【勇者】アリアンロッドは激怒した。
必ずかの邪知暴虐たるパーティー【払暁】の女どもを排除せねばならぬと決意した。
アリアには事情はわからぬ。
事情を聴く前に突っ走ったからだ。
けれども、好いた男が女を惚れさせることには敏感だった。
アリアは幼馴染と昔の暮らしを再現しようとする謎のとっかかりを利用し同棲を目論んだが、すでにパーティーメンバーの美人三人と同居しているとフィンに告げられ、脳味噌が一瞬で沸騰し、死んだ。
「フィ、フィン……これは一体、なにがあった?」
「わからん。いつのまにかこうなってて……」
「ああ……! な、なんてことだ……!」
ヴァシリは変わり果てたアリアの姿に唇を噛み締める。
魂が抜けたような顔。
半開きの口、光のない瞳。
ぶつぶつと何かを呟いているその姿はあまりにも不気味だ。なまじ見た目が整っているから、乱暴をされたのかと思う程。
まさか、〈知識〉が当たってしまったのか?
フィンならば覆してくれると信じていた。
それは間違いだったのか?
私は、過ちを犯してしまったのか。
悔やみながらアリアを正気に戻すため近付くと、ぶつぶつと何か呟いていることがわかった。
ヴァシリは覚悟を決め、耳を寄せる。
「……わたしの……フィンが……取られた…………取られ……わたしの……おうじさまが……」
その内容はまるで逆で、最悪の想像をしていたヴァシリはバカバカしいなと考えることを放棄。
困り果てた顔でアリアを背負って帰って来たフィンを見て苦笑してから言い放った。
「なんだそのことか。私は知ってたけどね」
「──えええええぇぇ!!? なんで言わないの!? なんで止めないの!!」
背負われたまま正気を取り戻し絶叫したアリアにフィンの耳は破壊された。
何も聞こえないが、一瞬鼓膜が破れる痛みが奔り気持ち良さに身体を震わせた。
「そりゃ、ここは私のお膝元だ。知らない訳がないよ」
本部長マーカスに対し『指名依頼よろしく。あ、詳しい事情は聞かないでね。断れないことも忘れるな』と気軽に命令できる人物が、王都での出来事──それも、弟子の動向を把握していない訳がない。
「ギルドにはちゃんとした人材を紹介しろって言ったんだ。まあ、ちょっとばかり、クセのある子たちだったみたいだけど」
「……け、結果オーライだから許せよ。な?」
「あ、あはは……フィンさんには、たくさん助けて貰いました」
一方、談話中にフィンとアリアが乱入してきたことで動揺したマリアンヌは冷静になる暇もなくヴァシリより放たれた牽制に降参する。
盾役とまともに治癒もできない修道女、剣豪とエルフ。
確かに噛み合った結果今はいい巡り合わせと言えるが、あの頃はどうだったか。
少なくとも一番被害に遭っていたフィンが悦んでいるので、マーカスは意図せずフィンを最も喜ばせた人物ともいえる。
「ところでフィン。トラブルに巻き込まれなかったかい?」
「……? すまん、耳が聞こえん」
「…………あ。さっきので鼓膜破れたな、これは……」
そう言ってヴァシリはため息を吐いた。
立ち上がり、アリアを背負ったままのフィンへ近寄り──アリアはそのまま肩に顎を乗せている──両耳を手で包み込んだ。
「──【治癒】」
褐色の両手から産まれた光が、破れた鼓膜を再生する。
「アリア。久しぶりにフィンに会えてうれしいのはわかるが、あまり迷惑をかけるんじゃない。フィンは身内だが、それと同時に金等級パーティーに所属している冒険者なのだから」
「う……ごめん、フィン」
「いいよ。俺だって二人と久しぶりに会えてうれしいんだ」
「……えへへ、そっか。フィンもか」
「こやつめ、嬉しいことを言うなぁ」
「ぐえっ」
背負われているアリアは幸せそうな顔で、ヴァシリは満更でもない表情で肘をぐりぐりとあてて、フィンは脇腹を抉られて若干苦しそうな声で鳴く。
和やかな雰囲気で三人は交流している中、ギルド本部長のマーカスはソファに座ったままどう脱出するかを必死に考えていた。
理由は三つ。
まず、圧倒的に気まずい。
自分が子供の頃から知っている伝説的なダークエルフが、なんかすごく、こう……何とも言えない顔をして年下の男に絡んでる姿を見るのは、家族が男・女の顔を見せている瞬間を見ているのと同じくらい気まずい。
マーカスとていい歳だ。
妻もいれば娘もいる。
娘が彼氏と称した貴族三男坊の冒険者を連れてきた時は怒号が鳴りやまない素敵なパーティーとなったのは記憶に新しい。現場たたき上げの冒険者に認められる男というのは低いハードルではないのだ。
それにギルド本部長となってからも何度か世話になっているので、女として見ていないからこそ気まずさがある。
次に、口にする言葉のどこに爆弾が潜んでいるか想定できない。
白金等級冒険者であり初代ギルド長でありハイエルフの預言者や彼女にだけ知識を授けたと言う謎の人物との関わりがあり、なにか大きな目的のために暗躍する秘密主義者。
それが一般的なヴァシリ・ヴァルバロイである。
立場上漏らせば楽に死ねないような情報だって握っているマーカスはこれ以上背中にものを背負いたくなかった。
預言関係も、ヴァシリが死ぬ予定だったとかも、なんにも聞きたくなかった。
そして最後に──隣の席に座る聖女の様子がおかしい。
ミシリと杖が悲鳴を上げるほどに手に力がこもっている。
目は完全に見開かれて、三人をずっと見つめていた。
(────修羅場じゃねえか!)
