夜になって、セラフィーヌは迅速に行動を開始した。
フェンナを通じて枢機卿に『払暁への出向以来』を出すように連絡し、訝しんだ枢機卿に『詳しいことは聞かないでください』と懇願することで無事に指令を出させることに成功。
馬車を使わずに堂々と神殿を出て、彼女は無事に払暁ホームへ到着した。
呼び鈴を鳴らし、暫くして出てきたのはマリアンヌだった。
「セラフィーヌさん? 何かありましたか?」
「夜分遅く、申し訳ありません。実はフィンさんにお伝えしなければならないことがあって……」
(フィンさんに? ……まさか、今朝の件で?)
フレデリカにエロ聖女呼ばわりされたマリアンヌだが、何事か把握した後は確かにそう言われても仕方ないと飲み込まざるを得なかった。
なにせ、直近でファンのお尻に触れていた(文字通りの意味で)のは彼女なのだ。触れるどころかもっといやらしい粘膜接触もしていたマリアンヌが気が付いて治療していれば発覚しなかった可能性が高く、自分に責があると考えるのは仕方ないことだった。
(フレデリカさんは誤魔化すと言っていました。あの後は来ていない……つまり、これはセラフィーヌさんの独断ですね。なぜ一人で? 納得出来なかった? もしくは、痔ならそれはそれでよろしく無いと判断されたかのどちらか……)
セラフィーヌがフィンと何の関係も持っておらず、更に言えば真に聖女と言っていい清らかな心で彼を治療し続けていたのは周知の事実。
更に言えば、マリアンヌはセラフィーヌがフィンのことを慕ってる上で神官と患者の立ち位置を変えないようにしていることも知っている。自らの想いを押し殺してでも想い人の幸福を願う姿勢は、身体の関係にある女達と比べて劣らないものだと認めていた。
だからこそ、なぜ今ここにきたのか、フィンに伝えなければならないことは何なのか。
(……どちらにせよ、私が止めるのは不自然ですね。急いでフィンさんに伝えないと……!)
「わかりました。フィンさんは今入浴中なので、少しお待ちして頂いてもよろしいですか?」
「構いません」
頷くセラフィーヌを招き入れ、応接室へと案内する。
「では、こちらでお待ちください」
「はい、お気遣いありがとうございます」
「お気になさらず。フィンさんのことを助けてもらっていたのですから、これくらい当然です」
にこやかに微笑んで退出するマリアンヌを見送り、彼女は一息吐いた。
(…………マリアンヌさんにもお伝えしていないのでしょうか)
フィンの秘密主義を考えれば、きっと何も言っていないのだろうと予測が出来る。それが悪いことだとは思わない。言いたくない気持ちもわかるし、伝えられないのもしょうがないと思う。
だからこそセラフィーヌはフィンの気持ちを優先し、ただひたすら彼の身体を治すことだけを続けて来た。
(フィンさん……)
彼のことを考えると胸が痛い。
一体どうして全てを隠しているのか。
それは彼自身の自己肯定感の低さにある。
金等級冒険者にして盾役として他にない栄誉を持っているのに、周囲に讃えられず、尊敬の念を向けられることも少ない。
わかりやすく美人な仲間の中に一人だけ男が混ざっているのも災いし、男性からは嫉妬を、女性からは嫌悪を向けられる。
セラフィーヌとて聖女であり政治的な権力は有数なところにある。
枢機卿とも距離は近く、加えて権力者や実力者が診察にやってくることも多かった。だからこそ、フィンの状況を苦々しく思っていた。
彼女に出来たのは、それとなく気を遣うことだ。
診察にやってきたフィンに声をかけ、心配していると伝えて、困っていることはないか聞く。
彼の秘密主義はわかっているセラフィーヌは、それが無駄だとわかっていても続けた。誤魔化されていることはわかっていた。それ以外にも悩みはあっただろうし、苦しく思っていたのに間違いはない。
フィンは隠す事を選んだ。
セラフィーヌに弱音も吐かずに、黙っていて欲しいと願った。
(苦しかったでしょう。辛かったでしょう。でも、フィンさんは強かった。強すぎたんです……)
耐えて耐えて耐え抜いて、今、新たな苦境に立たされているのかもしれない。
ただの性的嗜好ならばそれでいい。
それでいいと納得できる。
けれど、フィンは誤魔化した。
フレデリカも巻き込まないようにと誤魔化す事を選んだ。
秘密を知っていたセラフィーヌにも真相を伝えたくないと、自分の中で秘匿することを選んだのだ。
(……私では頼りになりませんか?)
見ればわかるに決まっている。
それでもセラフィーヌならば黙っていてくれると信じたのかもしれない。これまで通りフィンのことを尊重して、誰にも言わずにいてくれると。
(フィンさんにご迷惑をかけるつもりはありません。ですが、私も力になりたいんです)
異常を見つけてしまった。
恐らくそれは誰にも見つかっていないものだと確信すら抱いている。いくら何でもお尻の異常は誰にも見つからないだろうから。
(もしも、あなたが誰にも言えない苦痛を抱えているのならば……)
どうか、私を頼ってほしい。
誰にも言わない、伝えない、だけど出来ることはする。都合のいい聖女として使ってくれて構わない。誰にも救われない人のために、私は生きているから。
◆
一方、セラフィーヌが来たことを伝えるためにマリアンヌは浴場に突入していた。
「フィッフィンさんっ! フィンさん! 大変です!!」
「オッ、ま、マリアンヌ!?」
「むっ。どうしたマリアンヌ、そのように慌てて」
カルラに背中を洗われている最中だったフィンは驚きの声を上げるが、当たり前のように裸体でタオルすら巻いていないカルラは堂々とした表情だった。
「あ、ま、また一緒に……じゃなくて! 大変ですよフィンさんっ! セラフィーヌさんが!」
「──セラさんに何かあったのか?」
真面目な顔つきになって聞き返すフィンに、マリアンヌは告げる。
「せっ、セラフィーヌさんが……来たんです」
「……きた? それは、どういう」
「来たんですよ、今、ここにっ! 一人で!」
「一人で? なんのためにだ」
「フィンさんに伝えることがあるそうです! 恐らくですけど、朝の件で……」
朝の件と言われて、すぐにフィンは理解した。
「エッ……お、俺のお尻の話しか?」
「む? そなたの尻? 何かあったのか」
「アッ、えっと、その……エヴァとしたら俺のお尻がおかしくなったみたいで、セラさんに見抜かれちゃったんだよ」
「…………お尻が? ……どのように、見抜かれたのだ?」
「えっと……お尻でしてることに確信されたらしい。朝、フレデリカが来たのはその件だ」
「…………な、るほど。それは、やばいのか?」
「やばいですよ! フィンさんとにかく着替えてください! 待ってますから!」
「わ、わかった」
泡を洗い流し足早に出ていくフィンを見送って、一人浴場に残ったカルラはため息交じりに呟く。
「……お尻がおかしくなったとは、一体何の話だ…………?」
塚本迦楼羅は知らない。
なぜなら、彼女は意外と初心で、フィンとは割とノーマルな行為しかしていないから。そして今日一日カトウに付き添って王都を案内していたため、情報共有をされていなかったから。
「……うむ。一度落ち着くとするか……」
泡を洗い流し、カルラは湯船に浸かった。