「つーわけで、ヴァシリに宣言してきた。喉乾いたしなんかくれねえか?」
「……なにがどういうわけかわからんが、いいぞ」
〈深淵の森〉から帰って来たら部屋にフレデリカが居た。
別に見られて困る物もないからいいんだけど、言ってることが少し物騒だ。
水を二つ用意してから、備えつけの椅子に座る。
「それで? 師匠に何を言ったんだ?」
「お前のことを把握したって事と、肉欲だけじゃなくお前自身が醜くて認められねぇって思ってることを理解してやれってことだ」
「…………それはまた、随分急だな」
「こうでも言わねえと変わらねえだろ。私達が苦労を知らねえ生活を想像できないように、苦労を知らねえ奴に私達の人生は想像できねえ」
アリーシャのことを思い出す。
勇者一行として輝かしい功績を掲げる長姉、世界全体で見て最強の枠に入る次姉。そんな二人を身内に持っている彼女もコンプレックスを抱いていた。俺も同じだった。持たざる者同士意気投合する部分があった。
【払暁】となる以前はマリアンヌとの距離が最も近かった。
俺とマリアンヌはカルラやアストレアと違って才に恵まれなかった上に、盾役と治癒役として連携しなければならない立場だった。連携と言っても一方的に傷を負ってる俺を彼女が必死に治癒するというだけだったが、お互いに二人に負けないようにと奮起していた。
だけどそれは決して悪いことではない。
俺達にはそれぞれ違いがあって、それでも仲間としてやってこれたんだ。だからなんというか……少しだけ、寂しい。
「そんな顔すんなよ。別に誰かを非難してるわけじゃねえさ」
「……すまん。顔に出てたか?」
「そんくらいハッキリわかる方が私好みだな。腹の探り合いは好きじゃねぇ。他の連中も言ってるが、お前は隠すのがうますぎるんだよ」
隠すのがうまいと言われてもなぁ。
自分が普通ではない自覚があるなら、中身は隠そうとするだろ。
俺に何かあれば師匠の顔に泥を塗るかもしれないと思うと、下手なことは出来なかった。あと単純にまともでいたかった。
「それに、周りの連中はどんだけお前がダメな奴だったとしても絶対離れねえと思うぞ。あんだけお前にベタ惚れな奴らが今更離れられると思うか?」
「…………全然離れてくんじゃないか?」
「…………はぁ……」
呆れてため息。
「い、いやでも、実際離れようとしたことがあったんだ」
「はぁ? 誰が?」
「師匠が」
「……………………」
確か、アリアが俺の記憶を見てもなお受け入れてくれた後のことだ。
俺とアリアがお互い向き合えるようになったから私のような年増の出る幕はない──そんなことを言って、俺から離れようとした。俺には耐えがたいことだった。一度手にしたものを手放すなんてことは俺には出来ない。選べない。耐えられない。
だから俺は師匠を繋ぎとめた。
離れることは許さないと訴えた。
師匠はそれを受け入れてくれた、いや、考え直してくれた。
だけど誰がまたそうして考えるかわからない。
俺との行為を受け入れながらも嫌々やってるかもしれない。
受け入れられて当然の行為ではないんだ。
そう伝えると、フレデリカはまたもや長いため息を吐く。
「はー…………もうそれはよォ、なんつーか……すれ違っただけだろ。お互い大事にしようと思った結果だ」
「大事に……」
「そうした方がいいって思ったんだろうさ。お前もそうじゃねえか?」
「確かに良かれと思ってやったことが裏目に出ることはあるが、でもそれは、俺が無能だからで……」
「違う。誰にでもあることだ」
そう……なんだろうか。
だってみんな、失敗した様子なんて見せないじゃないか。師匠も、カルラも、マリアンヌも、アストレアも、みんなそうだ。俺にはわからない会話をしても通じ合ってることがある。
俺だけがわかってない。
そんな状況は多々あった。
「そりゃ、それこそ連中の失敗さ。お前がわかってないとか、聞いてないとか、そんなこと全く思っちゃいねえんだ。お前ならなんでもできると思ってんじゃねえか? ……あー、そうか、そうだよな。お前らはお互いに特別視しすぎなんだよ」
「…………」
身に覚えがある。
闇のマリアンヌに言われた通りのことだ。
マリアンヌは俺が思っているより普通の女の子だって闇マリは言ってた。そういう、ことなのか? みんな、そうなのか?
信じられない。
だって、俺みたいな無能と違って、みんな地位があって、立場があって、信頼があって、社会に一人で飛び込んでも生きていける人達だ。
俺が……俺だけが、それを成せない。
師匠がいなければ、三人と出会わなければ、ティムのように朝を迎えることも出来ずに死んでいただろう。
そんな俺と、みんなが同じとは、思えない。
だけどフレデリカはそうじゃないと言う。
そういう……ものなのか?
