「金等級冒険者パーティー【払暁】御一行ですね。証明書はお持ちですか?」
「はい。ギルドカードでよろしいですか?」
「構いません。……はい、問題ありませんね。大変お待たせしました」
「いいえ。ご苦労さまです」
マリアンヌと兵士のやりとりもスムーズに終わり、ようやく王都に入場。
かれこれ一日と半日は待ったせいで身体が鈍って仕方がない。
ポキポキと関節を鳴らしながら入っていくと、カルラの横に並んで歩いていたカトウがキョロキョロと周囲を観察している姿が目に入る。
「そんなに警戒しなくても、街中で堂々と俺達に仕掛けてくる奴はいないぞ」
間者働きをメインにするのが忍びという話なので、逃走経路だとか、死角だとか、そういった部分に対して敏感なんだろうな。
俺は盾役だが、死角への考え方は似ているものがある。
仲間を守るのが仕事だが、敵が常に正面から殴りかかってくれるとは限らない。〈深淵の森〉で巨豚人にボコボコにされていたが、あれは連中がいつも奇襲ばかりしてくるからだ。先制攻撃を察知できないが故に毎回俺が槍で貫かれたりしていたわけで、死角への対応が出来ていなければ三人のうち誰かが死んでいただろう。
ま、死角への反応に関してはカルラのおかげで鍛えられたんだよね。
突然真後ろからズバッと斬られる頻度が高すぎてそういう勘みたいなものが磨かれたんだ。あれはよかった。当時のことを振り返ってみれば、あれこそいきなりデザートだったのだろう。
俺に声をかけられたカトウは、頭全体を覆っている被り物の中でも唯一露出している目元を和らげ答える。
「申し訳ない。不快感を与えるつもりはありませぬ。異国情緒溢れる街並みに驚いているのです」
「ふ、その気持ちは分からんでもない。私も、山を越えて初めて足を踏み入れた街では圧倒されたものだ」
「カルラが?」
「……私とて、そういった感性くらいは持っているぞ」
ほんの少し唇を尖らせてカルラが言った。
「いや、何もそんな意味で言ったわけじゃない。ただ、あの頃のカルラはその……尖ってたから……」
「…………すまぬ」
青い顔でカルラが謝罪する。
べ、別に責めたくて言ったわけじゃないんだが……そもそもあの頃の苦痛とか全然分からんし。思い出せないからね普通に。心のどこかで積み重なってると言われても自覚すらないんだから消化のしようもないわけで。
マゾ快楽として受け取るしかないんだ……ウッ、お、俺って本当にどうしようもない男。
そんな事実にすら興奮する……!
少々途切れてしまった会話を引き継ぐように、カトウが口を開く。
「こちらの文明文化に関しては、我々と比べても大きく発展していると認めざるを得ません。某は一忍びに過ぎませぬが、それなりに名の知れたと忍びにござる。某の住居は山奥の陳腐な家であり、武家にでもならねばこちらの一般的な家屋にも劣る生活環境で生きて行かねばなりませぬ」
ござる?
不思議な語尾だ。
なんだか愛嬌があるが、地方によってそう言った文化があることは無学な俺でも理解している。仲間にカルラがいるんだ。常識や文化に違いがあることがわからないほど愚かではない。
「ここは王都だからな。そっちの感覚で言えば……なんだ?」
「……都と同等だな。帝の住まう場所だと思えばよい」
「なるほど、都。辺境は違うと?」
「俺は農民出身だが、家はオンボロだったぞ」
そう告げると、カトウは驚いたように目を見開く。
「……失礼、農民出身であると?」
「ああ。……あ、このエルフはエルフの王女様でこっちの神官は聖女と呼ばれた存在だ。それぞれ世界で十人もいない高貴な人達だな」
「な…………」
流石に、異国で俺達の身元をじっくり探る時間はなかったようだな。
調べられても痛くも痒くもないし、何なら俺以外の女性陣の立場が強過ぎてどうしようもないことを悟るだろう。エスペランサ教の聖女にハイエルフの王女、そして個人で恐ろしく強い【剣聖】の一人だ。
考えれば考えるほど俺の評価が低すぎる気がして悲しくなってくるが、そんな俺でも今は不死身となったのだ。特別の仲間入りである。たとえここでカトウが突然俺に襲いかかるサプライズをしたとしても、死なないので逆にサプライズをすることができる。
「そ、そうとは知らず、これはご無礼を……!」
俺の言葉に、慌てて跪く。
しかしその行動は王都の中では些か目立つ。
周囲の視線が少しこちらに集まったことがすぐにわかったので、カルラに目配せする。彼女は俺と目を合わせてから、ため息混じりに頷いた。
「加藤とやら。そのような礼はいらぬぞ。ここは和国ではなくバーンスタイン王国であるがゆえ、私は異国の剣士に過ぎず、マリアンヌは宗教の重要人物で、アストレアはエルフの老婆であるのだからな」
「はっ倒すわよ」
エルフ基準では老婆ではない二百歳越えのアストレアが青筋を浮かべて呟くが、カトウはぎこちなく首を上げた。
