ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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53 【メスガキ】アリーシャ・ラ・アエラス④

「──というわけで、これからアリーシャには三つの選択肢がある。冒険者として一から積み上げていく道と、里に戻る道。そして、俺達とは関係なく王都で暮らし人間社会を楽しむ道のどれかだ。選んでくれ」

 

 アリーシャは言い渡されたそれに対し、どう答えればいいかわからなかった。

 

 姉に戦力外通告を受けて半日。

 どうしてそうなったのかを考えても頭は靄がかかったかのように愚鈍で働かず、どうすればいいのかもわからない。里では自分より強いエルフなんていなかったのに、誰も逆らわなかったのに、必要だとされていたのに──外に出て、姉に言い渡されたのは、使えないという事実。

 

 それまでの評価とあまりにも違いすぎて、怒ることすら出来ない。

 

 なぜそうなのかが理解できないからだ。

 

(────私が必要じゃないの? 私は、必要じゃないの?)

 

 アリーシャは生まれながらにして他者に必要だと求められてきた。

 大長老アストロガノフによる〈預言〉から始まり、里に残る唯一の直系ハイエルフとして尊重されてきた。

 

 次女のように外の世界に出て行きたいという思いがあり、教育の内容も抑圧するようなもので、彼女はその鬱憤の矛先を周囲に向けるようになった。

 それでもなお許された。

 許されてしまった。

 それは、アリーシャが〈預言〉で言い伝えられている娘だから。

 里に残る唯一のハイエルフで姉達と違い最後までこの里にいることが決まっているから。

 

 だから特別だった。

 必要だと求められてきた。

 

 だが……

 

「……なに、それ。私が、いらないの?」

「戦力的には必要ない。パーティーを運営する上でも二の次だ。師匠がアリーシャに求めているのは今ではなく未来でのことだろうな」

 

(……そんなの、いらないってことじゃん)

 

 ギリ、と歯を噛み締める。

 

 これがどんな感情なのかわからない。

 悔しさ、怒り、悲しさ、切なさ……それら全てがぐちゃぐちゃに混ざり合い、頭は重く心は痛い。これまでの自分の全てを否定されているような気持ちだった。

 

「強さという点で言えば、俺くらいは軽く捻れるくらいじゃないと難しい。お前の姉二人、アリシアさんもアストレアも簡単に俺を殺せるだろう。それくらいは出来ないとあの森で戦っていくことは出来ない」

「ッ…………」

 

 ズキリ。

 アリーシャは姉と比較されることが嫌いだった。

 アリシアはともかく、アストレアと比較されるのが特に気に入らない。

 なぜなら、アストレアは〈預言〉では名を残さずただ死すのみと語られているから。アリシアとアリーシャと違い、ただの犠牲者で、世界に名を残すような人物ではない筈なのだ。

 

 ──そうはならなかった。

 

 〈預言〉を言い伝えられ不貞腐れていた姉は、尋常ならざる才覚を発揮しあっという間にアリーシャを追い抜いた。

 それどころか置き去りにした。

 先んじて〈預言〉のために鍛えていたアリシアをも飛び越えて、彼女は【最強のハイエルフ】になった。

 

 ──苛立った。

 〈預言〉で無駄死にを宣告されていた癖に頑張って。

 まるで預言に踊らされている自分が、自分たちが馬鹿みたいで。

 好きなように生きることを許されている姉が好きじゃない。なのに強くて、里内では誰もが最強だと認めている。

 

 不愉快だった。

 ずっと、比べられることに苛立っていた。

 だから姉が出ていって清々した。

 これでもう、比べられずに済む。

 これでもう、違う道を選んだ自分を見ずに済む。

 これでもう──己の才能のなさを、認めなくて済む。

 

 だというのに────現実は、それよりも非情だった。

 

 手放しですごいと思った人間。

 エルフの戦い方を熟知し、初見であっても合わせられる技量。

 それに加えて肉体的な強さも段違いで、きっとエルフで彼に殴り勝てる者はいないとすら思った。何より、エルフの戦いを邪魔せずサポート出来るほどに理解しているということは、エルフを相手取ることも可能だということ。

 

 そんな男が──フィン・デビュラが。

 己の運命すら変えてしまった男が、姉を褒め称え自分と比較している。

 

 酷く、酷く不愉快だ。

 

「ただまあ、呼び出しといてお役御免は流石にあんまりだ。だから選択肢としては三つある。【星天】に加入し冒険者として励んでいくか、関係のない一般ハイエルフとしてやっていくか、里に戻るか。ああ、グリセルダは【星天】に加入するからもらっていくぞ」

 

 そんなの選択肢があるようでない。

 里に戻れば、姉に呼び出されたのにも関わらず不要だと切り捨てられたと後ろ指を刺される。表立って言われることはなくとも、いずれ帰還した姉に言われればその時点でおしまいだ。これまでのような扱いを受けるのは無理だろう。

 

 関係のないエルフとして活動していくことだって難しい。

 アリーシャは己が世間知らずだと自覚した。

 アリシアが圧倒的なまでの実力を有したのは里を出てからのことである。里を出る前は、まだ立っている位置がわかる程度であった。

 

 だが今は、アストレアと同じく、いったいどこまで高みに登っているのかすらわからないような……雲の上、天井の更に上にいる。

 ほんの数年で。

 エルフにとっては瞬きの如き時間で。

 

 とにかく、理解できたのだ。

 自分が里にいる間のわずかな数年の間で、姉達は隔絶した実力にまで至ったのだと。そして、人間社会のことをわかっていないのは自分の方だと。

 

