ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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76 【特務騎士】フェンナ・リンデ①

 特務騎士フェンナ・リンデは、ついにこの時が来てしまったと絶望していた。

 

 赴任して僅か一週間で知ってしまった聖女たちの闇。

 いや、彼女たちに非は一切ない。

 世間に認められる清廉さを持ち、聖女の名に相応しき心を持っている。休日返上で孤児や怪我人、安心して眠られる寝床すら持たない者達への援助を惜しみなく行いそれぞれの立場で出来ることを懸命にこなしている。

 

 そこに浮ついた話は一切ない。

 聖法国内において聖女は、暴力装置としての一面が強い。

 

 王国では金等級冒険者がそう扱われるように、聖法国では聖女が、東方諸国では武将や剣聖が、南方諸島では個ではなく連邦国家の保有する艦隊が。

 

 国や超越者と正面からやり合うために戦力の保有は必要不可欠。

 

 教団は聖女を『女神エスペランサに認められた者』と称しているが、実際は違う。

 

『他国の最上位勢と渡り合うことが可能な強さを持つ存在』に聖女号を渡しているのだ。

 

 例外はセラフィーヌただ一人。

 他のどんな生命体とも一線を画する常識外れの治癒魔法。

 死んでさえいなければどんな状態であろうが蘇生できると謳われる人智を越えた能力はあまりにも凶悪。他勢力に引き抜かれでもしたらたまったものではなく、治癒魔法というのもちょうどよかったためあっさり聖女認定が下った。

 

 聖法国内でそのまま飼い殺しにされるかと思いきや、セラフィーヌが拒絶。

 

 救われぬ者を救うためにこの力がある。

 己を救える手段がある者より、己を救えない、どうすることもできない人こそを助けたい。許されないのならば聖女等と認定は要らない。

 

 そう宣言し堂々と首都から出て人里離れた土地を巡行し始めたものだから、慌てて特務騎士を派遣。辿り着いた王都では教団の圧も掛かりにくく、配慮できるエクトルが神殿長を務めていたため定着。

 

 数年もせずにエクトルが枢機卿へ昇進、自分と全く関りもないが冒険者の身分を持つ聖女も誕生し〈エクトル派〉の重鎮としていつの間にか君臨していたが、全く関与することはなくただ貧しき者達を癒す事だけに人生を使っている。

 

 他の聖女達とは違い、清廉潔白を素で行く女性だ。

 

(──だが、セラフィーヌ様は、あの冒険者とお付き合いをなされている……)

 

 それが真っ当なお付き合いならばフェンナは祝福していた。

 

 想い合う男女が結ばれ、子を成す。

 それの何が悪いことだ?

 例え相手が荒くれものだろうが、そこに愛があるのならば止める権利など彼女にはない。

 

 しかし──哀しいことに、セラフィーヌを射止めた男はロクデナシだった。

 

(マリアンヌ様とも密接な関係にある男。セラフィーヌ様以外にもエルフに剣聖、更に言えば白金等級冒険者まで……地位の高い女性と見れば節操のない、成り上がり者め……!)

 

 聖女を守ることが特務騎士の務め。

 男女関係など介入するまでもないが、セラフィーヌは別だ。

 

 他に沢山の女性がいるのに平然と孕ませるような男はどう考えてもまともではない。故に調査し、その結果も上司に提出した。動きがあまりにも鈍く、何をしているのかと憤ったのは記憶に新しい。

 

 なんとか出来ないものかと己のトラウマに目を瞑り少しずつ接触してみたが、男は尻尾を出さない。

 

 やはり身分がなければ食い付かないか。

 身分を明かさないフェンナがやれることなど限られている。もしも己が身分を晒してでもハニートラップを仕掛けるとすれば、それは枢機卿や聖女から命じられた時に限る。

 

 故に、野放しにできないと思いながら、偶然を装って接触する程度のことしかできなかったために、今に至るまでなんの解決も出来ず。

 

 とうとう、公的な立場で出会うまでに至ってしまった。

 

「どうしました? お顔が険しくなっていますよ」

「はっ……! し、失礼しました。少し、考え事を」

 

