「フィン。そなた、第二王女に接触したそうだな」
「……耳が早いな。昨日相談したばっかりなんだが」
マリアンヌに相談した翌日。
明日以降は共同クエストの予定なので一日ゆっくりしていようと自室でぼんやりしていたらカルラがやってきた。
一瞬チラリと見てから視線を戻す。
理由は語るまでもなく、服装がエッチだからだ。
カルラの出身は東方諸国。
独特な衣装なのだが、生脚がとんでもない露出度を誇っている。
いったいなぜダボダボであまりまくりの袖から生足露出という選択肢が生まれるのか。
男の俺からすると見せていただきありがとうございますと言うしかなく、マリアンヌのスカートやアストレアのズボンが当たり前の王国でそんな見せつけてくるのは反則。
外にこの服装で出ていけば男からは欲望の眼差しを向けられ女からは変態女がと睨まれること間違いなしなのだが、残念なことにカルラは全く気にしない。
落ち着け……
見たことを悟られるな……
以前カルラに絡んでた男の末路を思い出せ。足を触ろうとして指を全部へし折られてたじゃないか。あんなに綺麗に折られて……ちょっと味わいたい。
「責めてるわけではない。確かに一番最初に話して欲しかったが、この国ではマリアンヌの方が頼れるのは事実……己が未熟を恥じても、そなたに怒りを覚えることなどありえんよ」
そう言いながら部屋に入ってきて、なぜかカルラは俺のベッドに腰掛けた。
足を組むなッ……!
全部見えるだろうが……ッ!
いやもうこれは見せている!
間違いない!
見なければ恥!
見なければいけない!
「マリアンヌも言ったであろうが……そなたは、我らのことをどう見ているのだ?」
エッ、ど、どう見てるか?
足がエロすぎるだろとしか今は言いたいことはない。
これを告げた場合、失望からの極寒の目線に加え最悪殴打が待っている。昔のカルラならば躊躇いなくそうしたかもしれないが、今のカルラは俺のことを仲間だと思ってくれているはずだ。
だから失望されるだけで終わりそうなので言いません。
ていうか普通、仲間を性的に見ています宣言はしないだろ。
なのでここは素直に本音で行くか。
「どうって……大切な仲間だ。かけがえのない、失いたくない。傷ついて欲しくない、家族みたいなもんだ」
出会って五年くらい。
共同生活が始まって一年は経つ。
もうすっかり生活の一部に組み込まれてるから顔を合わせないことがほとんどない。そりゃもう家族でしょ。
確かに最初はね?
男の俺が一緒に居ていいのかって思った。
そもそもマリアンヌは【聖女】だから男との関係性とかやばいんじゃないの、とか。
アストレアはエルフだから人間種の男と同じ家で暮らすとか無理でしょ、とか。
カルラは…………俺の貞操が危ないかなと思った。
しょうがないだろ、俺は童貞なんだ。
童貞の理由はパーティーメンバーが全員女だから察してもらえると思う。
冒険者が色街に行くとすぐに広まってギルドで揶揄われるんだよ。
俺は何度も行きたいと思ったし、出来ればマゾ男向けの色街の女王様がいるところに行ってみたかった。
今でも行きたい。
でも行けてない。
しょうがないだろ、三人ともその儀式を見て「キモ」って本気で言ってたんだから……!
行けるわけないだろ……!!
堂々と色街に行って童貞卒業して同業者の荒くれ者に揶揄われる一連の流れを経験していないから同僚から見たら「あいつ女だらけのパーティーで一人だけ男だしいい扱いされてんだろうな」と思われ嫌われるには十分すぎた。
冒険者諸君、安心して欲しい。
俺はドマゾの童貞だ。
金等級冒険者でドマゾで童貞だ。
うちの仲間にそういう目で見られることもないんだ。
このままだとみんなが男を作って結婚してパーティー解散ってなった頃にようやく色街に行けるんだろうな……
!!!?!?!!!
つまり……俺のセカンドライフはそこからか!?
今のドマゾ満喫人生の次はソロになって好き放題やるのか?
