ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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60 いつしか弟子は師を越えていく

 舐めていたつもりはない。

 余裕があったのは否定しないが、油断していたつもりはない。

 反応は出来ていた。

 だだ、何もかもが想定外だった。

 投げ槍が早すぎたこと。

 耐えることすらせず風が破られたこと。

 己の生で、久しく味わっていない死の感覚がしたこと。

 何も出来なかったこと。

 呆然として、ただ言われるがままに従うことしか出来なかった。

 庇われた。

 守られた。

 守られて、しまった。

 愛弟子が、特別ではないと置いて行った愛弟子が、死力を尽くして、死の瀬戸際に足を踏み入れて、助けてくれた。

 

『う! がああ! ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッッ!!!』

 

 脳裏にこびり付いた絶叫。

 腹部を丸ごと吹き飛ばした大槍には血肉がべっとりと付着していた。

 必死の表情で傷を治すマリアンヌ。

 手慣れた様子で、されど余裕はなく。

 これが、珍しいことではないのだと悟った。

 

「…………」

 

 ヴァシリは、頬にこびり付いた血痕に触れる。

 

 庇ったフィンの血が付着したものだ。

 すでに乾ききっており、擦るだけで落ちていく。

 フィンの行いは盾役として満点だった。

 攻撃力に長けた仲間を庇い、致命傷だが、死には至らない範囲に被害を抑える。その一瞬の隙を縫ってモンスターを討伐し己を治癒することで被害をゼロにする。理想、そうだ、理想的な盾役だった。

 

 問題があるとすれば、その理想を体現できる盾役が生き残れるわけがないこと。

 

 いつも致命傷を受けていればどれだけ卓越した技術を持っていても必ず失敗する時が来る。金等級冒険者の盾役など他に存在しないのがそれを証明している。どんなパーティーであっても、どれだけの実力者であっても、モンスターの攻撃を真っ先に受ける盾役の生存率は低い。

 そうでなければ、損耗率八十パーセントなどというバカげた数字は出てこないのだ。

 

 ぼんやりする頭でヴァシリは考える。

 

 なぜフィンがそれを出来てしまうのか?

 

 それは──彼女ならばわかってしまうことだった。

 

 幼き頃からずっとフィンは肉体を苛め抜いて来た。

 打撲、骨折、開放骨折、切り傷、内臓への痛み……すなわち死への恐怖を常に味わって来た。元来の精神力で耐えて来た結果、フィンの精神は超越者の領域に達している。そうでなければ、あんなことをずっとやり続けていられるわけがない。

 

 死への恐怖?

 あるかもしれない。

 痛みへの忌避感?

 あるかもしれない。

 だがそれは、彼の歩みを止めるには至らない。

 そうでないと、置いていかれてしまうと思っているから。

 そう思うようになったのはなぜだ?

 置いて行ったからだ。

 誰が?

 自分が。

 どうして?

 無駄死にさせると思ったから。

 守りたいから、置いて行った。

 結果は?

 自分達が守られた。

 置いて行かれないために、死力を尽くした少年に。

 

「…………私のせいか」

 

 あの時、気まぐれでアリアに〈聖剣〉を渡した時。

 フィンの人生は徹底的に狂った。

 狂わせたのはアリアではない。

 自分だ。

 ヴァシリ・ヴル・バルバロッサが死にたくないから。

 〈転生者〉に出会い、己の運命を知り、その運命を覆す為に世界を利用した女がフィンのことを変えた。

 

「……私の、せいだな」

 

 ヴァシリが足掻かなかった世界は知っている。

 不幸ばかりで幸せなどどこにもない。

 この世の地獄と表現する他のない最悪な世界。

 そうならなかったことは喜ばしいことだ。

 だが、その犠牲になる人がいる。

 わかっている。

 見て見ぬふりをしていたわけではない。

 わかっている上で進む道を選んでいた。

 だが……

 救ったと思っていた者が、より深い地獄への道を歩んでいるとは思いもよらなかった。

 

 なぜ思い当たらなかった。

 三年前のあの日、救われたことばかりを考えて、フィンがどれだけの苦しみにあったのかを考えなかったから? 己の願いが成就されたことに気を取られて、生き残ったから良いと思って、そこで止まってしまったからなのか?

 

 自分の予想を上回った弟子が、無茶をしていないわけがない。

 

 この血痕は、これまでフィンが流して来た血の量のほんの僅かな一滴に過ぎないのだ。

 

「…………マリアンヌ」

「はい。どうされました?」

「フィンは、ずっとああだったのか」

「……はい。出会った頃からずっと、変わりません」

 

 それを聞いて、ヴァシリはギュッと唇を噛み締める。

 

「元々私達は、完璧なパーティーではありませんでした。まともに治癒魔法も使えない私、仲間ごとモンスターを倒そうとするカルラさん、連携も考えず好き放題するアストレアさん……そして、一人で盾役を全うするフィンさん。歪なパーティーでした」

 

 マリアンヌの脳裏によぎる出会った頃の記憶。

 

 同い年で、明らかに恵まれぬ出身の彼は、買ったばかりの盾を使って盾役になった。

 

 仲間からの攻撃も、モンスターからの攻撃も身体に刻まれ続ける日々。

 満足な回復や身体のケアも出来ずに傷付き汚れていく姿はあまりにも哀れで、それでも、力の備わっていなかった当時のマリアンヌではどうすることも出来なかった。

 

「それでも、フィンさんは泣き言の一つも漏らさず……ずっと私達のことを守ってくれました。今でもそれは変わらないんです」

「……私がそれに何かを言う権利はない。今回、フィンに守られなければ死んでいた」

「私達も同じなんです。あそこは、フィンさんがいないと戦うことすら出来ない」

 

 〈知識〉には記されていない地。

 ヴァシリがいることで発生したのか?

