人生の分かれ道。
正しく戦場と言える地へ向かうため、俺は全力で準備を行っていた。
この日の為に用意しておいた勝負下着……
普段使っているモノより高い香水……
整髪剤で髪を整えムダ毛も剃る。
服もマリアンヌが選んでくれた高いやつ。
古傷は残っているが肌は比較的綺麗だ。
なんたって一年ずっと風呂入ってるからな。
カルラにもケアをしてもらったことがある。
俺がのんびり身体を洗っていると何も気にせず入ってきたカルラが『良い薬が入った』とか言って一切の躊躇もなく身体を撫でまわし薬を塗りたくって来る事とか、『ここを揉むと血行が良くなる』と言いながら寝そべった俺の身体をもみほぐして来たりとか……
あれ? よく考えなくてもあれってかなりいかがわしい行為じゃ……
ええい、煩悩退散!
俺はこれからアリシアさんにドマゾバレからのマゾヒズム刺激凌辱をされる予定なんだ。今更イチャラブのことなんて考えるんじゃあない。
俺は今日この時をもってイチャラブとは縁を切るのだ。
これまでは、真っ当な人間としての生を芯に置いて生きてきた。
だがドマゾバレしてしまってはそれも難しくなる。
なぜなら、常識的に考えて内臓吹き飛ぶような致命傷で悦ぶ男は異常だからだ。
俺は自分がおかしい奴だと自覚している。
おかしい部分がありつつも、それでも生きていいんだと言われたからこそ真人間であることを心掛けてきた。
あと普通にかわいそうなのはあんまり好きじゃないし……
泣き叫ぶ女性より朗らかな笑顔を向ける女性の方が魅力的だもん。
故に俺はずっとまともであることを心掛けてきた。
心の中は自由でも、言動にはずっと一貫性を持って生きてきた。だが、それも今日までなんだ。
俺はドマゾだとバレてしまっただろう。
相手は感情を読み取れるアリシアさん。
俺が攻撃を浴びた瞬間絶頂しているのを理解したんだ。
きっとそうに違いない。
そうでなければわざわざ俺を呼び出すことなどありえない。
ああ……みんな、ごめん。
俺、本当はドマゾでさ。
痛みとか苦しさとかすごい気持ちいいんだ。
ガキの頃師匠に弟子入りした理由の半分くらいは気持ち良くなりたいからだったんだ。馬小屋に寝泊まりしてたのは単に金が無かっただけだし、攻撃を食らってたのは俺が未熟だった所為だが、それらを愉しんでいたのも事実。
軽蔑しただろう?
どうか軽蔑してくれ。
出来れば罵声を浴びせながら、こう、剣とか矢で脅してさぁ! 俺のことを盾に張り付けて肉盾扱いしてくれよ! あはっあははっ! 俺の人生おしまいだぁ! もうドマゾバレするんだぁ! 闇のマリアンヌゥ! 君だけは俺を見捨てないでくれ! どうかお願いします! 軽蔑しつつも俺のことを慕っててくれぇ!
『我儘ですね……』
ううっお願いだ。
闇人格にすら否定されては俺が俺でなくなってしまう……!
マゾ快楽を享受するだけの生命体になっちゃうんだ!
そんなのは嫌だろう!?
『今と何か違いがありますか?』
…………。
「む。フィン、随分と気合いが入ってるな」
「どうだ、似合ってるか?」
「うむ、かっこよいぞ」
「ありがとな。ちょっと用事があって多少いいカッコする必要があるんだ」
「そうか。夕飯は?」
「あー……どうなるかわからないから、今日はいい」
「わかった。気を付けてな」
玄関で出会ったカルラと会話を交わす。
今日の当番はカルラだったか。
カルラの食事を逃すのは非常に惜しい。
彼女は東方諸国の料理をよく作ってくれるのだが、これがもう美味いのなんのって。師匠の手料理を食べて来た俺ですら唸る物であり、共に暮らすようになってから作ってもらったソレはとても美味かった。
ぐうっ……!
だが、今日だけは断っておかねばならない。
下手すれば帰れず朝までずっと凌辱されている可能性もあるのだ。心を鬼にして、心配されないようにしておかなければならん。
アリシアさんに犯されてる最中に乱入されるのだけは避けなければ……ありとあらゆる意味で……!
