ハイエルフの末娘ことアリーシャの実力不足。
フィンが提言しアリシアが確かめたことで発覚した問題を解決するために、【星天】の面々に加えフィンと側仕えとして王都に訪れていたグリセルダが召集されていた。
「まずは、ごめんなさい。私の失敗よ。確認してから言うべきだった」
アリシアの認識として、アリーシャならば白金等級冒険者になれると思っていたのだ。
そもそも、同じ等級であろうが実力差は激しく存在する。
金等級で言えばカルラやマリアンヌは紛れもなく白金等級に相応しい強さを持つ。剣聖や聖女といった冒険者以外の称号を有する彼女らは、冒険者よりそちらで測るべきだ。
最強の剣聖の娘にして、今や大陸中央部最強の剣士。
既にカルラと対等な勝負が行える剣士など、世界中探しても片手で足りるほどだ。
マリアンヌは言わずもがな、魔に対する特攻兵器。
それ以外にも聖女の扱える魔法を修めており、その莫大な魔力から放たれる一撃は他の追随を許さない。人の身で、モンスター相手に正面から撃ち合いが出来るのは規格外そのもの。
更に言えば、アストレアに関してはヴァシリと並ぶほどの実力を有する。
嵐を指の一振りで霧散させるなど理から逸脱した偉業を成しておきながら白金等級に昇格していないのは何かしらの都合でしかないのは誰の目から見ても明らか。とっとと昇格させろという声もある。それら全てを握り潰しているのは当の本人であるが。
フィンに関しては努力で磨き上げられる人類にとっての到達点。
単身で魔王軍幹部の〈
逆に言えば、それほどの戦力でなければ近寄ることすら許されないのが〈深淵の森〉で、金等級でも最上位に位置する者だけが知り挑むことを許されるかの不浄領域なのだ。
そんな場所へ挑むためにわざわざ妹を呼び寄せたのは、戦力になると踏んでのこと。
飛び抜けた力を持つアリシアとアストレアに合わせるのは並のエルフでは難しい。
最低でも金等級冒険者
アリーシャの実力は現段階でギリギリ金等級冒険者になれるかどうか、と言ったところであった。
「まさかここまで差が生まれてるなんて……本当にごめんなさい」
「まあ、呼んでしまったものは仕方ない。【星天】で受け入れよう。それにしっかり教え導けば実力を伸ばす可能性は高い。里だって考えて送り出してるだろうし」
ヴァシリは深く気にしていない。
戦力として使えなかったのは痛手だが、元の知識のことを思えばこの程度苦でもなんでもない。どう足掻いても絶望であり何をしても死が待っている現実に比べれば一人のエルフが戦力外になったところでどうとでもなる。
人ならまだしも、寿命の長いエルフだ。
フィンやカルラが死んだ後の人生のほうが長いのだから、いま役に立たないからといって無能とはならない。いずれまた彼女が役に立つ時が来る──三千年を生きて培った経験が彼女を生かしている。
「グリセルダ。様子はどう?」
「はっ。機嫌はよくありませんが、癇癪は起こしてません。戸惑われているのかと」
「里で蝶よ花よと育てられわがまま放題だったのが、呼び出されて外にやってきてみれば弱すぎて使えないと言われる……これで暴れない分、まだマシか」
フィンは態度に関しても報告している。
普段の言動はともかく、〈不浄領域〉内での振る舞いを許すつもりはない。
一歩間違えば死が待っている、そんな森へ足を踏み入れるのだ。
疲れたなどといい隙を晒す行為を許すわけがない。
【リリーガーデン】へ教育する時とはまるで違うのだ。
そもそも【リリーガーデン】は立派な冒険者である。
アリーシャのように、モンスターがいつ襲ってくるかわからない環境で油断はしていなかった。
「フィンくんもごめんなさいね。あの子があんなに我儘になってるとは……」
「それに関しては全く問題ない」
「おっ……そっかぁ」
「重ねて言うが、アリーシャの言動で俺は侮辱されたとも思っていないし、屈辱だとも思っていない。概ね事実であるし、事実を指摘されたことで受け入れ更に研鑽する余地も得られた。そこに関しては全く問題ない」
「そこに関しては怒っていいのよ?」
「驕り立ち止まった者に進歩はない。師匠にそう教えられた」
「相変わらずだねぇ……」
フィンの言葉に苦笑するヴァシリ。
一方アリシアはフィンの言葉の裏を勝手に読み取り一人で頬を引き攣らせていた。
具体的な内容はともかく、フィンはアリシアに「他人が聞けば暴言になる」会話だったことを報告している。これは決してアリーシャに腹を立てたからとかではなく、パーティーを組むにあたり許容できるか否かを判断するためだ。
当然アリシアは憤慨したが直後に顔を青褪めさせた。
フィンは気にしていないと言っていたが、弟子を舐められればヴァシリとて不快に感じる。口にはしていないが恐らくアリアも、【払暁】も同様だろう。この面々に敵意を向けられてしまっては、妹でも庇い切れない。
そもそもアリシア自身、フィンに対し無礼な行いを振舞った事実を許すつもりはない。
なんだかんだ苦しめられてはいるが、個人的には極めて好ましい人物だ。
