ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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08 【暴風】アストレア・ラ・アエラス②

 君は勇者に会うことなく死ぬ。

 世界に脅威が顕れたと知らしめるためだけの役割。

 好きに生きるといい、ハイエルフの姫。

 君はこの世界になんの影響を及ぼさないのだから。

 預言者はそう告げた。

 無機質な瞳に幾重もの未来を映しながら。

 

 

 ───

 ──

 ───

 

 

 二百年後に君は死ぬ。

 そう告げられてから、アストレアの人生は灰色だった。

 

 預言を遺したのは大長老アストロガノフ。

 二千年を生きる世界最古のハイエルフにして神代の置き土産。

 ハイエルフの一族に代々伝えられてきた預言は、しきたり通りに彼女にも伝えられた。伝えられてしまった。

 

 アストロガノフにまともな精神は残っていない。

 彼は千年前に自我を喪失し、預言を伝えるだけの機構と化していた。ゆえに、曾孫のことは認識していようが、そこに彼の意識はない。淡々と預言を伝えそれで満足する、無慈悲で哀れな存在だった。

 

 そんな偉大なる曾祖父に『お前はそこら辺の石ころ、物語に出てこない』と宣言されたアストレアは、それはもう猛烈に消沈した。

 

 彼女は英雄譚が好きだった。

 エルフの里にある遺物は人類国家のそれを遥かに上回る。

 生き証人が存命──まあ、生きているだけで生きてはいないかもしれないが──であり、彼以外からも直接話を聞いているハイエルフもいる。

 

 そういった娯楽に囲まれて育ったアストレアは当然、世界を好きになったし、物語で活躍する人物達に憧れた。

 

 ──いつかわたしも、英雄に会えますように。

 

 そんな幼く微笑ましい願いを粉々に打ち砕かれたわけだが、三十年ほど不貞腐れたあと思った。

 

『でも、英雄になるような人はこんなことで挫けないわよね』──と。

 

 預言は確かに正確。

 これまで外れたことはほぼないそうで、神代まで遡ってもごくわずかな人間にのみ預言が当てはまらないということがあっただけ。

 ハイエルフの中でそういう人物は出たことがない。

 まあつまり、アストレアが預言から外れることのできる存在だと思える要素は何一つ無かったのだが──だからと言って何もせず不貞腐れて朽ちていくのは、彼女の性に合わなかった。

 

 ゆえに磨いた。

 とにかく強くなる道を選んだ。

 ハイエルフの姫という立場が自由を許さなかったが、己の時間を費やして修行に明け暮れた。幸い、時間は腐るほどある。

 風の動きを読む。

 風の声を聴く。

 風の唄を謳う。

 風の想いを汲む。

 風の意志を、聞く。

 風と意志疎通を可能とする。

 元より親和性の高い風とエルフであることに加え、アストレアは歴代ハイエルフでも有数の才能があった。

 

 風は隣人であり、親愛なる友である、生まれながらにしての家族。

 

 いつしか彼女は里で最も風を扱うのが上手くなっていた。

 

『勇者の仲間になる』と預言された姉よりも、『里で勇者を待つ防人』の使命を持つ妹よりも、『里を守りやがて来たる脅威の盾となる』母よりも──誰よりも、アストレアは強くなった。

 

 そうして、積み上げ続けて二百年近く──アストレアは里で、ある人間に会ったことをきっかけに外へ出た。

 

 それから十年。

 人を嫌いになったハイエルフの姫は、『英雄』に会えた。

 

 

 

 その『人間』は薄汚く醜い子供だった。

 

 ボロを身に纏い、異臭がする。

 身体より大きな盾は見栄を張っているようにしか見えない。どうしてこんな子供を冒険者登録したんだと、当時の時点で銅等級冒険者だったアストレアはギルドへ殺意を抱いたことを覚えている。

 

 ──肉壁という存在が、アストレアは好きじゃない。

 

 人の世で過ごせば過ごす程、美しいものより醜いものが目に入る。

 

 生活が苦しく、心も貧しい農民。

 生活は豊かだが、他者を己の糧としか見ていない貴族。

 冒険者に至ってはまともな者がほとんどおらず、誰も彼もが常識知らずの荒くれもの。ハイエルフの姫として高度な教育を受けて来たアストレアからすれば、無作法で無礼で醜く哀れな存在にしか思えなかった。

 

 初めは好きだった。

 人と触れ合うことが楽しかった。

 お金に触れて、実際に人の世に溶け込んでいることが嬉しかった。

 

