ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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37 【天聖】ヴァシリ・ヴァルバロッサ⑧

(フィンが? どうしてだ? あの子が銀等級冒険者になったのか? いつ? この数ヵ月の間に昇格したのか? 素養はあった、不可能じゃない。でもどうしてだ。それに生死不明だと? 治療は……王都ならば聖女が間に合うが、北方山脈から? 無理だ間に合わない。どうする。どうすれば間に合う? 〈転移〉の開発は失敗している。死ぬ? フィンが? そもそも、どうしてあの子が巻き込まれているんだ。私が止めなかったからか? エルフの魔術師と神官? 知らん、知らないぞ、そんなのは。犠牲になる筈だった者達が奮闘したと言うのか? いや、それだけで解決できるわけがない。出て来た敵……そうだ、モンスターはどんな個体だったのか。〈知識〉にあるものと一致するのか?)

 

『……師匠? どうしたの?』

 

 アリアの一言で意識が戻る。

 

 逡巡した。

 これをアリアに告げるかどうか。

 フィンが〈知識〉にある原作を崩壊させたのだ、嬉しくないわけがない。ただそれ以上に戸惑いと困惑、そして生死の境を彷徨っているという情報が悩ませる。

 

 ヴァシリでさえもショックを受けて動揺し冷静ではいられなかった。いや、少なくとも今も冷静じゃない。

 

 アリアが見ればどうなるか。

 

『……見たいかい?』

『んー……見た方がいい?』

『わからない。正直言えば、見ない方がいいんじゃないかと思う。でも……』

『……師匠が言い淀むってことは、フィンでしょ』

『うげ』

『それくらいわかるよ、もー』

『……ふっ。アリアも成長したね』

『自分で思ってるよりわかりやすいわよ……』

 

 誤魔化そうとするヴァシリに、アリアとアリシアは苦笑した。

 

『フィンが……どうなったの?』

 

 答えるべきか否か。

 精神的に成長を続けているのは間違いなく、既に〈原作〉における終盤と変わらない戦闘力と心の強さを持っている。ここまでに至るまで数多の〈ふらぐ〉を壊して来たが、その中で凄惨な現実に遭遇しなかったわけではない。

 

 賊に拉致され弄ばれる村娘。

 戦場で敗北し屈辱を味わっている女戦士。

 貴族に逆らえずされるがままになっている女騎士、モンスターに凌辱される冒険者……

 

 この世界の根底でありヨハンが絶望した原因に立ち合い、それらを聖剣の力で断ち切って来た。

 

 二年前はそんな現場を見て立ち尽くし嘔吐し男性への嫌悪感を抱えるまでになっていたアリアだが、今では全員がそうではないのだと分別できるようになっている。

 

 だが、フィンは特別だ。

 アリアとヴァシリにとってフィン・デビュラという青年は特別であり、かけがえのない人物。そんな青年が死んだかもしれないと知らされて、果たしてアリアは正気でいられるのか?

 

 信じたい。

 信じるべきなのかもしれない。

 アリアンロッド・モーナは既に勇者なのだから。

 

(……信じるべきか。もうこの子は、子供じゃない)

 

『…………フィンは──』

『────ううん。ごめん師匠、やっぱりいいよ』

 

 口を開き答えようとした時、アリアが遮った。

 

 ヴァシリは驚きを隠せない。

 

 彼女がどれだけ幼馴染を想っているか知っている。

 寝言で幸せそうに呟く時は大体フィンの名前だし、魘される時もフィンだ。人生で最も多感な時期に絶望していた時寄り添ってくれた男の子であり、同じ屋根の下で過ごした幼馴染であり、悩んだり困った時はいつも助けてくれたのだ。

 

 そりゃあ比重が偏りもする。

 〈知識〉の中でアリアが何となく恋していた相手はいるがその人物との接点は無いため、彼女の心にあるのはフィンただ一人。

 

 今でも夢に見るような想い人の安否。

 気にならないわけが、ない。

 

『きっとフィンなら大丈夫。だって、私のことを助けてくれた男の子だよ?』

 

 微笑みながらアリアは言う。

 だが彼女は気が付いているのだろうか。

 拳はギュウッと握られ爪が喰い込み血が流れ震えていることに。

 

『それにさ。私達がうまくやらないとどの道ダメでしょ? なら、今は知らなくていい。知りたくない。私は信じるよ、フィンなら大丈夫だって』

『……アリア…………』

『……あ、でも、師匠は知ってて欲しいかも。これでもし死んじゃってたら、私達、とんでもない薄情者になっちゃうもんね』

 

