「女か?」
「女でしょうね」
フィンとアリシアがデート(笑)に向かった頃、【払暁】の三人はリビングで顔を突き合わせ話し合いを行なっていた。
議題はお洒落して用事をはぐらかして姿を消したフィンについて。
あんな格好で街の外から出ていくわけがないので王都の中で用事があるのだろうが、只事ではないと悟っていた。
カルラとアストレアの二人は、女だと断定。
別に付き合ってもいないし好きとも伝えていないのだからフィンがどんな相手と遊んでいようが文句を言う権利はないのだが、いつもの『ぽっと出に取られるのは許せない』という感情が彼女らの手を取り合わせていた。
「いつもは身体の大きさもあり簡素な衣服で済ませているフィンがあれほどの格好をするのは、女としか思えなかったが……アストレアもそう思うか」
「ええ。間違いないわ。どうする?」
「うむ……」
正直なことを言えば、カルラはショックだった。
これまでフィンにはそれなりにアピールしてきたつもりである。
部屋の中に押し入ってそれとなく身体に触ったり、女の武器をチラつかせたり、何なら一緒に風呂に入るのはよくあることだ。フィンが女体に興味を持っていないとは思っていない。風呂に入った際、視線が時折自分の胸に向けられていることはわかっている。
カルラ、アストレア、マリアンヌの三人がフィンのことを狙っていた三竦み。
距離感ではマリアンヌが、身体ではカルラがリードしている状況はヴァシリやアリアの登場で崩れ落ち、何なら殿下らが参戦したことでどうなるか読めなくなった。
ただ、フィンは【払暁】を大事にしており、幼馴染に同棲を求められても、師匠に勧誘されても断った。
その事実があったので、カルラはやはり本命は我ら三人の誰かかと思っていた。
その中で最も進んだ関係は誰か?
アストレアか?
マリアンヌか?
否、自分だ。
理由は単純。
共に風呂に入る、などという不埒な行為をしているのは自分だけだから。
故郷ではそういうものだった。
嘘ではない。
ただし、それはあくまで民の話。
姫がそんなことをするわけもない。
カルラの場合剣士であり、戦士であり、ただの姫としての扱いを受けていなかったから経験があっただけ。幼き頃からそうであった為抵抗はなかったが、好いた男と共に風呂に入ったことなどないためかなり緊張していたのは記憶に新しい。
ついじっくり身体と、まあ、隠されていないフィンのフィンフィンを見つめていたのは悟られていないと信じている。
代わりにフィンも風呂ということで顔が真っ赤になっているカルラに気がつきもせず乳房を眺めていたのだからおあいこだ。
それほどまでに身を切り距離を詰めようとしていたカルラ。
間違いなく、フィンに懸想している面々の中で最も肉体的な距離が近いと自負していた彼女は此度の件でショックを受けていたのだった。
(やはり、夜這いを仕掛けなかったのがよくなかったか……? いや! 女子が夜這いなど、そのようなはしたない事できるわけがない。フィンのことだ。強引に迫っても、やんわりと断られるだろう。あやつは、紳士が故に)
フィンの忍耐力は常人のものとは比べ物にならない。
たとえカルラが全裸で迫ったとて、そのようなことはしてはいけないと諭されて終わる。女として見られていないわけではないが、カルラの女を味わうようなことはしてこない。
(…………そのような有様だから、選ばれないのかもな)
フィンの好みはおそらくだが、ヴァシリのような人物だろうと思っている。
乳が大きく、髪が長く、それでいて年上美人。
あれだけ身が固く見えるフィンであるが、おそらく欲望は相応にあるはず。共に風呂に入っているカルラだからこそわかる。フィンは、確かに女体が好きで、興味があると。
その上で抑えているのだろうとカルラは考えていた。
自分たち三人の見た目は控えめに言って整っているし、全員が注目を浴びている。
