【星天】が王都にやってきてから一ヶ月が経った。
冒険者ギルドを介して何度も話し合い【払暁】との契約も本決まり、これから先に向けた計画も始動した。
ちょうどいい区切り──そう判断し、ヴァシリは本命へ進むことを決めた。
「ではこれより、〈深淵の森〉攻略に関する会議を始める」
集められたのは八人。
【払暁】からマリアンヌ、カルラ、アストレア、フィン。
【星天】からアリアンロッド、アリシア、ヴァシリ。
そして最後に、冒険者ギルド本部長であるマーカスも招集されていた。
「まずは結論から。我々の目標は〈深淵の森〉踏破だ。そしてあの地で何が起きたかを調査し、問題解決を行う。魔王軍が消えた今、我々冒険者が抱える最大の脅威はあの森になる。故に、冒険者の中で最も優れていると評価されている我々に白羽の矢が立った、という流れだな」
「元々、私達【払暁】もあの森の調査には乗り出していました。ですが、難易度が他の〈不浄領域〉とはまるで違う。環境調査すら満足に進んでおらず、此度ヴァルヴァロッサ様から提案していただき渡りに船であったために合意となりました。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
頭を下げたマリアンヌに続き、残りの三人も頭を下げた。
つられるように頭を下げたアリアに苦笑しながらヴァシリが話を戻す。
「〈深淵の森〉は他の〈不浄領域〉よりも特殊な環境だ。私も何度か潜り込んだことがあるが、とても深部までは進める気がしなかった。ダークエルフである私だからこそわかることだが、あの地は〈魔〉の影響が異常なまでに強い」
「ああ……そういえばダークエルフって魔と近いんだっけ?」
「うん。少し向こうに寄った結果狂わない程度に魔に浸ったのが我らダークエルフさ。ただ、私も本当のところがどうなのかは知らない。感覚的に間違いではないのはわかるんだけど」
「確かに、少々ザラリとした感覚はします。あれが魔の感覚だったのでしょうか?」
「ふむ……他の〈聖女〉でそれらしい様子を見せた者はいなかったが」
「特別なんじゃない? マリの魔法って正直、ちょっとおかしい気もするし」
アストレアの言葉にヴァシリが訝しげな表情を見せた。
「おかしい?」
「ええ。モンスターがどれだけ強くても無関係で消し去ってるのよね。教団がそんなに絶対的な強さを持ってるなら〈不浄領域〉なんてとっくになくなってるでしょ?」
「なるほど。〈聖撃〉はそれほどか」
「光栄です」
実際、どうしてマリアンヌの魔法だけがそれほどの強さを誇るのかは解明されていない。
教団側も調査を行ったが、何をどう実験しても再現性がなかった。
状況の再現なども行い同じ条件の孤児を使って試しても同じことは起きず、マリアンヌの扱いをどうするか決めかねているままに生存した彼らは飛躍し金等級冒険者に昇格。慌てて〈聖女〉認定を行い枢機卿の手元になんとか収めたという形なので、教団側も把握できていない力になる。
「だからマリがそういう気配に敏感でも驚かないわね」
「そうか、わかった。特殊な人材であるならそれに越したことはない。我々が求めてるのは優秀さと異質さの両方を兼ね揃えている人物だ」
無論、原因究明が出来れば世界全体に貢献できるだろう。
だがそんなことをする気はヴァシリには毛頭ない。
そもそも、特殊な能力なんてものは考えるだけ無駄である。
〈手記〉で知った能力なんてめちゃくちゃなものが無数にある以上、ヨハンの知らない何かであると思っていればそれでよかった。
「魔の影響が強いと何が起きるか。単純にモンスターが強力になるのに加え、肉体そのものに悪影響がある。深層まで行けば、どうなるかは考えたくもないね」
「ならばそれの対策も練らねばなりません。私がどうにか出来ればいいんですが……」
「マリアンヌちゃんの力は唯一無二なのよねぇ……魔の影響を受けにくい領域って作れたりするの?」
アリシアに問われたマリアンヌは思案し、答えた。
「可能です。ですが、相当の力がなければ難しいでしょう。ただの結界ならまだしも、聖域となれば維持出来るのは保って半日ほど。注ぎ続けるのならば別ですが……」
「それに加えてモンスターの襲撃もある。強行軍は無理だと考えるべきであろう」
「……誰でも維持可能か?」
「いいえ。おそらく、〈聖女〉か、それに準ずる能力が必要かと」
全員が押し黙る。
教団の魔法は世に流通する魔術とは別物だ。
