「まずいわね…………」
フレデリカが立ち去ってから、闇マリは深刻そうな顔で呟く。
マリアンヌの顔でそういう表情をされると胸がズキドキしてしまうのでやめてほしい。
しかし俺のそんな健気な静止は聞き届けられず、闇マリはなおも一人で思い悩む素振りを見せる。
「まずい、まずいわ。このままじゃ非常に良くないわ」
「……どうしたんだ。一体何が良くないんだ?」
散々鈍いだの朴念仁だの言われている俺だが、日常生活での察しは悪くないはずだ。きっとこれは闇マリなり「話を聞いてほしい」サインだ。紳士ならこのくらいのことは理解できなければね。俺が目指してるのは完全無欠の紳士だからこれくらいは余裕だ。
そして困った表情の闇マリは、間を空けてから口を開く
「我が使徒。このままじゃ、我が巫女がただ性欲に支配されたエロ聖女認定されかねないの」
「……いや、そんなことないだろ。マリアンヌは孤児院の支援もしてるし子供達に好かれてる。お馬さんごっこで躾けられている俺を見て青白い顔で失礼だからやめてって叫ぶくらいには優しいんだぞ。もちろん俺は悦んでいるが」
『きも……』
おっっ!! テイアっっ!! 興奮するだろ。
「いいかしら、我が使徒。確かに我が巫女は満遍なく博愛を持っているけれど、それはセラフィーヌに劣るでしょう」
「…………まあ、セラさんは尻から噴射した血飛沫を浴びても怯まなかった人だからな……」
俺の知る限りトップクラスに心優しい人だ。
もちろんマリアンヌも横に並んでいるのだが、流石にセラさんとどっちが優しいのかって言われると、彼女に軍配が上がるかもしれない。優しいっていうか全てを愛して悲しんでくれるような人だから、セラさんは。
俺のお尻を開発し杖がスムーズに入るようにした張本人だが、誰よりも俺のお腹を心配してくれていたんだ。しかもずっと秘密にしてくれていた。治療を施す人間としてあまりにも清らかな人だ。
マリアンヌは【払暁】のリーダーとしての立場も役割もあるから、俺達寄りの判断をすることも多い。
聖女でもあり冒険者でもあるんだ。
それは当然のことだろう。
一概にどうとか言えることじゃないんじゃないか?
「いいえ、それだけじゃないわ。我が巫女は我が使徒のことを愛しているけれど、その想いを抑圧してきたことと周りに抜け駆けされていたことが重なってちょっとフェチを拗らせてしまった。我が使徒のことを性的に見ていましたと言ってしまうような女の子よ」
「…………確かにそこだけ聞けばエロ聖女なのかもしれない。でも俺はエロ聖女、好きだぞ」
昼は聖女様夜は性女様。
孤児院の子供達に向けていた笑顔は夜になると愛する男を情欲に満ちた瞳を滾らせる獣の形相に大変身! アオンワオンと響き渡る獣の遠吠えは、性女様の素晴らしい御力によって浄化される男のあっけない断末魔だったのだ……。
……あれっ。
なんか当初妄想してた内容に近づいてきてないか……?
清楚で純朴だと思っていた俺のマリアンヌ像がガラガラと音を立てて崩れていく。
……ま、まあ、マリアンヌは可愛いから。
それにマリアンヌがそうやって言ってくれたおかげで俺は少し自分に対する女性陣の評価を信じられるようになったんだ。性的な目で見ていますと言った女の子が俺の身体舐めてたら『確かに……』と納得するだろ。
だからマリアンヌはそれでいいんだ。
少なくとも俺にとっては清く正しく触れ難い綺麗な女の子だったんだ。
しかし闇マリは目を伏せ首を振った。
「違うわ我が使徒。セラフィーヌに負けるのはともかく、問題はフレデリカよ」
「……フレデリカ? あいつはマリアンヌに変なことをするような人じゃないだろ」
なんならめちゃくちゃ聖女に相応しい人だった。
前評判で先入観を持ってたのが申し訳ない。
なんていうか、俺を守るために正面から闇マリに喧嘩売るような人はいなかったからさ。それも、怯えや恐怖を感じながら他人のために命を捨てられるような人だ。
こんな人がいるんだと思った。
聖女って名前の他の意味を知ったっていうかさ。
他者を慈しむだけじゃなく、施すだけじゃなく、義で立ち上がる強さ。他人を助けるために犠牲になることも厭わない気高さを万人に向けるのが、本当に驚きだったんだ。俺は仲間や手の届く人にしか手を差し伸べられない。
だけどフレデリカは違う。
手が届かなかろうが、勝てない相手だろうが、助けを求める人のために立ち向かうんだ。
恐怖も怯えも感じながら、手が震えながらそれでも。
カッコよすぎるし、美しすぎた。
「ていうか闇マリだってフレデリカのこと気に入ってるだろ。名前呼びしてるしさ」
「…………あんなの魅せられて気に入らないわけないでしょ」
ぷいっと顔をそむける。
照れてやがんの、かわい~。
「というか、問題はそこよ」
「そこ? 何か問題があるのか?」
「大アリよ! あんな風に輝かれたら、我が巫女が霞んじゃうでしょ!」
えぇ……?
