フィン達が王都へ戻っている最中、ヴァシリはアニカを部屋に呼び二人で会話をしていた。念の為部屋を風で覆って防諜する徹底っぷりだが、それは仲間達に聞かせないためではなく、この世を見ているのかもしれない神から少しでも身を隠すための手段だった。
「──なるほど、東方DLCかぁ……」
「ああ。フィンが昔知り合った友人が……ええと……枕元に現れたみたいでね。おそらくアニカと同じ境遇だったんじゃないかと思うが」
「詳しいところは知らねーけど、十分あり得ると思うぜ」
転生者でありこの世界がゲームとして発売されていたことを知っているアニカからすれば、死者が蘇ることも不思議ではない。
「アンデットによるリョナシーンもあるわけだしなぁ。亡霊が大量に湧きだしてきて怨念で犯してきてもおかしくない」
常軌を逸した発言だが、ヴァシリは頬を引き攣らせるだけで否定しなかった。
「そ、そうか。東方DLCがあると思う理由は?」
「同人エロゲで戦国風はよくあるんだよ。シリーズ物なら三つ目あたりで戦国バージョンで発売されたりしてさ」
「戦国……?」
「あれ、そこら辺聞いてないのか?」
アニカは驚いた顔を見せる。
ヴァシリにかつて教えを授けた転生者が居ることは聞いていた上に、同郷で同じ趣味をしているのは間違いなしで全て教えていると思っていたからだ。
「東方諸国がそもそも前世の故郷がモデルなんだけど、大体五百年くらい前の時代に戦国時代があったんだよ。それがすげえ人気でさ、偉人が女にされてエロい目に遭うことなんてしょっちゅうなんだ」
「……偉人が……女にされて、エロい目に……?」
「おう。文豪とかもそうだし、なんなら国が女体化してエロい妄想されたりしてたぜ」
絶句するヴァシリ。
「だからまぁ、この世界にも戦国時代があるのは納得できる。何ならメインで扱われてもおかしくねー要素だ。……剣聖やら何やらの伏線はここで回収するわけか。無駄に手が込んでんだよな、リョナエロゲの癖に」
「……仮にそうだったとして、どんな舞台になると思う?」
「……国取りSLGになんじゃね? いや、でもなぁ。そこまでゲームシステム変わるとは思えねえし……でもなんか無駄に気合い入ってるのが……」
(戦国SLGはエロゲ界じゃ伝説みたいなもんだしな。取り扱ってもおかしくねーけど、どうなんだ? そこまでやんのか? マンネリ化防ぐために? ……いやいや、流石にねーよな。そこまでやるわけねえ。同人リョナエロゲのDLCで別ゲーシステム突っ込むなんてあるわけ……いやでも、逆に同人だから何しても良いわけだし…………)
(──逆に考えろよ。仮に東方諸国DLCが来るとして、消費者としてどんなモンが欲しい? そんなの決まってるよな。モチーフがある女キャラだよな、うん。あー……これ、うん。考えれば考える程国取りSLGっぽいぞ……西で魔王軍、東は何になる? うん? 逆に規模が小さくなる可能性もあんのか?)