 それとも、元々存在はするが、ヨハンが知らなかっただけなのか?

 

 どちらが正しいのかはわからない。

 一つ確かなのは、〈深淵の森〉では誰も彼もが平等になる。

 特殊な才能というものが全て無に帰すのだから、そうとしか表せない。

 

 ヴァシリは、アリアを背負い歩くフィンを見た。

 

 果たして、そうやっていくことは、フィンにとって幸せな道なのか?

 

 止めさせるべきじゃないのか?

 ここに挑み続けてもいつか死ぬだけで何もない。

 この森の先に何があるのかなんてわからないが、それが世界を脅かすような危機ならばともかく、現状は全く変化がない森だ。強力なモンスターが居ても出てこず、この森の存在そのものが国家機密となっているだけ。

 

 そんな危険地帯を無理に攻略する意味はあるのだろうか?

 

「意味は、ないのかもしれません」

「…………」

「それでも私達は、いつかあの地を制すると決めました。フィンさんに頼り切りになっている現状を憂い、足を止める選択肢もあったのにも関わらず、無謀にも挑み続けることにしたんです」

 

 なぜなら────我々は冒険者だから。

 

 そう在り続けることを、他ならぬフィンが望んでいるから。

 

「意味がなかったとしても、それは、決して足を止める理由にはならない。私達は世界を救えないかもしれない。私達は光になれないかもしれない。魔王軍との戦いに参加しなかった我々は、本当の意味での勇者にはなり得ないでしょう。しかしそれは、自分達の全てを賭けて責務を果たさない理由にはならないんです」

 

 追い付けないとしても、追い付くことを諦めたりはしない。

 

(……フィンは、ずっと変わらないんだな)

 

 昔からずっとそうだ。

 フィン・デビュラは、ヴァシリには眩しすぎる。

 愚直に真っすぐで、それでいて柔軟性もあって、だが芯の強さは他の何者にも劣らない。何度彼が特別だったらと思ったか。どうして君が特別じゃないんだと嘆いたか。

 

 周りがどれだけ凄くても、周りがどれだけ強くても、フィンはブレない。

 

 少なくともこの精神性に関してだけは、これまでヴァシリが出会って来た全ての人類で最も強靭なものだ。

 

 身体的な不足を補う、絶対的な意志の強さ。

 

 それでも考えてしまう。

 目の前であんな風に苦しむのを見せられて思わずにはいられない。

 フィンならば大丈夫だと思う心と、いつか壊れてしまうのではないかという不安。

 いや、本当のところ、フィンの心は壊れているのではないか。

 幼い頃、アリアに轢かれたあの時、すでに壊れているのではないか?

 

 心配だ。

 かつては己の手で追い込み血反吐を吐くような修行をさせておきながら、ヴァシリはそう思ってしまった。

 

「……いつの間にか、置いていかれていたのか?」

 

 不思議と納得した。

 五年前、フィンを置いて行った。

 五年後の今、フィンは自分達を置いて先に行っている。仲間を連れて、新たなステージに進んでいるのだ。

 

(そうか。私は救われたあの日から、フィンに置いていかれてたんだ)

 

 守ってあげる立場だった。

 今は守られる立場になっている。

 精神的にも身体的にもフィンは成長しヴァシリの予測の範囲を超えた実力を身につけている。

 

「…………」

 

 かつて、ヴァシリは孤独な戦いをしてきた。

 三千年にも亘る〈知識〉との戦いは、他ならぬフィンの手によって終焉を迎えた。

 

 今、フィンは戦っているんだ。

 仲間と共に、〈深淵の森〉と戦っている。

 孤独ではないが、一人先に進み仲間を守りながら、一歩ずつ前へ。死ぬかもしれないリスクを受け入れて、苦痛に歯を食いしばって進んでいる。

 

「……師は超えるものか。寂しいものだね」

「……ヴァシリさん?」

 

 目の前でフィンが死に掛ける姿を見た。

 

 血を浴びた。

 臓腑や血肉が散らばる光景が、瞼に焼き付いて離れない。

 それでも、フィンは立ち止まらないのだろう。

 今更自分が止めたところで意味はない。

 だってフィンは、もうすでに一人の冒険者で、一人前の男だから。

 

「……えっと、ごめんなさいね。マリアンヌちゃん、ちょっといいかしら」

 

 そこで、アリシアが口を開いた。

 

「どうされました?」

「いや、あの……フィンくんがずっとあんな感じだったって聞いたんだけど。いつもああいう風に攻撃受け止めて、死にそうになってるってこと?」

「そう、ですね。昔から変わりません」

「…………なるほど。苦痛に叫ぶのも……?」

「はい。幾ら治るとわかっていても、痛いものは痛いと言っていました」

「そっ…………かァ……」

「……?」

 

 遠い目をして呟くアリシアを、マリアンヌは不思議に思った。

 

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