全然そうは思わないけどな。
マリアンヌはマリアンヌだしフレデリカはフレデリカだ。
「我が巫女ったら最近すっかり色ボケしちゃって、可愛いけどこのままじゃただのエロ聖女に成り下がっちゃうじゃない!」
「エロ聖女も何も、俺がエロいことしてる聖女はマリアンヌしかいないんだが」
「そんなの時間の問題に決まってるわ。どうせいずれ我が使徒に屈することになると、邪神ルルクスが予言しましょう」
そうかなぁ……。
正直そうなる気は全くしない。
フレデリカは俺の諸々のことを知った上で「私はヤらねえぞ」と宣言している。なんか振られたみたいで一瞬気持ち良かったが、そういう楽しみ方をしてはいけないと悟った。
あの人はフェンナと一緒で過去に色々あったタイプだ。
俺みたいに楽しんでるわけでもなければ、受け入れたわけでもない。
いや、俺だって心のどこかで気にしてるんだ。
普通の人が割り切れるわけがないんだよ。
それを知っても尚そんな風に考えるのはフレデリカに失礼だから、俺は、そうは思えない。
「そもそもフレデリカは俺のことを好きになる理由がない。みんなが俺とそういう関係になったのは好意を抱いてくれていたからだ。彼女が俺に抱かれてもいいと思うような理由がないのに、どうしてそんな関係になるんだ?」
確かにアリーシャみたいに関係が浅い状態でもえっちな行為に至った相手はいる。
でもそれは色んなことが重なった結果だ。
アリシアさんにマゾバレして肉体関係に至り、カルラにバレてアストレアも巻き込むことになりアリシアさんがそのまま姉妹を巻き込むことを決意したからだ。
フレデリカとは何もない。
寧ろ「やらねえぞ」と宣言されてる分、全く望みはないとすら言える。
「あら、別に私からは誘わないけどそっちがその気ならいいぞって意味よ?」
「そんなわけないだろ……」
いくら闇マリと言えどもそれは信じ難い。
『そういう行為で楽しめない』って言ってる女性がそんな発言するわけない。普通に文字通り止めてくれって意味に決まってる。
「もしそうだったら我が使徒はどう思う?」
「もしそうだったらって……そうだったとしても何もしない。これ以上新しい女性と関係を持ってもいいことないし」
それを宣言した相手にヤらせてくれって言うのはあまりにも面の皮が厚すぎる。
俺はそんな無礼で軽薄な男にはなりたくない。
フレデリカも、そんな男のことは嫌いだろう。
「ふぅん…………」
闇マリが目を細める。
そりゃまあ、向こうから求められりゃ話は別だけどさ。
そうはならないからね。
「……ていうか、そんなことになったらマリアンヌが本当にエロ聖女になるからヤバいって話をしてたんじゃないのか?」
「エロ聖女なのは事実だからもう避けられないわ」
「…………俺はそんなマリアンヌが好きだからいいんだよ」
かわいくてエッチな姿を俺だけに見せる聖女さま。
そんなの好きに決まってる。
だからエロ聖女でもいいんだ。
誰が文句を言おうと俺は好きだと胸を張って言おう。
「それに、ギャップがあるだろ。フレデリカは姉御肌で性に奔放な雰囲気があるけど、マリアンヌは清楚だ。清楚なのにエロ聖女。これはマゾ欲求を刺激されることにも勝るとも劣らない性欲を催してくれる」
「せ、清楚なのに、エロ聖女……」
「ああ。あれほど興奮することはない。劣情をぶつけられることのいやらしさというのを教えてくれたのは間違いなくマリアンヌだ」
「う、ううっ、れ、劣情……やらしい……」
「ああ。ていうかなんで闇マリがそんな困惑してんの?」
そう思い顔を上げると、闇マリはニッコリと微笑んで俺の後ろを指差していた。
恐る恐る振り向けば、そこに居たのは、涙目になっているマリアンヌ。頬は火照ってしっとりとした髪の毛からは湯気が出ている.
し、しまった……!
声が一緒だから気が付かなかった……!!
「あー……えっと、その、なんていうか、これは言葉の綾っていうか……」
「……………………」
「……エロ巫女。諦めなさい」
「え、え、エロ巫女ッ!!!?」
闇マリの言葉に憤慨するマリアンヌ。
ぷりぷりしてるのも可愛い。
こういう普段の仕草とエロ聖女モードのギャップが本当に激しいんだ。こんなにかわいい子があんな、こう、深く舐めてくるとは思わないじゃん。
アッ、お、思い出したら性欲が……!!
い、いかん。
落ち着け俺。
ここでまた荒ぶる訳にはいかない。
こんな明け透けに言われた彼女が傷付かないように、俺は目を見合わせて告げる。
「マリアンヌ。君が俺の全てを肯定してくれたように、俺はマリアンヌの全てを肯定する。だから、どうかありのままで居て欲しい」
「うっっ……う、嬉しいような、嬉しくないような……」
「……それが俺の普段の気持ちでもあるんだよなぁ」
「…………フィンさん……」
マリアンヌがそっと俺に抱き着いてくる。
それを抱き締め返した。
肯定されても何とも言えないような感じね。
もやっと胸に残るこれは、アリアに受け入れてもらった後も俺に散々付き纏っている。
いつか、認められるようになるのか?
それとも、認めなくても、気にならなくなるのか。
これまではわからなかった漠然とした不安に、一筋の光明が今は見える。
この気持ちの先にそれがあると教えてもらったんだ。
前より少しだけ楽に受け取れる気がした。