ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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57 【魔弓の射手】アリシア・ラ・アエラス②

「ハーブティーでよろしいですか?」

「ええ、ありがとう」

 

 会談を終えていざ翌日に備えようとしていたアリシアは、なぜかマリアンヌに招かれ【払暁】ホームへと足を運んでいた。

 

 招かれた理由は知らされていない。

 ただ、アリアはヴァシリではなくアリシア一人という点で、なんとなく嫌な予感はしていた。

 

(……十中八九フィンくんのことでしょうね)

 

 重要なことはヴァシリと協議を重ねていたマリアンヌが突如としてアリシアに声をかけたのだからその理由を察するのは容易い。アストレアを通じて呼び出すのでもなく、なぜか理由もなく直球で誘いをかけたのだからヴァシリも内密に話したいことがあるのだろうと察している。

 

「わざわざ悪いわね」

「いいのよ。ヴァシリにも言えないような厄介事……いや、ヴァシリにこそ言えないような厄介事でしょ?」

「……うむ。我らの力不足がゆえに、このような事態になってしまっていることは謝罪せねばならん。だが、これが現実なのだ」

 

 ギリ、と歯を噛み締めてカルラが語る。

 

「私達もどうにか出来ないのかと幾度となく手は打っているのですが……あの森は普通ではありません。どうにもうまく行かず、結局、フィンさんに頼りきりです」

「そんなに? 正直、アストレアが居てそんなにやっていけない場所があるなんて思えないけど」

 

 旅を経て力をつけたアリシアであるが、未だアストレアには勝てないと思っている。

 

 そもそも、アストレアは風に愛されているのだ。

 文字通りの意味でこの大地に揺蕩う大気が彼女の味方をしていると言ってもいい。ヴァシリでさえその分野での対決は避けるべきだと言っていたことから、世界最強のエルフは名実ともにアストレアだろう。

 ただし、実際の殺し合いになればどちらが勝つかはわからない。

 ヴァシリは三千年もの間積み上げ続けたあらゆる技術がある。

 風を無に帰す手法すら持っていてもおかしくはない。

 

 そんなアストレアがいるのに、なぜそれほどまでに難航しているのか?

 

 彼女は不思議で仕方がなかった。

 

「あそこは、なんていうか……アイツと同じ。アレと同じ理不尽さがあるの」

「アイツ……?」

「三年前、我らを襲った魔王軍の尖兵。あやつは正に理不尽の権化であった」

 

 それを聞いて、アリシアはピンときた。

 

 三年前。

【奈落】から帰還してすぐに齎された情報で〈知識〉が合っていることにゾッとして、これから先に待ち受ける運命の重たさを実感した日。妹が〈預言〉を覆した日。いや、正確には、フィン・デビュラが全てを捻じ曲げた大切な日だ。

 

「魔王軍幹部数字刻み(ナンバーズ)Ⅲ、だったかしら」

「はい。そう名乗っていました」

「矢も剣も風も効かない、悪夢のようなモンスターだった。即死を免れたのは偶然で、そこから生き残れたのはフィンが命懸けで奮闘しマリアンヌが覚醒を果たしたからだ。どちらかが欠けていれば、死んでいただろうな」

「私もね。結局、私が出来たのは溜めに溜めた一撃で動かす程度だった。ダメージなんて微塵も与えられなかった────その時と同じ。あそこは私達で測れる理で動いてないわ」

 

【払暁】にとって飛躍を遂げた一歩目であり、トラウマ。

 

 目の前で人間が弄ばれる光景など、二度と見たくない。

 あれから暫くは肉が食えなかった彼女達だが、自分で内臓を撒き散らしていたフィンは何も気にせず家畜の内臓やら肉やらを食べていた。

 

 流石の図太さだとカルラは感心したのは記憶に新しい。

 

「ですから、あの地を攻略するのは難航するでしょう。ヴァシリさんとはその方向で話を進めていますから、そこは問題ないのですが……」

「……問題は、積み上げた情報にあるのだ」

 

