ガヤガヤと喧騒が鳴り止まない中を歩いていく。
街行く人たちの服装は見慣れない、けれどどこか見たことのあるものだ。民族衣装にしては派手さを感じないが肌面積が狭いため、ちょっとした違和感すらある。
これは俺の価値観に過ぎないんだろうけど、南方諸島とかの上半身裸のえっちすぎる服とかとはまるで違うんだよな。
それにカルラで見慣れているのもある。
カルラはスケベ全開だが、ここらの人達は普通に手足くらいしか見えてないので全然スケベではない。いったいなぜカルラはあんなにスケベな服装をしているのだろうか。婚約も当たり前のようにしているし……
ハッ……………………!!
ま、まさか…………
カルラだけ特別えっちなのは、彼女が故郷で淫らなことをしてきたから……!?
い、いや!
そんな筈はない!
カルラは身分のある姫様だぞ!
剣聖の娘が淫乱な訳あるか!
『クックック…………』
や、闇のカルラ!!?
久しぶり、元気してたか?
闇人格だと思っていたら闇人格ではなく女神様だった闇マリしか現れなくなって久しく、俺が産み出してしまった闇のカルラと闇のアストレアと闇の俺にもまた会いたいと思っていたんだ。
『む? そ、そうか?』
ああ。
先輩にぐちゃぐちゃにされて以降みんな俺に対して全然辛辣じゃなくなったけど、なんだかんだカルラやアストレアの責め苦は心地よかった。
そりゃあね?
一人の男としては切ない所はあったよ?
心に来るなあって感じたことだってあったんだろうと思う。今となっちゃあ思い出す事も出来ないけど、そういうことがあったんだ。
だけど俺はマゾだ。
わかるだろう、俺の言いたいことが。
仲間として認められて、すっかり優しくされてえっちまでする間柄になったことは本当に最高だよ。不満なんてない。男として満たされてる。
──だが、俺はマゾだ。
たまにはしばかれたいんだよ。
カルラの剣を身体に受けてゴミをみるような冷たい目で『フン、ウスノロ……』って言われたいんだよ! あの肉壁を人とも思っていないような目! 冷酷な目付き! 灼熱の宿る傷口! ああったまらん! 思い出すだけで絶頂しちゃいそうだ……!
そうだ、忘れられないんだよ俺は!
あの日々が、カルラに蔑まれ、アストレアに冷たくされて、マリアンヌも自分のことで精一杯で俺のことなんて見ていられなかったあの頃が恋しいんだ!
マゾ欲は趣味だ。
決してそればかり優先するつもりはない。
だけど巨豚人からの攻撃もなくなって、今じゃ俺のことを虐めてくれるのは闇マリとエヴァとアリシアさんとアリーシャだ。
──物足りない。
だけど、仕事や日常を押しのけてまで趣味を享受するつもりはない。だから必然的に娼館とかにもいかないし、女性陣に押しかけてスケベしようやと声をかけることもない。
だってそんなのなんか、ねえ?
えっち覚えたての童貞みたいじゃん。
『いや、そなたは童貞みたいな魂をしているが……』
闇のカルラにすら言われんの?
もういいよわかったよ魂童貞でいいよ。
そんな魂童貞の俺にも童貞みたいな行動は恥ずかしいことだという常識が刻まれていると思ってくれればいいんだ。
つまりね?
俺は禁欲中だしえっちなことを我慢しているが、それはそれとしてマゾ欲は満たしたい。
そしてそれを満たしてくれる人はほぼ四人しかおらず、その四人の内三人はえっちが無いと積極的ではない。
これはもう、闇のカルラと闇のアストレアに頼むしかない……!!
『きも、死ね』
お、オオッ!!?
闇のアストレアの一撃が重たいッ!!
『クックック……そういうわけか……ならば、良いだろう。むんっ!!』
ア゛ッ!!
お、お腹がッ脇腹の古傷が痛い!?
これは、この懐かしさは、あの時カルラに斬られた感覚……!?
『我は汝、汝は我……。私は塚本迦楼羅の闇人格としてそなたに生み出された仮初の存在。伝えていなかったが、邪神の影響で自己の確立も始まっているぞ』
そうなの!?
ま、まあ闇マリの影響ならそれくらいのことはありえるか。
なんてったって、俺が不死身になってんだからな。
俺程度が不死身になれるなら闇人格が人間になってもおかしくないか。
『む? おお、それは中々良い案だな。それは後日邪神に頼むとして、少しは気が晴れたか?』
ああ。
この脇腹の痛み、懐かしいぜ。
あの頃を思い出すよ。
ギスギスしてた【払暁】。
カルラはすげえ高飛車で高慢で横暴で、アストレアはこっちに興味持ってねえしどうでもよさそうな態度してるし、マリアンヌは健気でかわいかった……。目の下に真っ黒な隈があってさ。どうにか出来ないかって俺も思ってたんだけど、俺じゃあどうすることも出来なくて。
無力感が凄かったんだ。
ああ、ゾクゾクしてきた……。
無力感、虚無感、全身から力が抜けるような震え。
これだ…………。
これこそが、俺の求めていた……闇の心だ。
『あの、勝手に闇落ちしないでもらえる?』
あっ闇マリだ。
いや、こうやって考えた方が気持ちいいんだよね。
普通に割り切り出来てるから気にしなくていいよ。
『いや、全然出来てないから。それで心壊したのよ?』
え? そうなの?
