月の光も届かぬ深夜。
上杉景勝が一人で思案している同時刻に、ヴァシリとアニカが話を交わしていた。お互い布団──東方諸国における寝具──に身を委ね、防諜対策として毛布の中に顔を隠し風で音を絞った状態での密談をしていた。
『第一弾が滅びの神々と救世の聖女。第二弾で東方諸国が舞台ってんだから、メタ視点で見りゃ神が関わってないわけねえんだよな』
『ほう。メタ視点というのは?』
『雑に言えば第四の壁……あー、物語のお決まり、だとか、テンプレート的な要素からどんなことが起きるのかとかを予想することだよ。出版された本とかも「あーこんな感じかな」って予想出来ることあるだろ?』
『わからなくはない。その前に神が出てきたから出てこないわけがない、という読みかな?』
『より具体的に言えば、魔王と勇者、邪神と聖女と来てんだ。その次が剣聖と現人神だってんなら格は釣り合うだろ?』
『……そういうものかい?』
『そういうもんだ』
アニカの言葉に、ヴァシリは一先ず納得を見せる。
こんな風によくわからない理屈をまるで常識かのように語るのは、彼ら彼女らの特徴でもあるからだ。
『普通ならもう少し複雑でもおかしくねえけど、まあ、なんつーか……いくら作り込んでるとは言え同人リョナエロゲのDLCだ。追加キャラ数人が関の山だと思うんだけどなぁ……』
(『リョナエロ!』は抜きゲーだ。ストーリーもなくはねえけど、まあそんなもんだよなってバランスで纏まってる。いつバッドエンドに足を突っ込むのかがわからねえけど、それだってある程度この手のゲームをやったことがある奴なら察せる程度。だから、まさかSLGになるわけは……ないと思うんだが……)
アニカの脳裏に浮かび上がるのは、その手のジャンルにおいて金字塔と称される地域制圧型シミュレーションだった。
(……気合いの入ったサークルだからなぁ……。バッドCGはバカみてえに多いし、DLC第一弾もワンコインで買えていい内容じゃなかった。リョナ系扱うサークルって異常なくらいクオリティ高いんだよな。3DFPSの奴とかもDLC多かったし、寝取られもあった。その法則に従うなら、ちょっとしたSLG要素くらい入れてきてもおかしくはねえ……そうだ、ミニゲームみてえな感じで……)
地域制圧型シミュレーションゲームもピンキリだ。
低クオリティが故にとんでもない賞を受賞してしまった作品もあれば、中毒性が異常で全年齢版や単純にゲーム性を楽しむためだけにストーリーなどを一切省いたゲームモードを追加実装した作品もある。
それほどクオリティに拘らないのであれば、ちょっとしたミニゲームとして追加されていてもおかしくはない。
(そもそも、第一弾の時点で戦力的にはほぼインフレしきってた。邪神をぶっ殺すために勇者のレベル上げしなきゃいけなかったしな。そのままDLC続けても同じ事繰り返すだけだし、楽しみたい奴向けに味変してくる可能性は十分にある)
『そこで出てくるのが上杉直虎、というわけか』
『おれの予想だが、邪神から現人神が神の使徒であるって直接説明された以上は間違いねえと思ってるぜ』
『ならばその上で、今後どう立ち回るべきだと考えている?』
『んー……』
(デビュラ曰く、邪神ではないと。真っ当なシナリオだったら味方になってそうだよな。邪な心を見抜き、民にも愛されて帝にすら認められてる為政者。権威もあれば実力もある。これは敵対しねえだろ、流石に。つーか、敵にするより味方にしてリョナシーンだよな。リョナエロゲだもん)
逆に今の状況がおかしい──アニカはそこに気が付いた。
(第一弾のボスが普通に味方に居るからごちゃってんだ。もっと単純にメタ的に考えた方がいいだろこれ。上杉謙し……じゃなくて、直虎が仲間ってことは? 敵は何になる?)
モンスター、人間、神。
これまで敵として現れて来た存在の中で最もふさわしいのは何か?
(──……封印された邪神が敵だった。じゃあ次は? 封印されてねえ邪神とモンスターが敵か?)
本来の道筋を考えれば、そうであってもおかしくはない。
(そもそもデビュラがいたから邪神が復活してたんだ。原作じゃ祠に封印された邪神を解放しちまったって流れだった。第二弾で封印されてねえ邪神が相手なら、格は釣り合うんじゃねえか?)
辻褄は合う。
アニカの頭の中で歯車がかみ合ったような感覚がした。
『現状、上杉直虎とはやや敵対的な状況にあるよな?』
『まあ、そうだろうね。普通に考えてフィンのことをよく知らない状態であの子の思考の
『だよなぁ。おれの予想だと、直虎は味方側の存在だと思うんだ。リョナエロ世界で清く正しく生きようとしてる女傑が敵だとはあんまり思えねえし』
『ああ……なるほど、それは確かに。これがメタ視点という奴か』
『そうだ。そんでもって、本来味方側である筈の直虎と手を組んで何と戦うんだって話だよ』
その言葉に、ヴァシリはすぐに察する。
『──上杉直虎とは関係のない、新たな邪神が現れるかもしれないと?』
『現人神なんて言われてて、実際に神様みたいな力が使えるって要するにエヴァンジェリンと一緒だろ。ゲームでもぶっ壊れユニットだったエヴァンジェリンと同格の奴がいてそういうシーンになるとしたら、邪神の勢力が相手にでもなるんじゃねえかな』
『…………厄介極まりないね』
ふう、と溜息が風に乗る。
ルルクスは自分の軍勢と戦うことを早々に辞めさせた。なんならフレンドリーに対応してくることもあり、ヴァシリとしてはなんとも言えない気持ちだったのだが……。
『下手すれば、人もモンスターも従えた邪神との戦争になるかもしれねえな』
アニカの言葉に、ヴァシリは閉口する。
戦争を経験したことはある。
虐殺と言えるような現場を見たこともある。
けれど、それでも彼女は懸命に歴史を紡いできた。目に入れるのも憚られる様な惨劇、凌辱……この世の地獄とも呼べる景色を見ながら、そうはならないためにと必死にやってきた。
そうして何千年と足掻いて、彼女は回避した。
かつてヨハンが言い遺した事態を回避したというのに、今度は弟子まで巻き込んだ戦いになるかもしれない。
いや、アニカの言い分では元々アリアは巻き込まれるかもしれなかったのだ。
仕方のないことなのかもしれない。
これも運命なのかもしれない。
だが──それを運命で片付けたくはないと、ヴァシリは思った。
(……調査する必要があるね。事前に止められるようなら止める。いや、そうでなくても、せめて敵の特定はする。言われてみればアニカの言う通りだ。この世界のことを、私は忘れていた……!)
強く歯を噛み締める。
(備えるんだ。私は運命を乗り越えるのに数千年を費やした。なんの準備もなく挑んで良いわけがないのに……!!)
己の油断と慢心を自覚し、ギリッと歯が音を立てた。
既に彼女の目に甘さは無い。
かつて、己の運命を乗り越えるために必死になった頃の焦燥が心に湧きあがって来る。邪神が仲間だろうが、決して胡坐をかいていいわけがない。
(必ず見つけ出す。東方諸国を終わらせれば、残りは二つだ。絶対に……もう、絶対に、あの子達を酷い目には……!!)
その胸中には、アリアとフィン、二人の弟子の姿が浮かんでいた。