冒険者は貴族と関わるべからず。
銅等級以上に昇格した冒険者が口酸っぱく言われることで、俺も類に漏れず意識してきた。
貴族って自分勝手な奴が多いんだよね。
わかりやすく言えば冒険者の事を替えの効く消耗品だと思っている。南方諸島にいる鳥を生け捕りにしてこい、ついでに北方山脈の永久氷も取ってきて。冒険者なんだしそれくらいやれるだろ、出来ないなら死ね。
基本的にこういう感じ。
こっちの事情とか全く考えず「貴族の私が言ってるんだから喜んでやるべきなのに金まで寄越せとは何事か」みたいな思考が蔓延っているため、いくらドマゾの俺でもあまり関わりたくはない。
本当にわかってねえんだ、あいつらは。
ご主人様ってのは犬の世話をちゃんとしてくれるから尊敬されるんだよ。世話もまともにせず「ほら、俺が声をかけてやったんだ。嬉しいだろ?」と面倒ごとを押し付けてくる奴に関わって楽しいとは思わない。
じゃあ実際にとんでもない美女にそういう扱いされたら?
…………まあ、うん。
そういうこともあるよな。
「──話は大体わかりました。おそらく王太子派と第二王子派の政争でしょう」
「やはりそうなるか……」
家に戻り孤児院から帰ってきていたマリアンヌに相談するとすぐに答えが返ってきた。
教団に十人といない【聖女】。
その中でも対魔能力に特化したマリアンヌは現枢機卿に命じられ俺たちに出会った経緯がある。
派閥で言えば枢機卿派のトップツー。
実質的な最高権力者の庇護下にあると言っていい。
利用することは滅多にないが、彼女が願えば王都一つ陥すくらい可能な戦力を動かすことだって可能だ。
まあその場合はとんでもない規模の戦いになって王国全体が麻痺、一気に群雄割拠の時代になってしまうのでマリアンヌは決して望まないが。
とにかく、マリアンヌは俺のような後ろ盾のない田舎出身のガキと違い政治に首を突っ込んでも無事でいられる程度には権力がある。
なので政治には詳しいのだ。
「王太子派は順調に弟妹を取り込み勢力を拡大している一方で、第二王子派は芳しくない。このまま塗り潰されるのが目に見えていて、一部では泥舟と揶揄されてもいます」
「これ以上弟妹に手を広げられると厄介だから潰しにかかった……そういうことか?」
「大雑把に言えばそうですね」
はー、おもんな。
一般人の俺からすれば王位なんてものを欲して肉親を殺そうとするとか理解に苦しむわ。
あのままフォレストベアを放置してれば間違いなくあの子達は全滅していた。
それで少しでも盤面が揺らげばいいって?
そもそも王女が森でモンスターに喰われて死ぬって普通にヤバい事件なんだが……あ?
その場合悪者にされるのって誰だ?
単純に考えて彼女らが森に行く許可・命令をした奴だよな。
それってギルドか?
冒険者登録はしてあるって言ってたし、多分ギルドになる。
何のためにギルドを狙うんだ?
……うーん、こんがらがってきた。
「助けられたのは幸運でした。おかげで教団側から働きかけることができます」
「本当か? みんなに迷惑をかけたんじゃないかと思ってたんだが……」
「まさか! 多くの人が犠牲にならずに済みます。間違いなくフィンの功績です」
そこまで言うならまぁ……マリアンヌの言うことだし間違いないんだろう。
しっかし、王女様ねぇ。
王女様との繋がりとか別に欲しくも何ともないからこのまま忘れてくれると嬉しいんだけど、それは流石に無理だよな。
「出来れば貴族とかに関わらない方針で行きたいんだが……無理か?」
「侯爵閥とかなら何とかなりましたが……流石に今回は、王女殿下ですので……」
だよね。
これで貴族の使いっ走り確定か。
仲間を巻き込む心配がないことだけは良いことだな。
俺以外の全員、貴族に命じられようが何しようがどうにでもなる。
カルラは己の名声自体が高すぎて手出し出来ず、マリアンヌは前述の通り教団と戦争になるので無理。アストレアはそもそもエルフで基盤が故郷にあるので、別に貴族が何を言ったところで無視してもどうとでもなる。
俺にも師匠の一人くらいはいるが、別に関係を周りに言いふらしてる訳でもない。
そもそもあの人俺のこと守ったりしてくれるのか?
