ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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59 初見殺し

「──【星天】は準備完了だ。そちらは?」

「問題ありません、いつでも出れます」

「そうか。ならば、行こう」

 

 カルラとアストレアを残し、五人は〈深淵の森〉へと足を踏み入れた。

 

 陣形は、ヴァシリを先頭に、その一歩後ろにフィン。

 フィンの後ろにマリアンヌ、横をアリシアとアリアが固めている。

 

 背丈ほどもある草を踏み均し道を作っていくヴァシリは手慣れており、露出した素肌も草で傷つくこともなく、ほどほどのペースで進んでいた。

 

「師匠、手慣れてるな」

「元々この森にはダークエルフの里があったからね。五百年くらいは暮らしてたから故郷のようなものさ」

 

 ヴァシリにとっては昔懐かしい道であり、また、慣れ親しんだ道でもある。

 

 誰の手も入らなくなりすっかり変わり果ててはいるが地形自体は変わっていない。たまに侵入する時もなんとなく覚えているルートで里の廃墟まで足を運んだりしていた。それに加えて、未開の地を切り拓いた経験はエルフの中で最も豊富である。

 三千年の中で作った道は数知れず。

 世界各地に己の名を関する橋や道があるのは伊達ではない。

 

「魔術が使えればもっと効率がいいんだが……」

「それはダメだ。奇襲される確率がぐっと高まる」

「うん。だろうね」

 

 わかりきった答えにヴァシリは苦笑する。

 

 緊張感を保ち表情が無になっているフィンやマリアンヌとは違い、ヴァシリは何度かここにきたことがある。

 

 当然モンスターも見たことがあるが、そこまで特別脅威とは感じなかった。

 

 正面からの戦闘は避けていたものの、彼女一人であれば日帰り弾丸潜入くらい出来てしまう。地元であること、魔に近いダークエルフであること、世界で最高クラスの技量を持っていること……色々な要素が合わさった結果、ヴァシリはこの森でも実力を発揮できる稀有な存在となった。

 

 だからこそ、余裕がある。

 

 いや、余裕はある。

 

 余裕があるからこそ、周囲の警戒を怠らず、先導する役割を買って出ているのだ。

 

「私でもこの森で夜を過ごすことは避けたい。一週間くらいなら寝なくても耐えられるけど、その分消耗するからリスクは高まる一方だ。隠密出来ないのなら大人しく引き返す、そうせざるを得ないのは理解してるよ」

「師匠がある程度対応できるならそれに越したことはない。問題は、そうじゃなかった時だ」

 

【払暁】ですら対応ができない未知の土地。

 それがヴァシリの警戒を保たせている。

 自分が逆立ちしても勝てない〈数字刻み(ナンバーズ)〉を、三年前の時点で破った【払暁】を彼女はかなり高く評価していた。

 

 加えて帰還してからのやり取りで己が想像していた以上に優秀であることを悟り、愛弟子を預けるに十分値すると判断。〈預言〉や〈知識〉と関係なしに金等級冒険者として高難易度〈不浄領域〉の攻略に励んでいるのも好印象。

 情報提供もあり、ほんの一年程度の期間で浅層の四分の一ほどを攻略していたのは賞賛に値する。

 

「わかっている。これまではフィンが防いできたんだね?」

「ああ。だがそれも完璧じゃない。それに、ここの敵はひたすら強いんだ。師匠ならば大丈夫だとは思うが、反応出来た時は全力で防いでくれ」

「もちろん。ダメだった時はフィンに守ってもらうさ」

 

 すでに、フィンはヴァシリの手を離れ一人の冒険者として活躍している。

 

 ギルド本部長ことマーカスに「お前私のかわいい弟子に何させてんだ?」と問い詰め引き出した資料から、彼がこの世界で最も優れた盾役だと評価を下した。

 

 他の金等級冒険者と比べ名声が劣りながらその実績はただの金等級冒険者には収まらない。

 

 ギルドはフィンを〈切り札〉として運用していた。

 最強の白金等級冒険者にして初代ギルド長の愛弟子という地雷がありつつも、実際は手出しされることもなく放置されておりいい扱いをされていなかった下積み時代でさえギルドの受付嬢が個人的な情けをかけていなかったらどうなっていたか。

