「はい、フィン。あ〜ん」
「あーん」
「フィンさん、こちらも……」
「あーん」
「うむ。フィン、これもどうだ?」
「あーん」
「フィンくん、こっちはどうかしら」
「あーん」
「おにーさん♡ お口いっぱいで苦しそう♡ 私のも食べて♡」
「あーん」
むふふ……。
数多の美女が俺を囲んで次から次へとご飯を食べさせてくれる。
まさに俺が夢見ていたハーレム。
俺のような男がこんな幸せを味わえるなんてな。
幸せ過ぎてなんだかお腹がいっぱいで……
……いや流石に腹いっぱいだわ。
五人から飯食べさせてもらってるのはめちゃくちゃ嬉しいんだが、もうそろそろ十分かなって感じ。
「はいフィン、おかわりだよ」
「えっと、こちら……ヴァシリさんほど上手ではないですが……」
「ふふ、そなたの好きなものを揃えたのだ。満足するまで食べるがよい」
「まだヴァシリに貰ったお菓子はあるわよ。遠慮しないでちょうだい」
「…………あはっ♡」
差し出される五つ分のフォークやスプーンに箸。
お、終わらないっ!
あーんが終わらない!
アリアから始まったあーんがずっと続いていく! 幸せだけど、幸せなんだけどなんか違う! あーんってもうちょっと甘々な雰囲気じゃなかったか? こんな詰め込まないといけないもんか? 師匠との鍛錬を思い出すんだが。 マゾな部分が刺激され始めてるんだけど?
『うむむ……黒森人は流石に腕が良いわね。供物の中でも最上級、いえ、これは……』
『うまいのう。おぬし、そこな剣士の作りし飯をもっと食え。食うたことのあまりない味でうまいぞ』
カルラのか?
カルラの出身は東方だからこっちの文化とかなり違うからな。
一緒に暮らし始めてからよく振る舞ってくれていたが、俺もお気に入りの一品だ。胃袋を掴まれていると言っても過言ではない。
しかし、少し待ってほしい。
複数の女性に食事を作ってもらえるのは本当に嬉しいんだが、これは流石に苦しいが勝る。お腹いっぱいだよ。ら、らめぇ! もう入らないのぉ! フィンのお腹もうパンパンなのにパンパンされてるぅっ!
『きもいから死ぬがよいぞ』
『我が使徒、次やったら腹の中にぶち込むから』
そっ、そんなぁ!
お二人の真似をしただけなんですけど笑
「うびびびびびびびっ」
「!?」
「!?」
「!?」
「!?」
「!?」
し痺れっ痺れるっ脳がアバっアバババっ!!
「す、すまん。突然闇のマリアンヌが俺に悪戯を……」
「……えっと、今フィンくんが攻撃される理由はなんだったの? 一応これからは無いように対策したいのだけれど」
「エッ。…………自業自得……?」
「あはっ♡ 邪神に弄ばれて自業自得はないでしょ」
据わった目のアリーシャがそう言って、カルラもうんうんと頷いている。
『ねぇ我が使徒。あなた私のせいにすればなんとかなると思ってない? 思ってるわよね?』
『ワハハハ! 自分の使徒に罪をなすり付けられるとは、良い気味じゃて!』
『黙れ』
『うぎゃーっ!!?!?!』
頭の中で暴れ回らないでほしい。
頭の中を弄られるなら良いんだが、俺を放置して神様同士でイチャイチャされると寂しくなるので。俺も混ぜろよ! 女神様の間に挟まる俺、ぐふふふ……今日はこれでいいや。よくない。今は禁欲中だろ! もうマリアンヌとヤっちゃったけど! それでも! 俺は禁欲中なんだ! エッチなのはダメ!
アリシアさんは俺を見てピクピクと頬を引き攣らせているが、どうやら何が起きたのかを察することはできていない様子。
前は二つ分だったのが今や三つ分だからな。
そりゃあ分かりにくいだろう。
これまで以上にアリシアさんを困惑させることができる。
……ヌゥッ、これはフィン・サディスティック・デビュラではないか?
よくない……これはよろしくない。
性欲を抑えているせいで面に噴出してきているのか? やだよそんなの。マゾもサドも行きすぎるといいことがないんだ。
自制しないと。
しかし俺の記憶を見ているアリアは何か思い当たることがあったのか、ジト目で俺を見ていた。
「……どうした、アリア」
「……フィン、闇のマリアンヌちゃんのこと煽った?」
「エッ!? ……い、いや、煽ってはいないぞ。いつもの仕返ししただけで」
「へ〜、本当かなぁ。フィンって割とそういうところあるもんね?」
ギクギクッ!!
バ、バレてる!?