(────……悲痛だ)

 

 アリアは怖がっている。

 それを知った時、もしも己の望む結果じゃなかった時、立ち直れなくなることを。フィンが死んでしまえば、心折れるとまでは行かずとも、今まで通りとはいかなくなる。

 彼女はそれを自覚している。

 だから、今は知りたくない。

 知るべきではない──こじつけのような理由を使い、言い聞かせるように呟くその姿は、悲痛そのものだった。

 

『……私が見てくる?』

『いや、いい。これは……私が追っておく』

『身内が死んだかもって時に怖いのは当たり前のことよ。無理しないで』

『……そうだが。ん? あれ、そういえば……』

 

 アリシアに諭された時に、ふと思い出す。

 

 報告書に描いてあった名前には、アリシアと同じ姓名が無かったか、と。

 

『……アリシア。アストレアという娘に覚えは?』

『え? 妹────ねぇ、ちょっと待って。ごめん、なんで今聞いたの?』

『大丈夫、生存者だ』

『ウッッッソでしょ……え? 逆にあの子がいてそれだけ死んだの? どんな相手よ、やっば……』

 

 アリシアは心底青褪めた顔で言った。

 

『それ、敵の詳細探った方がいいわよ絶対。間違いなく〈知識〉に変化があるわ』

『ム……確かに、里に行った時に聞いてはいたが……』

『あの子が一番里で強かった。この評価は覆らないの』

 

 嘘だとは思っていないが、自分が関与してない場所での変化。

 

 少し信じ難い──だが、あり得ないことではない。

 これまで世界中に痕跡を残して来たのだ。

 どこかでズレが生じていてもおかしくはない。

 極々、低い確率だろうが、あり得ないとは言えないのだ。

 

『お爺ちゃんの〈預言〉さえなければ、このパーティーに入ってるのはあの子だった。私も、母も、末の妹も、全員がそう思ってる。あの子は、〈預言〉とは関係なく強くなった子だから。信じてちょうだい』

『……なるほど。それは確かにあり得る話だ』

 

 〈預言〉に関係のない強さを手に入れたハイエルフ。

 一体なにが要因となったのか?

 ヴァシリにはわからない。

 わからないが────悪いことじゃない。

 

『アリア。フィンのことも含めて私は調べておく。伝えてもいいと私が判断した時、教える。それで構わないか?』

『うん。ありがとう、師匠……』

 

 世界を救うには前途多難。

 

 しかし──何かが、明らかに変わっている。

 ヴァシリはそんな予感がした。

 

 

 ────

 ──

 ────

 

 

〈ヴァシリ・ヴァルバロッサ様へ 

 

 此度の魔王軍を名乗るモンスターにつきまして、生存者より聞き取りをいたしましたのでご報告いたします。特徴として、豚人種のような体色で醜悪な顔、腕が四本あり鎖のようなものを身体に装着していた。斬撃や魔術を幾ら命中させても効かず、獲物を甚ぶり辱めるような行動を取っていた。結果として神官の魔法で討伐したがハイエルフの魔術でさえ無効化されていたため、このモンスターが討伐されていなかった場合最悪の事態を引き起こしていた可能性が高いと思われます。

 魔王軍幹部ナンバーズスリーと名乗っており、魔王軍というものが軍事組織として成立している可能性が浮上。世界各地のギルドへ注意勧告を行い、情報取得に努める所存です。

 

 なお、盾役となっていた冒険者は奇跡的に一命を取り留めました。

 

 P.S. 怒んないでね マーカスより〉

 

『…………あ、あのガキ絶対ぶっとばす……』

 

 緊急事態ではあったが【奈落】から戻ってすぐだったこともあり、一度休息を選んだヴァシリの元へ慌ただしくギルド長が訪れ渡して来た手紙を見ればそこには知りたい情報が大体記されていた。

 

 フィンが生き延びたという情報もあり、心底安堵したことを誤魔化すように呟いた言葉はしっかりアリシアに聞かれていたようで、ほっと胸を撫でおろしていた。

 

『それで、どう? あなたの〈知識〉と一致する?』

『豚人種のような見た目で腕が四本、鎖のようなものを身体に装着していて、拷問のような凌辱が趣味。攻撃が通用せず、神官の魔法が唯一の有効打であった。──ふむ……』

 

 手紙を机に置いてからヴァシリは胸元を弄る。

 そこから取り出されたのは一つの手帳。

 アリシアもアリアも直接読んだことはない、ヴァシリの持つ〈知識〉の源だ。

 

