王都から東に馬車で移動すること一週間。
特に問題も発生せずに順調に進んだ結果、あっという間で馬車で来れる最大距離までやってきた。
「ここがかつて東の果てと呼ばれていた東方山脈だよ。中々立派なものだろ?」
「おお……いや、随分と続いているように見えるんだが……」
師匠に言われて見上げたが、それはもうとんでもない高さだ。
少なくとも俺が何も知らない住民なら登ろうとは思えないし、なんならここだけじゃなく北と南にずっと山脈が続いている。
「そりゃそうだよ。大陸を縦断してるからね」
ほう、じゅうだん…………
『我が使徒、嘘でしょ?』
エッ、な、何がですか?
いやいや、わかってますからね。
じゅうだんね、じゅうだん。うんうん。そりゃ凄いよな。大陸をじゅうだんしてるんだろ? 本当にすごい。俺には出来ない。やっぱり自然の力って凄いなと思うし、自然に単独で抗えるような人はもっと凄いなって思うよ。
『縦断というのは、縦の方向に切り分けられることや、南北に渡り歩くような意味の言葉ですよ。この場合は、大陸の東西を遮るように君臨している、という意味です』
あっ、な、なるほどね。
いやまあ、わかってましたよそれくらい。
そんな簡単な言葉がわからないわけないじゃないですか。全く、闇マリは俺のことを馬鹿にしているな? いくら俺が無教養のバカだからって、そんなことがわからないわけないじゃないか。
「懐かしいな。私もここを渡ってきたが、随分と前のように感じる」
「そういえばカルラは一人でやってきたんだよな。大丈夫だったのか? 随分と高いし、寒そうだが」
山の上の方は雪が積もっている。
北方山脈は常に雪が降っている地域なので、実は登山をするにあたっての危険性がちょっと減っている。具体的には足場がかなり盤石だ。クレバスと呼ばれる割れ目が少なくて、思い切り踏み抜いても全然へっちゃらだ。
代わりにずっと吹雪いているので、寒さ対策というか、ちゃんと対策していかないと一瞬で死ぬ。天気が良くても吹雪いてるからねあそこ。
それと比べればここの山は大人しそうに見えるが、とにかく高い。
空まで届いてるんじゃないかと思うほどだ。
「もちろん寒いぞ」
「寒いのか……」
そりゃそうだろうね。
カルラの服装は相変わらず素肌が丸見えの魅力的な服装で、大変目の保養になっている。生肌たまらん! こんなもん田舎の少年に見せたら一撃でノックアウトだよ!? わかっているのか、カルラ! その罪深さを!
ほら見ろ!
この辺に住んでるガキがお前を見てとんでもない顔してるじゃん!
「しかし、服装というのは最もわかりやすい己の信念の表れでもある。無論、そうではない者もいる。着れれば良いという者を否定するつもりはないが、人間、最初に印象を抱くのは外側だ。私は自分の好きなように振る舞っていたいのでな」
「そうか。それじゃあ昔俺が用意した防寒具を捨てたのは、俺のセンスが悪過ぎたんだな……」
師匠にファッションセンス磨いて貰えばよかった……!
俺にセンスがあればカルラが霜焼けしなくて済んだかもしれないのに! くそっ! どうして俺はこんなに才能がないんだ!
「あ、い、いや、あれはその、違うんだフィン! そなたの用意した服はその、あの頃の私は本当に無礼な奴で、そなたの気遣いを無碍にしてしまっただけなのだ! そなたは悪くない!」
ギョッとしてから、慌てた様子でカルラが弁明する。
「まあ……あれは、正直ないと思ったわ」
「あ、アストレア! やめないか!」
「いや、だってあれ……結構キツかったわよ。特にニオイが……」
「……フィ、フィンさんが用意してくれたものですから、私は、嬉しかったですよ?」
ハハ、気遣いが辛いよね。
優しくされると余計辛いことってあるんだ。
優しくされてもマゾが刺激されて気持ち良くなる。これはもう大発見だよ。これから何をしても気持ち良くなれるね、闇マリ。
『我が使徒って、普通にアホみたいな失敗もするから何とも言えないのよね。我が巫女におつかい頼まれて関係ないもの買ったり』
それやめてっ!
それ本当に効くからやめて!
俺だってバカだったと思ってるんだよ。とても反省しているんだ。だって仕方ないじゃん美味しそうだったんだからさァ!
ヨーグルトだよ!?
ミルクよりなんか美味しそうじゃん!
朝食にヨーグルト食べる贅沢がしたかったの!
「……すまない。私がフィンにもっと色々教えられていれば……」
師匠ォッ!
そんな顔で真剣に嘆かないでよッ!
居た堪れなくなるじゃん!
仲間に真心こめてくさい服渡した俺が悪いんだから掘り返さないでよ!
「だがな、フィン。あの頃は言えなかったが、気持ちは嬉しく思うぞ。そなたの優しさが、我らのことを繋ぎ、結んだのだ」
そう言いながら、カルラが俺をぎゅっと抱き締める。
むほっ、むほほほっ!
…………鎧越しだから感覚がねェ。
だが想像は出来る。
カルラの豊満な身体の感触はこれくらいで、うむ、つまり今俺の鎧はこの感触を味わっていると。
――ハッ……!!
鎧に、寝取られている……!?
『黙ってください』
はい。
「さて、早いうちに山に入っておくつもりだけど……皆準備はいいかな?」
師匠が話を切り替える。
荷物は全て師匠が持っているし体力も十分だ。というか、座り過ぎて鈍っているのでもう少し身体を動かしたいくらいだ。
みんな俺と似たような感じなのか、特に誰も声を出さなかった。
「よし、それじゃ行こうか――東方諸国に」
◆
和国、北部地方。
西国から遠く離れた寒冷地方に築かれた城で、一人の女性が座っている。
目の前にあるのは木で彫られた像だった。
小さく手で持てる大きさだが、精巧に削られたそれは美しい女神を模している。
女性は和服で瞳を閉じて瞑想をしていた。
パチパチと火鉢の中で炭が弾け、室内を温める。
背筋がスラリと伸び、美しい姿勢を維持したまま女性はじっと瞑想を続ける。
「――そうですか。いらしていますか」
独り言。
他に誰もいない空間で、彼女は呟く。
「はい。承知しております。かの女神は今や魔に堕ち、邪神と化している。気配はまだわかりませんが、和国に踏み入ればすぐにでもわかることでしょう」
まるで誰かの声に答えているような声色だった。
「はい。油断は致しません。私は女神アースラの使徒にして、現人神上杉直虎。邪神に敗北することなど、断じてあってはならないこと……」
上杉直虎と自称した女性は、瞳を開き呟く。
「必ずや邪神を討滅致します。女神アースラよ、我が戦を天よりご照覧あれ」