幼馴染のことで手一杯だと思うわ、マジで。
「ま、なんとかするさ。ありがとなマリアンヌ」
「……まさか、一人で相手するつもりですか?」
「そりゃなあ。巻き込んじゃ悪いだろ」
貴族の派閥争いですら脅威なのにそれを上回る王位継承争いとか、巻き込めるわけがない。
いくら俺より強い後ろ盾があるとはいえ相手が王家となれば話は別だ。
しかも同じ王女相手に殺害という選択肢がある第二王子が絡んでくる可能性もある。俺が傷つけられる分には本当になんでもいいし寧ろどんどんやって欲しいが、仲間が傷つけられるのは我慢ならない。
……いや、多分興奮できる。
でもなんかこう、それで興奮したら人として終わりっていうか…………本当に自分が終わるって気がするから嫌だ。
俺はマゾだが、それ以上に人間である。
興奮してはいけない領域があるのだと分かっている以上、そこを越えることは決してない!
『本当にそうですか?』
マッ……マリアンヌッ!?
『あなたは本当は私達が酷い目に遭って欲しいと思ってるんじゃないですか?』
バカなことを言うなッ!
俺は他の何よりも──まあちょっと攻撃喰らって気持ち良くなることは例外として──お前達を大切に思っている!
お前達が酷い目に遭うだと!?
そんなこと許せるわけがない!
絶対に俺が守るんだ……盾として、男としてッ!
……それで、具体的にはどういう感じになるんだ?
教えてくれ、俺の心に潜む闇のマリアンヌ。
「……フィンさんから見て、私達はそんなに頼りないですか?」
えッ!?
どっちだ、どっちのマリアンヌだ……!?
あ、悲しそうな顔をしてるから間違いなく現実のマリアンヌ、もとい光のマリアンヌだ。
「いや……どう考えても俺の方が頼りまくってると思うが……」
どれだけ俺が頼りまくってるか述べるまでもないがわかりやすく羅列していこう。
まず一つ。
普段の生活を行っているここだが、【聖撃の聖女】として知名度が上がったマリアンヌに安く譲りたいという教団からの貢物だ。それまでどんだけ金があっても駆け出しが泊まるような宿や馬小屋に泊まっていた俺からすれば、最早生活基盤で依存していると言っていい。
そういう宿を選んでた理由は臭くて不愉快でそんな中で暮らしてる自分に興奮するからだが、それは言わないでおく。
そして二つ。
戦闘中に気兼ねなく趣味に没頭できるのは間違いなく仲間のおかげだ。
ドマゾとして命の危機を感じながらスナック感覚で致命傷を負えるため満足度は非常に高い。なんなら攻撃が大したことないザコい肉壁を捨てることなく仲間扱いしてくれてる時点で寄生扱いも止む無し。
「俺は所詮この身体一つしか誇れるものがない。カルラのように一刀両断する力も無ければ、アストレアのように風で皆を包み込むことも出来ない。当然、癒しの力も、魔を討つ力も。それなのに俺を仲間だと言ってくれる奴らに迷惑をかけたくないんだ」
まあ本音だよね。
捨てられたらそれはそれでめちゃくちゃ興奮するだろうが、五年以上共に居て今更捨てられることはないだろう。
ありえるとしたらドマゾバレからの追放だ。
最近流行してるらしいしな、追放。
先日も金等級パーティーで追放劇があったばっかだし、明日は我が身だ。甘えたことは言っていられない。
もしかしたら今日この後にでも冒険者ギルドで新進気鋭のルーキーとかが入ってきて『お前みたいな変態とは交換する』とか言われたり……あ、あばばばっ! 壊れるっ脳が壊れるッ! この快楽はいけない! いけないやつだ!
「そんなっ! 私達はフィンさんが居たからここまでやってこれたのに……」
「そう言ってくれるのは嬉しい。けどな、大丈夫だ。……わかってる。俺が一番役立たずだって」
「やめて!」
!!!!?!?!??
