ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

278 / 278
278 どうしようもないマゾ、ドマゾ

 深い絶望に包まれたセラフィーヌ。

 重く歪む心に頭には霧のようなものがかかり、彼女の思考と意志を圧し折ろうとする。

 

 ──この世界は絶望で満ち溢れている。

 

 矮小な人間がどう足掻こうが解決できない無理難題が次々と襲い掛かり、理不尽を押し付けてくる。権力者、自然災害、モンスター、そして、何もかもを捻じ伏せる個人の腕力。

 

 両親を陰謀で亡くしエスペランサ教の政治闘争という本質を理解した彼女は、世界に救いがないことを悟った。

 

 力がなければ何も出来ない。

 価値がなければなにもしてくれない。

 隣人を思いやることすら出来ない世界だと知って、彼女は深く傷ついた。

 

 なぜ、誰かを虐げるのか。

 どうして、誰かを弄ぶのか。

 どうすれば、人は人を愛するようになるのか。愛するだけではダメだ。たとえ自分にとって無関係で交わることのない人であったとしても傷付けてはいけないのに。自分の知らない誰かは、同じ一人の人間なのに。

 

 世界は優しくない。

 それは決して変わらない。

 どうしようもないことだとわかってから、セラフィーヌは悩み、思いついた。

 

 他人に救いを求めるのは良くないことだと。

 なぜなら、人によって生きる目的も違いやりたいことも違うから。生きるために必死になって働いているだけなのに他人の食い扶持を奪ってしまうこともあるのに、全ての人が他人を傷付けないようにすることなど不可能だと気が付いた。

 

 なら、自分がなればいい。

 自分が全ての人間に平等な救いを与えればいい。そしてそれは権力や腕力に縛られない生きることを目的としたものにすればいい。

 

 病で亡くなる人、怪我で亡くなる人、動けない老人、手足を失った兵士、身体を売って生きて行かなければならない娼婦、痩せ細りカビたパンを食べ泥水を啜って生きる子供。

 

 全ての人を助けることはできない。

 それでも救いの手を差し伸べない理由にはならない。助けてと言えない誰かを助けなくていい理由にはならない。例え救いのない世界であったとしても、自分まで他人を助けなくていい理由にはならない。

 

 修道院で学んだ治癒の腕を貧民街で磨き、魔力が枯渇してもなお治癒を続けた。ギュッと胸と頭が締め付けられるように痛みを抱えながら、毎日毎日治癒をし続けた。

 そうしなければならないという使命感があった。

 他の誰かにやらせるわけでもない、ただ、自分がそうしたいから。

 そうしなければならないと思ったから、彼女はひたすらに自分を犠牲に治癒の技量を磨き上げ、魔力の効率も治癒の精度も底上げし、血反吐を吐きながら誰かを癒す力を鍛え続けた。

 

 ──世界は絶望で満ちていて、理不尽に溢れている。

 

 それを変えることはできない。

 

 だけど、抗うことはできる。

 世界の理不尽を消すことが出来ないのならば、理不尽に襲われた人を全て救う。そうすれば理不尽にもう一度立ち向かえるかもしれない。理不尽から逃げられるかもしれない。逃げることすら出来ない人の手を強引に引き上げられるような、そんな人間になりたい。

 

 そうするためなら聖女号だって必要ない。

 

 地位や名誉なんてものは誰かを助ける手段を倒すための方便に他ならず、滅私奉公の精神で生きているセラフィーヌは誰かを救うために生きているのだ。

 

 だからこそ──彼女が認めた人が、認められない所業を犯していることが、深い絶望を齎す。他人に救いを強要することはできない。手を取り合うことが出来る人は稀で、フレデリカはその一人だと思っていた。

 辛い過去を乗り越え、やり方に少々問題はあるが、強きを挫き弱者を結果的に救う。自分には出来ないやり方で人を救っている聖女だと認めていた。

 

 そんな彼女がフィンを虐げる中に参加していることは、セラフィーヌの心を蝕むには十分すぎた。

 

「どう、して……なんで、あなたが……」

「あ? なんのことだよ。おいアストレア、どこまで話した?」

「何も言ってないわよ。ねえ、フィン。そうでしょ?」

「あ、ああ。何も言ってない……」

「お前の言うことは信用できねえんだよ」

 

