『──なるほど。つまり、東方諸国には神がいるかも知れない。そういうことだね?』
師匠の声が虚空から聞こえてくる。
耳元の周囲に突然発生するそれに対し特に驚かず、しかし何だか面白い感覚だと思いつつ身を委ねた。喋らないのかって? 俺が喋っても場をかき乱すだけだから黙ってるんだ。バカだからじゃない。何も知らない奴が口を挟んでもいいことはないんだ。
「現人神という言い回しは和国にとってそれほどおかしなことではない。帝は神の末裔にして神そのものと言い伝えられているし、神を祀る社もある。ま、実際に姿を現したことは一度もないが」
『それは私も知っているよ。世界を旅しているとそれぞれの地で神を崇める言い伝えのようなものがあるからね。東方諸国のも同じだと思っていたんだが、そうか。テイアが現れた時点で考えておくべきだったな……』
神様かぁ。
こっちだとエスペランサ教があるから神を自称する家族はいないよな。
今となっては八人いる内の四人が俺たちの仲間で居てくれているが、聖女という存在もあってエスペランサ教に逆らうのは非常に愚かな行為だ。
なんならエヴァとか突き抜けて強いだろ。
あの感じだと師匠にも匹敵するし、アストレアとも対等かもしれん。あくまで俺の肌感覚だから実際どうかはわからないがそんな感じだ。
「私としては、現人神などと言われている領主を正式に認めたというのが気になるな。帝や中央がそれを許しては支配者としての地盤が揺らぎかねん」
「手放してでも認めた方が良い、という判断を下した可能性は?」
「それでは独立を許してしまう。王国な北部に突然違う国が生まれるようなものだ」
「それは……確かに、いけませんね」
『……私は東方諸国にそれほど明るくないが、北部というのはどんな土地なんだ?』
「わかりやすくいえば、枯れた寒い土地だ。常に雪景色の北方山脈と似た気候で海と川は常に荒れ氾濫は日常茶飯事、朝を迎えられず死ぬ者も多い。主な産業は漁業だったと記憶している」
『手放すには惜しくないか』
「さりとて、和国は全て帝の物だ。帝より預かっているだけに過ぎず、それを覆すような風評を広めたり、認めるはずがない」
東方諸国ってそういう感じなんだ。
ますますカルラを探す理由がわかんないな。
カルラを自分の場所に連れてこようって魂胆だとして、とんでもない剣士であるカルラの父親への対策くらいしか俺じゃ思い付かん。
なんてったってアリアに剣の腕で勝った人だろ。
そんな人にわざわざ喧嘩売るか? ……売ってもおかしくないのが貴族だけど、うーん。俺の認識とはかけ離れてる可能性もある。それに、本当に神の使徒で、その神が邪神だった場合は強者ほど打ちのめしてやりたいと考えていてもおかしくはないんだよね。
闇マリはどう思う?
パッと姿を見せた彼女は、ふわふわ浮いたまま続ける。
『邪神じゃないでしょうね。仮に邪神なら魔を生み出すことは避けられないし、ヒトの領域であるのならば、それはきっと正しく神であるわ』
「では、神だとして、どのような存在かの方向性はわかりますか?」
「……む? マリアンヌ、どうした?」
『そうねぇ…………』
マリアンヌの言葉に少し悩む素振りを見せ、口を開いた。
『私の読みでは、おそらくあのクソ女ではないわ。あのクソ女だったらもっと直接的に、大々的にやるでしょう。エヴァを放っておかないし、私が現れた時点で相応のことを仕掛けてくるはずよ。それがないってことは、あいつじゃない』
エスペランサね。
エスペランアッサじゃないとして、どうだ?
『ま、どう考えても雑魚よね。考えてもみなさいよ。今の私は我が使徒から得られる力と生み出す魔が融合した結果、大昔支配者として君臨していた頃よりも強くなった。今ならあのクソ女と堂々と撃ち合える自信があるわ』
「それは…………」
マリアンヌが渋い表情になる。
俺が養分で邪神がやばいって話なので、このまま行くと人類の滅びの原因が本当に俺になっちゃいそうだ。
まあ闇マリツンデレだからさ。
素直じゃないんだよ。
俺のこと大好きなのにいつもツンツンしてるしお尻の方もツンツンしたらよく反応するしね笑
『しね』
おびびびびっ、ほおぉぉおぉぉぉっ!!?
ほ、ほじっちゃらめぇ!!
みんなが見てるのぉ!!
『安心しなさい我がキモ使徒、この姿は我が巫女にしか見えていないわ』
エッッッッマリアンヌに見えてるじゃん!!
「…………………」
「……おい、マリアンヌ。そなた、如何した? 急に神について尋ねたかと思えば、黙り込んで……」
「……くっ……! わ、私だってお尻くらい……!」
「……いきなりなにを言っている?」
「やっぱり性女じゃないの……」
み、みないでくれマリアンヌっ!
君に嫌われたらもう、俺もウッッ!!
「……いや、すまないな。闇マリの声がマリアンヌにも聞こえるようになったみたいなんだ」
「……ほう。何か変化があったのか?」
「それはわからない。闇マリ、なんでだ?」
『深まったんでしょうね。我が巫女も一段階位階が上がったのよ』
深まった、位階?
