「やあ、よく来たね。
そう言ってヴァシリはテーブルの上に菓子と、それに合った飲み物を用意した。
カルラには東方諸国のお茶。
アストレアにはエルフの里で親しまれているハーブティーを、マリアンヌには教団や王国で流行している紅茶の最高級品を。
「こちらこそ、いつもフィンさんには助けられてばかりです。【払暁】としてお礼申し上げます」
それに対し、マリアンヌはにこやかな笑みを浮かべて答えた。
しかしその瞳に光はない。
更に言えば、目元は全く笑っていない。
口元だけが歪に曲がり、今すぐにでも相手を害し処してやろうと目論む危険な瞳。だがそれを向けられるヴァシリは笑って受け止める。
「ふふふ。フィンはお役に立てているかい?」
「それはもう。私達にとって、フィンさんは家族のようなものですから」
「それは良かった。心配してたんだけどね、私に迷惑はかけたくないからと援助も断られてしまったからせめてもの罪滅ぼしとしてギルドにいい仲間に巡り会えるようにと伝えたんだ。いい縁を紡げたみたいで、何よりだよ」
二人の視線が交わる。
ヴァシリは面白そうに、マリアンヌは不愉快そうに。
バチバチに繰り広げられる言い合いを他所に、残った四人は呑気に差し出された菓子を摘んでいた。
「……これ美味しい。姉さん食べたことある?」
「ああ、確かガトーショコラって言ってたわ。南方諸島のどこかで取れる果物を使ってるらしいけど、私も詳しくは知らないの」
「へぇ……流石ね。あとで作り方教わろうかしら」
「この茶も中々深みがある。ヴァルバロッサ殿は東方の造詣も深いようだな」
「伊達に世界中旅してないんじゃない? 旅先で仕入れに行くのは基本あの人なんだけど、荷物全部自分のあいてむぼっくすとやらにしまっちゃうからわからないのよ」
「なるほど……む、フィン。そなたも食べるか?」
「いいのか」
「いいぞ。ほら、あーん」
「もが……うん、うまい」
「フフ、私にも一口くれまいか?」
「わかった。あーん」
「あーん……うむ、うまいうまい」
呑気に食べさせ合いをさせているカルラとしては、この場で関係が一気に悪化することはないだろうと考えている。
彼女は東方諸国における武家の出身。
それに加えて剣の道を歩んでおり、師と弟子の関係には大いに理解がある。
久方ぶりに顔を合わせる同門の誼なのだから、邪魔をするのもよくないのではないか? フィンが害されるのならば当然こちらも出方を考えるが、寝て部屋から出てこない勇者とこちらに対し見たこともない菓子を出してくる天聖の様子からそんなつもりがないのはすぐにわかった。
(フィンを我々の方へ差し出す度量もある。マリアンヌが心配するようなことはないな)
独占するつもりなら今もなお隣に座らせ親密さをアピールするはず。
そんなこともせずにのんびり言葉で牽制しあってるのだから何も問題はない。
大したことない家の出身であろうが、父親の名声に見合った教育は受けているためそう判断した。
(奴には悪いが、少しばかりこちらは楽しませてもらうとするか)
それに、カルラとしては多少の負い目がある。
師匠と独立して活動していたから今更文句は言ってこないだろうが、フィンは自分達が未熟だったが故に内臓への甚大なダメージが入り今では神殿通いをしている。
弟子の自由にさせる──そう言ってのける器の広さは、尊敬すら出来ると素直に思った。
(フィンを奪うつもりもないと。私は、そこまではなれんな)
本気で奪われるのならばカルラとて全身全霊で抵抗する。
だが勇者は同棲しないかと誘ったらしいが、フィンは【払暁】での生活があるからと断った。
それで十分じゃないかとすら思う。