 どこかで見た覚えがある。

 いや、無駄な期待はしたくない。

 平静を装いながら、ヴァシリの指は慎重にページを捲る。

 

 オークのような見た目。

 四本の腕に、鎖。

 拷問が趣味。

 攻撃が効かない。

 ロジックは不明だが、神官の一撃──つまりは、女神の魔法は効く。

 

(いる。一体だけ、心当たりがある)

 

 それでいて銀等級冒険者を不意打ちで虐殺出来る強さがある。

 魔王軍の尖兵として世界に顕れ、〔CGに複数回出てくる敵〕。

 魔王軍幹部の証である数字刻み(ナンバーズ)

 

 ──魔王軍幹部数字刻み(ナンバーズ)Ⅲ、虐殺鬼。

 

 物語終盤にて勇者に屠られるか、勇者をも下すかという強敵。

 

 〔原作一章にて魔王軍襲来を知らしめるCG〕と、〔主人公より強い金等級冒険者が目の前で敗北し凌辱されるCG〕におけるモンスター。

 

 ヴァシリ・ヴル・バルバロッサにとっての死神に他ならない。

 

 間違える筈もない。

 何度も何度も何度も何度も繰り返し見た。

 この結末が恐ろしくて、怖くて、目を逸らしたくて、それでも逃げ出すわけにはいかないから、背を向けないようにずっと見て来た。

 

 ヨハンの手記に書かれた末路。

 ただの文章として刻まれたそれは、あまり上手ではないイラストは、正に報告書にあるような見た目をしていた。

 

(まさか────いや、だが、この特徴は……)

 

『……ちょっと大丈夫? 汗すごいわよ』

『…………ふ、ふふ。ふふっ、ははは……!』

『え……こ、壊れた?』

『いや、はは、違う違う! 少しだけ笑いたくなったんだ』

『……休んだ方がいいんじゃない?』

 

 ────ああ、こんな希望など、抱きたくない。

 

 希望を持てば持つほど、現実が覆らなかった時の傷は深くなる。

 

 三千年の決意が揺らぐ。

 覚悟が、崩れてしまう。

 だけど、それでも、希望的観測で楽観視であり正常性バイアスであるのにも関わらず、笑ってしまう。

 

『……もしかして君は、私のことも救ってくれるのか?』

 

 遠い王都で活動している弟子を想う。

 

 アリアの幼馴染。

 特別強くもなく、だけど心の強さは誰にも負けない。

 幼馴染が寂しくならないように──それだけの理由で強くなりたいと五年もの間身体を鍛え抜いた青年が、ヴァシリの解決できなかった問題を解決したかもしれない。

 

 今すぐ知りたい。

 今すぐ会いに行きたい。

 抱き締めて、思いっきり褒めて、その場でキスしてやりたいとすら思う。

 

 だが、そうするべきではないだろうと理性が抑えつける。

 

 ここまでやってきたのだ。

 こちらはこちらで、フィンはフィンで。

 倒した敵の特徴をしつこく聞きだして安堵するような真似はしたくない。もし現実を目の当たりにしたとき、それが理由で身体が鈍りそうだから。

 

『とりあえずこれで、アリアも一安心だな』

『そうねぇ。すごい落ち込み様だったから安心できないけど……』

『大丈夫だ。アリアはもっと強くなるに違いない』

 

 弟子は生きていて、物語の歯車も狂った。

 

 それでいいじゃないか。

 今はまだ、ぬか喜びはしたくない。

 これで違ったら────……立ち直れないかもしれないから。

 

 己に言い聞かせるようにヴァシリは呟いた。

 

 

 

 

 

 それから一年。

 運命の日にて、ヴァシリは死ななかった。

 現れた敵は手記にない相手でアリアの一振りで絶命した。呆気ない終わり方だった。

 

 更に一年。

 魔王軍との直接対決が始まった。

 ヴァシリ率いる白金等級冒険者や剣聖に聖女を含む精鋭により魔王軍本陣へ突入、勇者アリアと魔王が相打ちになり引き分け、魔王軍幹部を多数討ち取った。

 

 今に至る、一年。

 〈知識〉の齎す原作ではようやくアリアが聖剣を手にする頃に、戦線に出てきていた魔王軍幹部の九割を討伐。魔王と【星天】の直接対決の果てにアリアが魔王に深手を与え西方奥地へ退かせることに成功し、戦線は大きく前進。

 実質的に、人類は魔王軍との戦争に勝利した。

 

 ヴァシリは、生き残った。

 

 

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