まず、アリシアは王都二等区にある宿泊施設を確保した。
冒険者ギルドに『機密性の高い商談がある』と伝え都合の良い施設を紹介してもらったのだ。
なお、当たり前だがギルド側は『白金等級冒険者が
そうだとも知らず、特に気にした様子もなく鍵を受け取ったアリシアはフィンと待ち合わせをしていた。
「……出来るだけ穏便に済むと良いのだけれど」
心が壊れた男性をどうすれば癒せるか?
そんなもの、アリシアには全くわからない。
わからないが、愛とすら呼べるほどにフィンに入れ込んでいる女達に任せるよりかはマシだと思った。
フィンが望めば我先に結ばれようとするだろう。
壊れてしまって何もできない男性を介護するためならばそれでもいい。
でも、フィン・デビュラはそうじゃない。
一人の男として自立することを望んでいて、社会の中で相応の立場を得ることを幸福に思っており、なおかつ己の職務に誇りのある男だ。
誰かに飼われるような生活など望んでいない。
僅か一ヶ月程度の付き合いでもそれくらいはわかる。
(理想は、【払暁】に打ち明けてくれることよね)
ベストなのは仲間を信じて打ち明け、立ち止まるなり何なりして心身を十分に休めることだ。もう現時点で立ち止まったらそのまま折れてしまうのなら、いっそのことそれで良いとすら思う。彼は英雄で、〈預言〉を覆した張本人である。
もうこれ以上戦わなくたっていい。
彼を英雄と慕う者はたくさんいるのだから。
(でも……きっと、無理なこと)
それと同時に思う。
フィンが立ち止まれるのならここまで突き進んでくることはなかっただろう、と。
彼には何度でも止まるチャンスがあった。
それでも立ち止まることを良しとせず歩み続けたのだ。
ヴァシリの教えを受け、王都にでて貧しく苦しい生活を味わい、魔王軍幹部に瀕死に追い込まれたのにも関わらず、己を犠牲にしてでも仲間を助け盾役を全うしている。
言葉で止まるわけがない。
(でも、このままじゃいずれ死んでしまう。それが一番最悪よ)
フィンが死ねば何が起きるか、考えたくもない。
【払暁】は機能不全に陥り、アリアも意気消沈し冒険者として活動することは無くなるだろう。
ヴァシリには三千年の実績があるからそれで俯くほどヤワではないと思いたいが、彼女も並々ならぬ感情をフィンに向けている。
ショックであっさり逝ってもおかしくない。
舵取りを間違えない超越者、などと言う二度と現れることのないような存在だ。それが死ぬ、または隠遁し世に出て来なくなればどうなる?
人類国家同士の大々的な戦争が始まる。
初めは一国同士、やがて地方を巻き込んだもの、そして大陸全土にまで広がり、やがては世界へ……
(──いや、たった一人の肩に色々乗っかりすぎでしょ……!)
ヴァシリがやる気を失くす。
これが最も恐ろしい。
〈知識〉を必死に見て蘇生術とか考え出したらいよいよ末期だ。
そうならないようにしなければならない。
フィン・デビュラの闇が爆発しないように気を遣いながら。
(はぁ……重たいわね……)
「アリシアさんか?」
「おっ、……あ、ら。ずいぶんおしゃれしてきたのね」
「そりゃまあ、折角デートに誘ってもらったんだ。それくらいは礼儀だろ」
「で、デート……まあ、間違ってないけど。だとしたら言うことがあるんじゃない?」
「ああ。大人っぽい服、似合ってるぞ」
「うんうん。ありがとね。フィンくんもかっこいいじゃない」
(あー……これは素なんだ……ぶっ壊れてる部分とすごく好青年な部分が両立してるのが厄介なのよねー……)
どストレートに、邪な感情もなく褒められると流石のアリシアであっても照れる。
嘘偽りない本音で言っているとわかるからこそ余計効く。
(ふー……落ち着きなさいアリシア。今日これから、フィンくんが最も触れられたくないであろう場所に触れて暴くの。嫌われるわよ。そんな相手をイイなって思ったってしょうがないでしょ。そもそもフィンくんにはアストレアがいるし……妹が好きな男に惚れて奪おうとする姉なんてありえないわ。まあ、一緒にって言われれば、まあ……? とにかく! 今日はそういうの、ナシ。気をつけなさい!)