ちょっと……そう、ちょっと思考がおかしいなと思うだけで。
それでも本人が気にしないと言ったために矛は収まった。
相手は身内の妹だ。
公の場でやられたわけではないのならまだ取り返しがついた。
「とにかく、彼女は【星天】で受け入れる。だが〈深淵の森〉へ連れていくことはない。いっそのこと一つの組織として運用できれば楽なんだが……」
「【払暁】のことはマリアンヌに一任してる。この場では決められない」
「わかった。彼女とは十分に協議する。ただ、私は【星天】をいずれもっと大きな規模にしてもいいと考えている。〈知識〉も役立たずになった今、目を伸ばせる場所と方法は多ければ多いほどいいからね」
そう言ってから、ヴァシリはグリセルダに視線を向ける。
「どうだろう? 君も一緒に入ってくれると楽なんだが……」
「それは……よろしいので? 私は銀等級冒険者に過ぎません」
「だからちょうどいいんだ。グリセルダが一緒にいるなら我々が攻略を進めている間、アリーシャを放置せずに済む。わざわざ他所に頼むのもおかしな話だろう?」
「……そうですね。微力ですが、協力させていただきます」
キリッとした顔で告げるグリセルダ。
(────まさか、私も入れてもらえるとはね……アリーシャ様がやらかした時は早々にお役御免かと覚悟したけれど、ヴァルバロッサ様の器が広くて良かったよ。これで里に追い返されることも暫くはない。攻略を理由にフィン殿と距離を詰めるいい機会だ)
(エルフ閥はこれで取り込めるかな。魔王軍がいなくなれば人の目はいずれ亜人に向く。その時私が死んでいた場合、絶滅戦争になる可能性が高い。特にエルフは見た目の良い種族だし、
(……これでフィンくん狙いが一人増えたわね。幸いなのはアリーシャが靡きそうにないことかしら。これであの娘までフィンくんを好きになったらどうしましょうかね。もう終わりよね、そうなったら。……いや! 諦めない! 私だけは巻き込まれない! 私はフィンくんを好きになったりしないわ……!)
「……それで、結論としては【星天】で受け入れ教育をしていく、ということでいいんだな?」
「うん。そもそも彼女が冒険者ですらなかった、という事実を忘れていたこちらにも責任はあるからね。グリセルダ、頼めるかい?」
「お任せを……と、言いたいところですが」
グリセルダは自信なさげに呟く。
「私の言葉をアリーシャ様が聞くかどうか。そこだけが不安です」
「里だとどうしても身分差があるのよね。一番手っ取り早いのは実力差でわからせることだけど」
「私の見立てだと、君とアリーシャくんは五分か、やや君が有利くらい。失敗した時が嫌だね」
三人のエルフ──純粋なエルフは一人だけ──が頭を悩ませる。
増長されては困るのだ。
だからと言って無理矢理押し付けるのも違う。
選びたい道があるなら選ばせてやりたいが、アリシアが必要だから里も出す事を許可したのだ。自由気ままになんでも好きな道を選ばせられるわけではない。
グリセルダは里の外に出ているエルフの中では優秀だ。
教育係としても申し分ないが、如何せん里での生活が足を引っ張る。反抗してグリセルダに勝った時が面倒くさい。
どうしたものかと三人が考えていると、ふと、フィンが呟く。
「俺も同行する。それならどうだ?」
「フィンも? …………そうか、その手があったか」
悪くない。
ヴァシリが育てたフィンは肉弾戦に特化している。
が、エルフとの戦い方を全く知らないわけではない。
なんなら教えてはいるのだ。
優先していなかっただけで。
それに加えてアストレアと組んだ経験も豊富、アリーシャ自身も「お兄さんすごいね~」と帰還後に語っていたのもある。
「ただ、フィンは【払暁】だ。マリアンヌくんに了承を得ないと」
「それくらいは俺の判断でいい。どうせ休息日を使うことになる。これまでと大して変わらん」
「……わかった。では、フィンとグリセルダに任せよう。里から出て間もない少女だと思ってくれ。甘やかしすぎず、だけど、厳しすぎず。彼女はこれから冒険者になるのだから」
「心得ている」
頷いたフィン。
言われた張本人のため報復も視野にあるが、フィンはそんなことはしないとヴァシリは信じている。もしこれでアリーシャが態度を改めなかった場合──その時こそ、帰らせるしかないかもしれない。
いや……フィンへの態度次第では……
そんな昏いことを考えるヴァシリの隣で、アリシアは頭を抱えていた。
(ねぇっ! なんで、どうしてフィンくんはそんなに喜んでるの!? わからない! 私フィンくんのことが本当にわかんないっ!!)
「む……どうしたアリシアさん。体調がよくないのか?」
(んもおおおおおっ!! きみの所為なんだけど!? 切り替え早すぎなのよ! 感情がめちゃくちゃすぎ!)
「な……ンでもないわよォ。妹をよろしくね」
「任された。悪いようにはしない。信じてくれ」
「ああ、うん……信じるわ」
疲れた顔で微笑むアリシアは、誰がどう見ても疲労困憊だった。