「あら、フィン。おめかししてるじゃない」
「今度はアストレアか。妙にタイミングがいいな」
「なによその言い方。カルラにでも会ったの?」
「まあな。随分洒落てるなと褒められたところだ」
実際、あんまり俺がこういう服着ることってないからね。
いつもシャツにズボンでおしまい。
身体太いから服着すぎるとあんまりね。
美的感覚に関しても、周囲の女性陣が常にいい見た目をしているので恥を忍び教えてもらったのでそこそこマシな筈だ。そうでなければ悲しくなるので、そうだと信じている。
「ふぅん……デート?」
「仕事の打ち合わせさ。俺が皆を放って知らん女と遊ぶと思うか?」
まったく、この歳になるまで童貞貫き通してるのはどうしてだと思う?
お前ら三人に嫌われたくないからに決まってるだろ。
最近になって殿下とかアリアとかが近くに来たから疑われてるのかもしれんが、知らない女性に手を出したことは一度だってない。いい加減童貞は卒業したい。もうそろそろいいんじゃねえかな童貞捨てても。
SM界に新たな旋風を引き起こすのは俺だ。
「はいはい、弄って悪かったわ。ごめんなさい。あんたがそんなことする訳ないもんね」
「信じて貰えたなら何よりだ。これ以上何をすれば信じてもらえるかと本気で考えていた」
まあこれからアリシアさんに犯されに行くんですけどね。
アストレアが知ったらどう思うだろう。
実の姉が猟奇的な趣味を持っていることへの嫌悪感、側にいた男がドマゾの被虐野郎で女に犯され縛られ甚振られることで興奮して快楽を得ていることへの失望──ハァッハァッ、アストレアはどんな顔で俺を軽蔑してくれるんだ!?
「ま、何か困ったことがあれば言いなさい。手伝うから」
「ありがとな、アストレア」
「ん」
そして彼女はひらひら手を振りながら中庭に消えて行った。
ふぅ、危なかった。
明らかに怪しまれてたぞ、これまで怪しい行動なんて殆ど取った事ないのに。これで俺に非がなければそんなもんかと誤魔化せているのだが残念ながら俺には非がある。
アリシアさんに呼び出されているのだ。
間違いなく犯されるだろう。
ドマゾだとわかった異性に行うことなんて凌辱か絶縁くらいしかない。そしてアリシアさんが絶縁を言い渡したところで俺には【払暁】があるため意味のない行為となる。
ならば凌辱……!
やはり、これしかない。
「あ、フィンさん。おでかけですか? 今日はカルラさんと一緒にご飯作りますから、夕飯までには帰ってきてくださいね」
マリアンヌママ~。
うんそうする~。
ぼくママのごはんだいすき!
ハッ……!!
あ、あぶねぇっ!
出会い頭の聖女オーラに心を破壊されるところだった。
ドマゾで汚いと自覚している俺に聖女のオーラはいけない! 浄化されちゃうでしょ!
『きも』
久しぶりの言葉がこれ!?
「それが、今日は遅くなるかどうかわからなくてな。さっきカルラに晩飯不要と伝えたところだ」
「えっ……そう、ですか。なら、仕方ありませんね」
ウッ……こ、心が傷付く。
お、俺だってやりたくてそうしてるわけじゃないんだ。
ただ、おそらくドマゾを確信したアリシアさんに凌辱されるから戻ってこれないかもしれないって意味で……!
『人の姉を変態にしないでくれる?』
アストレアッ……!
確かにそれはその通りだ。
だが考えてみてくれ、ドマゾの成人男性が目の前にいたらついつい虐めたくなる……なるんじゃないか?
『きも』
対話拒否とは恐れ入った。
これから現実でこんな扱いをしてもらえると思うと興奮が収まらないな。
「また今度、一緒に作ろう。それじゃあダメか?」
「! い、いえ。それがいいです……」
「ありがとな。いつもそうやって気を遣ってくれて」
「気を遣うなんて、そんな。私の方こそいつも気遣われてばかりですよ」
ふにゃりと笑ったマリアンヌ。
この笑顔、曇らせるわけにはいかん。
アリシアさん……俺は決意したぜ。
例え犯されようが、魂までは屈しないと。
俺はマリアンヌの笑顔を守り抜く。
なぜなら、彼女は聖女だからだ。
俺みたいな汚らしい男にも笑顔を向けてくれる清らかな女性だからだ。守らねば、守らねばならん……!
