「なんか私の幼馴染、いつも誰かと一緒にいるんだけどなんで?」
「……さ、さあね。なんでだろう」
瞳から光を失った弟子の問いに、ヴァシリは目を逸らして答える。
王都に帰還してから既に三週間。
魔王は城を枕に討たれ残党狩りも進み、大陸から魔王軍は姿を消そうとしている。西国にて占領されていた国や街は崩壊の一途を辿り、文明的な統治を行おうとしていたとは到底思えない状況にある。
復興には、これから何十年もの歳月を要するだろう。
と、冒険者ギルドや前線に置いて来た知り合いからの連絡を処理しながら【星天】と【払暁】合同クエストの折衝や王家とのやりとり等、面倒事の大半を引き受けているヴァシリであるが、フィンを中心に渦巻く複雑な人間関係には手を出せずにいる。
「おかしいなぁ。私と結婚する筈だったのに知らない女の子が周りにたくさんいるんだよ。それに皆かわいくてスタイルもいいし、全員フィンのこと狙ってるし。それなのにフィンは自分が狙われてるって気が付いてないんだ。私が守らないとダメだよね。幼馴染だもん。こうなったらもう無理矢理村に戻ってフィンと結婚して世俗と関わらないようにして子供作っちゃえば誰も逆らえないよね? どう思う? 師匠」
「ウ~~~~ン……フィンの気持ち次第、かなぁ」
「ならこれが一番だよね。フィンは私のこと好きだもん! あは、あはは! 好きに決まってるじゃん! 好きじゃなかったら私のこと助けてくれるわけないもん! ねぇ師匠! フィンの優しさが全員に向けられてるなんて、そんなわけないよね!? 私は特別だもんね!!?」
(あっ、壊れちゃった……)
あははは!
不気味な高笑いをあげながらアリアは髪を握りしめ頭を抱え込んだ。
「う、うう……フィ~~ン~~! なんで私を捨てるのぉ……置いていかないでよぉ……」
「……………………」
「うええぇぇぇん! 私が先に好きだったのにぃいいぃ!! ぽっと出の女に負けるううぅぅ! 取られちゃうんだぁ!! もうおしまいだぁ、私の人生終わりなんだぁ!!」
その哀れな姿にはヴァシリも閉口せざるを得なかった。
そもそもフィンは誰か特定の相手と関係を持っているわけでもないのだが、アリアにとって自分と付き合っているわけではないので当然常に不安が渦巻いている。
情緒不安定になり、昔からちょっと妄想癖と思い込みがあるアリアは、毎日のようにフィンとの幸せな日々を夢想しながら「そうならない現実」を見て「誰かと結ばれるフィンの姿を遠くで見る自分」を想像しては恐怖に絶叫している。
(……これが素面なんだよねぇ。見てて愉快でかわいらしいけど、男からはどうなんだろうか)
「ねええぇぇぇ師匠おおぉぉぉ……」
「はいはい、なんだい?」
「真面目に聞いてよぉ! どーするのこれで聖女ちゃんとかカルラさんとかアストレアさんに取られたら!!」
「それはまあ、フィンの選んだ道なんだし応援してあげるしかないんじゃないかな」
「そんな正論求めてないッ! フィンが私以外の女を選ぶのなんて耐えられないよぉっ!」
「じゃあ、奪うの?」
「フィンの嫌がることはしたくないいいぃぃ……!!」
「まったく……あのね、アリア。フィンも一人の男だ。当然女の好みはあるだろう。それを聞いて頑張って合わせたりとかしてみたらどうだい?」
「えっそんな恥ずかしいことできないけど」
今のその姿は恥ずかしくないんだ、とは言わなかった。
乙女心とは複雑である。
長年の恋慕を拗らせてしまっている以上、アリアに正論は通じない。
「ならデートとかは? あの日以降そこそこ時間はあったじゃないか」
「……だっていつも違う女と一緒にいるし……」
「普通に呼んだら来るし受けてくれると思うんだが」
「そうかなぁ……だって、久しぶりに会ったのに、フィンから会いに来てくれないんだよ? 私に興味なんてないんじゃないかなぁ……」
そう言ってアリアは目を伏せる。
結局のところ、それが彼女の拗らせを加速させていた。
フィンの周りにいる女性は多い。