そんな中、一人だけいる盾役の男。失敗をしていないのに日頃から陰口を言われ蔑まれているのだ。【払暁】としてもフィンの名誉を何とかしたいと思いながら、何を言っても改善できない現実を歯痒く思っていた。
フィンが隙を作るようなことをしなかったのは、全て自分達の所為。
我慢に我慢を重ねていることはわかっている。
ただ、それをしてもいいんだと言えば、フィンが余計周囲から距離を取られるのは間違いない。まああんまりド派手に遊ばれるとこちらもいい気はしないので、やはり言うべきではない。自分の男でもないのにこんなことを考えてしまうことがよくないのだと思いながら、カルラはそれを止められなかった。
なぜならば──塚本迦楼羅は、フィン・デビュラのことを愛しているから。
愛している。
抱いてほしい。
だが、そんなことは言えない。
【払暁】として活動していくことがフィンの望みなのだから、それを崩すつもりはなかった。
それにカルラ自身も【払暁】への愛着がある。
五年もの歳月で幾度となく死戦を掻い潜ってきた。
最低以下のところから始まった四人は、今では最高のパーティーになっているのだ。それを捨ててでもフィンと共に生きたいかと言われると、即答はできない。
見知らぬ女には釣られないでほしい。
好きにしてほしいけど、できれば他の女を見ないでほしい。
許されるのならば、自分だけを見てほしい。でも、そうなっては欲しくない。今はまだ、この場所が心地いい。
だから────そう、フィンが女との逢引きに行ったという事実に直面して、憤るでもなく、ただ純粋にショックだった。
(…………それが、そなたの選択ならば……私は、祝福するぞ)
フィンのことを愛している。
だからこそ、フィンの選択の邪魔は、できるだけしたくない。
ぽっと出の女に奪われることなど許せない。
もし相手に悪意があったり、玉の輿を狙っているような女ならば恨まれてでも排除する。
だが、もしもフィンと相手が、心から想いあって結ばれるのならば──カルラは、身を引く決意がある。
(…………はは。寝てもいない男を、寝取られた、か。マリアンヌのこともバカにできんな)
「……はぁ。寂しいな」
「はぁ? 何言ってんのよ。別にあんたが捨てられたわけでもあるまいし」
「捨てられたようなものだろう、これは。悪女が相手ならばそれは何とでもなる。だがな、フィンが変な女を選ぶと思うか?」
それを聞き、アストレアは苦い顔をした。
「フィンの選ぶ女だ。おそらく器量もよく、それでいて心優しく、だが芯の強い女子であろう。そのような相手と愛し合っているとなれば、最早我らに付け入る隙はない。いずれ冒険者稼業から身を引くとき、我らは不要となる。それを、寂しいと言ったのだ」
「……? なんで? 普通に私達も参加すればいいじゃない」
「……そういえばエルフの倫理観は崩壊してるんだったな」
「失礼ね。別に私はあんたたちと一緒に抱かれることに抵抗ないけど」
「それは……それで、どうなんだ?」
「英雄ってのはそういうもんよ。フィンの子供抱きたくないの?」
「抱きたいが」
即答だった。
「なら、それが答えでしょ。あんたは難しく考えすぎなの。奪われるのは許容できない。じゃあ共有すればいいじゃない。他のはどうでもいいけど、あんた達の子孫くらい見守ってやるわよ」
「…………そなた、本当にアストレアか? ずいぶん心が広くなったものだ」
「……ほんっとうに失礼ね……」
「五年前のそなたが見れば唾棄するようなことを平然と言っているからな。しかし、そうか。共有……」
実際、その考えがなかったわけではない。
カルラとて戦国乱世の姫である。
正妻、側室、妾といった存在に理解があった。
その上で、できれば自分だけ選んでほしいし、おそらくフィンならばそんなことはしないだろうと思っていただけである。
