「そ、れ、で〜……なんでこんなところに、二人きりで、五時間も居たの~?」
アリーシャがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら放った問いに、アリシアはどう答えるか決めあぐねていた。
アリシアとしては全て何とか誤魔化したい。
絶対にバレてはいけない防衛すべき目標はフィンの性癖。
マゾヒストで会話の最中でも常に興奮している事実だけは何としてでも秘匿しなければならない。
今更フィンがマゾヒストなんだとカミングアウトしたところで周りの女性は別に離れていかないし、寧ろ一歩前進できると喜ぶような気がするが、これでダメージが入るのはヴァシリやアリアだ。幼い頃にやらかしたことが原因でフィンが狂ったと理解すれば、彼女らとて平常心ではいられないだろう。
次に大事なのはフィンの精神状態。
自己評価が低く、己を犠牲にしてでも周りを助けられたことを喜んでしまう歪さ。本心から自分がどうなろうが気にしていないし、死ななければ何でもいいとすら思っている。これが周囲に露見すれば、戦うことをやめろと願うだろう。
実際、アリシアも、止めるべきかと思った。
だがそれ以上に好き好んでやっているとか気持ちよくてしょうがないとか言われてそういう段階ではないんだなと悟り、止める道を選ばなかった。
つまり、フィンの精神状態を知られれば、全てが露見してしまう。
この二つは絶対に隠し通さねばならない。
(かといって、私とフィンくんが、その……そういう関係だって思われてもまずいのよね……)
ではどう誤魔化すか。
ここで『実は私達デキてたのよ〜』と言えればそれでおしまいだったのだが、そんなことを口にした瞬間王都は崩壊する。
妹にも恨まれる。
流石に全てを犠牲になることを理解している以上、そのような手を取ることもできない。
(どうしましょ……あれ? もしかして、詰んでる……?)
冷や汗が流れ落ちる。
アリーシャが五時間と発言したこと。
出てくる瞬間、偶然扉の前に来たとは考え難い。
つまり、彼女はずっとこの家を見ていたのだ。
「…………アリーシャ、いつからここを見てたの?」
「え〜? 普通に、最初から?」
「そう……そっか……そうなのね……」
終わった。
最初から場所を特定していたのならば、エルフのアリーシャが室内の様子を探ることなど容易い。自分たちの会話を聞くことなど、呼吸をするのと同じくらい簡単にできる。
これはアリーシャの攻撃だ。
意地の悪い笑みを浮かべ、わかりきってる答えを聞き、慌てふためきどうにか誤魔化そうとするフィンとアリシアを見て嘲笑うつもりなのだ。
なんて悪辣。
なんて醜悪。
妹は、ここまで歪んでしまったのか。
(…………ここで、口封じをする? 無理ね。黙らせる理由なんてないもの……)
ふぅ、とアリシアはため息を吐いた。
事ここに至っては、どうすることもできない。
受け入れるしかないだろう。
すぐにでも拡散するかもしれない。
でも、それでも、ここは妹を信じるしかないと思った。
(頼むから、どれだけのリスクがあるか、考えてちょうだいね……!)
「あのねアリーシャ。実は──」
「──アリーシャ。俺達が何をやっていたのかわかってるのか?」
諦めたアリシアの言葉を遮るようにフィンが口を開く。
驚いたアリシアはフィンのことを見つめる。
それに対しフィンは特に反応することもなく、じっとアリーシャのことを見ていた。
「んふふ。どっちでしょ〜?」
「どっちでも構わないが、アリーシャならそんなことはしないだろうと思ってる」
「え〜? なんでそう思うの〜?」
煽るような言い方に、苛立つこともなくフィンは答える。
「王都内で魔術を使ってることが露見すれば普通にギルドの責任問題になるからな。人間社会で生活して長いアストレアならともかく、真面目なアリーシャがそんなことをするわけがない」
「……♡ んも〜、お兄さん私のこと好きすぎ♡ 変態♡」
「何度も教えてるんだ。俺の言ったことをすぐに破るような、不真面目な子じゃない」
「きゃはっ♡ 正解〜♡ 王都で魔術なんて使うわけないじゃん♡ 里に追い返されたくないもん」
(あっどっちも悦んでる……)
馴染みの受付嬢ことセリナやグリセルダ、そしてフィンによって冒険者としての教育を受けているアリーシャは、元々ハイエルフの姫として英才教育を受けてきたこともあり非常に飲み込みが早かった。
形式上とはいえ、里で防人をしていたのだ。
そういった組織運営の上でやってはいけない事に対する理解はあり、人間社会が目まぐるしく変わるものだと知っているため柔軟な思考を持ち合わせている。
「まったくも~。アリシア姉さん、全然私のこと信じてくれないんだ~。ひっどーい」
「……本当に、何もしてないのね?」
「そんなことするわけないじゃんね。そー思うよね、お兄さん?」
「アリシアさん。信じていい」
「……わかった。信じるわよ、アリーシャ」
はぁ、とアリシアは肩を落とす。
視野狭窄に陥っていたことを自覚したからだ。
誰にも漏らせない秘密を抱えることになってしまったとは言え、それがここまで目を曇らせることになるとは思っていなかった。
妹のことを疑ったのも、明らかに普段とは違う思考だった。
(こんなんじゃダメね。フィンくんにも、役に立たないって思われてないかしら……)
「それでアリーシャ。今日のことだが……」
「うんうん。何してたの?」
「絶対に誰にも他言しないと誓えるか?」
「えへっ、どうしようかな~♡ 本当はえっちなことしててぇ、それを隠すために嘘つくかもしれないじゃん? そしたら私ぃ、ショックだな~♡」
会話の主導権はアリーシャにある。
アリシアはここで自分が口を挟むのは悪手だと思った。
いや、正確には、冷静さを欠いた自分が相手をして全てを終わらせてしまうより、フィンに委ねた方がいいと思ったのだ。
(──……フィンくん、こういう時もすっごく冷静なのよね。本当に精神的に強いっていうか。追い込まれた状況でも、常に最適解を探す能力が高すぎるわ。あっ興奮した。落ち着いた……なんでこれで普通でいられるのかしら……)
「そうだな。逆に聞きたいんだが、仮に俺とアリシアさんがえっちなことをしてて何の問題がある?」
(エッ開き直った!?)