「ふむ……国取りSLG、という意味を聞いても?」
「……ああ、説明してなかったか。国取りシミュレーションゲームの略でな。エロゲ界だと割とよくあるジャンルなんだよ」
「…………なる、ほど。その前の内容から察するに、戦国時代で戦と占領と凌辱を行う類の話だな?」
無言でアニカは頷く。
「ただ、あまりにもシステム……世界観が違うから本当にそうなるかはわからん。この世界はあくまでRPG……一人の人物を中心とした冒険譚みたいなもんだ。それが追加コンテンツで別物に代わるのかと言われると、おかしいような気もする。……正直わかんねえな」
「しかし可能性はあると。ならば考慮する価値はあるさ」
そう言いながら、もしも本当にその通りだった場合のことを考えると、ヴァシリは嫌な感覚を胸に抱く。
(国取り……あまり表立って参加したいものではないね。モンスターが相手ならばまだしも、人間同士の殺し合いをあの子たちに経験させたくはない……)
野盗を相手とした経験はあるが、国同士の戦争など早々あるものではない。
王国周辺は勿論だが、元々ヴァシリがコントロールして出来るだけ何も起きないようにしていたのだ。予言された時間が近付くにつれて管理する余裕すらなくなっていったが、それでもこちら側に関しては何とか出来たのだ。
しかし、歴史上戦が無かったわけではない。
ヴァシリが参戦したことは数え切れないほどある。
その凄惨さをヴァシリはよく知っている。
負けた側の扱いがどうなるか。
人ではない扱いを受け、奴隷よりも雑に扱われる。
権利などあるわけがない。
勝者のお遊びで嬲られ、虐げられ、弄ばれる。
ヴァシリ自身は強者が故にそう扱われることは一度たりともなかったし、そうすることもなかったが、周囲を止めることは出来なかった。
「……放置は出来ないか?」
「一応追加ストーリーみたいなもんだとしても、アリアは関わってると思う。正史じゃ本編終了後は王太子あたりとくっついてる筈だし、そういう繋がりで東方に行っててもおかしくねーよ」
「つまり、我々が関わらなければよくない方向に流れる可能性もあると」
「そうなる可能性が高いんじゃねーかなぁ……なにせ、リョナエロゲ世界だし」
ヴァシリはため息を吐く。
「なら、調査していくしかないね。カルラは王都にいるから、私の伝手を使うよ」
「なんかあったら教えてくれよ。もしもの時はおれも一緒に行くから」
「アニカも? それは心強いけど……いいのかい?」
「強さとしちゃあそこまで役に立たないかもしれねーけど、もし実在すんなら会ってみてえ奴もいるんだよ。織田信長とかやっぱいるのか?」
「織田? うーん、あまり聞き覚えはないかな。以前【星天】として向かった際に協力してくれたのは大友家だね」
その言葉に、ピタリとアニカは動きを止めた。
「……え。大友? マジで?」
「……聞き覚え、ある?」
「…………割とガッツリ……」
沈黙が二人の間に落ちた。
少し考える仕草を取ったヴァシリに、小さく呟く。
「……真面目に東方DLCはそっち系かもな」
ヴァシリが東方諸国を訪れたのは数年以上前のことで、更に言えば、その時も長期滞在したわけではない。あくまでアリアの成長のために足を運んだだけで、詳しい内情に触れることはしなかったのだ。
(あの時もっと深く関わっておくべきだったか……? いや、それをしては魔王軍との戦いに間に合わない可能性もあった。無理だな……)
「しかし……魔王軍の次は人同士の戦争か。この世界の神は本当に碌でもないな」
(……マジでそうなんだけど、ちょっと気まずいな……)
TSして産み落とされたからアニカも同意するが、元々彼女は好んでそういった類のゲームを遊んでいた側の人間である。因果応報と言われてしまうと文句を言える立場ではなかった。
「……そういやさ、大友って言ったじゃん。その、宗教的な所はどうなんだ?」
「ん? ああ、彼女は──…………待て。なぜそれを聞く?」
「元ネタが宗教的な話で有名なんだよ。受け入れてくれたのもこっちに興味あるからだろ?」
(キリシタン大名なんて呼ばれてる元ネタだもんなー……実際どうだったかは知らないけど、そういうわかりやすい部分を取り入れてんならエスペランサ教信じてそうだよな)
気軽に問いたアニカ。
しかし、聞かれた側のヴァシリは、思わず思案する。
(──……確かに彼女はエスペランサ教を強く信じていた。だけどそれはあくまで、表向きの教えだ。エヴァンジェリンが真実の姿を語ったわけでもないだろう。警戒する必要はない……)
世界の真実を知ってしまった彼女にとって、エスペランサ教の信奉者というだけで警戒せざるをえない。
(戦が絶えず、常に悲劇が起きているような地域。それが今の東方諸国だ。……まさに、うってつけの舞台ではある……)
女神エスペランサの本性と照らし合わせれば、それはきっと、かの神好みの環境だ。
(…………まさかな……)
冷や汗がたらりと流れる。
王都のアストレアから連絡が来るのは、これから数時間後のことだった。