アリシアさんの溜まっている発言により突如として設けられた休息日。
強制依頼で護衛に選ばれたのにも関わらず師匠には『好きに過ごしていいよ、また明後日ね』と言われてしまいこれは事実上の役立たず解雇宣言かと思い悲しみで興奮したが、まあ、普通に俺を労わってくれたんだろう。
師匠のイメージだと俺はまだガキ扱いなんだろうな。
この五年間で自分の肉体との折り合いは十分出来るようになったし、内臓が弱ってる以外に後遺症はない。古傷は痛むが今は良い環境で生活してるから問題ない。十九歳なんて師匠から見ればガキなんだろうが、男としては中々悲しい気持ちになる。
『ドマゾの童貞はまともな男性とは言えませんよね』
なっ……!!
……………………。
…………。
……。
……!
『興奮しないでください』
おお、わかるようになったな闇のマリアンヌよ。
一人虚しく己を慰めるのは寂しい。
やっぱりSMってのは相手が居てこそだと思うんだ。
相手の愛憎籠った一手を受けるドマゾ。俺は雑食だから受け身であれば割となんでもいいが、それでも味はわかる。
たっぷり愛憎込められた一撃ってのは、どんな規模でも気持ちがいいんだ。
だから闇のマリアンヌ、俺への攻撃をする時は愛を込めて欲しい。
「次の方、どうぞ」
あ、呼ばれた。
立ち上がり歩いていくと、ある部屋に案内される。
扉を開いて中に入るとそこには──白く清潔な部屋と、二人の女性がいた。
「二週間ぶりですね、フィンさん。お身体の具合はいかがですか?」
一人は俺の担当神官を務めるセラさんだ。
青い髪に優しい目つき、そして何より貴族の出身でありながら俺のような下賤な民への対応にも心を砕いてくれる聖人ならぬ聖女である。
もう一人の女性は知らない。
俺が来てなかった間に配属になったのだろう。
「おかげさまで元気だ。ただまあ、過保護な身内に休めと言われてな。ちょうどいいから診てもらおうと思って来たんだ」
「よいことですね。フィンさんはその、いつも手遅れになってからいらっしゃるので……」
「……すまないとは思ってる」
困った表情で言われると俺も困っちゃう。
ある意味俺の天敵なのだ。
だってこんないい人相手にそういう感情見せるとか最低そのものだし……マリアンヌ相手ならいいとかそういう訳じゃないよ? 三人はもう俺の仲間で五年も一緒にいるんだからそういう妄想をするのが根付いてしまっているというだけ。
ただまあ、セラさんはほぼ無関係でただひたすら俺が尻穴に杖ぶち込まれるだけの関係だから……
尻から赤黒い血が出たし吐血もしたと言った時の青褪めた表情は今でも忘れられない。
あれを見ると、俺の良くない部分が出てきてるような気がするんだ。
やっぱりほら、マゾとサドは両立するって言うじゃん。
ちょっと、こう……フフ、ねぇ?
ゾクゾクする時もあるんだよ。
「はぁ……よろしいですか、フィンさん。あなたの身体はあなただけのものではないのですから、もっと労わってください」
「!!!!?!??」
隣にいる手伝いの女性神官がとんでもない勢いで目を見開いた。
そして俺とセラさんを交互に見ては、パクパクと口を開閉する。
「そうだな……前とは違うか」
「はい。フィンさんがいなくなれば困る方達がおりますし、それに……」
「……それに?」
「……わたくしも困ってしまいますから」
かわい~~。
俺こういう困った笑顔に弱いんだよな。
なんか昔からそうなんだけど、マリアンヌとかも一緒にいるとよく思う。多分ドマゾなのと同じで好きなんだろうな、そういう顔する女性。
性癖って奴だ。
「みなさんの体調はいかがですか?」
「健康そのものだ。多分俺が一番弱ってるな」
「んもう……マリアンヌさんに言いますよ?」
「それは困る。出来れば知られたくない」
流石に内臓弱ってるのはね。
ハプニングでカルラには知られてしまったが、あまり大勢に知られたくはない。盾役の身体がボロボロだって知られたらその時点で仕事なくなるじゃん。
教養もコネもなく身体も弱っている盾役なんてどこにも引き取ってもらえねーよ!
マリアンヌの奴隷とかカルラの下僕とかアストレアのペットとか色々選択肢はあったが、流石に現時点でそんな道を選ぶのは嫌だ。
まだ十九歳なんだ。
師匠に育ててもらった恩もある。
もう少し社会に身を投じていたい。
今の俺は冒険者ギルドの犬だが、使い勝手のいい金等級冒険者なのは間違いない。つまり役目があるってこと。使い物にならなくなるまでは自分の脚で立っていたいんだ。
え?
