目の前に膳? と呼ばれる足つきの小さな机のようなものが置かれ、料理の添えられた皿が並んでいく。
この食事体系は実は初めてではなく、カルラにお願いして何度か食べさせてもらっている。
俺が東方諸国の食事を好きな理由は、師匠の作る飯の味に近いからだ。
師匠はおそらく世界各地の料理を作れるのだろうけど、ベースに使ってる味がかなり東方諸国風味である。
理由はわからんけどね。
なんていうか、下味っていうのか?
ただの透明な汁なのにうまいと感じる味があって、それを結構使ってる。おかげで王都に出てから食べる飯がめちゃくちゃ不味くてさぁ。俺って恵まれてたんだなって改めて思い知らされたよね。
とにかく、俺は東方諸国の料理を初めてカルラに作ってもらった時に衝撃を受けた。
これだったのか、と。
配膳係がどんどん料理を並べていき、膳の上はあっというまに一杯になった。
焼き魚、汁物、米、野菜? の揚げ物? みたいなやつ。
ほー、いいじゃないか。
こう言うので良いんだよこう言うので。
素材の味ってやつ?
わかるとも。
師匠に育てられてますからね。
謎の空間から取り出した死んだばかりで鮮度のいい魚とか、適度に熟した果物とか、そういうの食べてきてるんですよ。舌は肥えてるからよくわかってます。
どれどれ、まずは汁物から……。
……うまい。
カルラの作る奴と比べて少し味が濃いか?
とはいえ、冒険者稼業なんてやっていると味の濃い食べ物に舌が慣れていくものだ。これくらいならうまいうまい。
「口に合いますか? 何分外国の方を招くのは初めてのことで、どれほどの塩梅でご提供すればよいかわからず……普段通りの味付けで、と申し付けられていましたのでそのままにしておりますが」
「うむ、うまいぞ」
「そうだね。塩味が強いけれど、北国での味付けは濃くなる傾向が強い。これくらいならば王国でもある範囲だよ」
「ああ、そういうもんか。おれはこれくらいでも十分だけどなぁ」
アニカがずずず、と慣れた様子で汁物を啜る。
東方諸国に興味津々だっただけあり、箸の扱い方もうまい。
ううむ、俺が初めて使った時なんかまるで使い物にならなかったのに。まあコッソリ練習して次使う時は使えるようにしたけど、食べ物をこんな細い棒で掴んで食べるとか正気じゃねえと思ったわ。
「くぅ~~、これこれ、これだよ! 王国の料理もうめえんだけどさぁ、やっぱりおれは和風の味で育ったんだよ!」
「……アニカ。この味は、君の故郷の味と同じか?」
「ん? ああ、結構近いぞ。出汁とかもちゃんとしてるし、料理そのものも同じだ。干物も脂乗っててうめえし、味噌汁もちょうどいい。具もなんか、妙に……なんか、具はすげえ現代風だな……」
具?
野菜が入ってて魚のすり身が入ってるくらいだ。
確かに贅沢と言える。
俺達は当たり前のように食べれているが、貧乏だと飢えをしのぐための美味しくもない飯を腹に詰め込むくらいのことしかできない。
現代風ってのはよくわからん。
「──そうか。これが、そちらの味なんだね」
「完全に同じって訳じゃねえけどな。流石は同人ゲー世界だぜ……」
しみじみと呟く二人。
しかし、師匠からは寝取られの気配を感じる。
俺の頭がおかしいからなのか? だがやはりこれは、寝取られの気配ではないだろうか。くそっ、俺にも感情がわかれば……! 感情がわかったら俺以外の男に対して向けている好意とかから妄想して気持ち良くなれたのにっ!