 アリシアからすれば何も打つ手のない悪趣味なモンスターと同じような理不尽の森なんて想像もつかないのだが、当事者が言うのならば間違いはないのだろうと唾を飲み込んだ。

 己が最強のエルフだと認める妹が所属してなお、常に死と隣り合わせの場所。

 今更ながら、これから自分達が足を踏み入れようとしている森がどれだけ過酷な環境なのかと身震いする。

 

 そして、そんな恐ろしい場所で、確たる知識や預言もないのに前に進み続ける【払暁】に、尊敬の念も覚えた。

 

「積み上げた情報……黄金よりも価値があるものでしょ。どこが、どう問題なの?」

「……少々主観的というか……」

「でも、数値化されていてわかりやすいんですよ。ちょっと、あまり大々的に発表することは出来ないんですが」

「一体どんな指標なのよ……」

 

 ここまで言われると流石に身構えざるを得ない。

 

 三人揃って表情を曇らせる【払暁】に、フィンに関係するということ。

 

(うーん、なにかしら。フィンくんがかなり……えっと、個性的なのはなんとなくわかってるから、そこら辺?)

 

 感情をなんとなく読み取れるアリシアからすれば、外に出てこないだけでフィンがかなり愉快な男だとわかっている。ただし、その愉快な面は必ずしもまともなものではないのだが。なんとな~~く、フィンのことを理解し始めているアリシアでも簡単に予測できるものではない。

 

(ヘンテコな造語で表してる、とかだと笑えていいのよねぇ。どうかそれくらいで終わってくれない? ね、フィンくん。おねーさんそろそろ疲れちゃうから。もう疲れてるから。どうか容赦してくれないかしら)

 

「すまん、待たせた。何処にしまってるか手間取った……?」

 

 そこで、件の資料を手にフィンが戻ってくる。

 

 妙に沈んでる場の雰囲気を察し訝しむフィン。

 傍から見れば何が起きていたのかわからず困惑しているだけだが、アリシアには全く違う感情が伝わっていた。

 

(なんで今喜んでるの? どうして? すごい速度で嫌悪感滲ませてから喜び出してるのは一体なんでなの? 私、フィンくんほど情緒が狂ってる人初めて見たわ)

 

 しかもその荒ぶる様は他の誰にも共感してもらえない。

 

 この、感情がなんとなくわかる、ということを知っているのはフィンしかいない。

 

 ヴァシリやアリアでさえ「察しがいい」程度の認識。

 

 なぜフィンには伝えたのか?

 本人が信頼できそうだと思ったことは勿論だし、その内と外の乖離が激しすぎて言わずにはいられなかったのだ。フィンに言いふらされる可能性も考慮したが、そんなこと言われても否定すればいいだけなのでどうとでもなる。

 

 それに、個人的には、そんなことはしないだろうと思った。

 

 良くも悪くも幼い頃からハイエルフの姫として育ったアリシアは、無意識に〈英雄〉というものに対して良いイメージを持っている。

 

 妹を救いヴァシリの運命すら変えた〈英雄〉がそんなことするわけない。

 

 ある意味、他の者と同じくらいフィンのことを信じていた。

 

「おかえりなさい、フィンさん」

「時間をかけてすまん。普段からもう少し手伝うことにする。自分の家のことなのに、ただの書類探しで手間取るようではなぁ」

「いいんですよ。私はここで頼られて嬉しいので」

 

(オッ、すごい嫌悪感。そして喜──えっ興奮してる!? なんで!?)