将来的に、フィンが誰を選ぶのかはわからない。
それでも、要らないと言われない限りは共に居る。
(私はそなたを愛している。殿下たちのようなぽっと出に奪われるのは許せんが、幼馴染で誼もあるとなれば、理解はできる。それでも我らのことを選んでくれた。今は……それでよいではないか)
いつの日か、不要だと言われた時。
その日まではこの命を無駄に散らすこともない。
愛しているのだ、文字通り、全てを賭けて。
独占欲とてある。
髪の毛一本まで支配して欲しいと想う時すらある。
それでもカルラは、フィンに無理強いはしたくない。
愛しているから、自由に、永く幸福に生きて欲しいと願うのだ。
「そういえば、カルラさんは新右衛門殿の娘なのよね」
「うん? ああ。まさか【魔弓の射手】殿が存じているとは……」
「旅の途中で会ったの。元気そうだったわ」
「我が父のことながら、衰える姿が想像できぬ武人。壮健ならば何よりだ」
「いやぁ、まさかアリアを剣で下せる人がいるとは思わなかったわ……」
「……【勇者】相手に勝ったの? それ本当に人間?」
「今と比べればもう少し未熟だったとは言っても、あの時点でアリアは相当強かったんだけどね……」
四人──フィンは黙々とケーキを食べてる──は会話に花を咲かせている。
アストレアとしても戦うことを辞さない覚悟で来ていたが、実際に対面してみればなんてことはない、どうみてもマリアンヌが弄ばれているだけである。
ヴァシリ側に争う気がないことはすぐにわかった。
そもそも当人が誘いを退けている上に、幼馴染に同棲しようと言われているのを断って【払暁】と共に居る道を選んだ。
アストレア的にはそれでもう満足。
英雄ってそういうもんだし?
変な女の血が混じってようが問題なし、未来で微笑むのはアストレアだ。己とフィンの子孫を愛でる日々が訪れるのならば何人いようがどうでもいい。ただし、独占したり、抜け駆けしたりしようとする相手は許さない。たとえそれがカルラやマリアンヌであっても。
厄介なのは、フィンが一人で活動しているときに見知らぬ女を引っ掛けていることだ。
自分達三人──今となっては師や幼馴染が現れたが──こそが最もフィンと深い仲にある。
それなのに、そこら辺の貴族令嬢なんかが突然フィンと共に結婚報告などをしてきたらどうする?
考えるだけで恐ろしい。
マリアンヌ・カルラ・アストレアの三人により王都は混沌に沈むだろう。少なくとも殿下率いる【リリーガーデン】との一件でそうなる可能性が浮上したため油断出来ない。
マリアンヌが暴走気味なのも間違いなくそれが原因の一つだ。
リリーガーデンとの出会いで、フィンが知らない女と結ばれる現実が浮かび上がった。
(もしそうなったら────許せる気がしないわね……)
「……あ、あー、フィンくん。アストレアのケーキも貰ったら?」
「む。いいか、アストレア」
「もちろんいいわよ。その代わりそっちのも頂戴ね」
「当然だな」
笑みを浮かべたまま頬をピクピクと痙攣させているアリシアの言葉に乗っかり、フィンとの食べさせ合いを行う。
美味しい。
みたところ、フィンに出されたケーキは果物がふんだんに使われている。
この白く柔らかい不思議な風味のするペーストと果物の酸味が調和して、口の中で程よく混ざり合う。
それに加え、愛する男の手で食べさせてもらっている。
普段の食事ではあまりすることのない行為。
不覚にも、アストレアはきゅんきゅんしていた。
「……お、美味しいわ。ありがと」
「うん。アストレアのもうまい」
「ほっ……」
姉が胸を撫で下ろしている。
一体なんだろうか?
