師匠達がやってきたのは、それから一時間ほど後のことだった。
「やっほーフィン! 私がいなくて寂しくなかった〜?」
妙に元気な様子で駆け寄ってきたアリア。
そんでもっと抱きついてきて、鎧があるせいで全く感触がわからなくて最悪の気分だ。しかしアリアの匂いはよくわかる。いい匂いだ。ガキの頃、俺によくふんわり抱きついてきた時の匂いに女性らしい甘い感じが混ざっててとてもいい。
すりすりと鎧に顔を擦り付けてくるアリアを抱きしめ返して背中を撫でていると、ぱっちりとした瞳と目が合う。
その、真っ赤な瞳と。
「……お前、聖剣か?」
「ありゃ、バレちった。流石はフィン、して欲しいことちゃんとしてくるねぇ。そんなにわかりやすかった?」
「目の色を見なかったらわからなかったかもしれないな。アリアは今寝てるのか?」
「うん。フィンに会うのが待ちきれなくて、夜眠れなくてさ……」
「……アリアは本当に変わんないな……」
昔もそんなことがあった気がする。
旅立ちの日の前日に襲撃されて、俺がせっせと荷造りしてやったんだよな。
あの頃は幼馴染の下着だろうが別に色気なんて感じなかったというのに、マリアンヌ曰くアリアは俺を性的に見ていたと言う。
本当にそうか?
いきなりあばばーっとか言い出すんだぞ。
でも確かにボディタッチは多かったし……いやでも、あれはアリアの個性みたいなもんだろ。誰にでもしてるでしょ。
──誰にでも……?
『勝手に寝取られた気分にならないでください。寝床が汚れるので』
あっ、ごめんなさい。
「聖剣は寝なくてもいいのか?」
「これでも一応剣だからね。生まれてからずっと起きたままだよ」
ふふんと胸を張る赤目のアリア。
「というわけで、今日一日はボクのままだから。よろしくね」
「ああ、よろしく」
アリアよりもクールな笑みを浮かべて聖剣が締め括った。
ううむ……。
前にも思ったことだが、アリアのしない表情をされると……ドキッとする。胸が高鳴る。なんか見ちゃいけないもの見てる感じがして、非常にスケベな気持ちになってしまう。
アリアはそんな顔で笑わない。
だけど決して嫌とか認められないとかではないんだ。
俺の知らない一面を見せられている様な感じがしてさぁ、俺の知らない所で俺以外の男に見せてるんじゃないかって、胸がドキドキして、ハァッ、ハァッ、お、俺もうっ!!
「二人とも、そろそろ出発するよ」
むっ、そうか。
いつまでも人の顔を眺めて興奮している場合ではない。興奮まではセーフだから。先っぽだけだから。
【払暁】側で用意しておいた荷物なんかも全て師匠が回収したのか、影も形も無くなっている。御者も驚いた顔をしてるけどやっぱりこれが一番無法だよな。
冒険者としてそれなりにやってきたが、荷物の問題には常に頭を悩まされていた。
遠征するにしても持っていける金と物資には限りがあるし、遠征先で廃棄して新たに補給しないといけないパターンもある。干し肉や水、着替えや装備。あんまり汚れた状態だと街の中にも入れないから補給が出来なくなるので、そこら辺はちゃんとしてる。
だが気にかけようと思えばいくらでも丁寧に出来てしまう分、取捨選択は大変だった。これに関しては俺も勉強したので仲間任せではなく自分でも管理できる。
ソロの救助クエストとか、そういう配分ちゃんと出来ないといけないからね。誰をどう助けるとか、ここで助けてどうやって連れて帰るかとか、食糧や水が足りるかとか。
助けられた筈なのに助けられなかったこともある。
その都度思ったもんだよ。
もっと持ってくればよかった、荷物を減らして早くくれば良かった、足りなかった、多すぎた。
正解なんてないんだ。