 

「……? 姉さんどうしたの?」

「なンでもないわ」

 

(フィンくんの嫌悪感って、基本的に自分に向いてるのよね。その上で喜んだり興奮する意味がわかんないけど……)

 

 後者はともかく、前者の嫌悪感に関してはなんとなく理解できる。

 

 恐らく自己嫌悪の類。

 アリシアはそう考えていた。

 自己評価が低く、偉大な師と幼馴染が居て、周りの女性は皆自分より立場も強さも上。同業者には悪口を言われて嫌われ、自分と周りの評価は開く一方。

 

 そんな状況で正気を保ち続けていられるとは、とても思えなかった。

 

(……アリーシャも、同じ環境に身を置き続けて歪んでしまった。表層に決して出てこないけど、フィンくんが抱えている物は決して軽くない)

 

 気の良い好青年で彼を評価する者は少なくない。

 ただ、それは言葉にせねば伝わらない。

 一体どれだけの人がフィンに対してそう言った言葉を投げかけたのか? 

 

【払暁】の三人とヴァシリとアリア……あとは? 

 

 あとは……誰がフィンを凄い人なのだと褒めた?

 

 世間での風評は覆りつつあるが、それが果たしてフィンの負担を軽減するのか?

 

(────……あれ? もしかして、フィンくんって結構ギリギリ……?)

 

 冷や汗が流れる。

 本人は充実していると口にはする。

 嘘だってついていない。

 だが、心の負担は本人が気が付いていない時ほど重くのしかかる。

 心身の不調だけは第三者が見ていないとダメだと、ヴァシリもよく口にしている。

 

(……さ、流石に気が付いてるよね? ヴァシリ……)

 

「……アリシアさん? どうした?」

「ちょっと考え事してたの。ごめんなさいね」

「いや、突然連れてきたのはこっちだ。調子が悪いなら明日でも」

「ううん、平気よ。拝見するわね」

 

 ハーブティーを一口飲んで落ち着いてから、机の上に置かれた資料を手に取る。

 

 〈深淵の森〉調査報告書。

 簡素に名付けられたソレには、調査済みエリアの地図と出現するモンスターや植生について記されていた。

 

 木や草花に至るまで既存のものとは違う種類が見受けられる、という報告も面白かったが、恐らくヤバイのであろうモンスターに関する情報に目を通して──アリシアは目を疑った。

 

「…………え。これ……」

「自慢じゃないが、俺は師匠から教わった肉体のコントロールだけは完璧だと思っている。万全だろうが万全じゃなかろうが、常に百パーセントを出すことに関しては一流だと自負していてな。ゆえに、ある程度公平な指標に出来ると考えた。その成果が、これだ」

 

 自信ありげな表情で告げたフィンに、アリシアは絶句する。

 

『フィン・デビュラの肉体を基準に、どれだけの損失が発生したかでモンスターの強さを測る。〈深淵の森〉に関してはどれだけ頑張っても間に合わなかった為、胴体で受け、胴体の損失率・痛みや衝撃を把握し数字に落とし込んだ。なお、フィン・デビュラの肉体強度に関しては他人の身体も使い正確な数字で表現できるようにしている』

 

「〈深淵の森〉の敵は強力で、全ての攻撃が致命傷に繋がりかねん。他の〈不浄領域〉にてそれぞれのモンスターの攻撃もある程度数値化して実験したが、概ね間違いはなさそうだった。結構な自信作だぞ」

「…………つまり、なに? これを見る限り、フィンくんの身体、当たり前のように腹部貫通とか腕欠損とか起きてるの……?」

「そうだが……」

「……いつも死にかけてるってこと?」

「そうだな。でも死んでないぞ」

 

 アリシアはつい、マリアンヌへ視線を向けた。

 

 マリアンヌは昏い目でじっと見つめ返し、首を縦に振った。

 

「…………防ぐ、手段は?」

「ありません。あったら、とっくに……」

「……俺は役に立ててる感じがして結構いいんだけどなぁ」

 

(おっ、ちょっ、……………………。あ、アリア!! あんただけが頼りよ!! どうにかしなさい!!)

 

 アストレアやマリアンヌがどうにもできないことをアリシアがどうにかできるわけがない。

 

 〈勇者〉であり世界に選ばれた娘であるアリアンロッド。

 

 彼女ならば、あるいは……。

 

 アリシアはそっと腹部を押さえた。

 

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