 

 成長し、銀等級冒険者となり、魔王軍の尖兵による襲撃を生き延びて金等級冒険者へと昇格。

 

 その後「特別手当出すからこれやってきて」とマーカスを通して受付嬢より依頼が入るようになり、フィンはそれらに文句の一つも言わずに黙々とこなし続けた。

 

 他の金等級冒険者のように後ろ盾もなく、命令することで実績を抱えさせてもなんの問題もない。他勢力に強い影響力を持たせたくなかったギルドからすれば最低コストで最大限の働きをしてくれる金等級冒険者は、あまりにも使い勝手のいい駒だった。

 

 そうして色々な場所や盤面に放り込まれ続けたフィンは実績を積みながら勝手に実力を伸ばし続け、今となっては世界最高の盾役と陰で評価されるまでに至っている。

 

 なお、本人にその言葉が届くことはない。

 

「ああ、任せておけ。傷一つ付かせん」

「頼りにしてるよ」

 

(……ふふ。頼りになるね、本当に)

 

 ヴァシリは、そんな弟子の姿を見て頬を緩める。

 

 アリアの成長はその目で見てきたが、フィンだけは見ることが叶わなかった。

 

 否、ヴァシリですら考えていなかった領域にフィンはすでにたどり着いているのだ。彼女の予想や〈知識〉を超えて、一流の冒険者となった愛弟子。

 かわいく思わないわけがなかった。

 

(もう少し名声を積んでもいいと思うが、今のバランスも決して悪くはない。……いや、表に出せない実績もある。国内に潜んでいた魔王軍幹部の討伐なんて大々的に言えることじゃない。出来れば、私達と同じ場所に引き上げてやりたいが)

 

 そうするのなら【払暁】と一緒に。

 おそらくフィンならばそう言うだろう。

 仲間一筋でいい男になったと思う反面、大事な家族を奪われてしまったような気もする。寂しいような、誇らしいような……

 

(っと、いかんな。ここは油断のできない土地、よそ見をしていては──)

 

 ────視界の端で何かが煌めいた。

 

 気がついたのは偶然。

 なんだと疑問を抱く前に魔力を練り上げ魔術を展開する。

 

 ──違和感。

 魔力そのものに何かが混じっているような感覚。

 だが、決して扱えないほどじゃない。

 強引に、それでいて暴れないようにかき集めた魔力を魔術へと変化させる頃には、煌めいた何かが飛来して眼前まで迫っていた。

 

(光の反射? 金属! 刃先か? モンスターが金属を? いや待て、それよりなんだこの速度は──)

 

 ヴァシリの展開した魔術は風。

 高密度に密閉し圧縮された風を用いた防壁は、飛来した何かによって、一撃で打ち破られ──投擲された槍は、真っ直ぐヴァシリの顔面へと迫る。

 

(あ────まずい、死)

 

 

 

 

 

 ────ビチャッッ!!

 

「──グギャッッッ!!」

 

 衝撃、絶叫、血飛沫。

 

 アリアは、目の前で何が起きたか、わからなかった。

 

 ヴァシリを引き倒したフィン。

 直後フィンの腹部を貫いた大槍。

 その大きさは丸太のようで、鎧も盾もまるで意味をなさない。

 内臓を吹き飛ばし、血肉を撒き散らし、背後に立っていたマリアンヌの衣服が真っ赤に染まった。

 

 フィンは腹部を貫かれた──否。

 もはやそれは、貫かれたのではない。

 腹部が丸ごと消え去ったと表現するのが正しい。

 そんな状態であるのに、ヒュ、カヒュ、とか細い息を出しながら、その場に立つ。

 

「────ア゛リ゛シ゛ア゛ァッ!!」

「っ────!!」

 

 怒号。

 名を呼ばれたアリシアは即座に弓を引き絞った。

 風を纏わせた、一撃必殺の矢。

 風を満足に扱えないと判断した彼女は、ならば矢そのものに付与することで少しでも影響を減らすことを選択。

 

 そして、放った一撃。

 

 ピシュッ!! ──パァンッッ!!

