ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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74 エスペランサ教

「────なるほど……話はわかった。とんでもないことを考えるものだな、【天聖】は」

「歴史上の偉人ですから、我々と視点が違うのは当然かと」

 

 ふー、と息を吐く枢機卿。

 地位と、それに付随する情報量を考慮すれば、ため息を吐きたくなるのは仕方ないことだとマリアンヌは苦笑する。

 

「〈聖剣〉が〈不浄領域〉を消し飛ばす、か。現存する遺物はどれもこれも眉唾ものだが、かの剣は正しく女神の創ったものだったと……」

 

 教団の発足は比較的遅い。

 千年ほど前に『女神エスペランサ教』がエルフを介して伝わり前進組織である『聖女神エスペランサ教』が誕生。それから宗派分裂や宗教戦争などを経て、三百年ほど経過した後にようやく人類全体に広く普及した現在の『エスペランサ教』へと統一されたのだ。

 

 枢機卿や聖女クラスでしか知ることの出来ない情報の中に、女神の創った遺物に関する逸話は数え切れないほどある。それらの多くは信憑性に欠け、表向き存在するように言い伝えられているが、知る者達にとっては『各地の権力者が都合よく従わせるために言い伝えた嘘』だと判断されている。

 

 女神は実在した。

 だが、実在した証が見つからない。

 エスペランサ教は唯一神を信仰する宗教にして、女神の存在を一度も確認したことのない歪な教団でもあった。

 

 しかし、教えは教え。

 それらは人々が生きていく上で必要不可欠な先人の知恵でもあるのだ。

 仮に女神がいなかったとしても、エスペランサ教の全てが無駄で虚しく嘘だ、とはならない。

 

 ゆえにこれまで、教団の在り方が否定されることはなかったのだが……

 

「これでは、我らの存在が危ういが……」

 

 〈不浄領域〉を消し飛ばす唯一の力。

 〈聖剣〉、ヴァシリがアリアを連れて表舞台に出てきた際に慌てて追認したそれは、正体不明のダークエルフが用意した謎の力ではなく正真正銘本物の聖剣であった。

 

 そんなことが世に知れ渡ればどうなるか。

 

 少なくとも求心力は減るだろう────馬鹿正直に、真正面から対応をすれば。

 

「本国はなんと言うでしょうか……」

「放っておけ、だろうな。そもそも〈聖剣〉に関してはノータッチだ。教団は、まぁ……何度か【天聖】に手を出そうとして痛い目を見ている。関わろうとはせんよ」

「……よく、あの人に手を出そうと思いましたね」

「今から百年以上前の話だ。聖法国が生き残っているのは、【天聖】が潰さなかったからに過ぎん」

 

 どうして潰さなかったのかは不明だが、世界に必要だからと見逃された。

 

 それ以降、歴代法皇と枢機卿は【天聖】へと敵対の意志を見せることは無くなった。

 

 それに教団が利を得られるように手を回す事自体は否定されていない。

 

 つまりマリアンヌを介した情報提供も露見した時はうまく使え、というヴァシリからの遠回しな助言なのだろうとエクトルは解釈した。

 

「まあ、そんな話はどうでもいい。女神様については気になるが、今更我々が気にしたところでどうしようもない。我らはあくまで人だ。飛び抜けた理外への力など、持て余すわ」

 

 エクトルはつまらなそうに呟く。

 

「ただでさえ魔王軍が消えて協力する理由が消えてしまったのだ。これで〈不浄領域〉まで消えてしまったら、世界の均衡はどうなるか……」

 

 現在、世界経済の一端に〈不浄領域〉が組み込まれている。

 

 冒険者という存在がそうだ。

 〈不浄領域〉でしか手に入らない装備や素材、そしてモンスターのドロップ品等、衣食住には必要ないが、技術発展に欠かせない物が大量にある。あそこは金属類が、あそこは魔力関係が、あそこは……このように、どの〈不浄領域〉がどういった特徴で何を生み出すのか、まで管理されているのだ。

 

 いわば、国の特産品ともいえる。

 

 それを消し去る手段を見つけてしまった。

 

 これは、とんでもない爆弾だった。

 

「そこはヴァシリさんが何とかするでしょう。何度か協議しましたが、どちらかと言えば本人の好奇心ではないかと」

「ほう。お前はそう見たか」

「〈預言〉や〈知識〉を基に、世界の根幹まで触れている人です。今更世界を崩壊させる道は選びませんよ」

「道理だ。それに、こんな回りくどい方法などせずとも世界を滅ぼせるだろう?」

「…………はい」

 

 マリアンヌは神妙な顔で頷いた。

 

 ヴァシリはアストレアと同じで世界最強格だ。

 

 ただ一つアストレアと違うのは、ヴァシリにはやれることが多すぎるということ。

 

 風の操作技術一つで最強格になったアストレアは天才だが、ヴァシリは三千年の積み重ねで最強に至っている。全力で戦闘を行えばそれだけで戦争規模になってしまうような両者だが、ヴァシリにはその手段が幾つも存在するのだ。