まさか、姉までフィンのことを……
(……流石にないか。出会って一日よ、一日…………)
殿下が脳をよぎった。
(……………………)
「ブフォッ!! ゲホッ、ゴホガハッ!」
「!!!?!?」
何かを感知したのか、アリシアが吹き出し目の前にいたフィンに盛大に降りかかる。
「ご、ごめんなさ──え!?」
「大丈夫。そっちこそ平気か?」
「だ、だだだ大丈夫!! ん!? え!!?」
そしてなぜかアリシアは心配するフィンに対してありえないものを見たかのような表情を浮かべたが、心配するフィンに対し困惑している。
「ん? ……んん??」
「……??」
互いに見つめ合い、なぜか困惑している。
「……フィン。あんたまさか、私の姉にすら手ぇ出そうとしてんじゃないでしょうね」
「……もしそうならば、そなたを我らのもとに連れ戻さねばならん。大体な、フィン、そなた我らが周りにいながらなぜ知らぬ女にばかり手を」
「あ、あああああ!! ありえない! そんなことありえないからっ! やめてええっ! 私を巻き込まないでっ!!」
「…………仰る通り、俺たちはなんの関係もないぞ」
若干寂しそうに呟いたフィン。
絶叫したアリシアはぜえはあと息を切らしながら、詫びとしてハンカチを手渡した。その気迫にはフィンへの愛を誓う二人であっても嘘だということは出来ないほどである。
そして、ちょうど場が落ち着いたタイミングで、舌戦を繰り広げていた二人も合流する。
「んもうっ! 何を騒いでるんですか! 助けに来てくださいよ!」
「もう終わったの? どう、勝てた?」
「ぼこぼこですっ!」
「あ、そう……」
「フィンが愛されていて何よりだよ」
マリアンヌはヴァシリにけちょんけちょんにされた。
フィンは自分達のものであると言いたいが、フィンとお前らが出会えたのは私のおかげだぞと前提をひっくり返してきたヴァシリに対し勝ち目はなかった。
とはいえ、遊ばれていたことには気がついていた。
本気でフィンを奪うつもりならばもっと素早く、そして根回しをして、確実に奪われていただろう。寧ろこうされたことで警戒をもっと強める機会にすらなった。
腹立たしいが……
(──腹立たしくてしょうがありませんが、此度は私の負け。本気で奪われなかっただけ良しとするしかありません……)
それに相手はフィンの身内とも言える関係者だ。
敵対するのもあまりよろしくない。
嫁入りか婿入りかは謎だが、将来結ばれた時のことを考えれば仲間にしたほうがいいのは間違いない。
諸々の事情全て含めてヴァシリへの怒りはあるが、己が甘かったのも事実。
これを糧にするしかない。
(ですが……次は、負けません……!)
フィンは自分達の──いや、本音で言えば自分のものだ。
三人のうち、最も嫉妬深い自覚もある。
聖女と言われてはいるが、所詮は孤児で、フィンがいなければこんな役目を負うこともなかっただろう。すでに十分無償の愛を向けているのだから、マリアンヌ個人の愛くらいは、たった一人に向ける愛くらいは、叶えたいのだ。
そんなマリアンヌの様子を見て、ヴァシリは苦笑する。
(〈知識〉にない聖女。どんな娘かと思ったが、可愛らしいお嬢さんだ)
【払暁】の三人が頼りなければフィンを強引に引き戻すことも考えたが、その心配はない。
実力だけでいえば世界最高クラスのアストレアに、一歩下がるが近接において無類の強さを誇るカルラ。そして、魔を打ち滅ぼす聖女最強の殲滅力のマリアンヌ。
これだけのメンバーがいれば心配はない。
(これから先何が起きるかは知らないが……私が少し離れても、大丈夫だろうな)
いつでもどこでも駆けつけられるとは限らない。
三年前のように、フィンに救われることすらあるかもしれない。
けれど、今度は救いたいのだ。
運命を変えられてしまったヴァシリがこれから先フィンに何をしてやれるのか?
人の一生は短い。
ヴァシリが三千年かけて改善した世界とて、決して状況は良くなっていない。
フィンが病で死ぬ可能性だってある。
そうならないために、そうさせないために出来ることはあるはずだ。
(ヨハンのように死んでほしくはない……)
いつまでも、この日々があるとは限らない。
過保護だが実力行使も辞さないマリアンヌと、一歩引いてみれる二人。
これならば早々フィンが害されることもない。
(ただ、まあ……これも〈原作〉の影響か? 妙に、フィンを想っている女が多いな)
願わくば、後悔のないように選んで欲しい。
だが…………
もしも、フィンが望むような結末が得られないのならば。
(────生き残ってしまった以上、私は君に全てを捧げてでも報いてならねばならない。君が不幸になるのならば、私が泥を被るさ)
じっとりと、仲間に囲まれるフィンに視線を向けた。
「……………………」
「……アリシアさん? どうした?」
「……里に帰りたい…………」
「!?」