「うーん……色々問題があると思うけど、一番は姉さんが抜け駆けしたって思われたらまずいんじゃない? アストレア姉さん、怒るよ?」
「アストレアが? まあ、姉と肉体関係にあるパーティーメンバーとか気まずいか……」
「うーん、まあそれでいいや♡ アリシア姉さん、変なことしてないよね?」
「してないしてない! 何もしてない! 誓うわ!」
コクコクとアリシアが頷く。
その様子を見て、なんとなくの事情をアリーシャも悟った。
(やっぱり、えっちなことしてた雰囲気じゃない気がするなぁ……距離感も変わってなさそうだし、でも、二人で同じ家に閉じこもって五時間も過ごすって、何してたんだろ?)
半月近く過ごして彼女なりに情報を集めた結果、現在の【星天】と【払暁】はフィンを中心にドロドロとした戦いが繰り広げられていることがわかっている。
幸いなことに切り捨てられることがなかったアリーシャは恩を仇で返すつもりもなく、大人しくしているつもりだ。
今回の件も見て見ぬふりをしなかったのは、「これが原因で大事に発展するのは嫌だな~」という考えの元。姉同士の殺し合いなんて見たくないし、ようやく里から正式な形で出てこれたのに王都が激荒れすれば戻ることを選ばざるを得なくなる。
それに加えて、アリーシャから見ても二つのパーティーに所属しているメンバーは化け物揃いだ。
戦いになればあっさり殺される可能性すらある。
それを考慮すれば、極力争いが起こらないことを願うことは当然のことだった。
(どう考えてもえっちなことしてたと思うんだけど……)
「何してたか、聞かない方がいい?」
「あまり知られたくない話ではある。だが……ここまで来たらアリーシャも巻き込んだ方がいいような気がするな」
「ちょっ……と待ってフィンくん。ごめんアリーシャ、少し時間ちょうだい」
「うん、いいよ~」
ガッ。
肩を掴んだアリシアが、フィンを連れて部屋の外へ出て行った。
『ちょっとフィンくん! アリーシャはダメ! 巻き込んじゃだめ!』
『なんでだ? 俺から見てアリーシャは十分信用できるが』
『かわいそうでしょ! あんなこと知ったらアリーシャが歪んじゃうじゃない!』
『そんなことはない。俺はアリーシャがあのままでいてくれると信じてる』
『そうでしょうねええええぇ!! 私が許さないから!』
『ははっ、代わりにアリシアさんがやってくれるか?』
『やんないわよっ! もおおっ!!』
(……仲は良くなってるんだ~。ますますわかんないかも? ていうか、姉さんこんなテンションで話すんだ。初めて聞いたなぁ)
扉越しに聞こえている会話は駄々洩れなのだが、二人はそんなことも気にせず、三十秒ほど話し合った後に戻って来た。
「えー……結果として、話せないという結論になった。すまん、アリーシャ」
「全部聞こえてたよ♡ まあでも、私の為を想ってっていうのは伝わったし~? 大事にしてくれてるんだなって思えたから、いいよ」
「アリーシャ……」
アリシアは涙ぐんだ。
詰んだ状況でこれから人生どうしようと絶望していた状況で、妹が思わぬ成長をしていたことを知れたからだ。それ以上にこれで世界が救われたと安堵したのもある。というかそれが大きかった。
「でもでも、何かあったら真っ先に教えてよ。蚊帳の外は寂しいし~、他の人達よりは冷静でいられるよ?」
「それは…………そうね……」
エルフの姉妹は同じ人物を思い浮かべた。
「なんだか姉さんもえっちなことしてたって気分じゃなさそうだもん。これ以上は追及しないけど……本当に、何の問題もないんだよね?」
「ああ、問題ない。寧ろ、誰彼構わず知られる方がよくない」
「……そっか。お兄さんがそういうなら、信じるよ」
アリーシャはそう言って微笑む。
それを見て、アリシアは涙を流した。
(良かった……。私のせいで世界が終わらなくて、本当に……!)
「……でもなんか姉さんと仲良くなってるよね。それはなんでかな~♡」
「そりゃあ、俺がアリシアさんのことを好きだからだぞ」
「は!?」
「わーお。お兄さんったら大胆♡ 女たらし♡ 変態さん♡」
「もちろんアリーシャのこともアストレアのことも好きだ。仲良くしような」
「……あ、うん。姉さん、この人どうにかしてね」
「無理よぉ……」