 

 わざわざ流通を崩壊させて国同士の争いを誘発する、なんて手間をかける必要もない。魔王軍よりも、よっぽどうまく戦争が出来るだろう。

 

「はは、ならば良い。委ねる他あるまい。それにマリアンヌが介入出来ている状況は決して悪くない。どうこうしろと指示はせんから、定期的に報告だけはしてくれ」

「はい、わかりました。……それと、これはヴァシリさんからの要請なのですが」

「要請?」

「その、【廻天の聖女】を派遣できないかと」

「セラフィーヌを? ……聖女の数が欲しいのか」

 

 エクトルは即座に思惑を悟る。

 

 聖剣は〈不浄領域〉を消し飛ばす。

 では同様に女神の力である魔法はどうなのか。

 それを探るために、魔法を使う教団関係者で最も優れた者を求めているのだと理解した。

 

(……報告では、セラフィーヌもマリアンヌもフィン・デビュラに懸想しているとのことだったが……)

 

 フィン・デビュラが【天聖】と【勇者】の身内だということが判明した時はエクトルも慌てたものだが、それまでに非礼を取っていなかったのが幸いして大事になることはなかった。寧ろマリアンヌが聖女になってからは筋を通していたので『今後ともヨロシク』なる旨をヴァシリに言われている。

 

 しかし、問題はその後に起きた。

 

 神殿にて治癒業務に励んでいるセラフィーヌが、フィン・デビュラと肉体関係にある。

 

 そう特務騎士から報告された時、エクトルは何度か追加で確認をさせた。

 

 流石に信じたくなかった。

 聖女二人が男に騙されているとは思いたくなかったのだ。

 もしそうであれば、フィン・デビュラという男は、世界最強の白金等級パーティーの身内でありながら世の力ある女性を手当たり次第に抱え込んでいく技能を有している、ということになる。

 

 当然周りのハイエルフや剣聖も対象に含まれるだろう。

 この数人だけで王都を滅ぼせるどころか大陸を支配できてしまう。

 

 悪夢そのものだ。

 頼むからそれだけはやめてくれと願い、教団関係者を街に放ち探った。

 

 ──結果として、行為に及んでいる確証は得られなかった。

 

 ただ、セラフィーヌがフィン・デビュラが最近診療に来ないとため息交じりに言っていたことや、マリアンヌと逢引している様子から聖女たちもまんざらではないことはわかった。

 

 世界に十人もいない聖女の内二人が一人の男に惚れている。

 

 その状況は非常に枢機卿としては心苦しいのだが、マリアンヌは現場叩き上げで教団から支援を受けたわけでもないから口を挟めず、セラフィーヌに関しては自分の時間が存在しないレベルで治癒業務にあたっている。神殿に休日など存在しないのだ。

 

 その二人に、『一人の男を奪い合うのはやめろ』と言う?

 

 無理だ。

 そのような事を言えるほどエクトルは捨て身になる気にはならなかった。

 

 そもそも二人が同じ男を好きだという自覚もない。

 

 ならばこのまま、いっそこう、自然に何とかなってくれと思っていた。

 

(…………無理だな。私にはどうすることもできん)

 

「……神殿業務との兼ね合いがある。調整に数日欲しい」

「無理なら無理で仕方ない、とも言われていますが……」

「いや。何とかしよう」

 

 こうなった以上、いずれ爆弾が爆発するのは目に見えている。

 

 ならばいっそのこと、向こうに任せてしまおう。

 

 セラフィーヌは性質上教団を離れることはありえない。

 なぜなら、神殿こそが最も弱者を救える場所だからだ。

 力のなき者を救うため、一つでも不幸を減らすために彼女はその場で働くことを選んだ。やろうと思えば戦場で大規模な治癒魔法だって扱えるのにそれをすることを良しとしなかったのは、彼女の主義によるものだ。

 

 生まれた時から救われることのなかった者を助けたい。

 

 マリアンヌと同じく、紛れもない聖女の願いだ。

 

 そんな女が、ようやく想いを捧げられる男に出会った。

 

 ならば、ほんの少しくらい背中を押してやっても罰は当たらないだろう。

 

「【天聖】からの要請など滅多にない。応えられるのだから、出来る限りは協力する。そう伝えておいてくれ」

「承知しました」

 

 エクトルは目頭を揉む。

 

 望まずとも世界は動く。

 魔王軍の登場もそうだし、〈不浄領域〉に関してもそうだ。

 枢機卿という立場でありながら、エクトルは己の手で世界に干渉をしたことなどほとんどない。王都内でのいざこざを解決するために駆け回ったのは記憶に新しいが、隠蔽工作をしただけだ。

 

 どうせ世界は動く。

 ならば、少しでも有利を取れるように手を打つ。

 セラフィーヌを送り込むのにはそういう意図もあった。

 

「落ち着かんな、この世界は」

 

 

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