「……てなわけだ。痔だったって言ってたぞ」
フレデリカは払暁のホームから帰還してすぐに、神殿業務に出る前のセラフィーヌを捕まえて説明した。
(言い訳がましくやるのはあんまり好きじゃねえが、こんなことでセラが思い悩むのはハッキリ言ってバカげてるからな。フィン・デビュラの事情を考慮すりゃあ仕方ねえとは思うがよ)
バレそうになっていること自体は深刻なのだが、その原因が『アナ○セッ○スが原因でマゾからハーレムまで露見しそうになっている』というのがあまりにもバカバカしく、事情を知っているフレデリカですらアホらしいと思わざるを得なかった。
(セラはフィン・デビュラがハーレム作ってたとしても別に気にしねえと思うが……)
それが権威や暴力によって成り立っているのならばまだしも、女達が積極的に囲っているハーレムだ。なんなら女達の方が強いので、味方を変えれば女達による集団暴行とも取れなくもない。
一時的にショックは受けるだろう。
だが、好きな男のためにと一歩線を引いてただ懸命に治療を続けるほど一途な聖女が、別に好きでもなかった頃から献身的に接してきた彼女が、治療だからと目の前にぶら下がる化け物みたいな三本目の足を見ても動揺すらしていないセラフィーヌが、放っておいたら心を壊して死んでしまうような男をなんとかしようともがいた結果のハーレムを、そのまま放置しておくだろうか。
(……それしかないとわかったら、迷いなく飛び込んで行きそうだな)
そして、それはきっと、フィンにとってもフレデリカにとっても望んでいる結果ではない。
(愛の受け取り方もわからねえ男だ。そりゃまあ、一番手っ取り早いのは身体を重ねることだけどな。全員がそうしてたらそれもわからなくなっちまうだろ)
邪神の影響か、それともフィン・デビュラ本人の気質かは定かではないが、彼のハーレムが歪なものだとフレデリカは見抜いている。というか、愛する男のためとはいえ色々ヤりすぎだった。
(いくら愛する男がして欲しいって言ったって限度ってモンがあるからな。その限度を簡単に踏み越えちまってる上に、連中はフィン・デビュラのやることは全て受け入れちまってる。悪いことじゃねえ。だが、それ以外にもアイツを見てやれる奴がいねえと……)
その中の一人がセラフィーヌだ。
距離を置いて、神官と患者という立場を崩さず己を律してただひたすら心配だけを向ける。
胸の内に秘めた愛を表に出さないようにして、手の届かない場所で苦痛を味わう男の心を支えようとしている。
「そう、ですか……そんな事情が……」
そしてセラフィーヌは、そんなフレデリカの言葉に納得を示す。
「まあ、なんだ。私も尻にぶち込まれたことはあるからわかるんだよ。普通、そんなことしまくってたら尻に違和感出るんだ。けど、フィン・デビュラの歩き方は普通だったし、痛みを感じてるわけでもねえ。実際、そういう様子はなかったんだろ?」
「……はい」
「なら、そう目くじら立てることもねえさ。本命の腹の方は平気だったんだな?」
「もちろんです。異常は見逃しません」
「よし。東方諸国には私も行く。いざって時は私が代わりにやってやるよ」
フレデリカの宣言に、セラフィーヌは微笑む。
「……はい。どうかフィンさんのこと、よろしくお願いします」
(……なんとか誤魔化せたか? ったく、こんなことしなくちゃならねえとはな。誰が悪いとは言えねえが……)
騙しているようで気が悪い。
そう言ったのはフレデリカだったか、フィンだったか。純粋に心配している心を弄んでいるようで、フレデリカは少し重い空気を吐いた。
◆
フレデリカの話を聞いてから部屋に戻り、セラフィーヌはふぅ、と息を吐いた。
(──フィンさんは、隠すことを選ぶのですね)
彼女は確信を抱いている。
フィン・デビュラに異物が挿入されたこと。そしてその異物の大きさは恐らく、彼の股間に生えている陰部と似たサイズであること。
更に付け加えれば、それがたった一度の過ちで行われたことではないことまで見抜いている。
(以前一度考えましたが、フィンさんは便秘症ではありません。内臓は弱っていますが、幸運なことに消化も早ければ運動も悪くない。あくまで出血を自然としてしまうような状態にあるだけで、痔になるほど溜め込むようなことはありえない。健康的に運動をなさってますから)
三年以上に渡り常に治癒をしてきたセラフィーヌは、フィンの身体を正確に把握している。それはもう、本人以上に。
(さらに言えば数年単位で見てきましたが、一度たりとも痔の症状を引き起こしたことはない。半年単位で見なかったことで何らかの悪影響によって痔になった可能性は否定できませんが、その可能性は低いでしょう)
これが四十歳五十歳と高齢ならばまだしも、フィンは二十歳になったばかり。後遺症があったとして、何事もなく済んでいたのならば何か起きる確率は著しく低い。
そして何より──セラフィーヌは、フィンの秘密を共有していた立場だ。
フィンの自己犠牲精神も、秘密主義も、歪な自己評価も、何もかも知っている。
(フィンさんには、私やフレデリカさんに言えない何かがある……)
その行為自体が?
