんだろうが、そうなるかどうかは未知数。
つーか、あんだけ周りに女が居てハーレムなのに自分のことを客観視できねえくらい精神が病んでるのはもう手遅れなんだろうな。手遅れでもアイツは自分を律して生きて行こうって足掻いてやがる。
放っておけねえ。
けど、私がアイツにしてやれることもない。
心を満たすのは周りの女達がやるだろ。
身体を治して精神を尊重するのはセラフィーヌだ。
私は何処まで行っても他人だからな。
確かに、私達は似た者同士だ。
だけどそれだけなんだよ。
アイツは私に助けを求めなかった。
だからそこまでだ。
助けてやりてえと思っても、助けて欲しいと言わねえなら、私からやれることはない。
あと、マゾだからな。
下手に関わると素の態度で悦ばれそうだし流石にそれは……相性はいいのかもしれねえけど私は楽しくねえのがな。クソ野郎をぶち犯して殺すのは楽しいが、まともな人間が苦痛にあえぐのを見て楽しむ趣味はねえ。
…………マゾはまともな趣味ではねえな……。
「……ふふっ」
「あ? なんだよ突然笑って」
「いえ、フレデリカさんがフィンさんとお話出来てよかったと思って」
「なんだそりゃ……」
思わず聞き返しちまった。
「私の知る限り、最も高潔な男性ですから。フレデリカさんにとっても良い方になるのではないかと」
「……セラ。お前はいい奴だけど、その言い回しだけはなんとかならねえかな」
「え? 言い回しですか? 変でした?」
「あー、もういいもういい。私が悪かった」
良い方ってのは、そりゃ、そういう相手を呼ぶ言い方だろうが。
こいつは素でやってるからタチが悪い。
それこそフィン・デビュラと同じだ。
悪気なく言えちまうんだよ。
「……ま、悪い奴じゃねえよ。どうにも周りの女に好かれてるようだが本人の自覚もねえし、ありゃあ苦労するぜ」
「フィンさんは……その、自分の痛みにすごく鈍い人ですから」
そうか?
寧ろ痛みにはすげえ敏感だと思うけどな。
痛みを痛みだとすら認識してなくて苦痛で気持ち良くなってるマゾなだけで……ああぁ、くそが。
性癖が邪魔すぎるだろ! なんでこんなにすべてに作用してんだよ!
本当だと信じたくねえが、最後に私の言葉で興奮してやがったしな……。
気持ち悪い部分とマシな部分と壊れた部分と男前な部分が全部同居してんのがおかしいんだよ。
引き攣りそうな頬を抑えつつ、セラフィーヌに同意する。
「…………そうだな。自分の痛みに鈍い奴だよな……」
「……はい。そうなんです。ですからもっと伝えなければならないんです。フィンさん自信を大事にしてくださいって」
そうだな。
間違ってねえんだけどな。
どうしてあれだけ真面目な話をした後に私はフィン・デビュラのマゾをどうにか誤魔化す為に必死になってるんだろうな。
「……それを伝えるのは私らの役目じゃねえさ。アイツの周りにはアイツを慕う奴がいるんだ」
まァ、その周りにいる連中の影響でああなってるんだが。
つーか、冒険者の役割の一つである『盾役』ごと斬るとか、魔術を当てるとか、やってることやべえだろ。
ヴァシリはよく怒らなかったな。
今の感情の向け方を考えるとぶっ殺してもおかしくねえぞ。
マゾだから本人は悦びで受け止めてるだろうが、間違いなく原因の一つだ。
…………放っておかない方がいい気がしてきやがる。
私らしくもねえ。
そういう役回りはセラフィーヌがやるべきだろ。
だってのに、アイツの事情を話せねぇのが痛手すぎる。ハイレンディーヌはエロ聖女だしケアどころか抱いてもらえねぇって迫るくらいだし頼りようがねえ。
なんだこりゃ。
どうしてこんなことになってんだ?
「……でも、私も…………」
セラはそのまま黙った。
セラ。
セラフィーヌ。
頼むからそれ以上は言うな。
私も慕っていますとか言うな。
お前の為に言ってるんだぜ、これは。
あのな、お前がアイツの女になるってのは想像してる以上に大変な事なんだよ。まず性癖が異常だし中身も異常だ。ぶっ壊れた人間を多数の女でなんとか支えようとして、女がそれぞれ沼に沈んでるんだよ。
そりゃな?
男としては文句なんか一つもねえよ?
ハーレム作っても社会的地位が欲しいだとか、才能は欲しかったけどないものねだりはしないとか、マジでちゃんとしてるんだよ。本人の性根はマジで完璧なんだ。
だけど取り巻く環境とそれによって形成された中身が、本当に歪み切ってんだ。
お前の手に負える男じゃねえ。
ショックでそれどころじゃなくなるぞ。
私は、フィン・デビュラのことだけで心を取り乱して身動きも取れなくなったセラフィーヌを見たくねえ。
悪い。
恨んでくれても構わねえ。
それでも私はお前を巻き込ませたくねえんだ。
フィン・デビュラは、もう女を抱くことでどうにか出来る状態じゃない。二度と元に戻らねえ石膏をひたすらこねくり回してそれっぽく見せかけてるだけだ。
必要なのは女の温もりなんかじゃねえよ。
理解者だ。
この一団には育ちのいい連中しかいねえから余計苦しかったろうな。本人も自覚すらしてねえだろうが、鬱憤が溜まってるのは間違いねえ。
私だって聖女になりたての頃はそうだった。
聖女だのなんだの言われても、身体が汚れ切ってるし、汚した連中が神官やら司祭やらやってんだぜ。ブチ殺したくなるのは当然だ。
アイツの言う獣みてえな中身ってのはそういうもんだろ。
けど、そういう鬱憤を乗り越えて、やっと平穏に過ごせるようになるんだ。
私がそうだった。
なら、アイツも同じはずだ。
救いがねえなんて、そんなバカな話があるか。
あれだけ極めて清く正しく生きて行きたいと願った男が救われないままなんざ、くそったれだ。救われるべきだ。力を持たない子供も、両手足を失った軍人も、生きるすべを持たないあまねく弱者にだって朝日を拝む権利はあるだろうが。
フィン・デビュラは確かに強い男なのかもしれねえけどな。
アイツは自分で助けを求めることすら出来なくなった哀れな男でもある。
救われちゃいけねえなんて、例え神がそうだと言っても私は否だと言ってやるさ。
「…………ハッ。らしくねえな」
「……フレデリカさん?」
「なんでもねえよ」
まだ私にも残ってやがったのか?
あれだけ好き放題して来た私が、まるで穢れを知らねえ聖女みてえな他人を慈しむ心ってもんが?
バカバカしい。
アホらしい。
どの口が言ってやがる。
否定する言葉がたくさん浮かび上がって来るのに、不思議と悪い気がしねえんだもんな。
でも、それも仕方ねえだろ。
私にとっても初めて見るんだよ。
私と同じような男なんてのは。
これで恋する乙女にでもなれりゃあ聖女サマなんだが、ちっとも胸の高鳴りなんてもんがねえのが、私らしいっちゃ私らしいか。