「次の方、どうぞー」
神官に呼ばれ歩いていく。
長年通った場所だが、半年振りともなると流石に懐かしさが勝る。一ヵ月に何度も通わなければ吐血しお尻から血便が出てしまう難儀な肉体だったのも、今は遠い昔の話……。
邪神の使徒で死なない肉体を手に入れた俺にとって、内臓問題は克服したに等しい。ただ、身体が勝手に治ったりはしないので定期的な治療を受けざるを得ないのだ。
自動回復とか付けてくれればいいのに。
闇マリ、どうなの?
『残念だけど付けられないわね。それを付けたら我が使徒は今より一層躊躇いなく動くようになるでしょう?』
そりゃ当然だ。
死んでも死なない肉体だが欠損はしてしまうのが弱点であり、両手足を切り落とされて首だけにされるとか、細切れにされるとか、そういうのに対する処置ができないんだ。
最悪神を相手にする可能性があるんなら、出来る限り戦力の底上げをしなくちゃいけないと思うのはおかしなことじゃないだろ。
『言っておくけど、自動回復なんてものがあっても大した意味はないわよ。私達の領域になるとエネルギーのぶつけ合いっていうか、概念の押し付け合いになるの。太陽と月、闇と光、それらを司る存在が戦うのだから当然人智の及ばない力同士がぶつかるわ。今の世界で太刀打ちできるのはエヴァと担い手、あと、我が巫女ね。アストレアくらいまで極めないと人類じゃ戦いにならないのよ』
えっと、それは俺はどうしようもないって話ですか?
『……我が使徒はもう極まってるから、これ以上はないわね……』
伸びしろが無いってことですか。
わかりました。闇のマリアンヌ、俺はもうダメなんだな。君の使徒に相応しくない。マリアンヌに力をもっと注いでくれ。俺じゃあもう、君の役に立てないんだ。
『めんどくさいからそういうのやめてね』
散々やってきたよね!?
俺にこういうダルい絡み方してきたよね!?
『フィンさん……私のこと、そんな風に想ってたんですか……?』
あっ、闇マリのマリアンヌモードだ。
──んあっ!!!!!!!!!?!?
そうだ!
いいこと思いついたぞ!
『…………一応聞いてあげましょう』
いや、昔は闇マリってよくマリアンヌの真似してた……というより神様だって一言も言ってこなかったじゃん。
闇マリが神様だってわかってから喋り方も変わったけど、俺としてはやっぱり親身になってくれてた前の闇マリのイメージが強いんだ。俺の精神がギリギリだった(自覚はないが)時、闇マリは俺を励ましてくれた。
時に罵り、時に否定し、時に甘やかし、時に貶し……
マリアンヌの声と口調で俺をボコボコにしてくれる、現実ではありえないことが本当に心地よかったんだ。
きっとあの頃の姿を見てくれれば、今みたいに過剰に畏れたりしないと思うんだ。
俺と闇マリがどれだけ仲がいいかを皆がわかってくれる気がする。
どうだ、名案じゃないか?
『……えっと……我が巫女を追い詰めたいわけじゃ、ないのよね?』
……?
当たり前じゃん。
なんでマリアンヌを追い詰めることになるんだ?
『……あ、我が巫女から返信来たわよ。絶対にやめてください、だって』
そ、そっか。
マリアンヌが止めてというなら仕方ない。
いい案だと思ったんだけどなぁ……。
『……その気持ちだけ受け取っておくわね……』
闇マリと頭の中で雑談している内に、割り当てられた部屋に到着する。
扉を開いて中に入れば、そこには神官服のフェンナとセラさんが居た。
「お待ちしておりました、フィンさん。どうぞこちらへ」
「つい最近まで一緒に居た気がするが……」
「ふふ、それはそれです」
セラさんが微笑む。
うーん、かわいい。
ここ数日、マリアンヌといいセラさんといい俺の好みの女性の好みの表情をたっぷり見せてもらっている。目の保養どころかフィンフィンもギンギンになりそうでならない、絶妙な焦らし方をされている気分だ。
「それで、今日は定期健診ということでしたが……」
「ああ。暫く診てもらってなかったし、これからまた長期で出掛けなくちゃいけなくなってな。なんともないとは思うんだが念には念を入れてだ」
「なるほど、長期クエストですか」
「クエストというより、依頼か? 東方諸国からカルラを探してる人がやってきて、皆で行くことにしたんだ」
セラさんには詳しい話はしていないし、俺がマゾだと言うことも知られていない。
話すことは慎重に選ばないと。
とはいえ、それほど苦痛には思わない。
元々誰にもマゾだとも言っていなかったし興奮してることすら言ってなかったんだ。ちょっと隠す位、どうってことないじゃないか。
それに、セラさんには知られたくないんだ。
だって────それまでの治療行為で実は患者が興奮してましたってのは、流石にどんな聖人だろうと気持ち悪く感じると思うから。
「皆さんで……そう、でしたか。お気をつけてくださいね。マリアンヌさんが居るので大事には至らないと思いますが、フィンさんの内臓には気を付けないといけませんよ」
「わかってるさ。だからちゃんと診てもらいに来ただろ?」
実は死にません、なんてことは言えないな。
いやでも、これだけ心配してくれる人をずっと騙したようなことをするのは……しかし、俺の事情に巻き込みたくはないし……。
「その意識を持っていただけで何よりです。いいですか、無理をしてはいけませんからね?」
「わかった、わかった。心配性だなぁ」
「もうっ! 本当にダメですよっ」
む、むひひっ!