はっはわわッ柔らかッいい匂いするこれが聖女の匂いやめろバカ仲間をそういう目で見るんじゃねェいやでも今更じゃね心配して貰うことに興奮してるしくそッ静まれ俺の下半身にある肉盾!!
「私は──私達は絶対にそんな風に思ったりしない! だからフィンさん、これ以上自分を嫌わないで……!」
ん……?
いや別に俺は自分のこと嫌いじゃないが。
恥ずべき存在だなぁと思っているが、そんな気持ち悪い人間であっても生きていてもいいんだよと幼馴染に認められた過去がある。
そうじゃなきゃ都会に出てきて堂々とドマゾプレイなんかしないって。
俺は死んでも罵られても致し方ないが、それとこれとは話が別。己を肯定することに躊躇いはない。
──でもまあ、マリアンヌのぬくもりたまらんのでここは普通に答えておくか。
「ありがとう、マリアンヌ……」
ぎゅっと抱き締め返せば、彼女は更に強い力でぎゅううと抱き締めて来た。
でも俺ってそんなに思い詰めてるように見えてたか?
ちょっと反省しよう。
戦いの過程で心配してもらうのと、なんか日常的に不安がられてるのは違うと思うし……また頑張っていこう。
私は──私達は、どうしてこんなに無力なんでしょうか。
初めて出会った時、彼はまだ少年だった。
今のように大きく広い背中でもなく、身の丈に合わない大きな盾を一生懸命持ち歩いていました。
『俺にはこれくらいしか出来ることがないから』。
そう言って率先して壁役を受け入れて、傷を負わなかった戦いは殆どありませんでした。
痛いに決まってる。
苦しいに決まっている。
なのに泣き言一つ言わずに私達の為に身を捧げて、当時の未熟な私では【治癒】しか出来なくて、傷跡が全身に残って……
『歴戦の勇士みたいでいいだろ?』
治せない私を傷つけないように言ってたけど、時には傷が膿んで高熱にうなされてることもあった。あなたは隠しているつもりだったのでしょうが、私は気付いてました。
でも、どうすることもできなくて。
お金がないから治療薬を手に入れることもできない。
【上級治療】が使えれば、傷を塞ぐだけじゃなく体力も回復出来たのに。
私は、無力だった。
それが苦しくて辛くて切なくて、力になりたくて──なのに、それなのに。
(私は、自分が一番助けたい人を助けられてない)
──このままフィンが、呆気なく死んじゃったら。
アストレアの言葉が脳裏によぎり、無意識にギュッと力が入る。
(あたたかい……)
フィンが居たから今の私達がいる。
他の誰が何と言おうとそれは変わらない事実。幾ら否定しても女三人男一人のパーティーが噂されることは避けられなかったから、あくまで否定し言い返すだけに止めていた。
(それがきっと、良くなかったんです)
自分達の力は昔とは違う。
剣聖に至ったカルラを殺せる人間など世界全体で見ても数えるほどで、聖女である自分の権力を捻じ伏せられる者もほとんどいない。
ハイエルフで人間でいうところの王族であるアストレアは言わずもがな。
これまでその力を振るうことはしてこなかった。
聖女として、気軽に使っていいものではないと思っていたから。
でも、それが原因でフィンが追い詰められていたのならば……
(──許せない……)
フィンを軽視する人間も、フィンに頼ってばかりの自分達も、フィンに頼ってもらえない自分達も。
そして何より──彼を苦しめてばかりの自分が、一番許せない!
シャルロット・バーンスタイン第二王女と繋がりが出来てしまった以上、フィンが厄介事に巻き込まれるのは確実。
ならばそれに全力で乗っかってやる。
聖女としての力も、カルラやアストレアの力も存分に振るってフィンのことを助ける。二人は決して拒まない。フィン・デビュラという男は、それだけのことを積み上げてきたのだから。
(もう誰にも邪魔はさせない。フィンさんは、私が守る……)
【聖撃の聖女】。
聖なる一撃の矛先は、邪気渦巻く王都へと向けられた。