「無理に考えようとすんな。納得いかねえ時は、『なんか言ってるな』程度に捉えときゃいいんだ」
「えぇ……いや、流石にそれは……フレデリカに無礼だ」
「……いや、真面目か。真面目すぎだろ……」
真面目っていうか、自分に考える余裕がある時はちゃんとしなきゃだろ。師匠に教えてもらってる時に疲れすぎてなんにも話聞けてない事とかあったからな。笑って寝かしつけてくれたけど、一人になってからどれだけ優しくありがたいことをしてくれてたのかって思い知った。
だからこうやって親身にしてくれる相手の話を、そんな雑に扱うのはちょっとな。
「それに、お前らの仲違いをさせたいわけじゃないんだ。いいかフィン・デビュラ。私はお前に親しくしてるが、決して他の連中と引き離して独占しようだとか、私のモノにしてやろうとか、そんな考えは一切ねぇ。もし信用出来ないと思ったら誰でもいいから相談しろ。お前の進みてえ道を歩くための手伝いでしかねえんだ」
……理解できる。
それは俺もやったことがある。
アリーシャの時なんかそうだった。俺は彼女が欲しいだとか、邪な考えはなかった。呼び出されてやってきたのに実力不足の烙印を押して一方的に必要ないと拒んだことがあまりにも失礼だと思ったんだ。
それに放っておけなかった。
偉大な身内を持つ、特別ではない存在。置いて行かれた一人。他人事だとは思えなかった。
……ああ、そうか。
フレデリカはこういう気持ちなのか。
「………それでもやっていくしかない、か……」
これまで何度も自分に言い聞かせていた言葉だ。
割り切っているつもりだった。
いや、割り切れてはいるんだろうけど、心の片隅で蓄積したものが消せなかったんだ。俺にとってはそれが当たり前だった。だけど、その当たり前そのものがおかしいことだと認識することすらできない。
そりゃあ、俺が壊れてるってみんな言うわな。
闇マリが吸い取ってるのもきっとこういう自覚出来ない部分での積み重ねが主なんだろう。じゃないとマリアンヌに力が供給されるわけない。彼女の力の源が俺の感情だと言うのならば、きっとそれは…………。
「……前にも言ったけれどね、我が使徒」
闇マリの声が響く。
顕現し、背中からぎゅっと抱きしめられた。
「私はあなたの全てを肯定するわ。好きなようにやりなさい。あなたが思うままに生きなさい。これからまだまだ楽しくなるのよ。フィン。あなたの人生は、あなたがやりたいようにしなさい」
「っっ……」
フレデリカが息を呑む。
俺のやりたいように、か。
……そうだな。
社会的に認められて、男らしくみんなを妻に出来るような、誰がどうみてもすごい男だって言えるような男になりたい。
紳士的で、常識があって、理知的で、強くて……そんな男にさ。
バカみたいな夢だ。
師匠にもアリアにも【払暁】にだって相応しい、そんな男になりたいんだよ。
全部欲しい。
全部だ。
「っ……なんだよ、いい顔するじゃねえか」
「ふふ。いいでしょ? いい男なのよ、我が使徒は。抱かれてみる?」
「……それは要らねえ。こいつがいい男なんてのは最初からわかってることだ」
エッ、なんか普通に褒められてる?
なんか……照れるな。
なんか、こう、お世辞じゃない感じがして、照れる。
「……何ニヤついてやがる。そういうのじゃねえからな? いいな? わかってるだろ? 惚れんなよ? 惚れても、最悪身体の付き合いしかしてやれねえからな。それもつまんねえぞ。冗談じゃねえからな。絶対期待すんなよ」
「あら、あらあらあら……」
「フリじゃねえよ色ボケ女神……!」
「そんなに我が使徒が嫌なの?」
「嫌とかじゃなくてっ……!! こ、この邪神……!!」
ワナワナと手を振るわせてフレデリカが怒っている。
顔を赤く染め、耳の先端まで赤くなっている様子はまさに憤怒という他ない。
「闇マリ、フレデリカにあんまりそう言うのは……」
「あら。本気で嫌がってないわよ?」
「…………抱かれること自体は別に嫌でもなんでもねえって言ってんだろ。単純に、私がそういう行為でつまんねえ女だってのと、フィン・デビュラに必要なのは私を抱くことじゃねえからヤらねえって話だ」
目線を逸らし、フレデリカは不機嫌そうに言った。
「……もし俺が、俺の欲望のためにフレデリカと仲良くしたいって言ったら?」
「────……」
フレデリカは答えなかった。
ただ、無言で水を飲んで、目を瞑り黙った。