たまらんっ!
シンプルにドキドキするっ!
しかし、そんな素振りは全く表に出さない。手慣れたものだぜ。
「んんっ! セラフィーヌ様、そろそろ診察の方を……」
「あっ……そ、そうですね。すみません、フィンさん」
「あまり聖女様を独占するのもよくないからな。ありがとうフェンナ」
「……まったく……」
そういうわけで、手慣れた俺はさっさとズボンに手を掛けた。
慣れたさ、慣れたもんだ。
だけど、いつやってもこう、感じるものがあるんだよ。
女性二人の目の前で下半身半裸になって局部を晒すこと自体に、な。
いいか、フィン・デビュラ。
勘違いするなよ。
これからするのは診察であってスケベな行為ではない。
これまで沢山えっちしてきたが、これはえっちな行為では無いのだ。気を付けろ。間違ってもここでフィンフィンをビンビンにするんじゃあないぞ。
ふぅ────よし、行くぞっ……!!!
◆
「…………あ、あんなとんでもないものだったのか……」
診察が終了しフィンが部屋を出てからフェンナが呟く。
彼女がフィンの局部を見たのは今日が初めてのことで、壮絶な過去を持つフェンナはあまりの威容に怯え竦んでしまった。
それでも本人のことを思い出し、局部が異常に大きいからといって女性に酷いことをするような男ではないと思い直し、真面目な診察に取り掛かったのだが……
(セラフィーヌ様は手慣れた様子だった。あれを見ても驚きもしないというのは、手練れの娼婦ですら難しいだろう。清廉ながら男性器を見ても治療中で患者が相手だから動揺の欠片もない──見習わなければ……)
後処理を終えたセラフィーヌの表情に変化はない。
聖女としての覚悟、そして神官としての高潔さにフェンナはますます彼女への尊敬の念を深めた。そして、その尊敬を受けるセラフィーヌは、心を酷く乱していた。
(────フィンさんのお尻が、明らかにおかしい……)
それは、医師と患者として接して患部を見続けて来た彼女だからこそわかることだった。
お尻、そう、デリケートな穴に杖を捻じ込み治癒魔法をぶち込むという荒々しくも繊細な治療を複数年に渡って施術してきたセラフィーヌには、フィンの尻の穴のナニとは言わないが、まあ繊細で特徴的な部分を正確に把握していた。
だからこそ、わかった。
(フィンさんの、肛門に……何かが入った形跡がある……!?)
異物を捻じ込まれた時の、そう、具体的に言うのならば彼女が杖を捻じ込んだあとの裂傷と、それに伴う傷による変化が見られた。
しかしそれはおかしな話だ。
セラフィーヌの処置は完璧で三年間一度たりとも次の診察に傷跡を持ち越さなかったし、さらに言えば半年以上フィンに施術は施していなかった。跡が残っている訳がないのだ。
(また症状が起きたわけでもない。でも、でもあれは、間違いなく何かが……尋常ならざる太さの何かが、出入りした痕ではありませんか!?)
他ならぬ自分が挿れてきた。
だから断言できる。
あれは、あの傷のつき方は……。
(ま、まさか、フィンさん…………)
思い当たることは複数ある。
一つ、フィンが便秘だった。
二つ、フィンにその場で緊急処置を誰かが施した。
三つ、これは彼女が最も考えたくない答えにして、最も正解だろうと無意識に考えてしまうこと。
(フィンさん────まさか、男性器を、受け、入れて…………?)
「──セラフィーヌ様? 次の患者の用意が出来ましたが……」
「──っっ……!!? そ、そうですか。わかりました、すぐにお呼びしましょう」
(……い、いえ。そんな、そんなはず……違いますね。例えそうであったとしても、わた、私にそれに何か思う権利なんて、ありません。私に出来るのは、フィンさんを治すことだけですから……)
抱いた想いを振り払い、セラフィーヌは診療へと意識を集中させる。
──この日の夜、彼女はうまく眠ることが出来なかった。