 揺れる馬車の中で、聖女の服に身を包んだセラフィーヌが心配そうに眉を顰める。

 

「なにか、ありましたか?」

「いえ……ただ、果たして何をするのかと思いまして」

「マリアンヌ様が関わっている上に、枢機卿からの要請でもあります。悪いことにはなりませんよ」

 

 そう言って微笑む。

 

 マリアンヌは勿論のこと、エクトルも教団関係者にしては理性がある。

 

 いや、寧ろ理性がなければ教団幹部にはなれないのだ。

 

 下手に野望を抱えた者がなれば怪獣の尾を踏みヴァシリによる征伐を誘発しかねない現状、愚か者を据えることは許されない。誰かが野心を見せた瞬間即座に他の者たちが引き摺り下ろし、闇へと葬る。

 

 専用の特務騎士すら居るのだから教団がどれだけそこに手間をかけているのかは推して測るべしだ。

 

「それに、〈不浄領域〉に関する研究────世の不幸の根本を取り除こうという試みは、好感を持てます」

「それは……そうですね」

 

 フェンナもこれには同意だ。

 かつて、特務騎士としての任務中に手痛い目に遭わされたのは忘れられないトラウマとなって刻まれている。その原因は〈不浄領域〉に出現するモンスターであり、暫くは男性を見るだけでフラッシュバックするほどだった。

 

 荒療治と本人の努力により特務騎士に復帰できるほどに回復したが、いざそういった行為をするとなると、身体が固まるのも無理はない。

 

 それほど〈不浄領域〉は理不尽と不幸の象徴でもある。

 

 それに支えられて成り立っている社会だが、そんなもの無くしてしまえ、という意見もあるのだ。

 

「消し去ってしまえと言うのは些か横暴ですが、人類圏の確率と安定には必要不可欠でしょう。これが実現すれば、今よりもっと多く、救われない人々を救えるはずです」

 

 セラフィーヌはそう語る。

 

 きっとその微笑みには、あの男の存在も含まれている。

 

 己の懸想する相手が、自分の願いと同じ方向を向いている。

 

 同じなんだと思えることは幸せだ。

 それが男女の間柄であるのなら猶更。

 他の誰も知らない、二人の関係。

 セラフィーヌが直接お付き合いをしていると言ったのは、フェンナに対してだけなのだ。

 

 誰にも相談できない。

 誰にも知らせることが出来ない。

 その体には神秘が宿っているのだろう。

 認知もされず、いつの間にか子を成していたことになるのだろう。父親の居ない子供が目の前に居るのだと思うと、フェンナは泣きたくなった。

 

(私は────私は、どうすればいいんだ……)

 

 どうにかしなければいけない。

 だがどうにもできない。

 聖女同士の関係。

 相手の力関係。

 教団丸ごと巻き込むような勢力図に喰い込めてしまうような集団。

 

 その中で、ハーレムの王に君臨している男。

 

 一体、どうすれば事態の収拾が出来るのか。

 

 上に報告しても追加調査が入った程度で知らんぷり。

 まるでなるようになれとでも言わんばかりの鈍さで、それもまたフェンナを追い詰める要因となっている。

 

 セラフィーヌとマリアンヌが争ってもいいのか?

 聖女の中でも、特に敬われるべきである二人が、男を争うようなことがあっていいのか?

 教団はそれでいいのか。

 聖女はそれでいいのか。

 ぐるぐると思考が回る。

 だが答えは出ない。

 答えが出ないまま、ここまでやってきた。

 

(…………やるしかない。恐らく我々は初見同士を装うことになるだろう。それを利用し、私を中継させる仕組みにしてあの男とラインを繋ぐ。そうすれば、誰にも悟られることなく接触できる)

 

(そうして見極める。最早あの男を消すようなことはできない。ならば、セラフィーヌ様から私に目標を変えさせる……!)

 

 決意を秘めた瞳でフェンナはセラフィーヌを見る。

 

 慈悲に満ち、女神の使徒に相応しい心の持ち主。

 誰もが見捨てる人々を捨ててはいけないと救う姿は女神と遜色ないだろう。

 

(あなたを犠牲にはさせません。たとえそれが、セラフィーヌ様の意に反していたとしても……)

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