だから、俺は師匠のこの力が本当に羨ましい。
これがあればきっと、俺はもっと特別で、やれることが多かった筈なのに。
ないものばっかり欲しくなるよなぁ。
度し難いことだ。
既に乗り込み始めていた馬車に、俺達も乗り込む。
ええと、【払暁】が四人、【星天】から三人、【超滅】から二人、フレデリカ、カトウ。十一人も乗るのか。荷物が無いとはいえ少し狭いんじゃないかと思ったが、中に入ると、俺の想像している馬車ではなかった。
まずそもそも扉が付いてる。
天幕で適当に覆った馬車ではなく、扉を開けて入るタイプ。そんでもって広い。人数多いから大きめの奴を借りたのかと思っていたが、これは……。
「師匠。俺の知ってる馬車と違うが」
「うん? ああ、これは私が個人的所有しているモノの一つだよ。旅の途中でアリアに何か起きる可能性は極力減らしたかったからね」
アリア、もとい聖剣に目を向けると、苦笑いしていた。
「いやあ、過保護だよね。確かにアリアは他の人と比べて
「仕方ないだろう? 少し目を離したら男に言い寄られてるんだ。成長してからは自分で振り払えるようになったけど、旅に出てすぐの頃は怯えてそれどころじゃなかったからね」
え?
あの、すみません。
すみません師匠、それ、初耳なんですけど。
なんですか? それは。
詳しく説明してください。
アリアが知らない男にエロいことされて怯えてたって言いました? 今、そんなこと言いました? 師匠? 説明を。
「これはボクの予想だけど、聖剣を握ったらそういう風になっちゃうんじゃないかな。あの主神様が作った剣だからね。そういう特性があってもおかしくないよ」
「なるほど、ありえる話だ。だからといって君は悪くない。寧ろ、アリアの良き隣人になってくれてありがとうと言いたいくらいだ」
た、確かに戻ってきて直ぐ、俺とデートしようと連れ出してくれた時に知らん男に絡まれていた……。俺を見てすぐに退散したが、まさかあれは、そういうことだったのか!?
う、ううぐうううぐああああっ!!
魔が、心の魔が溢れ出すっ!
俺の心が蝕まれてイクッ!
白き聖なる液体も零れ落ちそうでイクッ!
聖魔が合わさって白濁した命が生まれそうだっ!!
『黙ってしね』
ホギャッこれまでで一番すごいのが来たァ!!!?!?!??!
「……で、フィン。無言で神妙な顔をしてるってことは、アリアでえっちな妄想してたのかな?」
「エッ! な、なんのことだ?」
「ふふん。ボクとアリアはフィンの全部を見たんだよ。それくらい分かって当然じゃないか」
な、なんだと……ッ!!?
しかも俺のセクハラを平然と受け止めて微笑んでいるだと!?
そんな、フィン・サディスティック・デビュラが通用しない!? 俺の剣では聖剣には打ち勝てないとでもいうのか!? 鍔迫り合いすら発生しない……!? このままではセラさんとエヴァに続いて俺のお尻を穿つ三人目になってしまうかもしれない。アリアの顔をした聖剣がズブリとお腹を裂いてくるかもしれないッ!!
そんな、そんなのっ……素敵すぎるっ……!
「……何度言われても不思議だ。本当に今、フィンは、その……アレなの?」
「めちゃくちゃ興奮してると思うよ」
「はは、最近隠し事が全然うまくいかなくて参ってるくらいだ」
「──隠し事なんてさせないから。
一瞬、青目に戻ったアリアが言う。
しかし、それを言ってからすぐに赤目になった。
やや驚いた表情の聖剣は、呆れたような表情で告げる。
「ほんとうにもう、アリアはフィンのことになったらすぐ飛んでくるよね。妬けちゃうなぁ……」
唇を尖らせて不服そうにするその姿は、聖剣だが、アリアらしさを感じられる仕草だった。