 そう吐き捨て、フレデリカはセラフィーヌに目線を向けた。

 

 まるでフィンのことを欠片も信用していないような態度。セラフィーヌに対する態度とは違う冷徹な一言だった。

 

「セラ。どこまで聞いた?」

「…………それより先に、教えてください……」

 

(……それでも。もしかしたら、勘違いかも、しれないから……)

 

 か細く枯れ果てた声色でセラフィーヌは続ける。

 

「フレデリカさん。あなたは、フィンさんのことを……知ってたんですか?」

「……なんの話だ? こいつの尻穴がガバガバだってことか?」

「──っっっ……!!!」

 

(──うそ。うそだ。どうしてあなたまで!!?)

 

 ギュッと歯を食いしばる。

 そうでもしないと、倒れてしまいそうだったから。

 後ろに庇った人を助けられないかもしれないから。

 今気が付いた自分がいなくなったら、誰もフィンのことを救えなくなるから。

 

「どうしてっ!? なんであなたがっ!?」

「あ? どうしてってそりゃ……知っちまったからな。そうすると決めていることをやらずに逃げるわけにゃいかねえよ」

 

 フレデリカは気に入らない相手──理不尽を他者にぶつける非道な権力者など──に対し、さらに上の理不尽を押し付けることを好む。

 

 特に男性の場合顕著で、ちょっとしたセクハラくらいであっても制裁の対象となっている。その制裁がどれだけ悲惨か、セラフィーヌは知っている。

 

「なぜですか!? フィンさんはそんなことをされるような人ではないのに、よりにもよって、どうしてあなたが!?」

「あ……? んん……?」

「あなたは、あなたは理不尽と戦うと言っていたではないですかっ! なぜ!? なんでフィンさんを苦しめるの!? あんなに辛い目に遭って、それでも負けずに立ち上がって、もう治らない身体で献身し続けているのに、なんであなた達はっ!! 誰よりも、あなた達がフィンさんのことを優しく包み込まないといけないのにっ!!」

 

 怪訝な表情だったフレデリカの表情が変わる。

 

「──おいアストレア。お前何言った?」

「何も言ってないわよ。ねえ、フィンもそう思うでしょ?」

 

 そう尋ねられたフィンは無言で頷く。

 その動きを遮るように、セラフィーヌは立ち塞がり続ける。

 

「言わせないで! フィンさんを力づくで従わせようとするのは、もうやめてっ!」

「……何か言ってねえとここまで拗れねえだろ! 何言ったアストレア!」

「ほ、本当に何も言ってないって!」

「嘘つけェ!」

 

 焦ったフレデリカが一歩前に出た。

 

「セラ、一回落ち着け。多分勘違いしてんぞ。フィン・デビュラの尻穴がガバガバなのは事実かもしれねえが、それは別に私達が何かやったわけじゃ……」

「それじゃあ、それじゃあどうしてここに来たんですか!? 私は誰にも言わなかったのに! 共謀してるからでしょう!?」

「……あぁ~~…………そういう……」

 

 そして今度は困った顔をする。

 その視線はセラフィーヌの身体を超えて、フィンに向けられていた。

 

「フレデリカさんのこと、信じてたのに……! 私と同じだって、思ってたのにっ!」

「……はあ。おい、フィン・デビュラ」

 

 そうして彼女は、諦観を含んだ瞳でじっと見つめる。

 

「もういいだろ。こうなっちまったらどうしようもねえ。ちゃんと言うべきだ」

「……だがな……」

「これ以上拗れる方が悪い結果になる。いいから任せとけよ」

 

 フレデリカが一歩踏み出す。

 セラフィーヌの身体の魔力が高まる。

 アストレアとぶつかり合っていた魔力が部屋の中を満たし輝きだす。

 

「フレデリカさんっ! フィンさんに乱暴するようなら、私はここであなたと戦います!」

 

 決して戦闘向きの能力ではない。

 誰かを癒す事だけを考えて来た彼女はフレデリカと戦えば勝つことは絶対にありえない。何があっても自分を治せるだけで、勝てないのだ。

 

 それでも彼女は戦う意思を見せる。

 そうすることこそが、セラフィーヌの信念だから。

 

「……セラ。お前に一つ、言わなくちゃいけねえことがある」

 

