セラさんとフレデリカが帰って、【払暁】ホーム応接室にはアリシアさんと俺だけが残っていた。
ソファにもたれこみ、疲労を滲ませながらアリシアさんが言う。
「はぁ……なんとかなったかしら……」
「その……なんだ。毎回助けてもらって、申し訳ない」
「いいのよ。元はと言えば私にだって責任はあるもの。他の人よりフィンくんのことを理解してなくちゃいけなかったのに、流されるままだったのは反省しないと」
「でも、そのおかげで俺は童貞を捨てられたんだぞ。俺が童貞を捨てたのはアリシアさんだ」
「うっ……そ、それは、その……」
そう言うと、アリシアさんは呻いた。
「今となっては女性陣から好意を向けられていたのかもしれないと思えるが、アリシアさんに見つからなければそんな風に思うことはなかった。確かに、アリシアさんに見つかったからこそこうなったが、悪いことじゃないんだ。……いやまあ、女性視点だと悪いことかもしれないが……」
「…………口が裂けてもそうとは言えないわね……」
まあ……アリシアさんは妹達も引き込んだ側だからな……。
フレデリカもドン引きしてたし、やっぱりエルフの価値観ってちょっと違うんだなぁ。美人姉妹全員ハーレムとかどんな悪徳貴族だよ。
「それに、俺はこれで良かったと思ってる。そもそも、無理があったんだよ。アリアも師匠も【払暁】の三人も奇跡的に他の男に奪われなかったけど、何かあったらその時点で俺は壊れてた。そうだろ?」
「──正確には、真の意味で私の使徒になってたわね」
「あら、ルルクス様……」
あ、闇マリだ。
ぬるりと現れた闇マリは、ほんのちょびっとふっくらしていた。
「あの聖女に露見して、我が使徒の許容量を何度か超えてたわ。仕方ないから私の方で飲み込んだけど……」
「む……? すまん、そうだったのか」
マジか、全然気が付かなかった。
そもそもそういう風に感じた記憶がなくなるからわからなくて当たり前だけど、そんなにショックだったか。
俺にとってセラさんはそれだけ、なんというか……触れてはいけない人だった。
だってさぁ、普通は嫌じゃんお尻の治療とか。
しかもただお尻を見るだけならともかく杖ぶっ刺して魔法使わなくちゃいけない上に、血飛沫飛び散ってんだぜ。
ただの血じゃない。
あまり大きな声では言えないが、そりゃあ、相応に汚れてるんだ。
そんなものを浴びて顔色一つ変えずに懸命に治療してくれる人にさ、実はお尻穿られるたびに喜んでますとか……言えるわけないだろ!
──だが、知られてしまった。
俺が治療されるたびに気持ち良くなっていると見抜かれてしまった。
ちなみに見抜きをしたことはある。
もちろんセラさんではない。
相手は
うふ、うふふっ、これからどうしようかな。治療に行ったらこれまで通りの態度をするセラさん、だけど心の中では尻穴をほじられて喜んでる俺を見て嫌悪感を滲ませており、いつしかその心が態度に出て俺の尻を更に激しくほじくってしまうように……い、いやだぁっ!! 嬉しいのと苦しいの二つがあるよぉっ!!
