緊張感が漂う応接室。
揺らぎなくじっとセラフィーヌを見つめ、扉を塞ぐように立っているアストレアが足を一歩前に進める。
「止まってください! それ以上近寄らないで……!」
「せ、セラさん? 何言ってるんだ、アストレアは……」
「……フィンさん。お願いします。今は、今だけは、私のことを信じてくれませんか?」
「セラさんのことは、いつも信じてるが……」
二人のやりとりを見て、アストレアが眉を顰める。
「……フィン。わかってるでしょ? ダメだってみんなで決めたじゃない。それを破るの?」
「うっ……そ、それは……」
「決めた……? 一体、何を決めたというんですか……?」
「あんたには関係ないことよ」
そう切り捨てられたが、セラフィーヌは依然としてフィンを庇っている。
「確かに、私には関係のないことなのかもしれません。ですが──私は神官で、フィンさんは患者です。患者のことを全て把握して、何か異常があるなら治す。私にはその義務と使命があります」
(仮にフィンさんを、この人たちが男性として共有なんてことをしているのなら──なんて、なんて悍ましい……!!)
セラフィーヌとて、複数の女性を侍らせる貴族や多くの男性に抱かれる娼婦の治療をするのはよくあることだ。特定の人間に対する嫌悪などは持っていないが、己の想定する事態が真に起きているのならば、それは許されざる行為だと思った。
「アストレアさん、応えてください。フィンさんに対し、他の女性達と結託して性的暴行を加えていませんか?」
「っ!!?」
「エッ」
今度は、アストレアが驚く番だった。
ついでにフィンも小さく声を発した。
目を見開き、信じられないと言わんばかりの視線を向けるアストレアにセラフィーヌは続ける。
「もちろん、根拠もなく言っているわけではありません。フィンさんの定期健診を行った際に、肛門が過剰に傷付いているのを確認しました。痔やちょっとした外傷などではないんです。自傷は不可能なんです。肛門付近は敏感で、少しの傷でも痛みが激しく続きます。痛みに耐えきれず気絶してしまうでしょう。あり得るとすれば──他人による異物の挿入。それ以外にありえません」
「…………」
「…………」
彼女の語る言葉が部屋に木霊する。
フィンもアストレアも一言もしゃべらず口を閉じたままだ。
「通常、男性が肛門に異物を挿入するパターンとしてあるのはモンスターによる凌辱か個人の性癖によるものです。前者はないでしょう。皆さまが遅れを取るとは思えません。合理的に考えて、後者が最も可能性が高い」
「……フィンが尻穴ほじくられて悦ぶ変態だって言いたいワケ?」
「む、むうっ……」
「──いいえ。私は、フィンさんをずっと診てきました。だからこそわかるんです。フィンさんは肛門で感じるような方ではないと‥‥…」
その言葉に、場の空気が更に沈み込む。
アストレアは眉を更に顰め、フィンは俯いた。
「もしフィンさんが肛門で感じるのなら、私の治療の最中に性的興奮を催している筈です。ですが、フィンさんは私の治療中、一度も陰茎を肥大化させなかった」
アストレアの視線が、フィンに向けられる。
フィンは顔を逸らした。
セラフィーヌはそれをアストレアによる威嚇行為だと捉えた。
「ですから、フィンさんの肛門があのようになることはありえないんです。フィンさん自身がそういった趣味になら無い限り、あのようにはならない。だから私は思いました。【払暁】、【星天】、【超滅】……皆さまが結託して、唯一の男性であるフィンさんを囲い集団で性的暴行を加えたのではないかと。私の考えは、間違っていますか?」
「……………………」
アストレアは無言でセラフィーヌを睨む。
いや、その視線がフィンに向けられていることは理解していた。その様子から、やはりかと彼女は半ば絶望にも似た感情を抱く。
(──私の予測は、外れていて欲しかった。フィンさんがそんな風になっているなんて、勘違いであって欲しかった……)
立場が逆だったら、どれだけよかったか。
フィンを中心としたハーレムがあるだけならばセラフィーヌには何の文句もなかった。いや、想い人に結ばれないという一点で不満はあるが、聖女として仕方のないことだからそこは飲み込める。
だが、これはダメだった。
許容できなかった。
(より強い人間が、弱い人間を力で支配する。それも、性的な意味での管理……なんて邪悪な行いを……!)
彼女にとって最も許せない行為は、命や尊厳を弄ぶことだ。
フィンが身体を張って仲間に捨てられたくないと必死になっていたのに、女性達はその覚悟を踏み躙り、共有し、弄んだ。
許し難い。
度し難い。
どれだけフィンが苦痛に苛まれながら頑張ってきたのか。
一体何の為に無茶を通して来たのか。
誰よりもそれを理解していないといけない筈の仲間達が、彼の心を裏切るようなことをしたことが何よりも許せなかった。
「私は、皆さまを許しません。フィンさんをこれ以上苦しませない……!」
「せ、セラさん……それは、その……」
「フィンさん。今のあなたは、おかしくされてしまってるんです。立場や身体を利用され心を弄ばれていることすら認識できてないと思います」
「アッ、は、はい」
「それは決して普通ではないんです。私が敵の様に見えているかもしれません。でも、どうか私のことを信じて欲しいんです。私はあなたを助けたいの……!」
アストレアとフィンの間に立ち、背中に庇いながら告げる。
その言葉に、フィンはどういえばいいかわからず、無言でその背中を見つめた。
「──そう。【聖女】っていうのは、皆こんな感じなの?」
「……当然です。マリアンヌさんはご存じなのですか? こんな、こんなことを……」
「それを答える必要はないし、あなたが知る必要もない。【廻天の聖女】、今ここで忘れるならなかったことにしてあげる。だから、そこをどきなさい」
「いいえ。どきません。私には患者を助ける使命があると言ったはずです」
二人が睨み合う。
セラフィーヌの身に宿った魔力が滲みだすのと同時に、アストレアの力もゾワリと溢れ出す。力量差は歴然。世界最強格のアストレアが相手では、聖女だとしても分が悪い。
(──そんなことはわかっています。それでも、私は引いてはいけないの)
聖女として、神官として、一人の女として。
万感の思いを胸に宿し、セラフィーヌはアストレアの前に立ちはだかる。
「私は【廻天の聖女】セラフィーヌ・ユドラグセルです。これ以上フィンさんに対し望まぬ行為をするというなら、私が相手になります……!!」
アストレアの目が細まる。
──ドガシャアアッ!!
攻撃の予兆をセラフィーヌが感じとった刹那、扉が蹴り飛ばされ部屋の中に乱入して来る姿があった。
「チィッ……!! おいセラ! とまれ! 早まるな!!」
「……フレデリカさん……?」
そこに居たのは、【破砕の聖女】フレデリカ・ブラッドフォージ。
(なぜフレデリカさんが? 私は誰にも伝えてない。来る理由がない。どうして? 私の行動を察知した? だから? くる必要が、ない……)
──『フィン。少し静かにしていてね。もう呼んでおいたから、すぐに来るはずよ』。
アストレアの言葉が脳裏に過る。
呼んだ。
すぐに来る。
(…………ま、さか……フレデリカさん、も……?)
それは、彼女が考え得る中で、もっとも最悪と言っていい事実。
フレデリカすらも一緒に、フィンを弄んでいるのではないか。
この場に現れる筈のない聖女の登場で、セラフィーヌの思考が停止する。
「……ど、うして……」
その瞳には、絶望と焦燥があった。