それに加えてコッソリフィンに対して何かしらの想いを抱いている女性も多い。アリアとヴァシリが知らない五年間の間に積み上げてきたものは決して軽くない。それをわかっているからこそ、アリアもまた強く踏み切れない。
「それになんだか聖女ちゃんと妙に距離が近いし……他の人達と違ってフィンから距離を縮めてる気がする……」
「そうかな……?」
「そうだよっ!」
「なにがそうなんだ?」
「フィンが聖女ちゃんと近しい気がするって話!」
「……そんな風に見えるか? なら気を付けないとな」
そう言いながら、フィンはアリアの隣に腰を下ろした。
アリアは隣に座ったのがフィンだと理解した瞬間、ギギギ、とぎこちなく腕を伸ばしクッションに顔を埋めてソファに横たわった。
「やあフィン、調子はどうだい?」
「頗る好調だ。身体を動かしてないからなまって仕方ないが、休息の大事さを改めて実感してるよ」
「君の身体は特別じゃない。無理は止してくれ」
「ああ。わかってる。……それで、アリアはどうしたんだこれ」
「もがっ」
つんつん、と寝そべるアリアの足先をフィンが突く。
色気の欠片もない反応に苦笑され、アリアは唇を尖らせた。
「むうー……えっち」
「ケツ揉んでやろうか?」
「もうっ! すけべっ!」
「冗談だ。俺は紳士だからそんなことはしない」
「へー……カルラさんとお風呂入ってるのに?」
「あれは俺の所為じゃない。向こうから入って来たんだ」
ジトッとアリアはフィンを見つめる。
「…………まあ、眼福なのは否定しない」
「ほらー! ほらほら! えっちだぁ! すけべだぁ!」
「まあ待て、アリア。そんなえっちですけべな男が美人な女性に囲まれて不埒な行為に至っていないのは、どう考えても誠実で紳士的な行動だろ」
「……確かに」
うんうんとヴァシリは頷いた。
「男女である前に、パーティーだ。そんな目で見るのは失礼にあたる」
「へー。じゃあ私のことは?」
「幼馴染」
即答。
躊躇うまでもない早さだった。
「かわいいかわいい幼馴染で、誇れる勇者だ。お前と同じ村に生まれたのが、俺の人生で最も幸せなことだよ」
「うえっ……う、うへへ、そっかぁ」
「……それで、フィン。今日は何の用かな?」
すっかり絆されとろけたアリアはそこそこに、ヴァシリは本題を訊ねた。
「アリアに用があったんだ。空いてるか?」
「へ? あ、まあ、空いてるけど」
まさか自分の為に来たとは思っていなかったアリアは目をパチパチを瞬きする。
「お前、王都に家買うって言ってただろ」
「ああうん、そうするつもり。フィンのこと誘ったのは本気だったんだよ?」
「それに関しては悪かったって。でもま、嬉しかったよ」
「……んふふ。それで私が家買うのがどうかした?」
「いくら知名度があっても王都でいきなりいい家を買うのは無理だ。コネと伝手が全てになる。師匠の伝手ならいくらでも使えるだろうが……」
言葉を一度切り、ヴァシリへと視線を向ける。
ヴァシリはそれに対し肩を竦めて首を横に振った。
「あんまり乗り気じゃないっぽいし、俺の方で心当たりがあるから力になろうと思ってな。どうだ?」
「……いいの?」
「俺とお前の仲だ。力になれるなら喜んで貸すよ」
「……ありがとう。フィンはどこにもいかないよね」
「今の所、その予定はない」
「じゃあ、助けてもらおうかな」
「どんと頼ってくれ。……と言っても、心当たりのある人に話を繋ぐだけなんだが」
「ううん、うれしいよ。フィンが助けに来てくれたのが、何よりも嬉しい」
そう言ってアリアは起き上がり、にへらと笑った。
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「おお、先日ぶりだな勇者殿。フィン殿から話は伺っている、私の力になれる範囲で協力しよう」
そこに居たのは第二王女シャルロット・バーンスタイン。
先日出会った正装とは違うが、田舎娘のアリアからは考えられないおしゃれな服装で出迎えられた。
「…………もおっ! もおおっ! もおおおっ!! また女の人じゃん! フィン!!」
アリアは切れた。