困った。
俺は今、とても困っている。
ギルドでクエストを受け、準備のために解散し買い出しをしている最中。見知らぬエルフに絡まれ路地裏に連行され、そのまま罵詈雑言を浴びせられている。
ほんとうにこまった。
人格否定に差別。
極めて一般的なエルフのフルコースが見舞われているが、俺は本当に困っていた。
こんなの……
こんなの、耐えられない!
気持ちよくなっちゃうだろ……!!
「──まったく、お前のような薄汚い人間の雄がどうしてアストレア様の近くにいる? とっとと失せろ、ゴミが」
は、はひィッ!
吊り目で弓使いのエルフの罵倒……たまらんッ!
「本当なら下賤な男が謁見できる方ではないのですから、今すぐ消えてください。……いえ、人間の雄如き、この場で殺してあげましょうか?」
おふっ!!
ポニテ魔術師エルフの強気宣言!!
俺をゴミのように見ている目に完全に見下している宣言ッ最高! もっと言って!
「やれやれ……言い過ぎだ二人とも。でもね、わかってくれるかい? あのお方は我らエルフにとって尊き人なんだ。本来ならエルフの中でも選ばれた者しか側仕え出来ないのに、君のような低俗な雄が近くにいるとね……品位が下がる。あの方が、汚れるんだ」
ウヒョオオオオオオッ男装麗人エルフの息が!!
……うーん、森の匂いしかしない。
全然興奮しないねそれは、チェンジで。
──はっ……!!
今口伸ばしたらキス出来たりするんじゃね?
事故からのキスだったらみんな許してくれるか……?
『それは事故ではなく故意です』
やはりそうですよね、闇のマリアンヌ。
俺はそんなことしませんが、もしかしたら相手が足を滑らせてキス、または接吻になってしまうかもしれませんがその場合は許してくれますか?
『許しません』
そっか……。
「おい、話を聞いているのか? まさか、言葉も通じぬ下等な生き物だとはな」
「やはり人間……この場で殺し、アストレア様を連れ帰りましょう。そのためにわざわざ私達はこんな臭いところまで来たのですから」
「まったく……二人とも、そんなことではあのお方に嫌われてしまうよ? 何せアストレア様の仲間は【紅蓮の剣聖】に【聖撃の聖女】、人間の中では見どころのある二人だ。この男はともかく、人間そのものへの考えは取り繕わないと」
おお、いいこと言うじゃねーか男装エルフ。
サラッと俺のことを貶してるのも好感度が高い。
人間単位でバカにされるより、個人でバカにされる方が愛を感じるから俺は好きだ。人となりをしっかり理解した上での罵倒は逃げ道を塞がれ受け入れる他ないのでお気に入りでもある。
昔はアストレアもそういうこと言ってくれたんだけどなぁ。
気がついたら全然言わなくなっていた。
……冷静に考えてパーティーメンバーに罵倒されて喜んでるのってかなり気持ち悪くないか?
良かった、本性見せてなくて。
しかし、この男装エルフ──おっぱいが大きい……!
弓使いエルフと魔術師エルフが標準的エルフだと言うのにこいつは違う!
アストレアにも匹敵する……いや、これはカルラにも匹敵するか!?
!!!!!?!?!?
ま……まずい!
距離が近いから胸板に当たりそうになっている!!
鎧があるからなんとでも誤魔化せるが、流石に頭の中までは誤魔化せない! 性欲と性癖、そして童貞なのが合わさり常に欲望を垂れ流す最悪の人間になってしまう!
それはいけない。
俺は理性あるドマゾ、ところ構わず発情する男ではない。
極めて紳士的であれと躾けられた幼少期を思い出せ!
食事の仕方が下手くそで叩かれ、気持ちよくなる。
挨拶の仕方が下手くそで叩かれ、気持ちよくなる。
女性への接し方が下手くそで叩かれ、気持ちよくなる。
まずい……思い出すべきではなかった……思い出し快楽が……!
「チッ……やれやれ。どうなんだい? 今すぐに消えてくれるかな? それとも──わからせないといけない?」
わっ、わわわからせ!?
そんな……!
男装麗人エルフが『君は本当に下賤で気持ち悪いね』と言いながらボコボコにしてくれるのか……!? 全裸に剥かれた俺を見て『フッ』と鼻で笑いヒールの爪先で蹴り飛ばして泣き叫ぶ俺を見下して嘲笑ってくれるのか!?
ご褒美だろ、そんなの……!
