数日かけて幾つもの山を越えて、俺達はようやく東方諸国の片隅に辿り着いた。
田んぼというらしい畑の亜種みたいなものが並び、小さな道を歩いていく。
その間にも俺達の恰好は目立つのか、畑で働いている人たちの視線をとてもよく集めている。なんていうか、普段王国で集めてるようなもんとは全く別物なんだよね。
いつもは『うおっすっげえ美人……あの男、死んでしまえ』みたいな嫉妬を向けられているのだが、これではない。
全員警戒されてる感じがする。
王国でも東方諸国出身はとても少ないから気持ちはわかる。
カルラとか未だに視線を独り占めするからな。
主にそのあまりにもエッチな服装とエロすぎる身体で。
逆に言えば、俺達は東方諸国において珍しいということだ。
「おおお……! まんまだぞまんま! おい! そのまんまだ!」
更に拍車をかけているのが、大興奮のアニカである。
田んぼを見ては興奮し、作物を見ては興奮し、極めつけには農民を見て興奮している。
農民に関しては別に物珍しくもなんともないだろ。
俺とアニカは元々農民、彼女に至っては家から勘当されている。あまり縁起のいい存在ではないと思うのだが、どうにも面白いらしい。
「く、くくく、味噌、醤油、寿司、ラーメンに出し茶漬け……! おれの長年の夢が叶うんだ! これを祝わずにいられるか!」
「らーめん? そんなものはないぞ」
「……えっ?」
「少なくとも私は聞いたことがない。カトウ、そなたは?」
「申し訳ござらぬ。某も初耳にござる」
「…………」
飯のことしか考えてねーなアニカ。
まあ、それも仕方のないことだ。
これまでアニカは【超滅】のリーダーとして基本方針は将来設計も含んで導いてきたわけだが、その生活の中で余裕はあまりなかった筈だ。
俺達みたいにどうして白金等級に上がってないのかと文句を言われるような人員がいるわけでもなく、ただ順当に這い上がって来た。
その要因としては強力な身体強化とアニカの先見性があった。
身体強化により肉体強度を引き上げて、アニカの知識で見つけた色んな異アイテムを駆使して戦ってきたんだ。フルスペックのアニカとやり合うのは正直俺も遠慮したいところである。
カルラほどとまでは言わずとも、かなりの強さだった。
そうしてパーティーを金等級に引き上げた。
気の張りつめる生活だっただろう。
失敗したらどうする、うまくいかなかったらどうする。
さらに言えば彼女は家族ともうまくいっていなかった。
それを周りに悟らせず明るく頼れるリーダーとして振舞ってきた分、色々抑制されていただろう。
だから色んな柵から解放されて全体のリーダーを任せられるようになった結果、今に至っている──俺はそう考えている。
「そ、そんな……っ!? 同人ゲームの日本モチーフ世界でラーメンが無い!? ンなバカな話があるか!?」
「ないものはない。そなた、和国を何だと思っているのだ……」
「もしかしてラーメンって麺の一種かい?」
「知っているのか、師匠」
「ああ。昔教えてもらったことがあってね。あの時はまあ、正直言ってそこまで旨くなかったが……」
師匠の表情は柔らかく、何かを懐かしむ様子だった。
「思えば、アニカくんと同じだったんだろうな。望郷、郷愁……そういうものが感極まってたんだろう」
…………。
闇のマリアンヌさん、少しよろしいですか?
『はいはい、何よ』
なんだかさァ、師匠のあの感じ……怪しくない?
具体的には俺じゃない男を見てる目じゃない?
『ああ、黒森人に知識を授けた転生者でしょうね。向こう側からやってきた者は基本的に生き残れないけれど、運に恵まれた者は辛うじて生存を果たすわ。歴史上、最もうまくいってるのはそこの青髪でしょうね』
うわでた、向こう側。
ちょっとあの、俺に理解できない概念で話すのやめてください。
一体どういうことなのか本当にわからないので。
『向こう側は向こう側よ。本来の魂の居場所と言うべきか、こことは層のズレた場所と言うべきか……』
はへーすごい。
なるほどなあ。
わかるわかる。
「フィンさん……その、話はちゃんと聞いた方が……」
「エッ……い、いや、聞いてるよ聞いてる。よくわかんないだけで聞いてるぞ」
アッ、マ、マリアンヌっ、こ、これは違うんだよ。
聞いてないとかじゃなくて、俺がただバカすぎるだけなんだ……。
だって本当によくわかんないしさァッ、闇マリは俺がわかってないことをわかった上で言ってくるんだよ。もういじめじゃんそんなの。かわいがりだよ。マゾが刺激されるんだよ。だって俺はバカで、そんなバカな俺が多くの女性とエッチなことをしているという事実がたまんなくってぇ!
「フィ、フィ、フィンさ……」
ハッッッ……!!!
し、しまった!!!
今はマリアンヌにも聞こえているのになんの誤魔化しもせずに言ってしまった!!
「…………すぅーっ、ふぅ〜……大丈夫です。私はどんなあなたも受け入れるって決めたんだから……」
「ま、マリアンヌ……」
「私は、聖女としては、物足りないかもしれません。でも、私はあなたの聖女であり続けますから」
微笑んだマリアンヌ。
いいのだろうか、こんな俺でも……今もそうやって言ってくれてるマリアンヌにも興奮してるような俺でも、いいのだろうか……。
「あのね、二人とも」
あっアリシアさんだ。
「私が言うのもなんだけどね? あんまりその、公衆の面前で暴れないようにね?」
「あ、暴れてなんていません!」
「そうだそうだ。どこが暴れてると言うんだ」
「くっ……私にしか伝わらないからって……!」
悔しそうに顔を歪めるアリシアさん。
むほっ、むほほっ!
サディスティック・デビュラが全力全開!
やばい! えっちしてない影響でいつもより俺の頭がおかしい気がする! 闇マリ、これも吸い出せない!?
『ばっちいからやだ』
ばっちい!!!?!?!!!
「──失礼。みなさま、どちらへ行かれるので?」
誰かが声をかけてきた。
皆が意識をそちらへ向ける。
突然の襲撃に対する警戒をしているので近寄って来ているのは気が付いていたが、殺意がなかったからな。
傷付けてやろうという雰囲気がなかったので通したが、やはり俺たちに用があったか。
「我々は管領上杉様に呼ばれていてな。山向こうから参ったのだ」
「やはり、山向こうのお客人でしたか……」
笠を被った顔は見えない。
しかしその服装から見て男であることは間違いなさそうだ。腰に携えた刀は、カルラの持つものと似ている。
「む……そなた、その刀は……」
「流石は塚本様がご息女。慧眼であらせられる。──拙者、管領上杉直虎様が臣、小島と申す。塚本様御一行を城に案内するよう申し付けられ、こちらでお待ちしていた所存」
小島と名乗った男は、友好的な姿勢で言った。
「短い間ですが、よろしくお願いします」