東方諸国に至る山は高く険しい。
高高度に気軽に踏み込めば身体に大きな影響が出て、どれだけ鍛えあげた肉体だろうが問答無用で蝕まれていく。
それは俺達冒険者も例外ではなく、高い場所に行けば行くほど心肺機能に限らず思考にすら問題が発生するのだ。そのダメージを無視することは出来ない。俺達が人である限り、その問題からは逃れられないのだ。
──ただし、エルフが居る場合を除く。
「はい、出来たよフィン」
「ありがとう師匠」
手渡された器には、なみなみと温かいスープが注がれている。
零れないように気を付けて席に戻る。
そう、何と言っても普通に椅子があるのだ。
現在地は山の山頂部で、ちょっとした平地を師匠の力で作って泊まる事にした。
いや本当にもうなんでもありだよね。
こんな山の頂上でのんびりビバークとかおかしな話だからな。
更にエルフの力で息をするのも容易で、もう全く緊張感の欠片もない。おかしいな、俺の知ってる冒険者家業ってもっと緊迫しててさあ、野営中も誰かがずっと見張ってたりさあ。
野生動物だけじゃなく野盗とかもいるから警戒してさあ。
まあこんな山のてっぺんで野盗なんか来るわけないんだけど、なんか、なんかなぁ……。
ああ、スープうまいわ。
やっぱり師匠の作る飯がうまい。
冒険中にこんなの食べれていいのか? もっと冒険者っていうのは、マズイ干し肉食べて、濾過した泥水飲むんじゃないのか?
『食事は美味しいものに限るわよ、我が使徒』
ムゥ、闇マリまで……。
そりゃそうなんだけど、なんかやっぱ、風情ってもんがなくないか。
『……我が使徒って、割と冒険者稼業好きよね』
……そう言われればそうかも。
まあ、なんて言ったって俺が唯一自分で手に入れた立場だからね。仲間達に引っ張ってもらったのは確かだけど、師匠にもアリアにも頼らずに一人の人間として自立できた場所だ。
俺自身、無意識に苦痛だと感じていた頃もあっただろう。
だけど俺はマゾだから耐えられたんだ。
マゾじゃなければ耐えられなかったかもしれない。
マゾだったお陰で今の冒険者としての立場を確立できたのだから、やはり俺の人生とマゾは切っても切れない関係である。
そんでもって、冒険者稼業とマゾがとてつもなく相性が良かったのがね。
不幸中の幸いというか、才能で唯一恵まれた場所だと思う。
だからやっぱり、俺は冒険者って仕事が好きなんだ。
もちろんうまくいったから好きになったのもあるけど、そんなのはよくあることだろ。自分が得意なことだから好きになったなんてのはさ。
何もかもがうまくいくわけではない、あの冒険してる感じが多分俺は好きなんだ。
──ていうか、マゾ趣味だけが俺の全てじゃねえし。
最近マゾしか満たされて無かっただけでマリアンヌとの王都デートは最高だったし。別にえっちなことしなくたって俺は嬉しいんだし。
みんなして俺を度し難くてどうしようもないマゾだとか言われてるけど、それ以外の趣味だってあるんだよ。
『ですが、マゾ趣味が一番上ですよね?』
はいっ!
それは勿論です!
なんてったってマゾ趣味が無いと俺じゃないですから! ブヒッブヒヒッ! 闇マリちゅっちゅ! 大好きだぜ!