「いえ、ここは私が。アストレア様の偉大なお力に寄生し成り上がったクズです。ここは、風の力で消し去ることこそが良いかと」
か、風だと!?
アストレアが俺に風を当ててきた時はザックリ裂かれたが、まさか、あれと同じように甚振ってくれるのか……? 手足から少しずつ削られていって、ついに顔や胴体を風で切り裂かれ泣き喚き命乞いをする俺を見て『下等生物が、醜い』と言いながら容赦なく追撃をしてくる魔術師エルフ……くぅっ、捨て難い……!
「必要ない。我が弓で射殺す」
大本命、吊り目エルフッ!
こいつは間違いなく俺好みのサディストだ。まず弓使いってのがもうサディスト。敵の視界外からの不意打ち、射程の外から一方的な攻撃をするって言うのがもうサドだよ。しかもそれに麻痺毒とか塗るんだぜ?
麻痺毒を塗られ動けなくなった俺を的に見立てて、ジワジワ嬲るように続けられる射的。
腕や足に当たった時は『うむ、的はあれくらいがちょうど良い』と言いながら放たれた弓が俺の胸を貫く。ジンワリと広がる痛みでは治らず、死ぬ俺に対してまるで親の仇かのように何度も何度も矢が放たれ、俺は矢が全身に突き刺さって死ぬのだ。
やばい、興奮してきた……!
ねぇッ、ねぇマリアンヌ俺はどうすればいい!?
こんな贅沢な選択肢、どれを選べば良いんだ!?
高級料亭のフルコース、一流シェフのスペシャリテみたいなもんだ! 選べねぇ、選べねぇよこんなの……!
『死んでください』
マリアンヌはそんなこと言わない!!!!
「──もういいか。殺して、アストレア様を連れ戻そう」
「そうしましょう。仲間の二人は?」
「なに、そちらも連行すればいい。所詮は人間、我らエルフに逆らうわけもないだろうしな」
あ、もうやる感じ?
じゃあここからはガチなんで、こっちも切り替えるよ。
さっきまでのは趣味なんで。
せっかく美人エルフ三人に罵倒してもらえるのに逃す理由がないし。
速攻で終わらせて帰ってもらう。
これはお前らの為でもあるんだぜ。
いや本当に。
だってこんな場面、アストレアに見られたら────
「…………なにしてんの?」
あっ……。
「あっ、アストレア様! お会いできて光栄です! 今処分いたしますので、共に里に帰りましょう!」
「誰よあんた。何を処分するって?」
「無論、この男です!」
「へぇ? ──殺す」
「……え」
────風が吹く。
それはほんの一瞬の出来事。
突風ですらない、そよ風のような感触が過ぎた。
それがエルフの命を刈り取るより先に、俺は男装エルフを抱き寄せる。当然、そんなことをすれば風は俺を薙ぎ哀れな肉塊へ変貌させるだろうが、アストレアはそんなヘマはしない。
「ちょっと。危ないじゃない」
風が頬を撫でつける。
だがそれは決して鋭さなどない、柔らかく包み込んでくれるような温かい風だ。
「やりすぎだ。俺は別に何もされちゃいないぞ」
アストレアはツンデレばあばなのだが、同族に対してはかなり厳しい。
いやもう本当、冗談抜きで。
パーティーを組んで以来、何度も同じような目に遭っているがその度に苛烈な処分がエルフ達に下っている。
いや、最初の方は別に何ともなかったんだよ。
こういう風に言って来るエルフに対して「みっともないからやめて」とか「人の法に従いなさい」とか言って後から俺にコッソリ謝って来るって感じで。
ただ、なぁ。
三年前に俺が全身ぐちゃぐちゃになることがあったんだがそれ以降、アストレアは全く容赦しなくなった。
それまで口で注意していたのを速攻で手が出るようになった。
具体的には風の刃でエルフの腕斬り落としたり脚落としたり暴風で地面に埋め込んだりとやりたい放題。
俺としては見た目の美しいエルフがありとあらゆる罵倒を浴びせてくるのは非常に嬉しいイベントだったのでアストレアにより鳴りを潜めていたのが残念だった。今日久しぶりに遭遇してめっちゃテンション上がった。
だってなんにも悪いことしてないのに罵倒されるとか最高じゃん。
俺は一切周りに怒られることも疑われることもなくただひたすら悪口を言われ続け耐えているだけで気持ち良くなれてしまう合法麻薬。そういうお店に行っても得られるかはわからない貴重な体験なので堪能させてもらいました。
もちろんアストレアの行為は王都の条例では犯罪行為に当たるが、そこは流石にハイエルフ。