 それを咀嚼するためだけに半日かけた。

 ただ言葉で言われただけならばまだしも、自分が支配した風を立ったまま奪われたのは事実。そこを受け入れられないほど小さいエルフではない。

 

 だから、選ぶ道は一つだけだ。

 

「……私も入れてよ。そのために来たんだから」

 

 抑圧されて生きてきた。

 〈預言〉のために生まれてきた。

 その運命が崩れた今、これから先の生き方は自分で決めなければならない。里に戻るよりも、一人で生きていくよりも、ここで生きていく方が間違いなくいい未来に至れる。

 

 またもや誰かに抑圧される日々が始まる。

 

 結局、何も変わらない。

 

「やる気があるなら歓迎する。俺も手伝うし、頑張ろうな」

 

 ただ一つ疑問なのは、どうしてこの男は積極的に手を差し伸べてくるのかわからないこと。

 

 アリーシャが自覚する程度には色々好き放題言って罵るようなことをした。傷口を抉るようなことも言ったし、失礼無礼を通り越した言葉も多々言った。

 

 だというのに、フィンからは全く敵意というものを感じない。

 

 それどころか言動から察するに、アリーシャが冒険者として学んでいくことを手伝うつもりですらいる。

 

「…………なんで?」

「ん?」

「なんで私を見捨てないの。弱くて、使い物にならなくて、生意気で……アストレア姉さんともアリシア姉さんとも違うのに」

 

 すでにフィンの周りにはアリーシャの上位互換が二人もいる。

 それだというのにわざわざアリーシャに手を差し伸べる理由がわからない。里ですらありえないことだ。姉が帰還していれば、アリーシャはお役御免となっていただろうから。

 

「なんでって言われてもな。気に入ったから?」

「……はぁ?」

「アリシアさんもアストレアも、どっちも凄い人だ。偉大な人物が身内にいる立場はよくわかってるつもりだよ」

 

 フィンは懐かしむように目を細める。

 

「比べられて、陰口を叩かれて、時には暴力を振るわれて……俺はそうやって過ごしてきた。師匠、アリア、マリアンヌ、カルラ……全員そうだ。俺より強くて俺より頼れて、美しい女性。そんな女性達に一人混じる雑魚い盾役なんて、どんな風に見られるか……お前は知ってるだろ?」

「…………」

「それでもやっていくしかないんだ。俺たちは恵まれない側なのかもしれないが、それは不貞腐れる理由にはならん」

 

 それでもやっていくしかない。

 

 それは──その通りだと思った。

 

「それにな、アリーシャ。俺はお前を連れていけないと報告はしたが、お前のことは否定していない」

「え……?」

「態度を無理に改める必要もないし、お前を生意気だと否定する気もない。アリーシャに足りなかったのはただ純粋に冒険者としての積み重ねと実力だけ。仕事以外の部分なら結構気に入ってるんだぜ」

「はぁっ? い、意味わかんないし……」

 

 本当に意味がわからなかったのでアリーシャは困惑した。

 

 これまでフィンへの言動は褒められたものではないと自覚している。

 己の行動が正しいものではないとわかっていながら、閉塞感と抑圧に耐えかねてこうなってしまったのだ。

 

 今だってそうだ。

 ここまで言われてもなお改めようという気にはならない。

 それが当たり前だったのだから。

 

「アリーシャは俺にとって苦しいところを的確に突いてくる。それが気持ちよくてな」

「えっ、きも……変態さんじゃん」

「そうじゃない。俺にはまだ未熟な部分があると他人が言ってくれる。それがいいんだ。今じゃあ、誰もそういうことを言ってくれないからな」

 

 その言葉に戦慄する。

 あれだけ積み上げて、あれだけ強くなって、これだけ認められてもなおまだ足りないと言ってのける向上心。

 

 まるで姉を見ているようだった。

 〈預言〉も関係なく、ただひたすらに己のしたいことをし続けたアストレアと姿が重なった。

 

「だからアリーシャ。お前が俺たちと同じ道を選んでくれたこと、心から喜ばしい」

「あぇっ」

 

 フィンはアリーシャの手をそっと握った。

 

「これからよろしくな。アリーシャ」

 

 まっすぐな瞳で言われた。

 無機質ではない、馬車で話していた時のような目だった。

 

 男性経験もなければ真摯に対応されたこともほぼないアリーシャは、どう反応していいかわからず──反射的に言葉が出た。

 

「ふ、ふ〜ん。童貞さんだけど、結構いいこと言うじゃん……」

「常日頃から魅力的な女性に囲まれてるから鍛えられたのさ」

「っ、でも、ボディタッチはあんまりよくないんじゃない?」

「おお、そうだな。レディ相手に悪いことをした」

 

 そう言ってすぐに手を離す。

 

 手に残った温もりが妙に頭を離れない。

 

「これからは気をつけてよねっ。じゃないと変態童貞さんなこと、みんなに言いふらしちゃうから♡」

「それは本当にやめてくれ」

「んふふ、やめな〜い♡ 前に私が言ったこと、まだ有効だからね♡」

「…………まあ、俺が捨てられた時は頼む」

 

 渋い顔をしたフィンがそう言ったとき、アリーシャはなんだか、これまで感じたことのないような高揚感を抱いた。

 

「言ったこと……? アリーシャ様、何を言われたのですか?」

「え〜、秘密♡ ね、お兄さん?」

「そう、だな……秘密だ。うん」

 

 なんとも言えない顔をするグリセルダ。

 

 フィンが渋い顔をしているのでこれは無理にでも聞き出した方がいいなと判断、今度アリシアに報告することを胸に誓った。

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