 フレデリカはそんな彼女を眩しそうに見つめた。

 その瞳にあったのは敵意や隔意ではなく、ただ純粋に尊いものを見るような感情だった。それがゆっくりと同情するような、申し訳なさそうな色に変わってから、口を開いた。

 

「フィン・デビュラは────マゾだ」

「……………………はい?」

「お前の庇ってる男は、マゾだ。どうしようもねえマゾ、ドマゾだ」

 

 何を言われているのか理解できなかった。

 

「フィン・デビュラは……マゾなんだよ……」

 

 しかし、そう告げるフレデリカの表情が真剣そのもので、騙そうとしているものではないとわかってしまった。

 

(…………マゾ? どうしようもないマゾ、ドマゾ……?)

 

 セラフィーヌはゆっくり後ろに振り向いて、フィンのことを見た。

 

 フィンは吹っ切れたような清々しい表情で彼女を見つめていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

【書籍化】男女比1:30の貞操逆転世界で身を挺して女の子たちを守ったら愛が重くなりすぎた(作者:一森 一輝)(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

女が男を守るべき、みたいな価値観が根付いた世界で、男が身を挺して女を守ろうとしたらどうなるんだろうか?▼旧題:男女の価値観が反転している貞操逆転世界で身を挺して女の子を守ってみた場合▼※カクヨムとマルチ投稿中です▼https://kakuyomu.jp/works/16818792435932689728


総合評価:36358/評価:9.13/連載:152話/更新日時:2026年10月18日(日) 12:03 小説情報

鬱ゲーの全滅イベントで年上ヒロイン達を庇ったら【暴食の魔人】になって生き残った。――「理性が消える前に殺して」と頼んでも、曇った彼女たちが許してくれない。(作者:菊池 快晴)(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

ダークウェブソウル通称【DWS】』▼最悪の鬱ゲーにして最高の泣きゲーと名高い、狂気のダークファンタジー。 ▼その世界に、モブ・雑用係のレイとして転生した俺は、ゲーム知識を駆使して最愛の年上ヒロイン」たちと家族のような絆を育んでいた。▼しかし、このゲームには回避不可能な「全滅イベント」が存在する。 ▼シナリオ通りなら、俺の師匠も、先生も、聖女も、みんな魔人に殺…


総合評価:6976/評価:8.78/連載:27話/更新日時:2026年03月07日(土) 10:02 小説情報

貞操逆転世界で湿度高めヒロイン達を無自覚に沼らせる転生者~死にゲー世界で鬱エンドを迎えるヒロイン全員救う、全員が曇る(作者:しば犬部隊)(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

死にゲーに転生した主人公(男)が遺伝子的に湿度が高く重い女達に囲われていく話。▼なお、主人公は自分に価値を見出していないので、自分を犠牲にしたりする。▼だが それが逆に重い女の琴線に触れた!▼無自覚にヒロインを沼らせていく、ただ平穏に生きたいだけの男。▼書籍化決定 5月20日 オーバーラップノベルス様より発売! ▼


総合評価:32063/評価:8.89/連載:54話/更新日時:2026年08月25日(火) 12:14 小説情報

【一巻発売中】裏切りや絶望が溢れるゲーム世界で、鬱展開全てぶっ壊す(作者:棘棘生命)(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

(旧題:裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す)▼ニッチな需要のあるゲーム世界で、鬱展開を破壊する話▼鬱を破壊した分、様々な種類の闇は主人公に降りかかるものとする▼番外編はこちらになります▼https://syosetu.org/novel/423656/▼オーバーラップノベルス様から、8月20日に第一巻が発売しました!▼皆様のおかげです。ありが…


総合評価:16953/評価:8.88/連載:142話/更新日時:2026年10月14日(水) 20:26 小説情報

全滅エンドを死に物狂いで回避した。パーティが病んだ。(作者:雨糸雀)(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

 ――だからさ、別に片目片足くらいどうってことないって。俺は平気だから。大丈夫だって見捨てないから。償いとかそういうのもいいから。すべて捧げるとか言われても困るから。重い。重いってば!!▼■カクヨム様とマルチ投稿▼■11/26 コミカライズ連載開始▼■11/29 書籍3巻発売


総合評価:65508/評価:9.14/連載:64話/更新日時:2026年08月30日(日) 22:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>