悪い、全然記憶にない。
『…………ああ、そうだったわね。とにかく、あんまりやりすぎちゃダメだから。また吸うわよ』
あれはあれで気持ちいいからやって欲しい気持ちもあるが、それじゃダメなんだよな。
わかってるさ。
全然前に進めてる気はしないが、少しずつ歩いていくよ。
『ええ、そうしてちょうだい。私はずっと見守っていますよ』
闇マリ…………。
それはそうと、闇人格が本当に闇人格になりそうなんだけど。
『うっ。こ、これは、なんていうか……仕方のないことなの』
仕方がない?
『ええ。魔に長く触れた人間が変質していくように、例えこの世に存在しないものであっても魔に触れたことで位階が変質していくことはありえるわ。聖剣は始めから聖剣だったけど、魔に浸った剣は魔剣と称されるようになる』
ほう。
じゃあ俺の使ってる盾とかもそのうち女の子の人格生えたりするのか?
『我が使徒は装備毎回破損しまくっててその度に好感してるから無理ね。あと自然に成るのを待ってたら数百年は必要よ』
数百年!?
『ただし、私が直接力を注げば別。闇人格が魔で独立しそうになっているのは、私に近すぎるからね』
あー、なるほどなぁ。
まあ元々同居人みたいなものだと思ってたから俺は増えてもいい。寧ろ今より寂しくなくなって嬉しいかもしれない。
本物カルラと本物アストレアにはない切れ味が、彼女らにはある。
正に魔剣と魔風と言っていい。
クックック……。
また一つ、楽しみが増えてしまったな。
闇のカルラと本物のカルラ、どちらの切れ味が鋭いか俺を試し斬りして比べっこだ!
「フィン・デビュラ殿?」
「む……すまない。少し考え事をしていた」
不思議そうな表情でこちらを見ていたのは、ウエスギカゲカツ。
「慣れない街並みだからな。つい、色々見てしまうんだ」
「それほど和国に興味を抱いて下さり、光栄です」
「そんな堅苦しい言い方はやめてくれ。俺は爵位も持っていないし、なにも偉くなんてないんだ。どっちかと言えば俺が敬語を使って接するべき相手なのに」
「そのようなことありませんよ。和国ではそれなりの身分かもしれませんが、王国に行けば私など凡百の侍でしかない。立身出世を果たした皆さまを尊敬していますから」
そう言って、彼女は微笑む。
美人だなぁ。
昔だったらこんな人が当たり前のように俺と話しているとは信じられなかっただろう。また寝取られる(※寝ていない)と妄想に使わせてもらうくらいしかなかったのに……。
やはり、金等級冒険者の力か。
それにしては、俺は童貞の期間が長すぎたような気が……?
『魂が童貞なので』
ドテッ!!!!!?!??
「それで、デビュラ殿。こちらが私達が普段利用している刀匠の作品になります」
「おお、これは……えっと、かたじけない?」
「ふふ。間違いありませんよ」
カゲカツの指が示す先には、何本もの刀が並んでいる。
「足軽に持たせるようなものですので質は高くありませんが、通常使用している刀と言えばこちらになります。逸品でしたら、刀匠に話をすれば見ることが出来ますが……」
「いや、ここでいい。良いものを手にしても、使い手がなまくらじゃ意味ないだろう? それに、なまくらにはなまくらの使い道がある。斬った傷跡が綺麗ではない方が良い時もあるんだ」
刃の出来が悪い方が切れ味悪くて切腹の時気持ちよさそうだしな。
モンスターの持つギザギザの刃とかさあ、あれやばいんだよね。
巨豚人の槍とかもうたまらんから。
俺の言葉に、カゲカツは目を少し見開く。
「なる、ほど。傷口が荒い方が、寧ろ良いと?」
「ああ。そっちの方が俺は慣れているからな」
スパッと斬られるのと、フォークで肉を抉られるの。
どちらが痛いかと言われれば後者だ。
ハラキリの作法とは、責任を果たす事だと伺っている。
つまり、苦しめば苦しむほど敗北の責任を果たしていると言えるのではないだろうか?
「──……それは、恐ろしいですね」
カゲカツの声色が少しだけ変わった。
しかし、それはこの一瞬のことで、次の言葉では元通りだった。
「流石は金等級冒険者。戦いの理をよくご存じで」
「俺なんて、大したことはないさ。凡人にも理解できる範疇だってことだ」
「いえいえ。本音ですよ。恐ろしい方々だ」
カゲカツは、微笑んだまま言った。