うっすら舐めたこと考えてることもバレてる!? 俺がマゾとか劣等感抱えてることだとか、そういうのとまるで関係ない部分が!? まあ考えるだけでは飽き足らず舐めるようになったんですけどね。舐められてもいる。お互い様だ。
「……確かに、アストレアを『ばあば』と呼んで揶揄っていたな。ああいう冗談を他に言っているところを見たことはないが……」
「えっ……しょ、正気? 殺されかねないわよ!?」
「アリシア姉さんはアストレア姉さんを危険動物か何かだと思ってるのかな。まあ否定しないけど」
あ、アストレアのあれは、手酷いマゾ欲求を満たしてくれるかなと思って冗談っぽく言ったら本人も乗ってくれた奴だから。
……あれっ。
つまり闇マリにやってることと変わらなくない?
い、いやでもアストレアは優しいから俺に攻撃とかしてこないし。闇マリみたいに酷いことしてこないもん。
「…………おにーさんって、結構バカ?」
「おほっ! バカとはなんだ、バカとは。仕方ないだろ。気安いノリを許してくれて尚且つ調子に乗ったら俺が求める苦痛を的確に与えてくれるんだ。やらない理由がない」
普段は隠してる俺のしょうもない本性で接しても許されてる感じがしてさ。
闇マリは女神だからわかってて相手してくれてる。
アストレアは素で俺の喜ぶ対応をしてくれてた。
つまりこのふざけたコミュニケーションは、俺のマゾ欲求と寂しさを紛らわすために必要な儀式だったんだよ。俺は弱いから。心が強かったら、こんなふざけたことしなくても良いのかもしれない。でも俺はしなくちゃ耐えられなかったんだ。
つまりこれはフィン・サディスティック・デビュラではなくフィン・ドマゾ・デビュラだったと言うわけだ。
「ふ〜ん? じゃあ私がおにーさんのこといじめてあげよっか♡ 可愛がってあげる♡ 三食ご飯つきのペットにしてあげるよ♡ あの時言ったのは嘘でも冗談でもないんだよ♡」
「な、なんだと……!?」
あ、アリーシャのペット……!
今の立場も何もかもを投げ捨てて……!? ひ、惹かれるッ! 良くないからこそ惹かれてしまうッ! やはりアリーシャは恐ろしい才覚の持ち主だ。マゾの心を良くわかっている。俺が今の立場と目標を絶対に捨てないとわかっているからこそ、こんなにも魅力的な提案が出来るのだ。
そうだ、この葛藤こそが気持ちいいんだ。
昔グリセルダを筆頭としたエルフ達に罵られていた時もそうだった。その道は選べないからな。選べないからこそ、この葛藤と選んだら終わるというドキドキが至福のものになるんだ。
流石はアリーシャだ。
「…………」
「ど、どうしたのだアリシア殿。そんな虚ろな目をして」
「……いえ。見抜けるわけないわよね、こんなの……」
ため息を吐くアリシアさん。
まあ、その気持ちもわかる。
妹がこんな絶妙なうまさをしたサドだとは思いたくないだろう。
「──あ。セラフィーヌが部屋に近い」
アリシアさんの言葉に全員がそそくさと離れ、スムーズに偽装を施していく。
拠点内でアリシアさんが常に監視していればセラさんに話が漏れないようにするのは容易だ。というより、以前マリアンヌとイチャラブ禁欲破りをしていた際にフレデリカに露見してしまったので、それ以降は常に監視するようにしているらしい。
プライベートなタイミングを除いてずっと見ているのだとか。
正直、セラさんに悪いと思ってる。
けどあの人を巻き込まないようにというのはこちら側全員の総意だ。フレデリカも同意している。だから仕方のないことなんだろうが、セラさんほどの良い人にこんな騙すようなことをするのは、心が痛む。
「フィンを取り合っているような演出程度はしても良い気がするが……」
「余計な心労かけさせない方が良いわ。心の底からフィンくんのことを想ってる人だもの。あまりに私達が自分勝手だと放っておけないって、フレデリカみたいにやるかもしれないわよ?」
「……それもそうか。聖女とは凄まじいものだな」
カルラの言葉を聞いてマリアンヌが顔を曇らせる。
どうしたんだ?
へい闇マリ、マリアンヌは何であんな辛そうな顔をしてるんだ?
『……簡単に言えば、人としても女としても他の聖女に完敗したからかしらね』
完敗……?
『フレデリカもセラフィーヌも、我が使徒に対して無償の愛を抱いています。己の信念で我が使徒を助け救うと決めた。それに対して我が巫女は、どこまで行っても普遍的な少女でしかない。その差に打ちひしがれているのよ』
…………?
いや、マリアンヌは立派な聖女だろ。
確かにセラさんもフレデリカも立派な人だ。少なくとも、俺如きが気にかけてもらえるような人じゃない。気高くて美しい人だ。
だが、マリアンヌだって負けてない。
俺は知ってる。
彼女と共に歩いて来たんだ。
心を痛めながら俺を治癒してくれたこと、まだ力が及ばない時から街中で治癒をして傷付いた人を癒していたこと、孤児院の子供たちになけなしの報酬を使って食事を分け与えていたこと。
マリアンヌは自分がそうすることを誇りだとも思っていないんだろ?
