食事を終えて、上杉景勝は城内にある武家屋敷まで足を運んでいた。
既に己の領地を持っている彼女は本来であれば帰るべき城があり、屋敷があるが、本拠へ戻ってくる際は専用の武家屋敷で寝泊まりしていた。
敷かれた布団の上に座りながら、彼女はつい先程まで会話を交わしていた者達に思いを馳せる。
(あれが、外国の者達か……)
和国に山を越えてくる者は少なく、いても西部地方や中央部に滞在するばかりで北部までやってくることは滅多にない。
ゆえに上は景勝、下は民に至るまで、北部の和国人は外国からやってくる者達への注目度がとにかく高かった。
異国に旅立った【剣聖】の姫。
耳の尖った美貌の者達、肌が褐色の耳長、聖女と呼ばれる外国の宗教における上人のような者に、この国では踏み台にされている冒険者として成り上がった実力者達。
(正直、外国の基準がわかりませんが……あれは、怒らせてはいけませんね)
景勝はこの国におけるナンバーツー。
上杉直虎が現人神として崇められ君臨するこの北部で、次点で最も実力が高く万が一があった際に管領を引き継ぐ者として認められている。
ただ妹であるからではない。
彼女自身が武人であり、強い力を持っているからこそだ。
和国で弱者は支配者足り得ない。
戦乱が続き下剋上も頻繁に起きた歴史が積み重なり、いつしか支配者は強く聡明でなければ生き残れなくなっていった。
何十年と続いた戦乱の果てに、今の和国は強大な勢力を束ねた者達がそれぞれ睨み合いを続けている状況だ。
上杉直虎は北部の雄。
わずか一代、わずか数年で混迷した北部地方を統一し、現人神と崇められることの許諾を引き出してしまうほどの功績として扱われている。
そんな直虎の次に実力者であると公に認められた景勝の役目は、直虎の理想を支えること。
つまり、彼女の清廉さが引き起こした事故や問題に対し現実的な折衷案などを持ちかけ解決することにある。
確かに、管領であり民から絶対的な支持を受けていて、更に本人も北部で最も強いとなれば何をしても咎められないだろう。更に言えば彼女が睨むのはいつも卑怯な手や悪どいことをやってきた外道ばかりで、それがまた彼女の支持を強固なものとするのだ。
清廉潔白で質実剛健にして公正無私。
正に理想的な支配者だ。
彼女が悪を裁くことは、正しい。
では、その悪が裁かれた後、悪の持っていた物、座っていた椅子などはどうなるのか?
自然と誰かが座るのを待つのか?
それによって起きる影響は気にしないのか?
没収か、分配か、為政者が善行を成したとてそれが国にとって良いことになるとは限らない。
上杉直虎は答えを直接導き出す。
どうしてそうなったのかは家臣の誰もついていけない。
それは妹の景勝であっても同じだ。
人畜無害に見える商人を、直虎は情け容赦なく切り伏せたことがある。
その際に家臣一同大慌てだったが、あとになって人身売買に関わっていたことが判明した。それ以降、景勝は直虎に「なぜか」と問うことをやめた。彼女は人の悪しき考えが読めるのだと。邪心を見抜くことができるのだと己を納得させたのだ。
直虎が悪人を裁き、景勝がその影響を整理する。
不当に集めた財産を民に還元し、奪われた家宝を武家に無償で返し、商人には恩を売り上杉家に対しほんの少しばかりの心遣いをするように仕向ける。
そうして彼女らは、わずか数年で北部を統一するに至ったのだ。
だからこそ景勝は直虎が気にかけない部分まで気を配っている。
そんな彼女が外国から招いた一行に対して下した判断は──危険、その一言だった。
(【剣聖】を名乗っている塚本迦楼羅殿。彼女は既に、父君と同じ領域にいる。【至高の剣聖】と謳われたかの御方と遜色ないでしょう。一対一であればまだ戦いになる。ですが、皆様が連携された場合……この城は、容易く落ちる)
特に不気味だと感じたのは、耳長と金髪の女だ。
(あの方々に関しては、
そんな人物達に遭遇したのは、人生で二度目だ。
どれほどの達人であってもその力が全くわからないことなどありえない。
景勝とて一廉の人物、【剣聖】が相手だろうが正面から斬り結べる実力がある。
【剣聖】と言っても、その中には序列があるのだ。
塚本新右衛門には勝てない。
しかし、並の【剣聖】には負けない。
暗殺されず、実力者による強襲も防ぐことが出来る。
そこまで武を高めた彼女が、全く感じることすらできなかった。
(姉上以外で、初めてわからなかった。まるで人の身では理解できないような、もっと高い所に居る存在を前にしたときのような……)
景勝にとって、上杉直虎とは理解の及ばない存在である。
清く正しく間違うことなど一つもなく、ただひたすら己の中にある正義に向かって邁進し続ける実の姉。幼い頃から優秀で誇らしい姉だったが、ある日を境にその優秀さが更に飛躍し景勝すらも置き去りにされた。
家臣にとって上杉直虎は神なのだ。
理解の及ばない、されど絶対の存在。
そしてそれは、景勝にとっても変わらない。
どうしてそうなるのかはわからないが、とにかく姉のやることは正しい。
かつては疑問に思ったこともある。
どうしてそうなるのかがわからないまま進めることに恐怖を抱いたことがある。
しかし、直虎の判断に間違いは一つも無かった。
何一つ間違えないまま、彼女はここまでやってきた。
(姉上と、同じ……)
その事実に、ゾクリと鳥肌が立つ。
もしかすると、ただ単純に、武など修めていない者達なのかもしれない。
だがそんな者と【剣聖】が行動を共にするのか。
そして周りの冒険者たちは紛れもない強者だった。
あの中に戦えない者が混ざっているとは、到底思えなかった。
(…………姉上が良いと判断したのです。問題はない。ですが……)
もしも、姉と同格かそれ以上の存在だったとしたら?
姉の神の如き力が通用しない相手だったとしたら?
問題なかったのではなく、見抜けなかったのだとしたら?
見えているものが偽装されたものだったとしたら?
(──私が、どうにかしなければ……)
姉の手の届かない所をどうにかするのが景勝の役目。
その為に無数の忍を配置し、徹底的に彼らの行動を監視している。
(怪しい動きはありません。ですが、万が一の時は…………)
この身に変えてでも刺し違える。
真剣を抜き、波紋に映る表情は、鬼気迫るものだった。