「私、女として未熟すぎませんか?」
「……どうしたのさ、いきなり変なこと言い出して」
マリアンヌの言葉に戸惑いながらアリアが聞き返す。
旧幼馴染同盟はフィンのフィンフィンを前に崩壊したが、彼女らの友情は崩壊していない。
フィンの全てを知ったアリアとマリアンヌではお互いぎこちなさもあるが、アリアは決してマリアンヌを無下にしないし、マリアンヌもアリアのそう言った気遣いを感じとっている。
たまにこうしてお茶会をする程度には仲が良いのだが、正午をすぎて突然部屋にやってきたマリアンヌを歓迎したアリアは何かあったのかと察した。
「えーと、何があったの?」
「…………実は、先程まで聖女のお二方と話してたのですが……聖女として、女として、格の違いを見せつけられたといいますか……」
「あ〜〜〜〜…………」
アリアはあちゃあ、という顔をした。
セラフィーヌとフレデリカの二名は最初は警戒されていたものの、【聖女】の名に相応しい精神を持って女性陣にも認められ受け入れられている。むしろ、愛を伝えるばかりでフィン・デビュラという青年の心に置き去りにされていた苦痛を理解してあげられなかったことを悔やみ、どうか救ってくれと祈ってすらいる。
かつて惚れ込む前のアリシアは、『フィンくんと深く関わるほどに彼の理解からは遠くなる』と考えていた。
「決してその、お二人は私に対して敵意を持っているとか、嫌っているとか、そういうわけではないんですが……だからこそ、私の浅ましさをすごく理解らされて……その……」
「……まあ、マリアンヌちゃんってフィンのこと性的に見てるもんね」
「うっっっ!!!」
記憶を見るまでもなく、マリアンヌが一番じっとりと『女』の目でフィンを見ていたことは理解している。だからこそ一番のライバルだと思いお互い幼馴染同盟などという約束されし敗北同盟を築いたのだ。
「私が言えたことじゃないけど、【聖女】って呼ばれてる割にちゃんとえっちだなとは思ってたよ」
「う、うううっ……!!」
涙目でプルプル震えるマリアンヌ。
「だ、だってぇ……フィンさん、あんなえっちな身体で普段から活動してるんですよ!? スケベじゃないですか! えっちです!!」
『わぁ……』
〈聖剣〉がアリアの中で呆れた声を発した。
「……でも、フィンさんの身体には、私達のせいで創られた傷跡がたくさんあって……今更、そんなこと…………どの口が言うんだって……」
「うんうん、それは【払暁】が悪いよね」
「…………すみません……」
アリアの据わった目で見つめられてマリアンヌは謝罪する。
フィンの全てを見たと言うことは、過去にどんなことをされて、どんな想いをしてきたのかも全て見届けたということ。
アリアはフィンのデリケートな姿を見せられ気絶しかけ、フィンが他の女を抱く姿を見て気絶しかけ、師と交わる姿を見て気絶しかけたが、最も怒りを抱いたのはフィンが王都に来てからの記憶だった。
フィン自身の境遇でもあるし、フィンの苦痛を理解しない周囲にも、フィンを苦しめる張本人であったカルラやアストレアにも怒りを抱き、何よりも、幼馴染が一番辛い時に隣にいなかった自分に最も憤怒を抱いた。
でもそれは、決して表に出すべきことじゃない。
己の不甲斐なさに苛立ち腹を立てたが、その怒りの全ては彼女自身の中で消化している。
幼い頃は感情に振り回されていたアリア。
だが今はそうではない。
長年の旅と濃密な経験、そして愛する幼馴染のことを理解したことで、女としても人としても何段も成長を果たしたのだ。
──その成長の源は、幼馴染が自分のことをとても好きで、二度と手放したくなくて、一生一緒にいてくれと思われていることがわかり自信がついたからだとは、誰にも言うつもりが無かった。なぜなら、他の女にも同じ想いを抱いていたから。自分の口で他の女を慰めるのはなんか悔しいじゃん。
幼馴染として許せない一線だった。
そう、幼馴染としては。
マリアンヌは幼馴染同盟として脆い関係を結んだ間柄である。
アリアが手を伸ばすには十分な仲だった。
続きを促すアリアに、マリアンヌは口を開く。
「でも、私たちは言葉を口にしないとフィンさんに何も伝えられないんです。過去のフィンさんを蔑ろにしてきたから。フィンさんのことをえっちな目で見てるって何度も言って、その、私のやりたいようにさせてもらって……それでようやくフィンさんが、少しでも自分を認めてくれたと思ってたのに。でも、それは表層に過ぎなくて、本当のフィンさんはあの頃の絶望を今も根深く感じているとわかって…………」
「……私も、フィンにはちょっと恨まれてるからなぁ。それはどうしようもないんだよ」
あっけらかんとした発言にマリアンヌが目を見開く。
「私がどれだけ言い繕っても、私とフィンの差はあるから。フィンは無自覚だけどさ」
「……アリアンロッドさんまで……?」
「フィンは本当に私達のことを愛してくれてる。でも、フィン自身が自覚も抑制も出来ないところがあるの。それがマリアンヌちゃんの力の根幹になってる部分だね」
「……っっっっ!!」
ガツンと頭を殴られたような感覚。
わかっていることでも聞きたくない、認めたくない事実がある。