『しね』
「隣、良いでござるか?」
「カトウ? 構わないぞ」
「失礼するでござるよ」
闇マリとイチャイチャしてたらカトウが隣に来た。
ちなみにわかりきったことだが、カトウは美少女だった。
黒い衣装はそのままだが、頭を覆っていた頭巾のようなものを外したら当たり前のようにかわいい女の子が出てきた。何となく予想は出来てたんだけど、やっぱりかという雰囲気が俺達の間には漂っていた。
カトウ本人は驚かれないことに驚いてたけど、俺達のパーティーをよく見て欲しい。
俺以外全員美人と美少女だから。
ここまできたらもう女なんだろうな、という雰囲気があったんだよ。
あと普通に【払暁】組は全員把握してた。
だって拠点でお風呂入ってるからね。
俺は見てないけど、カルラ達は早々に女だとわかってたっぽい。
「美味しいでござるなぁ」
遠い目をしながらカトウがスープを食べている。
その目は夜の空を見つめていた。
ここは、俺が行ったことのある場所で最も高い所だ。
絶景とはこういうことを言うんだろう。
月と星の輝きが銀雪の山を照らし、幻想的に彩っている。
あまり美術品や工芸品に対して造詣のない俺だが、それでもいいものを良いと言うことはしているつもりだ。
センスがないことはわかっているが、だからといって自分の感想を言うことすら怯えて何も考えられなくなるのは、避けたいんだよね。
「師匠の料理は格別だからな。俺にとっておふくろの味だよ」
「ほほう。某も師匠に育てられたがゆえ、親近感が湧くでござるなぁ」
「そうなのか?」
「先代に拾われて、修行に明け暮れる日々でござった。家は寒いし鍛錬は厳しいし師匠は容赦ないし、死ななかった以外に嬉しいことがないでござる」
「そうなのか……」
「某も、こんな暖かい食事を食べさせてくれる師匠がよかったでござる……」
死んだ目でカトウは呟いた。
「まあでも、ウチの師匠も中々スパルタだぞ。アリアは程よく教えを受けてたが、俺は毎日師匠にボコボコにされていてな……。骨が折れなかった日はないし、肉が弾けなかった日は無いぞ」
「ヒエッ……」
本当に素晴らしい日々だった……。
毎日毎日違う刺激がどんどん師匠によって生み出されていってな。骨折した骨を更に折られて別の部位に突き刺さった時なんかは、もう絶頂という言葉で言い表せないほどだった。
「俺には才能がなかったから、そうでもしないと追い付けなかったんだ。まあそんだけやっても追い付けなくておいて行かれたわけだが」
「な、なんというか……気軽な気持ちで言ってごめんでござる」
「謝らなくていい。置いていかれたが、結果的に【払暁】に出会えたんだ。そうじゃなかったらカトウとも会ってなかったかもしれないしな」
師匠に連れて行ってもらえれば、極東まで来ていたかもしれない。
だけどカトウに会ったかは……きっと、否だろう。
俺が【払暁】に居なかった世界で皆がどうなっているか不明だが、カルラ達があの時死んでいた可能性もなくはない。
──うん。
やっぱり俺は、今の人生で良かったよ。
「……ほへえ。そういうことサラッと言うのに慣れてるでござるなぁ」
「素直になった方がいいってのが、子供の頃からの教えでね」
カトウは少し唇を尖らせていた。
「…………つかぬことをお聞きしたいのでござるが、もしや、デビュラ殿はとても女慣れをしておられる?」
「そりゃあ、まあ……俺の人生は常に美人美少女に囲まれて来たから……」
「……そりゃそうでござるよなぁ。ううむ、某では勝ち目がないでござるか」
これってゴーサイン出てますか?
闇マリもきっとこれはゴーサインだと答えてくれるだろう。
ごめんみんな、俺は好意をここまで見せてくれる女性のことを、放っておけるほど理性が強くない……! おフィンフィンランド開園! 世界の頂で性を叫ぶ! 空に最も近いと言うことは、神に最も近いと言うことなのかもしれない! ここで放精して白銀を白濁にしてやるぜェッ!!
『うるさい』
ごめんなさい。
「本職にこんなことを言うのもおかしな話だが、俺から見てもカトウは魅力的に見えるから自信を持っていいぞ。俺みたいに極度に女性に囲まれでもしてない限り、思わず目で追っちまうだろうな」
「……え。ほんとにござるか?」
「ほんとにござるぞ」
「む、むむっ。むうっ……」
口調を真似たら頬を膨らませた。
────くそっ、これが忍か……!
なんて魅力なんだ!
抗えないッ、俺はこの娘の魅力に襲われている!
助けてカルラッ、このままじゃ俺篭絡されちゃうッ! いざ籠城! オ、オオッ、フィンフィンで菊の門が責められているでござるよっ!
「……ひどい男にござる。某、騙されないでござるよ」
そうだな、俺もそう思う。
流石は極東で名の知れた忍のカトウだ。
ただ者じゃあない。
だが、俺はこの程度で屈しないぞ。
絶対に耐え抜いて見せる!