「そちらにも和国と似たような国が?」
「あー……これはなんつーか、うん。そう言う感じだな」
「世界は広いのですね……」
カゲカツが呟く。
彼女がやってきたのは食事が始まる少し前だ。
なんでも、本来は呼び出したナオトラがやってくる予定だったのがやはり体調不良のようで、代役として饗宴を……とのことだった。
ナオトラねぇ。
正直、よくわからんよな。
アリシアさんが探ってたっぽいけど、あの部屋では俺に対する悪意を持っていなかったらしい。というか、嫌悪感は持ってたけど殺意はなかったとのこと。
その嫌悪感も俺の頭を覗いたことで混乱に変わったそうだし、未だに目的が掴めない。
この食事も師匠達がチェックしてたが、毒が仕込まれている様子もないし神の力で俺達をぶっ殺そうという意思もない。ただ純粋にもてなす為に用意されたと会話から準備に至るまで確認していた師匠が言っていた。
「それで、直虎殿の具合はどうだ?」
「侍医の見立てでは熱や咳があるわけでもなく、ただ、少し気分が悪いだけですので少し休めばよくなるとのことです。こちらから連絡したというのに、誠に申し訳ありません」
「気にするな。人間、病には勝てぬものだ。我らとて同じよ」
そうなんだよねぇ。
俺にも覚えがある話だ。
馬小屋生活の時、熱が出て、飯も食べられなくて、どうにもならなくて、本当に死に掛けてた時がある。そのままフラフラ冒険者ギルド行ったら知らんおっさんにボコられた挙句路地裏に捨てられて死ぬかと覚悟したことがある。
セリナが心配して見に来なかったらマジで死んでた。
「かたじけない。姉上の審問を乗り越えた方は随分久しぶりですので、是非とも仲良くさせていただきたい所存」
「審問? ……ああ、先程言っていた邪な心を見抜くという奴か」
「はい。姉上には他者の心を見抜く御力がございます。何を考えているのかがわかるのです」
アリシアさんの上位互換──と、安易に考えるのはよろしくない。
あくまで心を見抜く、つまり、何を考えているのかわかるだけだということだ。口調で死ねと罵っていても好きな場合もあれば、大好きと言っておきながら金蔓のようにとらえていることもある。
俺が全然気持ち良くないけどおほっほおおお気持ちいいいいと心の中で叫んでいたら見抜けるか? おそらく、無理だと思う。
特に、戦闘時にこれを使うのは難しいだろうな。
ある程度の実力を持つ者、また、種が割れている相手に対しては逆に弱点にすらなる。思考と行動をバラバラにする程度のことが出来ない訳がない。
俺にだって出来るんだ。
他の人間に出来ない訳がないんだ。
ただ、そういうことを全く知らない暗殺者とか間者に対しては無法と言っていい。
中々扱いが難しい力だ。
ま、俺は見抜かせていただきますが笑
『食事中に下ネタ禁止ね、我が使徒』
あっあひっあひいいいっ!! もげるっもげちゃうのおっおしりももじもじしちゃううっ!! オ゛ッ!!?
「…………」
「マリ、これ結構いけるわね」
「…………」
「……マリ? どうしたの? ちょっと、なんでそんな死んだ目してるわけ? なんか好みじゃないものあった?」
「──商人なども多くやってきました。ですがやはり彼らも欲深い者達ですから、姉上に心を見透かされ、その財を没収されることばかり。他にも仕官にきた浪人や他勢力の使者なども、多少の出世欲であっても許されず……」
そう語るカゲカツの表情は少し暗い。
彼女自身はその姿勢があまり好きではないのか? 俺としちゃあ、潔癖な権力者は強欲な権力者よりは好ましい。ガキの頃から貴族の横暴な姿を見てきたからな。悪いことを考える人間に対して苛烈な人間には感謝するべき立場だ。
とはいえ、それが正しいわけではないこともわかる。
「ふむ……。誠に申し訳ないが、我々はその事に対して是非を問うことは出来ぬよ」
「あ、も、申し訳ありません。決して言質を取ろうとか、そのようなことでは」
アリシアさんは、カゲカツの言葉を聞いても何も言わない。
ってことは、嘘ではないっぽいな。
現人神って呼ばれていて民衆にも愛されているが、実の妹が崇拝しているわけではない……? てっきり神の力で堂々と導いて来たものだとばかり思っていたけど、違うのだろうか。
「ふふ。姉妹と言えども、同じ人間ではない。なにより長い間共に過ごしてもわからぬことばかりなのだ。考えが違っても仕方なかろう」
カルラは自嘲するような言い方だった。
「しかし、そこで踏みとどまってはならぬ。わからないからといって、想像で済ませるのはよくないことだ。我らも、似た経験があるがゆえ……」
「塚本殿……」
「──そうだ。折角だし、明日街を案内してくれないかな?」
師匠が切り出す。
その言葉にカゲカツは目を瞬きさせた。
「街を?」
「ああ。東方諸国……いや、和国を訪れたのが初めての者が多くてね。直虎殿も、今しばらく落ち着くまで時間が必要だろう。ならその間、こちらの文化について触れさせてもらいたいんだ」
「なるほど、そういうことでしたら是非。外国の御客人、それも、高名な冒険者の方々です。私が直接案内させていただきます」
おお、それはいい。
俺も気になってたからな、東方諸国。
なんでもこの国にはハラキリ用の刀なんかもあるらしい。作法として一つ持っておきたいからね。
『は?』
闇マリ、そんな頭おかしい奴をみるような目で見ないでくれるか?
ハラキリは作法だとカルラは言っていた。
つまり強い武士や偉い人は皆、自分用のハラキリ刀を持っていてもおかしくない。専用ハラキリ刀の雅な感じとかをそれぞれで褒め称え合うサロンみたいなものがあってもおかしくないだろ?
『あるわけねえですけど……』
フッ、闇マリ。
俺はいつまでもお前の操り人形にはならない。
この目で確かめるまで、決して邪神の言うことに盲信したりしないぞ。自分用ハラキリ刀を用意してカルラにこっそり見せてやるんだ。東方諸国の文化に俺はこれだけ詳しくなったぞってな。
カルラも喜ぶだろうなぁ。
まあ、俺はカルラにハラキリなんてさせないけど。