三人が知らない男とデキて(この時点で興奮している)その娘や息子の成長を見ながら俺だけ一人色街で若い女の子を金で買う寂しい生活を送っていくのか!?
ぐううぅぅぅおお……!
す、捨てがたい……!
しかし、この快楽はいけないやつだ……!!
「家族か……」
俺が一人心の闇と格闘していると、カルラがそっと俺の腕に触れてきた。
「か、カルラ?」
「そなたは、なぜそこまで必死になるのだ?」
「必死って……何が?」
「とぼけるな。この身体を見れば嫌でもわかる」
つつつ、と腕を指がなぞる。
エッッッッ……!!
ど、どど童貞にこの刺激はまずいッ!
マリアンヌの抱擁ですらヤバかったのにこんなえっちなことされたら本当にマズイ!
「傷だらけだ。全て、我らと組んでから出来たものであろう」
「……みっともないか? 俺はカッコいいと思ってるんだが」
「みっともないなどと! 確かに、故郷では傷のある男は魅力的だと言われているが……」
それは……どういう意味で言っている?
緊急会議!
今のはそういうアピールだと思うか?
闇のマリアンヌ、答えてくれ。
『アピールでもなんでもありませんよ』
そっか……
聖女に否定されてはどうしようもない。
シュンとしながらカルラの言葉を待った。
「我らにとって、そなたの傷は……我らの傷でもあるのだ」
まあ確かに、考え方によっては?
仲間が出来たことで戦闘スタイルを変えてより多くの痛みをえられるようになったので間違いではない。
傷跡が残ってるのもいいんだよなぁ。
普通の【
それを放置するとどうなるか?
当たり前だが、痛い。
馬小屋で寝泊まりしてる頃なんて常に熱が出てたもんだ。
古傷が痛むとかそういう次元ではなく、傷がいつも痛いから寝れない……って感じ。俺にとって痛みは気持ちよさに他ならないため大したデメリットではないが、肉壁の損耗率がどれだけ高いかを物語っている。
俺なんて運がいい方だ。
マリアンヌが治してくれてたんだからな。
普通は手当をして終わりだから当然俺の傷より酷い状態で放置だ。神殿に行く余裕なんてあるわけもないし、朝目が覚めたら隣で寝てた他の壁役が死んでるなんて何度もあった。
いやぁ、よく生きてたな、俺。
アッ、そんなことを考えていたら腹が……!
「ッ……!!
「ど、どうした!? 大丈夫か!?」
「問題ない! いつものことだ……」
内臓を何度もぶっ壊してるため、俺は臓器が全体的に弱い。
心臓とか肺とかやられたらヤバいところは守ってるが、腸とかぶち抜かれた回数を思い出せない程度には吹っ飛んでる。
胃も十や二十できかない回数やられてるので、こうやって腹が痛み始めると大概──
「ゲホッ……ゲホゴホッ、ガハッッ!!」
急いで手で抑える。
そしてぬめりと手に広がる生温かい感触。
あ〜あ、これまた出てしまいましたわ。
「な……ぇ、なん、で……」
「ゴホッ、エフッゴボッ……!」
いつもより長いな。
えーと、こういう時のポーションが棚にあるんだが。
痛む腹と口元を押さえたままフラフラ歩き、なんとか棚を開ける。
力の入りにくい震える手でポーションを取り出し、まだ血が溢れ続ける口の中に投入。
そのまま強引に、詰まってる血も丸ごと全部まとめて洗い流す。
やがて胃に到達したポーションが弱った胃を癒していく。
ン〜〜〜……この感じだと胃だけか?
ヤバい時はケツからも来る。
真っ黒な血が大量に出た時は流石に死を覚悟したが、神殿に駆け込み高額な治療費を支払うことでことなきを得た。
もちろんマリアンヌは頼れない。
流石に真っ黒な血便出たから癒してくれとは言えねぇって……!