 ──少しずつ、嫌いになっていく。

 人に騙された。

 詐欺に遭い、痺れ薬を盛られた。

 奴隷商人を軽く捻った。好色な貴族も黙らせた。無理矢理手を出して来た冒険者は、行方不明になってもらった。

 

 ──嫌いになっていく。

 あれだけ美しく、魅力的に見えていた人の世が醜く見える。

 色を失っていく。

 灰色になっていく。

 英雄と語られる人物に会った。

 俗物だった上に、弱かった。偽物だと思った。英雄が、幼き頃に憧れた存在が、こんなちっぽけなものだと思いたくなかった。

 

 ──嫌いになった。

 人は、所詮は人だった。

 高潔で敬意を抱ける人もいるにはいたが、大勢はそうではなかった。英雄譚は現実に起きた出来事だが、それは決して現実の全てを正しく遺している訳ではないと悟った。

 

 預言が脳裏をよぎる。

 

『君は勇者に会えない』。

 

 勇者。

 家族が導く名も知らぬ誰か、新たな英雄。

 この世で新たに誕生する、アストレアが憧れた物語の主人公。新たな英雄譚の主役を飾る人物に会うことなく、彼女は死ぬ。

 

 ならばいっそ、もう──里に帰ろう。

 

 帰って、引き篭もろう。

 死ぬまでずっと、生まれてくるエルフに人は醜かったと、人の世はおぞましかったと言い伝える為に。かつて己が最も嫌悪した、エルフ至上主義に浸ろう。

 夢も憧れも打ち砕かれた灰色の世界で、彼女は里に戻ることをギルドに伝えた。

 

 これ以上嫌いになりたくなかった。

 こんな醜いものを綺麗だと思っていた自分を。

 こんな醜いものに混ざっている自分を。

 

 無言で去ることも考えたが、自分を担当していた受付嬢とは五年間の付き合いだ。

 

 エルフのアストレアからすれば瞬きと同等でも、その一瞬で受付嬢は成長した。

 

 少女だった彼女が一人前の大人になるには十分すぎる時間。

 

 その間成長を見て来たアストレアは、別れの挨拶くらいしてもいいと思った。

 

 ──どうせ、もう二度と会わないのに?

 

 そう思って告げた別れは酷く惜しまれ、最後に一つ頼まれてくれないかと言われた。

 

 パーティーを組んで欲しい。

 気に入らなければ解散していい。

 ただ、もしもまだ組んでもいいと思ってくれるなら、活動を続けて欲しい。

 

 そして出会った三人の人間。

 

 冒険者を見下す剣士。

 清らかな心を持つ修道女。

 ──ボロを纏い大きな盾を背負った薄汚く醜い子供。

 

 肉壁を自ら志望し、血反吐まみれになりながら必死に盾をこなす子供。

 

 ────止めても無駄だ。

 冒険者になるような子供を止めたところで意味はない。

 たった五年間で『冒険者』に何も求めなくなったアストレアは、どうしようもないと匙を投げた。

 

 自分勝手な剣士。

 未熟で役に立たない修道女。

 盾として身を削り命を燃やしながら前に進み続ける少年(・・)

 

(……もう少しだけ。あとちょっと……せめて、この子が死なない程度には)

 

 覚悟は蛮勇だ。

 彼を表現するのなら愚かと言うしかない。

 自分の命を削ってモンスターを殺す行為になんの意味があるのか。少年がやらなくても、他の誰かがやるのに。そう、大して意味はない。

 意味はない。

 だが──見捨てたくないと思った。

 

 少しずつ、少しだけ、ちょっとずつ、ちょっとだけ。

 

 アストレアの視界に光が差し込んでいく。

 

 少年──フィン・デビュラは進む足を止めなかった。

 進む向きも間違えなかった。

 愚かしいが、下種ではない。

 バカバカしいが、悪くない。

 ただひたすらに、ひたむきに、盾という役目に没頭していく。

 

 ある日、アストレアは訊ねた。

 

 なぜ、そんなに頑張る?

 傷を負わない日はない。

 その傷が悪さをして彼の肉体を痛めつけていることも知っている。

 回復魔術・魔法が使えないアストレアはポーションを渡す程度のことしか出来なかったが、それだけでフィンはありがとうと喜んだ。

 

 どうしてそんなになってまで頑張る?

