ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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38 【天聖】ヴァシリ・ヴァルバロッサ⑨

 魔王軍との戦いが落ち着き前線を離れても問題ないということで、数年ぶりに人類圏へ帰還することとなった一行。帰路の最中、野営の寝ずの番で一人ヴァシリが焚き火を眺めていると、アリアが目を覚ました。

 

『どうした? まだ寝てていいぞ』

『んーん。ちょっと、師匠と話したかったから』

 

 アリシアを起こさないようにゆっくり起き上がった彼女はそのままヴァシリの隣へ腰を下ろした。

 

『何か飲むか?』

『……ホットミルクがいい』

 

 胸元に手を突っ込み、瓶で密封されているミルクを取り出す。

 そのまま鍋も一緒に取り出して投入、じっくり焚き火で温めていく。

 

『…………』

『…………』

 

 互いに無言のまま時がすぎ、ぐつぐつと言い出す前にミルクをカップへ移していく。

 

『できたよ』

『ありがと。いただきます』

 

 いただきます──当たり前のように彼女も使っているが、元はヨハンが使っていた習慣だ。

 

 ヴァシリがヨハンから学んだことは多い。

 決してヨハンも全て完璧に覚えていたわけではなく、彼女が長い時をかけて形にしたものは数えきれないほど。

 

 今でも野営中に贅沢するのは難しく、アリアに渡したホットミルクですらアイテムボックスという概念を理解し重量に制限なく新鮮な物を持ち歩いている彼女が同行しているからこそ成し遂げられているのだ。

 

 〈転生者〉の知識は侮れない。

 しかしそれと同時に、その知識を活かすことはどうしようもないほどの無理難題なのではないか。

 

 かつて、夜空を見ながら話を聞いたことがある。

 宇宙と名付けられた世界は広く、ヨハンの前世ですらその全容を捉えることは出来ていなかったのだと。

 

 この世界は物語を基に成り立っている。

 女神は宇宙のことを知っているのだろうか?

 〈転生者〉の知識を超えるような、全知全能と呼べる力があるのだろうか。もしもあるのならば、なぜこんな世界であることを許容するのか。果たしてそれは本当に神なのか。女神の力とは、ヨハンの前世ですら解き明かせない高い文明の科学なのではないか。今もどこかで、高度な科学力を持つ存在が観察しているのではないか。

 

 すっかり様変わりした世界。

 ヴァシリの運命すらも覆った世界は、どこに向かうのか。

 

 この世界で最も未来を知っているが故に、ヴァシリはそう思った。

 

『〈知識〉だと、これから先はもうないんだよね』

『ん……ああ。魔王の討伐は終わっていないが、これ以上大きなイベントは起きないだろうね。一応ハッピーエンドならエピローグでアリアは王太子と結婚するらしいが』

『……誰?』

『そうなるなぁ』

 

 ふらぐを積極的に破壊して回った結果、知識にあるイベントを何個もすっ飛ばしている。

 

 〈原作〉だと王都活動中に何度か王太子との出会いがあったりするらしいが、アリアは王都に行ったことなど片手で数えるほどである。ふらぐもクソもない。

 

『んふふふ。でもでもきっと今ははっぴーえんどって奴だよね?』

『まあ、おそらくは』

『なら私が結婚する可能性はある……! フィンと結婚する可能性もある……! そうだよねっ、師匠』

 

 ヴァシリはフィンの近況を知っている。

 本人が望んでいないという理由で表立った支援を行なっていないが、馬小屋で寝泊まりしていると聞いてギルド本部長の首を替えてやろうかと思ったこともある。ギルド的には相応の配慮をしてきたというのもわかっているため深くは突っ込んでいないが、もし彼が意図して害されればその瞬間ヴァシリの牙が向けられるのは間違いない。

 