内臓の治療って高等技術だから平時だと結構直接的な手法でやるんだよ。
こう、ブスリと。
後ろから……わかるな。
顔見知りにやらせるとか絶対にない。
まああの神殿で治療担当してくれるシスターはいつも同じ人だから最早顔見知りにやらせてるまであるけど。
すみません、正直めっちゃ興奮してます。
そういう目で見てます。
いつか『金等級冒険者様のお尻はこんなによわよわなんですね?』とか言いながら治療して欲しいと思ってるだけだから。
「フィ……フィン!! なんで、え、うそ……どうして……」
青褪めた顔でカルラが呟く。
しかし困ったな。
これを見られるとは思っていなかった。
大抵予兆があるからわかるんだけど、今回はなんの予兆もなかったしなぁ。
まあバレたもんはしゃーない。
別に今すぐ死ぬってわけでもないし。
「……し、神殿……マリアンヌは? マリアンヌはどこだ!?」
「落ち着け、カルラ。問題ない」
「問題ないわけ、ないだろうがっ!!」
逆に呼ぶ方が問題だわ。
胃の問題は口から流し込めばいい、腸は……神殿のねーちゃんがやってくれるから大丈夫。薄々ドマゾなのがバレてるんじゃないかと毎度恐々としているが、悲痛な顔をして出迎えてくれるので恐らく単に嫌がられているだけだと思われる。
「いや、でもずっとこうだから。本当に大丈夫なんだ」
「ずっと!? ずっ……い、いつから?」
「三年くらいはこんな感じだ。でも症状が悪化したりはしないし、神殿にも通ってる。だから問題ないんだ」
一度、クエストで向かった辺境で全員体調不良になった。
あの時はこう……みんな酷かったよな。
具体的に言うと尊厳が失われるから言えないけど。
あれがずっと続いてるようなものだが、もうここまで長引くと元々そういう体質だったんじゃないかとすら思ってるよ。
「三年…………」
「でもほら、元気だろ?」
「…………な、なあ。フィン、なぜ……我らに言ってくれぬのだ?」
「……言えないよ。こんな……俺には、ここしかないんだから」
流石に尻の穴に杖ぶち込まれてますとは……言えない……ッ!
それだったら色街で変なプレイしてると噂されて軽蔑される方がマシ……ッ!
俺は変態と言われても否定はできん。
だがところ構わず発情する変態ではない。
そこだけはキッチリ守っていきたいんだ。
「…………お願いだカルラ。黙っていてくれ」
「黙って……いられるか……っ! こんな、こんなっ……!」
本当に黙っていてほしい。
もしもマリアンヌに知られたらどうなる?
高い金支払って神殿に行くくらいなら私が治しますとか言われたらどうすればいいの? ズボンを脱いで四つん這いにならないといけないんだよ?
い、嫌だっ!
嫌すぎる!
そんな辱めを受けるくらいならっ、くっ……殺せっ!
…………ふぅ。
「頼む。カルラ……」
ギュッと手を握る。
……あ。
ヤバ、拭いてないじゃん。
うわっ本当ごめん! 吐いた血がそのままカルラの手にこびりつく。
それを見てカルラはヒュッと声にもならぬ声を漏らした後、震えながら頷いた。
───
──
───
揺れる視界の中、なんとか自室の扉を開ける。
扉を閉めて、そのままずるずると座り込んだ。
「…………フィン……」
震えて力の入らない手を見る。
真っ赤に染まった血。
これまで奪ってきた命とはまた別の、私が見たくない、大切な人の血。
「はっ……はっ、はぁっ……」
フィンが血を吐いた。
フィンは大丈夫じゃなかった。
フィンの身体はもうボロボロだ。
フィンは、このままだと死んでしまうかもしれない。
「ハァッ……ハッ……」
いやだ。
フィンが死ぬなんて嫌だ。
死なないでほしい、まだ、生きていてほしい。
どうすればいい? どうすれば止められる? どうすればフィンは助かる?
わからない。
私には何もわからない。
この手にあるのは命を奪う技だけ。
助けることも救うこともできず、ただ斬ることしかできない役立たずな手が、誰よりも大切な人の血で染まってる。
「フィン……フィン、いやだ……死なないでくれ……」
フィンを助けたい。
フィンを守りたい。
フィンを救いたい。
フィンに──謝りたい……。
「……謝らねば。私の、せいだ……」
フィンがどうしてあれだけの怪我をしてしまったのか。
それは全て、私に責任があるのだから────。