それに適した魔力を扱わねばならず、神官はその身に宿る魔力を幼き頃から魔法に適したものへ変えていく必要がある。
腕の優れる魔術士は己の手先で魔力を変質させ治癒を行うことを可能とするが、攻撃や防御魔法を扱うことの難易度は別格。
ヴァシリにも扱えない技術である。
「……これはまた、先に進めた時に考えよう。【星天】がこれまで幾つもの遺跡や迷宮を攻略してきた経験上、日を置いた攻略は意味をなさない。文字通り、環境が元に戻るからね。だからしばらくは攻略とは名ばかりの調査がメインになる」
「それでよろしいかと。無理できる場所ではありません」
無理をすれば死ぬ。
【払暁】はこれまでの経験から、【星天】は旅路を思い浮かべながら、それぞれの認識が合致した。
「モンスターの資料、環境の調査、道の作成、安全地帯の作成……」
「これじゃまるで開拓ね……」
げんなりした顔でアリシアが呟く。
「まあ、私達が踏破してある程度実態を掴んで、そこからだね。冒険者ギルドに調査を託せるレベルであれば丸投げも選択肢にある」
「十中八九無理だろうな。最悪を想定するなら、数年単位でようやく足がかりを作れた、程度の状況になるかもしれん」
「これだけの面子だ。これで進まなかったら、人類には早すぎたと思うしかないね」
フィンの言葉にヴァシリは肩を竦めた。
「……浅層の情報ならある程度提供できる。モンスターに関しては俺独自の指標で評価して、エリアはアストレアに頼んでマッピングしてもらっている。序盤は楽になるだろう」
「おお、それは助かるよ」
パッと笑顔になったヴァシリだったが、彼女は【払暁】の面々が浮かない顔をしていることに気が付く。
「あー……ねぇフィン、あんたの評価指標って、アレ?」
「……? なにか問題が?」
「いや……問題と言うか……」
「その……あまり大々的に使うべきではないと言いますか……」
「なんだよ皆して。結構わかりやすいだろ?」
「わかりやすいけど、嫌なの」
「……一体どんなものなんだい?」
誰にも肯定してもらえていない有様にヴァシリはつい尋ねるも、フィン以外の三人は視線を逸らしキュッと口元を結んだ。
「まあ……独自の感覚を数字に落とし込んだというか……」
「……それでわかりやすいんだ」
「そう、ですね……わかりやすくはありますね……」
「…………否定はせん」
「じゃあまあ、それは後日受け取ろう。参考にさせてもらうね」
「ああ。わからないことがあれば聞いてくれ」
ただの村人であるフィンが感覚を数字に落とし込む、なんてことを思いつけるのは一重にヴァシリの教育の成果である。
この大陸に文明を齎した第一人者に直々に教えを受けているのだから、それくらいは出来て当然だった。
「ふむ……私はともかく、アリシアとアリアは初見だ。明日下見に行こうと思っていたんだが」
「そうか。師匠はあそこの連中と戦ったことがあるのか?」
「いや、基本察知されないように動いていたから戦ったことはない。一方的に闇討ちをしたことならあるが……」
「ならば俺も同行する。あそこは盾役がいないと、死ぬぞ」
真剣な提言。
言葉の意味を測りかねたヴァシリだが、【払暁】は誰も否定していない。いや、それどころか苦い顔で頷いた。
「……わかった。フィン、頼むね」
「問題ない。そのためにいる」
「念のため私も同行します。よろしいですか?」
「ああ、構わないよ。なんなら全員で来るかい?」
「私はやめとく」
「私も遠慮しておこう。火力は足りているだろうし、フィンの負担を増やすわけにもいかん」
盾役の負担は守る人数が多ければ多い程増加する。
よってカルラとアストレアは待機。
同行者はマリアンヌとフィンのみになり、納得のいく布陣となった。
(……しかし、盾役がいなければ死ぬ、か。そこまで脅威があるようには見えなかったが)
弟子の言うことを信じていないわけではない。
しかし、己の感覚ではそれほど脅威には思わなかった。
(ダメだね。こういう思い込みが最もリスクを増やす。切り替えて挑まないと……)
ヴァシリは白金等級冒険者。
そして〈知識〉を使って運命を変えて来たこともあり、思い込みこそが最も己の余裕をなくすのだと理解していた。
フィンがどれだけ強くなったのか。
そしてその仲間であるマリアンヌはどれだけの強さなのか。
それらを確かめる為にもちょうどいい機会であった。
(明日になってのお楽しみ、かな……)