エルフという魔術行使に長けた種族の姫という立場を存分に使い『エルフによる人間に対するなんらかの差別行為に対する絶対的な逮捕権』とやらを貰ったそうだ。
詳細は知らん。
とにかくそれをアストレアが得てからというもの、彼女の手により一瞬でボコボコにされ鎮圧されたエルフが即座に強制送還されるようになり俺に絡んでくるエルフはほとんどいなくなった。
そういう事情もあって久しぶりにエルフ仕込みの罵詈雑言に浸っていたのだが、これは俺がゆっくりしすぎたかな。
男装エルフは腕の中で震えている。
まあ当然か。
エルフは皆、風を読める。
それはつまり風の動きがわかるということで、アストレアがなんの躊躇もなく自分の命を獲りに来たことに気が付いたんだろう。
「なっ……なにをなさるので!? アストレア様、我らは敵ではありません!」
「そ、そうです! 忘れてしまったのですか!? 私は幼き頃傍仕えをしていた」
「────黙れ」
【ハイエルフ】の声がエルフを縛り付ける。
特別命令権があるわけでもない。
ただ単純に、アストレアが圧倒的なまでに格上である。
ただそれだけの事実がエルフ達の口を閉ざし、身動きを封じた。
「覚えてるわよ。グリセルダにファイン、ローズ。あんたら三人ともくだらない女になったわね」
「どうせクソ叔父にでも唆されたんでしょ? 里が至上だ、エルフが至高だとか言い続けるバカな男。私を花嫁にするから連れて帰ってこいとでも言われたのかしらね」
「今の私にとってエルフなんてどうでもいいから。わかったらとっとと消えて」
「なあアストレア、助けてくれたのは嬉しいんだが……やりすぎじゃないか?」
夕方、馬車で移動中にアストレアに話しかける。
元々クエスト前の買い出しの最中に帰ってこないことを不審に思った彼女が見に来てくれたのだが、もう少しで路地裏が赤で染まる所だった。
「いいのよあんくらいで。大体エルフってのはね、バカみたいに傲慢で他種族のこと見下して自分達こそが女神の寵愛を受けるに相応しいって思ってんの。ああやって追い払ったけど『我らは正しいことをしている』ってなんの反省もしてないわよ?」
「エルフのことはそれなりに知ってる。少なくともさっきのエルフ達は謝ってくれたぞ」
抱きかかえて助けた男装巨乳ことグリセルダは別れ際「本当に助かった、礼を言う。もし里に来ることがあれば歓迎するから絶対に家に来てくれ」って言ってくれたし。
これまでのエルフ達と違ったなぁ。
罵倒は嬉しいが感謝も素直に嬉しい。
俺はドマゾなだけの一般人を自負しているので、美人で巨乳のエルフがぎゅっと手を握ってくれたらそれだけでドキッとしちゃう。
「ふーん……」
「……でもまあ、助けてくれてありがとな。嬉しかったよ」
出来ればあの態度を俺にもやってくれると嬉しいんだけど。
しかし叶わないッ……
あの頃の尖ってたアストレアカムバック……
今のアストレアも好きだが、二度と味わえない辛辣も貴重なのだッ……
「…………大したことじゃないわ。あんたがこれまでやってきたことに比べればね」
「はは、それこそまさか。俺は大したことをやった覚えはないよ」
ハイエルフの王女様に評価される様な事をした覚えなんて一度もない。
いつも俺がボコられてる間に問題解決してたしな。
うそっ、俺ってもしかして自分の趣味を満たしてるだけで何の役にも立ってない……!?
「…………そう。あんたがそう思ってるなら、今はいいわ」
「え、怖い。なんだよばあば、ちゃんと言ってくれないと」
「ばあばじゃない!!」
(相変わらず自己評価が終わってるわね……)
隣でぐうすか寝ているフィンを見ながらアストレアは思う。
寝静まった三人と、夜番をしている自分。
一緒にいるのに、一緒ではない。
エルフである自分と人間三人のどうしようもない違いを、こんなどうでもいいことで感じ取った。本当に、なんの変哲もない、ただのローテーションであるのに。
「……ダメね。久しぶりに同族に会ったからかしら」
思い出すのはかつてのこと。
今から三年前、アストレアはフィン・デビュラを見届けたいと思った。
絶望を乗り越え運命を変える。
そんな英雄に出会ったからだ。
ハイエルフの姫、アストレア・ラ・アエラスは、恋をしている。
フィン・デビュラに。
己の運命すら変えてしまう、英雄に。