冒険者ともなれば荒くれ者が多く、学もないまま成り上がった者が財力に物を言わせて下衆な女遊びをすることなど日常茶飯事だ。
もし、フィンがそんなことをしたいと願ってきたら……
(…………いっそ、悪くはないか? 確かに、奪われるくらいならば……)
「悪くないって顔ね」
「うぐっ……あまりにも乱れた行為は嫌だ。だが、それくらいならば……うむ、私も許そう」
「ま、奪おうとしてくる女だったら許さないけどね」
「それは当然だ。……して、こいつはどうする。死んでるぞ」
心の整理が出来たカルラは、机に突っ伏して動かないマリアンヌの頭をツンツン突いた。
これまでの会話に一度も参加してこなかったのは単純、撃沈していたのだ。
「完全にダメね。あんた達、ショック受けすぎでしょ」
「いや、お前にだけは言われたくないが……」
「へぇ、じゃあカルラは実の姉妹が同じ男を好きになっても平気でいられるんだ」
「……………………」
光のない瞳でそういったアストレア。
カルラは藪蛇を突いたと後悔したのと同時に、それは本当に哀れだと思った。
「ふ、ふふ……血の繋がった姉妹に、フィンが庇って惚れたエルフ。まだまだ腐るほどいるんでしょうね、フィンのことだもの。あは、エルフってば本当にどうしようもない種族なんだから。私が先に見つけたのよ。私だけの英雄なのに……どいつもこいつも横入りして……許せない…………」
(……南無。そなたも苦労しているのだな……)
なお、順番で言えばヴァシリとアリアが最優先されるのだがそれは考慮していない。
付き合った密度はこちらの方が上だという理論を構築していた。
「おおい、マリアンヌ。戻ってこぬか。もうフィンを独占するのは諦めろ。そもそも、そなたは自分のものだとか漏らしていた辺り驕りすぎなのだ。あれだけいい男が放っておかれるはずもあるまい。それに、幼馴染の誘いですら断っているのだぞ。しかも勇者の誘いを。我らが一人で独占できるような男ではなかったのだ、初めからな」
「──ぬあんですかぁっ! もういいんですぅっ! 私は捨てられたんだぁっっ!! うえええええん!!!」
ガバっと身を起こしたマリアンヌは、泣きながら絶叫する。
そのあまりの気迫にカルラは苦笑した。
「あれもこれもぉ、女がいたなら納得できますっ! ヴァシリさんやアリアンロッドさんの誘いを断ったのは全部そのためだったんだぁっ! フィンさあああああんっ! やだよぉ〜、捨てないでよ〜〜!」
「まあまあ、良いではないか。いっそのこともう全員纏めて抱いてもらおう。それしかないぞ」
「い、いやああぁあっ! フィンさんはそんなことしないもん! 一人だけを愛するに決まってますから!」
孤児院出身でエスペランサ教の聖女であるマリアンヌは、そこそこ清い価値観を持っている。
性女と言われるようなことをする卑しさと、聖女らしい清廉さは同居するのだ。
「フィンさんは、フィンさんはぁ〜……! ううっ、ぐすっ、何でぇ、どうして私を捨てるんですかぁ……! 一緒に生きて行こうっていってくれたのにぃ……!」
「やっぱりエルフはだめね。里の中に全員押し込めてやろうかしら。今更出てきたところで遅いのよ、絶対に仲間になんかしてやらないわ……姉さんなんかが一番怪しいのよね。興味ないですよってフリして、寝首を掻くようなことをしかねない…………油断大敵……アリーシャは生意気だけど、そこがフィンにとって面白いと思われるかもしれない。ああ、グリセルダ。あいつも油断ならないわね……」
(…………フィン。すまないが、できれば早く帰ってきてくれないか? それでもって、別に何でもなかったという結果も欲しい。頼む。どうか、女と遊んでいたりしないでくれ……)
酒も飲んでないのに泥酔したかのように暴れるマリアンヌと、ぶつぶつ呟きながら何かを考えているアストレア。
気落ちしていた自分がマシだったと思える惨状にため息を吐き、祈った。