『私の存在はいいんですか?』
闇のマリアンヌは闇のマリアンヌだろ。
なんか不都合あるか?
『えぇ……』
頭の中に身内女性の人格を宿していることが気持ち悪いのなんてとっくにわかりきっている。でもそれは決して表に出てこないからいいんだ。表に出るようになったら俺を殺してくれ。いいね、マリアンヌ。
「じゃ、俺はいかないとだから。またな」
「ええ、いってらっしゃい」
さて、行くとするか。
断頭台へ。
────
──
────
「はぁ……」
アリシアは一人頭を抱えうずくまっていた。
先日行われた〈深淵の森〉調査において事件が起き、その余波で知るべきではないことを知ってしまったからだ。
ヴァシリですらも即死するような攻撃を放つモンスター。
冒険者で最高の盾役が、一撃防ぐごとに致命傷を受ける魔界。
自分の攻撃で屠れない、ただのモンスターが跋扈している恐ろしき環境。
────よりも、もっと重大な問題。
それは────フィン・デビュラが、壊れていると確信してしまったことだ。
(フィンくん……ずっと、そうなのね……)
彼女は人の感情というものがうっすらとわかる。
考えていることまではわからないが、何を感じているのかはわかるのだ。
人が多くなれば多くなる程それは混沌の渦になるし、同じような感情を抱いている人が多数いる場所ではまるで渦のようになる。
王都に来てから常に浴び続けて来た感情の渦。
その、最も濃い渦の中心にいる男。
世間的な評価は低いが実力者には認められていて、同業者には好かれていないが周囲の女性には好かれている。
それでいて真っすぐで、鈍くて、でも一緒にいると何処か心地よい、隠すのが上手なただの男の子。
アリシアはフィンのことをそう考えていた。
だが──そうじゃないんだとわかった。
(自分のことが、どうでもいいんだ……)
あんな死ぬような思いをして、彼には恐怖が全くなかった。
目に焼き付いた惨劇。
飛来した大槍が腹部を貫通し、最早身体に槍が生えているような状態。
そんな状態でも彼は仲間を守ることだけをずっと考えて、助けられたことを喜んでいた。しかも、あんな状態になって浮かんでいたのは、悦び。
(人を守れたことで、興奮すらしてる。そんなに君は、自分に価値がないと思ってるの?)
フィン・デビュラは自己評価が低い。
だがそれは決して何も感じていないわけじゃない。
彼は人並みに喜怒哀楽があって、青年らしい欲望があって、相応に負の感情も持ち合わせているのだ。
自分が犠牲になって人を助けられて喜んでいる。
そんなのは、まともじゃない。
(勘違いかもしれない。でも……もしこれが勘違いだとすると……)
読み取ったフィンの感情に関しては、ほぼ間違いがない。
これまでの会話である程度、精度を高めていたアリシアは、醸し出されている感情が彼の本音だと悟っている。
(もし……これが勘違いだと……。フィンくんは死ぬような攻撃や痛みを受けたり、口から噴き出たケーキをかけられて喜ぶとんでもない変態になる。流石にそれは考えにくいわ……)
実際、そんな男には見えない。
もしもそれを隠して誤魔化していたのなら、あまりにも演技がうますぎる。
フィンを自己評価が低すぎたが故に自己犠牲を極めた男だと思うか、被虐で快楽を得てしまう特殊性癖の持ち主か。
どちらの可能性が高いと問えば、百人中百人が前者だと答えるだろう。
(…………他の子には言えなくても、ほぼ部外者の私になら言えることくらいはあるでしょ。なんとか少しでも引き出して、楽にしてあげないと……)
近すぎる者ではダメだ。
フラットに、それでいて親身になれる者でなければ。
昔のフィンを知らない、つい最近出会ったばかりの自分だからこそ話を引き出せる。
アリシアはそう思った。
(まったくもう……! 英雄ってのは一癖も二癖もあるんだから……!)
ほんの少しでいい。
あれほど心を壊してしまった青年が、少しでも楽になれれば……。