「し、しかし……某は忍びでござる。そのような無礼を働いたとなっては、斬られても文句は言えませぬ」
「よいと言っている。郷に入っては郷に従え。それとも、私が騙しているとでも?」
「……わかりました」
渋々という様子でカトウが立ち上がる。
「しかし、信じられませんな。農民出身のデビュラ殿と、種族の姫が共に行動しているとは……」
「……ふん。巡り合わせよ、巡り合わせ。それこそ運命って奴ね」
「はぁ、運命でござるか……」
訝しむような目で俺を見てきたが、俺は何もしていない。
強いていうなら師匠に鍛えられて王都に出てきた時期が良かったんだろうとしか言いようがないので、苦笑して濁しておく。
しばらく雑談しながら歩いていたのだが、進んでいくうちにカトウの口数が少なくなっていく。
どうしたのかと思い様子を伺っていると、彼女が若干困惑した目つきで問いかけてくる。
「その……一つ聞いてもよいでござるか?」
すっかり当初の口調が剥がれ、素であろう口調。
「どうした? 俺にわかることなら答えるが」
「いや、その……明らかに、ここは立ち入ってはならぬ場所のように思えるのでござるが……」
王都の内側へとどんどん進んでいき、道や建物も格式がドンドン上がっている。
兵士が巡回して警邏しており、馬車が走り、豪邸が立ち並ぶ区画だ。
まぁ、いくら何でも王都の一等地がどれだけ重要な場所なのかは、異国の者であっても理解できるだろう。俺ですらわかるんだ。忍びとやらがどんな立場なのか正確に理解できていないが、わかって当然と言える。
「大丈夫だよ。兵士も止めないだろ?」
「い、いや……某、忍びでござるが……普通、異国からやってきた旅人など入れるべきではないのでござらんか?」
「安全上は警戒するべきかもしれぬが、それには及ばぬ。なにせアストレアがいるのだ」
アストレアの強さに関しては、王国内でも周知の事実である。
セクハラしようとした冒険者が一撃で床の染みになりかけた事件は記憶に新しく、何なら台風を指先一つで霧散させられるような存在に喧嘩を売れる者など早々いない。
俺の知る限り、フレデリカくらいじゃないか?
無理だとわかってても挑むなんて選択肢を選べるのは。
「エルフの風操作は強力だけど、その中でもアストレアは卓越してる。やろうと思えばここから東方諸国にだって届くだろ?」
「疲れるからやんないわよ」
「…………はは。流石にそのような話には騙されませぬぞ」
「なに、すぐに信じる必要はない。戻る際は、我らと共に戻るのであろう?」
カルラがポン、とカトウの肩に手を置いた。
「っっ……!!」
「それまでには理解できるはずだ。我ら【払暁】がどのようなパーティーなのかを、な?」
カルラは、悪い笑みでそう告げる。
「上杉様がなぜ私を呼び出したのかを知らねばならぬからな。お互い、情報交換は悪いことではるまいて」
「……そ、そうでござるな……」
…………なんかさぁ。
なんか、名が知れた忍びって言った割には…………なんかアレじゃない?
顔も性別もわからん感じなんだけど、なんか、なんかこう……なんかね?
ちょっとなんか、ポンコツ感っていうか……。
何だろうな。
俺の想像してる国お抱えの暗殺者とか諜報官とはなんかまるで違う気がする。
マリアンヌに視線を向けたが、彼女は微笑んでいた。
うん、怖い。
でも何ていうか、こういう強かさが感じられないって言うか。
熟練の暗殺者がこんな有様なわけがないだろう。
なのでおそらく彼女はまだ経験が足りないのか、それともこれすら擬態か。
擬態だったとすればそうする理由がわからない。
侮られた方がやりやすいと思っているのか?
ありえなくはない。
俺の想像する暗殺者ってのは、それくらい何でもするだろうし。
カルラを殺そうとしている?
…………何のために?
もしそうだとして、なぜ? それがわからない。だから結局結論は出ない。
これは……俺一人で考えても仕方ないか。
また後でじっくり話をさせてもらおう。
◇
……と、…………とんでもないところに来てしまったでござる…………。
肩を掴む迦楼羅様はとてもよい笑顔で某を見ている。
それが何よりも恐ろしい。
月明かりでの闇討ちならばともかく、このような距離で、【剣聖】の一人に数えられる御方に睨まれてはどうしようもござらん。師匠ならばここからでも脱出することが出来るでござろうが、某では逆立ちしてもどうにもならん。
う、ううっ、なぜ某が飛び加藤を受け継いですぐに、このような目に……。
そもそも上杉様の依頼を断れるわけがござらぬ!
しかも雲の上のお人がわざわざやってきて頭まで下げられて断っては某がぶっ殺されるでござる! 断れるわけがないでござる!
連れて行かねば某は斬られるでござろう……しかし、こ、このような有様では、きっと某の話も聞くだけ聞いてざっくり斬り捨てられるのでは……そ、それだけは、それだけは避けなければっ!
退いても地獄、退かぬも地獄……。
い、一体、どうすれば……。