元々【払暁】は色んな噂が流れているパーティーで、フィンは三人の美女に囲われているヤリ手だとか、三人の美女がフィンを奪い合ってるとか、ギスギスハーレムパーティーだとか好き放題言われているのだ。
否定はするし、調子に乗った奴は徹底的に叩かれている。
それでも絶えない程度には言われている。
それは、【盾役】の癖に金等級になったフィンへの妬みが強い。
実際に喧嘩を売ればボコボコにされる上に他三人も黙っていないから直接言えないだけなのだ。
そういうパーティーは実際に存在するし、大体は途中で行方不明になる。
その後裏社会でちょっとした話題が出たりするが、居てもその程度の存在でしかない。もし仮にこのパーティーがそうだったとして、金等級冒険者にして白金等級へ最も近いとまで言われるような実力を持っているのだから、淫欲によって構成されているパーティーではないと誰でも理解できる。
仮に淫欲で構成されていたとして、ギルドからすればこれだけ強いのだから文句はない。
……しかし。
物事には限度がある。
(おまっ、おまおまお前デビュラァ!! どうなってんだお前は! 【聖撃の聖女】に【暴風】に【紅蓮の剣聖】が近くにいるのに、【天星】と【勇者】まで!? おかしいだろ! お前だけなにかがおかしい! 普通じゃねえぞ!!)
マーカスにとってフィン・デビュラとは、突然上から『ちゃんとした人材を案内するように』と指令を受けた謎の少年だ。
出自は村人。
後ろ盾も何もない薄汚い子供で、とても上役が気に掛けるような人間ではないと思った。ただまあ、指令は指令。当時注目株だったカルラにアストレア、盾役を回復させるためのマリアンヌを加え後から何も言われないようにした。
まさかその正体が【天聖】の弟子で【勇者】の幼馴染など、誰が思うのか。
(き……金等級冒険者に、白金等級冒険者の、痴情の縺れ……)
ぶるりと背筋が震えた。
もし仮に【星天】と【払暁】が戦ったら、どうなるか?
答えは単純、王都が壊滅する。
ただの一人で大貴族を滅せるような個が七人もぶつかるなど悪夢でしかない。止められる戦力は王都にはほぼおらず、【廻天の聖女】ならば或いは。
(無理無理無理!! 終わる! 王都が終わるッ……!)
勝てる勝てないではなく、戦いが起こった時点で詰む。
マーカスは滝のように汗を流して思案する。
明らかに機嫌を損ねてるマリアンヌ。
気にせず甘えるアリアに甘やかすヴァシリ、なすがままのフィン。
それを見て我関せずの姿勢を崩さないアリシア。
アリシアは一見無害そうに見えるが、アストレアの姉だ。
つまり、何かしらの因縁があってもおかしくはない。
油断はできない。
だが、ここは冷静に。
一手間違えれば王都が火の海になるのだと理解しながら、マーカスは慎重に狙いを定める。
マリアンヌは正気ではない。
アリアンロッドには触れない方がいい、アリシアは興味なさそう。そうなると、ここで頼れるのは……
「──……スーッ……よし。おう、天聖の。そろそろ帰れ」
ヴァシリ一択。
いかに男に現を抜かしていたとしても、ヴァシリは信用できる。暗躍と陰謀だらけの女だが、それだけ長い間社会に関わって来たのだ。
こんな場所で、痴情の縺れで王都を台無しにするようなことはしないだろう。
そう信じて、マーカスは勇気を振り絞った。
「……そうだね。そろそろお暇しようか」
「……! あ、つまりフィンも……」
「依頼的には、一緒に来てもらうんだけれども」
一瞬ヴァシリはマリアンヌの方を見た。
ガリッと音が聞こえた。
見たくないし気が付きたくないのでマーカスは全力で無視した。
「さきほども言ったが、取って食ったりはしない。心配なら一緒にどうだい?」
「…………明日、朝に、向かわせていただきます」
「そうかい? なら待ってるよ」
苦笑しながらヴァシリは言って、三人に退出を促しながら部屋を出ていく。
ほら、降りるんだ。勇者がそんな姿見せてどうする?
えー、もういいじゃん。フィンと一緒なんだし。
いいわけないでしょ……ごめんなさいね。私はアリシア・ラ・アエラス。アストレアの姉よ。
姉君か。いつもアストレアには世話になっている、フィン・デビュラだ。それに、迷惑じゃないさ。アリアが変わってなくて寧ろ安心した。
……うわー。これ、やばいでしょ。ね、絶対放置しちゃダメなタイプの子じゃない?
……はは。何のことやら。まったく、私のフィンは人気者で困るな。
…………(絶句)
廊下の向こうから聞こえる話し声は少しずつ小さくなっていった。
四人が去っていく。
部屋に残ったのは、目をかっぴらき、歯軋りをして、杖を握り締めるマリアンヌと、遠い目をして窓の外に視線を移したマーカスだけだった。
「…………急用を思い出したので、失礼します」
「……おう。またな」
フラフラと出て行ったマリアンヌを見送って、彼はギシ、と椅子を鳴らして伸びをする。
そして大きく息を吐いてから、一言、絞り出した。
「…………家族で旅行でも行くか……」