まあつまり、マリアンヌは闇マリと仲良くなったってことだな。
『……うん、もうそれでいいわ』
呆れないでよっ!!
「…………」
「ど、どうしたのだマリアンヌ。そんなにおかしなことをしているのか?」
「い、いえ……フィンさんって、えっ? そ、そんなに? ぜっ、全然違う……」
「……まあ、普段の態度からは想像できないことでもしてるんでしょ」
アリシアさんにもひどく驚かれたので、俺としては申し訳ないが慣れて欲しいとしか言いようがない。
そもそも俺は表に出さなければ何でもいいと思ってる派だ。
心の中でナニを唱えようが自由だし性癖だって自由だ。
どれだけ特別であっても、俺はそれを許容するし受け入れる。
みんな受け入れてくれたのは本当に幸運だった。
アリシアさんを筆頭に、俺のことをただの変態マゾだと思わずにしっかりと一人の人間として受け入れてくれた。これがどれだけ嬉しかったか、筆舌にしがたいくらいだよ。
だから、マリアンヌに嫌われるかもしれなくても、俺は、この心の自由だけは捨てたくない。
これすらも捨ててしまったら俺はきっと、文字通り闇マリの操り人形にでも成り果てるような気がするんだ。それは闇マリも望んでいない。
『ふふ。どうかしら。堕ちて欲しいと思ってるかもしれないわよ? 私は邪神ですもの』
首から手をかけて抱き締めながら言う。
はいはい、いつもの奴ね。
闇マリはそう言いながら女神としての気持ちを持ってること俺は知ってるから。マリアンヌはこれも聞こえてるのか?
『私と会話してる時だけ聞こえてる筈よ。私の力を通して伝わっているの。聞こえているのではなく、正確には伝わっている、というのが正しいわね』
「……ふー……」
マリアンヌは息を吐いた。
「…………ふ、ふふっ」
「マ、マリアンヌ? どうした?」
「いえ…………身体と名前どころか、私はなにもかもルルクス様に負けていたんだなって……」
「そ、そなた…………」
首をふるふると振るマリアンヌ。
「…………フィンさん」
「……ああ」
「私、すぐには切り替えられないかもしれません。アリアンロッドさんのように全てを見て飲み込むことも、フレデリカさんみたいにあなたを助けると迷いなく宣言することも、セラフィーヌさんのようにあなたをただ助け続ける決意だって出来ない。けど……」
伏せていた顔をあげて、俺と、闇マリをしっかりと見る。
「けど、私は、絶対にあきらめません。フィンさんを知ることを、フィンさんを理解することを、フィンさんを受け入れることを。……それでも、いいですか? すぐにあなたの全てを受け入れられない弱い私でも……」
「……当たり前だ。寧ろ俺の方こそ、マリアンヌに嫌われたくないと怯えてるよ」
「嫌いになったりしません。驚いちゃうかもしれないけど、絶対に諦めませんから……!」
そう言って、マリアンヌは先程同様、しっかりと俺の目を見つめ返してくる。
「……ありがとな、マリアンヌ」
……正直、嬉しいよ。
俺のことをちゃんと咀嚼して受け入れようとしてくれるのは、本当に嬉しい。ドキドキして胸が痛くなるけど、それ以上に嬉しいんだ。
「…………ふっ。我らもまぐわっているというのに、なんだか無性にザワザワする。寝取られ、というのはこのような気持ちか?」
「……やめてよ。今結構苦しいんだから」
「あっ……ち、ちがっ、そ、そんなつもりでは……」
マリアンヌがあたふたしながら二人に弁明している。
……しかし、彼女にも聞こえてしまうのか。
フィン・サディスティック・デビュラが出てこないようにしないとな。油断したらすぐ気持ち良くなってしまうので、アリシアさんにやってた感覚でやるのは流石に止めないと。
俺の考えてることがだだもれなの、正直凄い性癖開拓された感じがするよ。
これも全部アリシアさんのせいだな。
だって心の中で好き放題して闇マリとイチャイチャしてたら凄い必死にあれこれ隠そうとしてくれたのが、なんていうかさ、俺にあれだけの美人が揺さぶられてる感じで、すごくえっちで……。
『……言っておくけど、我が使徒のそういう部分はちゃんと邪悪だから気をつけた方がいいわよ。女神からの忠告ね。まあ、邪神としては? 喜ばしいことだけど?』
アッ、わ、わかりました。
そっか、俺って邪悪なんだ。
やっぱりマゾの方向でスキルツリー伸ばすのが一番だな。エッチで俺を封殺できる人探さなきゃ……。
「っっっ……!? ……わ、私が……やらなきゃ……!?」
「……あ、そうだ。さっきから部屋の外で必死に盗み聞きしようとしてる奴がいるけど、どうする?」
「む。……まあいいのではないか? どうせ聞こえぬだろう?」
「当たり前でしょ。風で遮ってるもの」
……あ、カトウか。
なんていうか、悪い奴じゃない感じはするよな。
「うむ。ポンコツと言うべきか?」
「今も必死に扉に耳当ててるわよ。何も聞こえてないけど」
その絵面を想像すると、流石に哀れに思えた。