「とはいえ、前よりはマシになったわ。担い手やフレデリカのお陰ね」
「そうか……? 前と変わった実感はないけど」
「実感することは無いわよ。我が使徒がダメになった時は私が養分にしてるから」
あ、はい。
「それでも、多少なりともマシになった。この事実は大きい。邪神としては面白くないけど、女神としては祝福を授けたいくらいよ」
そう言って闇マリは優しい目で俺を見つめる。
ううむ、マリアンヌだ。
闇マリはマリアンヌにない表情を見せるのだが、最近はマリアンヌも闇マリにない表情を見せるようになって俺はすごく嬉しい。
俺、マリアンヌの顔が好きなんだよね。
ああいう顔した女の子がにへらって笑った時なんかもうたまんないもん。アリアといいマリアンヌといい、俺の好みはそっち系なワケ。
闇マリはマリアンヌの見せないゲス顔を見せてくれるし、マリアンヌは闇マリが見せないえっちな表情を見せてくれる。なんて素晴らしいんだ……一つの顔で二つ分素敵。先日のマリアンヌ×闇マリのコンビは本当に良かった。またやりたいくらいだが、今の俺は禁欲中。
ここは思い出して気持ち良くなる程度にしておこう。
「ところでフィンくん。セラフィーヌさんのことだけど」
「うん? どうかしたか」
「フィンくんがマゾだってことは露見しちゃったけど、肝心のルルクス様のことは話さなくていいのよね」
「ああ。というか、むしろよく合わせてくれたな……」
こればっかりは本当にアリシアさんに助けられた。
これ以上広げる気はないとは言っていたが、セラさんにどこまで話すかは事前に全く決めていなかった。というか決める暇がない状態でセラさんがやってきたから、皆の協力でなんとか致命傷のマゾバレで済んだ。
これで闇マリ関係まで露見していたら、流石のセラさんもどうにかなってしまいかねない。
「なんというか……ホラ、私って前にマリアンヌちゃんとアリア、ヴァシリに説明をしたのよ。その時ね、すっっっごく大変だったから考えたのよ。どう説明するべきか、どこまで説明するべきかをね」
「そ、そんなにか……」
「ええ……。もう二度と同じ説明はしたくないと思ったわ……」
あっ、ち、チクチクするっ。
胸がチクチクしてくるっ!
「……あっ、えっと違うの。そうじゃなくて、フィンくんがめんどくさいとかじゃないのよ? なんて言うか、本当に大変だったの。どう説明しても角が立つのよ。何言っても傷つくの。フィンくんが悪いわけじゃないけどね? でも、ホラ、わかるでしょ? フィンくんがマゾであることと、紳士的であることと、邪神が憑りついてることは全部成立するけどそれをどうやって信じさせるかが本当に難しくて……」
「アリシアさん……いいんだ、そんなに取り繕わなくても」
「違うからね? ねえっ興奮しなくていいから!」
お、おほほぉっ!!
感情読まれて興奮してるの窘められて気持ちいいよぉっ!
これこれこうじゃなくちゃ! やっぱアリシアさんは最高だな! 感情読み取って怒ってくれるし勝手に責めてる気持ちにもなれる。俺とアリシアさんは相性抜群のサドマゾコンビなんだ。
「はああぁ……! まったくもうっ! とにかく、説明は一度にするべきじゃないと私は気が付いたのよ。第一に功績と高潔さ、第二にドマゾ、第三にルルクス様。これがフィンくんを説明する最も正しい順序よ」
「ま、まあ、アリシアさんほどの人がそう言うなら……」
今に至るまで、最も俺の事情をなんとかしようとしてくれた人だ。もう最初からどうしようもなかっただけで、アリシアさんは俺の感情を読み取って俺のことを尊重してくれていた。
そのことに感謝こそすれど、恨みや怒りを抱くつもりはない。
「本当に申し訳ない。これからも迷惑かけると思う」
「いいのよ。私が好きでやってることだもの」
そう言ってアリシアさんは微笑む。
ううむ、本当に俺は恵まれてるな。
こんなに美人で優しい性格で感情で性欲ぶつけまくってるのに全部受け止めてくれる人がいるなんてとても信じられん。
だけど、これからはしっかりこの事実を見ていかなくちゃいけない。いつまでもそんなわけないと否定していられないんだ。
セラさんとフレデリカは受け入れてくれた。
…………そうだ。
俺の周りにいる女性は、強い人ばかりなんだ。
特別で凄い人ばかりなのに、俺は心は普通の人だとずっと思っていた。
どうしてだ?
俺自身が弱いからか?
それとも、アリアを見てきたからか?
……ああ、それかもしれない。
特別で凄くて手も足も出ない太陽みたいな存在でも、俺の前では普通の女の子だった。
アリアと一緒にいたから、そうだと思ってたのかな。
師匠も俺を抱きしめて泣いたこともあったし、なんていうか……強さと心は一致しないと考えるようになったのは、それが大元なのかもしれない。
そう思うと、少し心が軽くなった気がする。
俺は二人を見て育ってきたからなぁ。
どれだけ強い人でも、心も強いとは限らない。そう学ぶ土壌はあったってことか。
憎しみは湧かない。
闇マリ、吸った?
「いいえ。何もしてないわよ」
そっか。
なら、これは成長でいいんだろうな。
今更すぎる一歩だが、今は喜んでいたいと思う。