マリアンヌ・ハイレンディーヌを聖女たらしめている力は、フィン・デビュラの苦痛と憎悪だ。無尽蔵の魔力は無尽蔵の憎しみによって作られている。
それを初めて知った時、マリアンヌは自殺を選びかけたほどだ。
錯乱し、便器に頭を打ちつけて死のうとした。
仲間に止められたから今でこそフィンと良好な関係にあるが、今もその事実が胸をキツく締め付ける。
「だから仕方ないことだよ。私達じゃ、フィンの心を救えない。守れない。だって、他ならない私達がフィンを傷つけたんだから」
アリアの言葉に、言葉を失って打ち震えるマリアンヌ。
「……けどまあ、だからといって私達が二人の聖女に女として劣ってるわけじゃないからね」
「……ん? え? それは、どういう……」
「だってフィン、私のこと大好きだもん」
マリアンヌはフレデリカとセラフィーヌと話し、自分がどれだけ未熟なのかと突き付けられた気持ちでいた。それに対してアリアは、それは違う話だと答えた。
なぜなら、フィンは自分達を愛してくれているから。
「フィンは私の前で子供っぽくなるんだよ。師匠の前で素でやらかすのとかとは別でね、わざとらしくなるの。あんなにカッコいいフィンが、私の前で昔のフィンになる。すごく……えっちだよね」
「……は、はい……」
「どうしてそうしてくれるのか? それは私を愛してくれているから。私がフィンの全てを受け止めて愛すると言えたからだよ。記憶を見て、私はフィンの全てを理解して、改めて愛すると誓ったの。私、巨乳で良かった」
「……捥ぐぞ」
「ヒィッ! や、闇のマリアンヌちゃん!?」
別に大きさで揶揄われているわけでもないのに胸を張ってフフンと得意げにする姿に苛立った。
「ま、まあおっぱいの大きさは愛を左右しないから……。んんっ。私が言いたいのはね? マリアンヌちゃんはマリアンヌちゃんで、フィンに愛されてるんだよ」
「…………その、愛が、分からないんですよ……」
フィンがマリアンヌに向ける愛は特別なもので、肉体に付属するものではない。そう聞かされているからこそ余計に彼女は己の欲望と現実のギャップに苦しんでいる。
「フィンはマリアンヌちゃんの困ったような笑顔が特に好きだよ」
「……………………へっ」
「あれは多分……悔しいけどフィンの好みだよね。間違いなくマリアンヌちゃんがずっと一緒に居たから出来た好み。私のじゃないもん。私あんなふうに笑わなかったし。ホラ、マリアンヌちゃんがごろつきに絡まれてフィンが助けに入ってボコボコにされてる時あったじゃん」
「あ、ああ、確かにありましたが……」
「あれでマリアンヌちゃんが泣いて申し訳なさそうに謝りながら治癒してさ、最後に泣き止んで笑った顔がフィンに刺さっちゃったみたいで」
「ひぇっ、ぇ、ぅ、……」
顔を真っ赤にしたマリアンヌが俯く。
(ぜ、全部見たって、その、本当に全部!? なんで!? それっ私が誰にも言ってない話なのに!? 私だけのお宝だったのに!!? バレてる!? は、恥ずかしいっ! フィンさんとの秘密が全部バレてる!? 浅ましいところ全部見られちゃった!?)
「うーん、やっぱり私の勘は合ってたんだよねぇ。マリアンヌちゃんが最大のライバルだったよ。あくまで恋敵として。人としては、受付嬢が一番だから…………ああやって助けて欲しかったんだよね、フィンは。ごめんね……」
(や、やだやだやだやだっ!! お昼食べてデートしてるところとか、昼寝中にこっそり手を繋いだところとか、それとなく後ろを歩いて匂い嗅いだりとか、全部バレちゃってるの!!? あ、あ、そ、そっか、私、もう、アリアンロッドさんに、逆らえないんだ……)
アリアの後悔の滲む言葉を聞く余裕もなくマリアンヌの脳裏にはかつて自分がこっそりフィンにアピールしたり独り占めしようとしている瞬間が溢れ出している。
顔が真っ赤で視界がぐわんぐわん回る。
そんな彼女を見ながら、アリアは言葉を重ねた。
「……だからさ、私達は私達なりの形でフィンに愛を伝えていくしかないと思う。私達はフィンを助けられないし守れない。だけど、フィンが自分を肯定していくために支えていくことは出来ると思うから」
(……嬉しさとショックでぐちゃぐちゃなんだよね。わかるよ。私もそうだったもん。愛されているのと同時に心のどこかで傷を負わせてる。認められなくて〈聖剣〉に喚いちゃったもんなぁ。関係が深いと助けられないなんて、そんなさ。そんなの……私達のせいだけど……)
アリアは俯いて震えるマリアンヌを見て同情を隠せない。
自分も通った道だから。
きっと彼女も乗り越えられる。
フィンの本当の意味での理解者になれるはずだと期待している。
「……頑張ろうね、マリアンヌちゃん」
「っっ……は、はい……っお、お手柔らかに……」
「…………えっと、私はそんなひどい手段取るつもりはないんだけど……」
困惑するアリア。
マリアンヌが何か勘違いをしているのではないかと思ったが、動揺しておかしなことを言っているだけかと一人納得した。
(いつかフィンが、自分のことも愛せるようになったら──ううん。そうしなくちゃいけないんだから。過去は消えないけど、フィンはわかってくれる。私もちゃんと向き合うから)
アリアの決心が、目の前のエロ聖女に届くまでは、まだ少しの時を要した。