「んんっ。じゃあえっと、デートらしいことでもする? ちょうどいい時間だし、昼食くらい済ませましょっか」
「む。確かにいきなりデザートというのも味気ないか」
「ん? いきなりデザ……?」
「──急くまでもないってことだ。……なら、オススメの店がある。一緒にどうだ? アリシアさんも気にいると思う」
(エッ。ふ、普通に誘ってくるんだ。ていうかいきなりデザートってなに? やっぱりヴァシリの弟子だから、変な言い回しするのは似ちゃうのかしら……)
「えっと……私、エルフだから好みにはうるさいわよ?」
「問題ない。野菜がメインの食事がうまいところでな」
「あ、あらそう。じゃあ……お言葉に甘えちゃおうかな」
「了解した、お姫様」
そういってフィンはアリシアの手を握った。
「おっ」
「ん?」
「な、何でもないわよ。おほほ」
「そうか。嫌がられなくてよかった」
(────この子はアストレアの好きな男の子この子は心に傷を負っているこの子のことをどうにか出来るのは私だけ落ち着け落ち着きなさいアリシア巻き込まれたらどうなるかわかっているでしょっっ!!)
アリシアとて、男の理想像くらいは持っている。
自分より強くて、それでいて粗野でなくて、それでいて清潔で、引っ張ってくれるような男だといいなぁと思ったことがある。エルフの男は線が細く、己はハイエルフの姫であるためそういった男に出会う機会はほとんどない。
人間社会に出てもそういった男に出会うことは中々できず、このまま生涯独り身なのかしらと悲しくなってきた頃合いだった。
(フゥー……! いいこと、アリシア。これは冗談でも何でもなく世界の危機。フィンくんの心は、みんなが思ってるよりずっと壊れてる。こうやって好青年のように振る舞える事と、彼が己に価値を抱けず自己犠牲してでも仲間を助けようとするのは、両立するの。騙されちゃいけないわ。彼は、本当の自分を仮面の下に隠してる……!)
アリシアはそれを暴くことを目的としているのではない。
彼の、好青年な一面に隠されている壊れた部分を知り、少しでも癒せる方法を探したいのだ。
この振る舞いが計算されているものだとは思わない。
これは、フィン・デビュラが持つ魅力的な一面であり、それ以上でもそれ以下でもないのだ。それを好ましく思いながらも、素敵な部分だけに頼り切るのは感情を悟ってしまう能力を持っているアリシアからすれば我慢ならない行為だった。
知ってしまった以上、どうにかしなきゃいけない。
彼女もまた、勇者と共に世界を救う旅に参加するエルフである。
清く、他人のために動くことが出来る心の持ち主なのだ。
(確かに、フィンくんは素敵な男の子だけどね。倍率は高いし、身内が懸想してるし、ヴァシリやアリアもいるし……今更私みたいな行き遅れがホイホイ乗り込むような子じゃない。いい年してるんだから、そこは弁えなきゃね)
「……フィンくん」
「なんだ?」
「あのね? 私これでも、エルフの中じゃ行き遅れの方なのよ。言うなれば、おばさんってやつ。あんまりお姫様扱いとかされると、恥ずかしくて死んじゃうから……」
「……? エルフなんてどこにもいない、気にするな」
「気になるのっ! 気持ちは嬉しいけど、あくまで仲間として、ね? お願いっ!」
「まあ、アリシアさんがそう言うなら……」
(よしっセーフ! これで言い訳できる! フィンくんにも「自分からおばさんって言った」と証言して貰えれば色目使ってるわけじゃないと言えるわ! ごめんねフィンくん! 本当は結構嬉しいの!)
ただし、清い心を持っているからと言って、全ての重荷を背負えるわけではない。
妹すら巻き込まれている渦の中に参加する気は毛頭なかった。
(これで言い訳もできる。これから向かう先は密談もできるし、仮に見られても問題ない。修羅場は訪れない。あとは、私がフィンくんに堕とされないように慎重に心を覗くだけ……待っててねフィンくん。私が君の心を、少しでも癒してあげるから……!)
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「あはっ♡ なんかデートしてる〜?」
「今のは……アリシア様と、フィン殿?」
「完全にお忍びだよねぇ〜? アストレア姉さんは知ってるのかなぁ♡」
「いけませんよ、アリーシャ様。アリシア様はともかく、フィン殿の邪魔になります」
「えぇ〜? それくらいきっと許してくれるよ。だってお兄さん優しいもん。そ・れ・に〜……グリセルダも、気になるんじゃない?」
「それは……まあ、はい。気になります」
「それじゃあ、どうする?」
「はぁ……買った物置いてくるので、コッソリお願いします。行き先はメモで届けてください」
「は〜い♡ あーあ、側仕えが周りを離れちゃいけないんだ〜♡」
「…………フィン殿に言いつけて叱ってもらおうかな」
「あっ、ごめんなさい。調子に乗っちゃった」
「許します。では、よろしく頼みますね」
「行ってらっしゃ〜い」