 

 その問いに対し、フィンはこう答えた。

 

『それが俺の生きる道だから』──アストレアは思った。

 

 彼は勇者ではない。

 預言は絶対で、ハイエルフの姫たる己に勇者が出会うことはない。

 

 だから、勇者ではない。

 

 でも──この精神性は、この、愚直なまでに真っ直ぐ何かに走っていく姿は。

 

 物語で語られる、愚かしくも愛すべき英雄ではないだろうか、と。

 

 そして────彼女は、『運命』に直面した。

 

 死を迎えた。

 だが……死ななかった。

 フィンが、フィン・デビュラが。

 

 彼女にとっての英雄が、そこにいたから。

 

 

 ───

 ──

 ───

 

 

「…………」

 

 パチパチと火の弾ける音。

 燃え盛る焚火を囲うように、馬車と、数人が寝転がっている。

 

 あの日、フィンは英雄になった。

 アストレア・ラ・アエラスの避けられぬ運命を跳ねのけ、英雄に一歩足を踏み入れた。

 

 だがその事を認識している者はほとんどいない。

 

 パーティーメンバーの三人を除けば、ハイエルフの姉妹くらいのものだ。

 

 ──【預言】。

 

 それを跳ねのける者は、英雄と呼ばれる。

 英雄は人からしか出てこない。

 他の亜人種に偉大な者はいても【預言】を覆せるものはいない。

 

「それなのにこの男は……まったく、自分がどれだけ凄いことをしたのか自覚もしてないんだから」

 

 つんつん頬をつつく。

 

 ふがっと情けない声を出すフィンに笑いながら、ふにふにとその頬の感触を楽しむ。

 

 自分の死の運命を跳ねのけた英雄。

 世界全体から見ればその影響は大したことがないのかもしれない。

【勇者】や他の英雄譚に比べれば、今はまだその功績が鈍く見えるのも仕方ないことだ。

 

 魔王軍幹部との激闘。

 空の、そのまた更に先から飛来した生物の討伐。

 魔王との直接対決、互いに傷を負い引き分け。

 黄金塔の攻略に【奈落】での戦い。

 すでに過去の英雄たちと比べても遜色のない勇者と、偉業と呼べるものは一度しか成してないフィン。

 

 まあ、見劣りするのはわかる。

 

 世間一般から見て人気が出ないのもわかる。

 

 方や盾役。

 方や勇者。

 肉盾が勇者と同列に語られる事などない。

 

 だが──それでも、例え世界の誰もがフィンのことを認めなかったとしても。

 

 アストレアにとっては英雄なのだ。

 己の死を跳ねのけ、【預言】の先へ進ませてくれたフィン・デビュラは、アストレアにとっての英雄なのだ。

 

 それでいい。

 今は、それでいい。

 いつか、いつの日にか、彼が世界の中心に立つ。

 預言から外れた英雄がどんな人生を歩むのか、彼女は知らない。

 

 ただ一つ言えることは──フィン・デビュラに命を救われた自分は、彼の歩みをずっと見ていたいと思ったことだ。

 

 好きだ。

 好いている。

 抱き締めて、自分のものにしたい。

 助けてくれてありがとう。

 人間をもう一度好きにさせてくれてありがとう。

 世界をもう一度彩ってくれてありがとう。

 

 フィンがいればいい。

 フィンがいれば世界は美しい。

 そうだ。

 アストレア・ラ・アエラスは恋をしている。

 

 世界そのものを彩って見せてくれたたった一人の人間に。

 

「……邪魔して来たら殺すわ」

 

 人間は美しい。

 けれど、醜い者もいる。

 王女と関わってしまったのは仕方ないことだ。

 だが、だからと言って、こちらがへりくだって言うことを聞く必要はない。

 

 貴族?

 騎士?

 王族?

 

 だからどうした。

 

 そんなもの、彼の邪魔をしていい理由にはならない。

 

 フィン・デビュラは英雄だ。

 いずれ世界に名を遺す一人だ。

 それなのに、たかが王族(・・・・・)が邪魔をすることは許さない。

 

 決まってしまったことは仕方ない。

 

 だから誓うのだ。

 

 絶対にフィンを守ると。

 フィンの傍にいると。

 自分だけの英雄と添い遂げると。

 

 ──アストレア・ラ・アエラスは恋をしている。

 

 運命を打ち破った青年に。

 世界を美しくしてくれた青年に。

 いずれ世界に名を轟かせるであろう、青年のことが、好きなのだ。

 

 二百年余りを生きたハイエルフは、初恋にして、永遠の愛を抱いている。

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