仲間のお荷物だろって?
…………。
ふー……
見せてやらないとダメか?
童貞ドマゾ成人男性、本気の泣きを……!
「……に、認知、されてないのですか……?」
「……知られない方がいいこともあるんだ」
「はわ、あわわわ……」
名前も知らぬ女性神官が顔を青褪めさせている。
身体の状況くらいは共有しとけと言われれば、確かに正論。
何も反論できない。
それでも役に立ちたい。
俺は【払暁】の一員だから。
「……フィンさんは、今や金等級冒険者の一人。あの【星天】との関りもあると伺っています。事情はわかります。そう易々と情報公開できないことも。ですが──」
「セラさん」
「っ……す、すみません」
「いや……セラさんを責めたいわけじゃない。でも、これは全て俺の責任だ」
そこまで言って、止める。
心配してくれてるのはわかる。
セラさんはほんと神的に良い人だから。
尻の穴に容赦なく杖をぶっ刺してくれるのを嫌がりつつも数年単位でやってくれてる時点でもうどれだけ素晴らしい人か。普通は嫌がるだろ。
でもまあほら、うちはうち。
治ってる間はこのまま行きたいと思ってる。
てか今更治せるのか?
……バレたら師匠に相談するか。
バレるまではそのままでもいいだろ。
今まで死んでないんだしな。
セラさんは悲痛な顔をして暫し俯いたあと、真剣な表情に切り替わった。
「……失礼しました。では、診察の続きをしましょうか」
「ああ。よろしく頼む」
────
──
────
とんでもないことを、知ってしまった。
聖女様のお手伝いという名誉ある職務に配属されて一週間。
親し気な男性が来たかと思えば、会話の内容は驚愕の一言では済まされないものだった。
「その……セラフィーヌ様」
「どうかしましたか?」
「先程の男性は……その……どういう関係で?」
「フィンさんと……? 二年はお付き合いしていますが」
────やっぱり、そうなんだ……。
聖女セラフィーヌ様。
聖女序列六位、【廻天の聖女】の称号を持つ世界で一番の治癒魔法使い。
死んでさえいなければ元に戻せるとすら謳われるその力は絶大で、王都にはこのお方の治療を目的に訪れる者も多い。隣国の大貴族や世界を股にかける大商人なんかもやってくることが多く、名実ともに聖女の名にふさわしいお方。
公私を捨て、聖女としての在り方を優先するその姿は私達修道女の憧れであり、尊敬の対象だった。
そんなお方が、あれだけ親し気に話している姿は……見たことがなかった。
たった一週間の付き合いでもわかる。
どんな患者を相手にしても寄り添っているセラフィーヌ様が、あの男性と話している時だけ素の心で話していた。
ただ慈しみ、共感するだけじゃない。
まるで友人のような親しみがありました。
フィンと呼ばれる男性のカルテを指でつつ……と触れながら、セラフィーヌ様は続ける。
「とても、無茶をされる方なんです。誰かのために無茶を重ねた結果、休まないといけないほどに肉体が傷付いているのに、それでも頑張ってしまうんです」
それは、ただの患者を診る瞳ではなかった。
慈しんでいるだけでもなく、共感しているだけでもない。
まるで────愛情を抱いているような。
「わたくしに出来ることは邪魔をしないこと。フィンさんの身体を支えて上げること。それだけなのです」
「……それで、よいのですか?」
先程の会話もよほど察しが悪くない限り気付く。
──あなたの身体は、あなただけのものではない。
そんな言い方で男性を注意するなんて、理由は一つしかない。
「ええ、構いません。わたくしは聖女ですから」
なのに────だというのに、このお方は……自ら身を引いている。
胸に秘めた想いも、その身に宿った神秘も飲み込んで……
「……私に出来ることがあれば、なんでもお申し付けください」
「ありがとうございます。でも、よいのです。それが私の選んだ道ですから」
なんて清らかで──なんて、切ないお方なのか。
このお方こそ、文字通りの聖女ではないか。
思わず目に浮かぶ涙を拭い、ぐっとこらえる。
泣きたいのは私じゃない。
誰よりもその想いを押し殺し、人々を救っているお方がいるんだ。
私が出来ることは一つだけ。
このお方を支え、いつの日にか報われる日が来る事を祈る。
ただ、それだけです。
ですが、万が一この方が涙を見せるようなことがあったら……
私は、あの男性を許せないでしょう。
その時は…………
……いえ、違いますね。
何か起きる前に調べたほうがいい。
このお方は不幸になってはいけない。分け隔てなく誰にでも微笑む女神はこの世界にはいない。
このお方こそが、女神の慈愛を持ったお方なのですから。
(フィン・デビュラ……)
特務聖騎士として、あなたのことを見定めさせていただきます。