 そんなフィンの生活環境も今では大きく改善され、金等級冒険者となった【聖女】や【紅蓮の剣聖】にアリシアの妹であるアストレアと一緒に王都一等地で暮らしている。良かったと安堵すべきか、これは、そういう関係なのかと疑うべきか。

 

 とにかく、ヴァシリはフィンがかつての少年のような真っ直ぐな心でいるかどうかは自信がなかった。

 

『……うん、まあ、ソウダネ。ありえると思うよ、うん』

『んっふふふ……!! あ〜〜ん、やっとフィンに会える! どれだけかっこよくなってるかなぁ。絶対かっこよくなってるんだろうなぁ……』

 

(美人な女性三人と同棲してるとは言えないな……)

 

 三年前にフィンが生死の境を彷徨っていたとき、生きているとわかった後、アリアは急激に伸びた。

 

 最強の白金等級冒険者の称号はまだヴァシリが持っているが、それを譲る日もそう遠くないだろう。

 

 そんな勇者だが、今でも幼馴染に恋を抱いたままの純朴な村娘の側面を持っている。

 苛烈でありながら温和で、敏感でありながら純朴。

 この世界の希望と絶望、どちらも触れて清濁併せて飲み込んだ彼女は簡単なことでは揺らがない精神力をも持っている。だからこそ、魔王相手に一方的な勝利を収められたのだ。

 

 この戦いで負ければ凌辱の憂き目に遭う。

 恐怖と現実の板挟みでもなお平常心で戦えたのは非常に大きかった。

 

 もしも今のアリアが、フィンには既に相手がいて私達のことなんて眼中にないかもしれないと知った時どうなるのか────そこまで考えた時、ふと思う。

 

(────……おや。なぜ、私達(・・)?)

 

 疑問。

 どうして自分も含めた?

 フィンと幼馴染なのはアリアであって、ヴァシリはただの師。援助もなく、金等級冒険者パーティーとなった今のメンバーと組ませろと提言こそしたものの、それだけだ。

 

 馬小屋で暮らす生活を強いられたのはヴァシリがフィンを置いて行ったからで、普通に考えてあまり好かれてはいないだろう。

 

 あれだけの目に遭って、好意的に見れるとは思っていない。

 

 それは少々、嫌な感じだ。

 

(む…………)

 

 冷静に考えてみると、アリアはともかく、自分がフィンに好意的に見られる理由がない。

 

 幼い頃から暴力を振るわれ旅には同行させてもらえず、知名度があり過ぎる為安易に頼ることも出来ずに苦しい生活を続ける要因となっていた。これで、ヴァシリがそれでもいいと庇っていれば違ったかもしれない。

 

 だがヴァシリはフィンの配慮を受け取った。

 

(…………これは、あまりよくないのでは?)

 

 幸せな妄想に浸るアリアの横で、ヴァシリは冷や汗を流す。

 

 フィンには返し切れないほどの恩がある。

 あの日、アリアに撥ねられたあと彼がヴァシリを訪ねていなかった場合彼女の命は無かった。確信すらしている。運命の歯車を変えたのは他ならぬヴァシリであり、アリアであり、フィンなのだ。

 

 三千年怯え続けた運命を覆した張本人に嫌われているかもしれない──その結論に辿り着き、ちょっとヤバいんじゃないかと焦りを抱いた。

 

(ど……どうする……?)

 

 いや待て。

 一応、こっちも恩人ではある。

 幼馴染との間を引き裂くこともせず同じ屋根の下で五年もの間暮らしたのはヴァシリが世話したからで──そもそも早めに聖剣をもって接触してなかったら十年ずっと一緒だった。

 

 だが待て。

 早めの接触をしたからこそ村は無事だったしフィンが将来的に敵になる可能性を消せたのだからファインプレーではないか? なお、死ぬよりも酷い目に遭わせていたのは他ならぬヴァシリである。

 

(あれ……もしかすると……私はフィンに、嫌われてるのか……?)