ならやっぱり、聖女として相応しいのは間違いない。
少なくとも俺は忘れない。
マリアンヌが涙を流して孤児院で息絶えた幼子を抱きしめていたこと。傷だらけの俺を見て泣いてくれたこと。あれこそが、マリアンヌの本当の姿だ。慈愛に満ち溢れた少女だ。
まあ聖女になってからは金銭的にも実力的にも余裕が出来てそんな追い詰められることなかったから、本人も忘れてるのかもしれない。それに、俺のことで随分彼女を追い詰めてしまった。
責任は俺にもある。
……一度、王都に帰った方がいいな。
マリアンヌと一緒にまた孤児院を回ろう。きっとそれがいい。
そう決めたところで、扉をノックする音。
アリシアさんの了承のあと、セラさんが部屋に入ってくる。その隣にはフレデリカも同行していた。
「よう。今日も今日とて悪巧みか? フィン・デビュラを虐めてねえだろうな」
「虐められてなんかいないさ。みんなの作ったご飯を食べてたんだ」
「まあ、お料理パーティーですか?」
セラさんが目を輝かせてテーブルを見る。
かわいい~。
純真無垢な笑顔だ。
アリアもよく見せてくれるのだが、セラさんのもまたとびきり可愛い……。俺の脳内に保存しといて、闇マリ。
『私のことなんだと思ってるわけ?』
俺の嫌な記憶を消してくれる女神様。
『…………』
「ええと、良ければセラフィーヌさんも如何ですか?」
マリアンヌがそう告げると、嬉しそうに微笑んだ後、申し訳なさそうな表情へ変わった。
「お誘いありがとうございます。是非にと申し上げたいのですが、実は……」
「王都に一回戻って来いってエクトルのジジイから手紙が来たんだよ」
ひらひらと指で挟んだそれには封蝋を空けた痕がある。
確かに、マリアンヌ宛に届く手紙で見たことがあった。
「私はともかく、セラフィーヌは戻んなきゃならねえ。こいつを待ってる患者が山ほどいるんだ」
「そうだな。セラさんを俺達が独占するのは良くないことだ」
お世話になっているからこそ言える。
顔色一つ変えずにお尻に杖を捻じ込んで治療してくれる聖女だ。自分の身体を見せても絶対に大丈夫だと確信できる上に抜群の腕を持ち心優しく美しい人。大商人や貴族が大金を積んで治療を望むのは無理のないことだ。
俺だってその中の一人だ。
大金を支払って内臓を治してもらっていた。
セラさんが治療してくれたのは偶然だが、やってることに変わりはない。
「つーわけで、これからセラと私は一度向こうに戻る。危険はねえだろうが、護衛は王都で代役をしてる。ついでにジジイに宣言して来るわ。こっちで本格的にやるってな」
そうか、フレデリカも戻るのか。
…………これは、ちょうどいいんじゃないだろうか。
「マリアンヌ。一度俺達も戻らないか?」
「……え?」
「家の管理は任せているとはいえ、あそこは俺達の家だ。緊急で対処しなくちゃいけない問題も今はない。一度王都で羽を伸ばそう」
その言葉を聞いて、マリアンヌは目を丸くする。
闇のマリアンヌの話に始まり、俺のマゾバレやら、邪神の話やら……とても密度の濃い日々だった。消耗してるんだと思う。目の下にある隈は消えてない。自分で治癒で治すことも忘れてるんだ。
「また一緒に孤児院を回ろう。子供たちに囲まれて、食事をして、釣りに行ったりするのもいい。どうだ?」
沈黙が落ちた。
誰も言葉を発さない。
マリアンヌは俺の言葉を聞いて瞬きを何度かしてから、口を開く。
「…………フィン、さん……」
そのまま、困ったように笑って、涙を流した。
「エッ、な、なんで泣く? すまん、嫌だったか?」
「ち、ちがっ、そ、そうじゃなくて……う、嬉しくて……」
そう言いながらぐすぐす泣いてしまったマリアンヌに、隣に座っていたアリアが苦笑しながらハンカチを渡した。
「……やっぱり、フィンはフィンだなぁ」
「えっ」
仲間泣かせただけの最低な男なんだが。
俺ってそんな奴だと思われてたの!?
嘘だよな、アリア。
でも確かに昔アリアが泣いた理由の三分の一くらいは俺が関わっていた気がする。
……や、やばい。
否定できない。
「んーん。やっぱり私は、そういうフィンのことが好きなんだなぁって」
「……そうねぇ。紛れもなくフィンくんの魅力的なところよね」
「うむ。我らは目を曇らせてはならぬな」
「んふっ。あの時もそうやって私に甘くて優しいのに厳しい言葉で誑かして来たもんね♡」
別に誑かしてなんかいないのだが、結果的にエルフの王女であるアリーシャをこちらに引き留めたのは俺の判断でもあるので、あながち間違いともいえない。
思わず黙り込んだところで、フレデリカが助け舟にもならない言葉をポツリと呟いた。
「……お前、どこでも同じことしてんのな」
その瞳には呆れ、そして声にはほんの少しの棘と、戸惑いのようなものが混ざっていた。