 

 音の速度を超えた一矢が放たれる。

 その矢を喰らいながら、槍を投擲したモンスターが巨体を揺らし木々を薙ぎ倒し前進してくる。その速さは、とても森の中を走っているとは思えない。

 ほんの数秒あれば辿り着くであろう速さ。

 

「ハァッ!?」

 

 矢を喰らいながら全く気にしていないモンスターに驚きながら、アリシアが二の矢を放とうとして──隣にいたマリアンヌが準備を終える。

 

「────【聖撃】」

 

 極光が満ちる。

 魔を打ち払う彼女の代名詞は、視界の全てを飲み込んだ。

 その間、僅か一秒。

 閃光の如き速さで放たれたそれは、視界が開けた時には、モンスターは消え──後には、何もない。

 

「フィンさんっ!」

「う、ご……ごええっ!!」

 

 ビチャチャッ!!

 

 大槍に肉体を貫かれたフィンが血を吐く。

 

 隣で尻もちをついていたヴァシリの頬にそれが飛び散った。

 

「っ、ヴァシリさん! 手を貸してください!」

「ぁ……ああ、な、なにをすれば」

「これを引き抜きます。そうしなければ治せません」

 

 マリアンヌの言葉にヴァシリは絶句する。

 

 フィンの肉体を貫く、いや、生えている大槍。

 

 痛みに苦しみ悶えるフィンを見た。

 

「し、し゛ょう゛……」

「…………」

「た゛の゛、む゛」

 

 血が絡むのか、鈍い声でフィンが呟く。

 

 顔面蒼白のまま、ヴァシリはゆっくり立ち上がり、力なくフィンの身体を貫く大槍を掴んだ。

 

「ヴァシリさん。そのまま、躊躇わずお願いします」

「ぁ……わ、わかった……」

「アリシアさん、貴女は周囲の警戒を」

「え、えぇ……」

 

 アリシアの瞳も揺れている。

 それらは全てフィンに向けられたものだった。

 

「では……いきます、フィンさん」

「……ああ」

 

 ぐ、とマリアンヌが力を入れる。

 それに倣うようにヴァシリもぐっと力を入れて槍を引き抜き始めた。

 

 ブチッ……ミチッ、ブチッ……グチュブチッ!!

 

「う! がああ! ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッッ!!!」

「【上級治癒(ハイヒール)】ッッ!!」

 

 フィンの絶叫に合わせ、マリアンヌが治癒の光を灯す。

 

 肉が千切れ血液が噴き出す不愉快な音。

 必死に歯を噛み締めながら、彼女は懸命に穴を塞いでいく。痛みを軽減する方法はない。今もなお、ダイレクトに脳髄を破壊するような衝撃がフィンを襲っている。

 

 乱雑に作られた槍はフィンの肉体を的確に傷つけていく。

 裂け、割れていく肉体をマリアンヌが治す。

 損失した内臓も、血液も、強引に魔力で元通りにしていく。

 そうするしかない。

 そうせねば、フィンが死ぬ。

 

 長い────ほんの僅かな時間だったのにも関わらず、誰しもが永遠に感じた時間が終わる。

 

「…………ふぅ。助かった。ありがとな、マリアンヌ」

「……いえ。痛みは残っていますか?」

「まあ、少しは。幻痛だから大丈夫だ」

「そうですか。ご無事で、よかったです」

 

 二人が会話を交わす。

 フィンはなんてことのないように、マリアンヌは強張った表情で。

 

 それを見て、ヴァシリは悟った。

 

(────これが、日常、なのか……?)

 

 思考が定まらない。

 だが、それでも、辛うじて絞り出した。

 

「……一度、帰還しないか」

 

 ヴァシリが憔悴していることはマリアンヌもすぐに理解した。

 

 それを愚かだとは決して思わない。

 

 なぜならば、初めてこの地に足を踏み入れた時、彼女らも同じ思いをしているのだから。

 

「……はい。そうしましょう」

 

 こうして、〈深淵の森〉偵察は失敗に終わった。

 

 各々に、深い傷を残して。

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