 

 あの配慮もこちらの厄介事に巻き込まれたくないから出た言葉で、実はもうこれ以上関わりませんよという宣言だったのでは……

 

(いや……いやいや、いや。それはない。フィンがそんなこと言うわけ……)

 

 わからない。

 フィンのことは〈知識〉にないから。

 これまでは〈知識〉を頼りに色々と動いて来たが、これから先〈知識〉の及ばない世界が待っている。ヨハンは〔DLCとか続編あったら知らん〕という謎の遺言を残しているが、それがどういう意味なのかヴァシリは知る由もない。

 

(…………もし嫌われてたら、うん。素直に隠居するか……)

 

 少なくとも自分は死なずに済んだのだから当初の目的は果たした。

 

 ヨハンのこともある。

 故郷はモンスターに呑まれたがヴァシリ一人なら墓参りくらいなら出来るだろう。アリアとフィンの子孫を見守りながら生きていくのも、悪くはない。

 寂しさはある。

 でも仕方ないことだ。

 自分のために世界を利用してきたのだから、そんな末路を迎えてもおかしくはない。

 

 フィンに嫌われているかもしれない。

 あの、まっすぐで純真な少年に。

 

 そう思うと、胸がズキリと痛んだ。

 

(……できれば嫌われてないといいが…………)

 

 この胸の痛みは、味わったことのないものだな。

 

 そんなことを思いながら、夜は更けていった。

 

 

 ────

 ──

 ────

 

 

「…………どうだい? 口に合うかな」

「めっちゃうまい」

「ならいいんだが……」

 

 やっぱり師匠の作る飯うまいんだよな。

 王都に出てきて知ったんだが、うまい飯を探すのってめちゃくちゃ大変なんだよ。多分これは師匠のうまいご飯を食べ続けてきたからだと思うが、貧乏人の食べる飯があんまりにもまずくて驚いたもん。

 

 もちろん、マリアンヌやカルラの作ってくれる飯もうまい。

 ただなんというか、師匠のは……格が違うんだよな。

 

「確かに美味しいのよね。これもやっぱり〈知識〉?」

「まあな。まさかフィンがそこまで気に入ってたとは知らなかったが」

「二人の邪魔をしたくなかったから言わなかったんだ」

「……邪魔なんかじゃなかったさ」

 

 師匠は優しいからそう言ってくれるがな、客観的に見て俺が邪魔だったのは疑いようもない。

 

 まあのけ者にされるのも嬉しいから俺は気にしてないんだけどね。

 今や世界を救った二人の間に紛れ込んでいる盾役の雑魚とか、多分世間じゃ大不評ですよ。【払暁】の中ですら不人気なのに二人の間にいたらもう……どんなことを言われるやら。

 

 くうぅっ、い、言われてみてぇ!

 ゴミとかカスとか王都中から指刺されて生活してみたいっ!

 

「まったく、もう少し欲張っていいんだぞ?」

「十分欲張りだろ。師匠の手料理なんて」

 

 危ない目をした師匠になんでもしてあげると誘惑され性欲と趣味に負けそうになったものの、隣で泥酔する巨乳幼馴染を見てなんとか理性を保ち、俺は手料理を要求した。

 

 こんな状況で流されて『師匠、俺のことを縛ってボコボコに痛めつけてから犯してください』とは言えるわけがない。

 

 俺の人生がこの先どうなってもいいなら言えた。

 でもそうじゃないんだ。

 俺の人生は、まだこの先がある。

 もしかしたらもっと酷い目に遭わせてもらえるかもしれないのにここで全てを失う訳にはいかないんだ。

 

 師匠とアリアがさぁ!

 知らない男に靡いて紹介してくるところを想像してみろよ!

 

『フィン、ごめんね? 私この人と結婚するから……幼馴染だけど、もう他人だから』と膨らんだお腹を撫でながら言って来るアリアに、『フィン、もう君の面倒はみれない。昔から邪魔だったんだ。二度とその面見せないでくれ、俗物』と言いながらイケメンの腕を抱く師匠……う、うごおおおあああッ!!