いや、きっとそうではない。
行為自体は恐らく副次的なものではないか。
フィン・デビュラという青年は仲間に捨てられたくないからと己の内臓の弱さを隠して欲しいと頼んでいた。
なぜそう考えたか?
自己評価が低かったからだ。
では、一体なぜ自己評価が低いのか。育ての師が偉大過ぎて、幼馴染も強くて、出会った仲間も皆強くて、いつのまにか一人だけ何の肩書もない盾役になっていたからだ。
(…………でも、だからと言ってお尻に何かを入れたりはしませんよね)
繋がらない。
どうしてそうなったのか、の答えにならない。
(心を壊した方特有の、どうしようもない変化? いえ、それはない。フィンさんの心は確かに歪ですが、異常のある人はあんなまともに会話することもできない……)
神官として多種多様な人間を治療し続けている彼女は、他の聖女と比べて接してきた人間の種類が圧倒的に豊富だ。
貴族、商人、騎士、冒険者、農民、衣食住すら確保されていない貧民。
凌辱され心を壊した人間、尊厳を踏みにじられ性格が変わってしまった人間、この世界に存在する弱者から一度たりとも目を逸らさずにずっと向き合ってきたのがセラフィーヌだ。
(と、なると……やはり、性的嗜好くらいしか思いつきませんが……)
しかし、本当にそうなのか。
紳士的な理由は、そういうことなのか。
女性を性的対象としていないから娼館にすら行かず、美女美人に囲まれてもなんともないのだろうか?
(──……それが、ただの性的嗜好によるモノならば構いません。ですが……もし、私達に隠したいナニカが、フィンさんの身体で起きていたとすれば……)
身体だけではない、心の異常。
それすらも、フィン・デビュラは隠しているのでは? 歪な自己評価は、その片鱗であったのでは? 最初からフィン・デビュラという男性は、どこかおかしいところがあったのでは?
そんなことはない。
そんなはずはない。
あれだけ紳士的に振舞える人が、そんな、おかしいわけない。
(…………でも、もしも、起きていたら……)
いつか、取り返しのつかない悲劇になるのではないか。
それが東方諸国に行っている最中に起きたら?
自分の手で届かない場所で起きて、最悪な方向に作用してしまったら?
「……放っては、おけませんね……」
それが余計なお世話ならばそれでいい。
フィンにおせっかいだと疎まれるかもしれない。
触れないでくれと突き放されるかもしれない。
それでも、セラフィーヌはフィンのことをずっと見てきた。
前ならば、気が付いても踏み込もうとはしなかったかもしれない。
だけど今は違う。
聖女として正式にパーティーに協力しているのだから、協力先の冒険者に目をかけても何も不思議ではない。未だにフィンのことを隠そうとしているセラフィーヌからすれば、都合が良かった。
(仮に私が訊ねてもそれほど不思議には思われないでしょう。フィンさんと二人きりの状態で聞けば、漏れることはありません)
セラフィーヌは覚悟を決めた。
(ただ、教えてくれるだけでもいいのです。私を特別に見て欲しいわけじゃないんです。ただ、少しでもあなたの重荷を肩代わりできるなら……)
聖女である自分が、治療行為として散々身体を見てきた自分が、良い目で見られるとは思っていない。
だからこそ、あくまで相談するだけでもいい。
聖女として接することが出来れば良い。
(私は、聖女です。あなたのように、誰にも手を伸ばせない方を救うために、聖女を名乗っているのですから……)