 死ぬッ、死んでしまう!

 こんなの耐えられない!

 幼馴染なのにぃっ!

 師匠とは健全に色々した仲なのにぃっ!

 そりゃあ俺と二人じゃ釣り合わないけど! そこまで言わなくてもいいじゃん! うっううっ、うほっ、おほほっ!

 

『きも』

 

 闇のマリアンヌ。

 君は本当にいい女性だ。

 いつでもどこでも必ず俺のことを否定してくれる。俺のことを世界で最も理解している女性だ……結婚しよう。式は牢獄で挙げる。俺は両手を縛られケーキと同じ扱いで後ろから入刀してほしい。

 

『…………』

 

 ああっごめん引かないで!

 闇のマリアンヌがいなくなったら俺死んじゃう!

 

「ふふ、そうか。フィンが言うなら毎日作ってあげてもいいんだけどな」

「ウェッ」

 

 師匠の言葉にアリシアさんがすごい顔をしている。

 

「あの頃みたいにか? それは最高だな」

「ふ……ふふ、そう? 最高かい?」

「もちろん。師匠がいて、アリアがいる。大変な毎日だったけどお陰で生き残れたんだ。師匠はどうだった? 嫌じゃ、なかったか?」

 

 そう聞くと、師匠は嬉しそうに微笑んで答えた。

 

「もちろん、私にとってもすばらしい日々だったさ」

「アリアが羨ましい。一緒だったんだもんな」

「これからは一緒にいれるよ? どうする?」

 

 え、まじで?

 ぐ、ぐぬぬ……

 捨てがたい……! 師匠にボコられる日々が復活するんだろ? そんなの、間違いなく素敵だ。それに加えアリアとアリシアさんが混ざるとすれば、最早それは高級店のフルコースをも超えてしまう。オークの攻撃よりもずっと素敵だよ。

 

 だが……

 

「魅力的だけどやめとく。今の俺には【払暁】があるんだ」

「……うん。そう言うと思ってた。大人になったね、フィン」

「師匠のおかげだ」

 

 マリアンヌ、カルラ、アストレア。

 今の生活と、この三人を捨ててまでそうなりたいとは思わない。もし俺が三人に捨てられた時は恥も外聞も捨てて拾ってもらう所存であります。そうなったら下男の如き扱いで俺を追い詰めてくれるだろう。

 師匠の厳しさ、大好きです。

 

「でも、覚えておいてくれよ。私はフィンが願えばなんだってしてあげたいと思ってるから」

 

 ……ねぇこれやっぱりえっちなことじゃない?

 絶対えっちなことでしょ。

 いくら俺でもわかるよこんなの。

 闇のマリアンヌ、どう思う?

 

『知りません。バカ、スケベ、クズ』

 

 あぁんっ!

 

 なんで俺罵られたの?

 まあ気持ちいいからいいけど。

 もうどうなってもいいやとヤケになった時は、是非とも師匠にこの発言を利用して無茶なお願いをしよう。

 蝋燭、鞭打ち、拡張プレイに奴隷扱い……

 地べたに投げた金貨を拾わせる遊びとかで弄ばれてぇなぁ……

 いやそんなこと師匠がするわけないんだけど、頼み込んだらやってくれないかなって。

 

 そして俺の本性を知った師匠はそこから容赦なくなっていくんだ。

 この程度じゃ足りないだろと言わんばかりに熱湯風呂に俺を入れたり瀕死になるまで追い込んだり……グフフ、夢が広がるぜ……!

 

「…………」

「どうしたアリシア、そんな顔して」

「いや……どうやってこの子に責任取らせようかなと思ってるだけよ」

 

 遠い目をしながらアリシアさんが何かを言っていたが聞き取れなかった。

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