ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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80 【特務騎士】フェンナ・リンデ②

 

 男の後ろを歩きながら、フェンナは警戒心を高めていた。

 

 聖女同士の会合。

 顔に泥を塗るようなことは決してしないだろうとこれまでの調査結果で理解はしているが、何人もの美女・美少女を取っ替え引っ替えしては楽しんでいる好色男だ。

 

 己が女だと悟られれば、見た目も気にせず粉をかけてくる可能性もあった。

 なにせ、ただの飲食店の店員すら色目を使っているくらいだ。手当たり次第関係を作っていてもおかしくはない。

 

(……仮にそのような男であったとしても、モンスターに汚されたことを知れば手のひら返すのでしょうが)

 

 フェンナは兜の中で自嘲する。

 

 男と交わっているだけならばどれだけよかったことか。

 罠に掛かりモンスターに犯され、苗床として受けた屈辱。

 法国内でのモンスターは魔であり穢れでありこの世全ての悪を担う怪物であると定められている。女性は苗床にし、男は皆殺しにして、食料にする。

 

 ゆえに、モンスターに犯された女の扱いは酷い。

 

 それそのものが穢れた行為である以上、被害者かどうかは関係ないのだ。

 

 衰弱した身体と精神で、穢れた存在と蔑まれる。

 そんな状況で社会復帰できる者は決して多くない。

 生き残った女冒険者の末路など、悲惨なものだ。

 

 フェンナは特別自分が強かった、などとは考えていない。

 

 ただ単純に神殿の復帰システムが優れていただけだ。

 

 国や組織は大きくなればなるほど個人を優先できるようになっていく。

 世界各国に神殿という名の支部を持つ聖法国は、世界中の恵まれぬ者から素質に恵まれた少年少女たちを厳選し自勢力へ取り込んでいる。

 

 だがそれと並行して自国内、また、他国の貴族などにコネクションを持っている。

 そうやって集められた『厄介者』を教育し、素質のある者・そうではない者もまとめて神殿へと取り込んでしまうのだ。

 

 聖法国の強さはそのように保たれていた。

 

 そうであるからこそ教育にかけるコストと損失した際のダメージを比べて、多少の出費には目を瞑り社会復帰できるようにしている。

 

 フェンナは元来優秀な騎士で、聖方国権力者の護衛を務めていた。

 

 罠に掛かりはしたものの、屈服し完全に壊れたわけではなかったが為に復帰教育を施され、しかし失敗した者をそのまま使い続けるのはどうか、ということになり──聖女の護衛へと回された。

 

 左遷とも言えるが、温情でもあった。

 

(所詮私など、穢れた騎士ですからね)

 

 例え復帰できたところで、敗北し犯された事実は変わらない。

 

 周囲の騎士もそれを飲み込んで戦えはしない。

 いかに実力が確かであろうとも、一度でもやられたらそれまで。それは、聖法国がエスペランサ教団として大きくなったが故の弊害だった。

 

 国家としては、戦力として扱えるなら問題ない。

 教団としては、穢れた人間は穢れているので問題ある。

 

 他所の地域に回されたのはそういうこと。

 自国内で堂々と働かせるのには壁があるが、支部で働かせる分にはまだ誤魔化しが効くのだ。

 

(それでも、悟られさえしなければ……)

 

 その事実を知るのはフェンナだけ。

 セラフィーヌはどうしてフェンナが自分の護衛になったかは知らない。エクトルが許可している時点で問題ないと思っている。盲信しているわけではないが、無用な策略を企てるほど野心がある男ではないとわかっているのだ。

 

(もしも望まれるのならば、それこそちょうどいい。セラフィーヌ様から手を引かせるいいチャンスになる)

 

 ぶるりと身体が震える。

 それを強引に押さえつけたところで、男──フィンが扉を開けて部屋に入って行った。

 

「失礼します」

 

 礼儀として一言告げてから続く。

 そこは生活感にあふれた貯蔵室だった。

 温度は低めで保たれており、インナーだけを着込んでいる鎧姿では肌寒く感じる。だが、特に問題になるほどではない。

 

 金等級冒険者は几帳面なんですね、とどうでもいいことを考えつつ、フィンの背中を見つめる。

 

 冷蔵魔道具から白い箱を取り出して開くと、そこには小さめのケーキが幾つも入っていた。

 

「マリアンヌと俺の分は決まっているとして……セラフィーヌ様の好みはわかりますか?」

「……甘すぎなければよろしいかと」

 

 セラフィーヌは贅沢をしない。

 十分な給金はあるのだが、それを貧困層の救済へと充ててしまう。

 無論手当たり次第無計画にばら撒いているのではなく、神殿主導の炊き出しやスラムの清掃活動などに力を入れているためすぐに足りなくなる。

 

 最低限の貯蓄はあるが、それ以上は全く持っていないため、こういった物を口にするのは枢機卿や関係者が招いた客との会談を行うときくらいのものだ。

 

「ではフルーツ……ああ、食べられない種類はありますかね」

「ない。仮に毒だったとしても平らげてしまうお方がゆえ」

 

 毒を仕込まれても平然と食し解毒する。

 後になって『あれは毒ですね』と言い放つから気をつけろと前任に引き継ぎを受けていたフェンナはあるがままに伝えた。

 

 するとフィンは特に悩む素振りもなく、手際よくケーキを小皿へ分ける。

 

「ではこれを。貴女はどれにします?」

「む、……私は護衛だ。必要ない」

「まあそう言わずに。一人だけ食べてないってのは気まずいんだ」

「しかし……」

「それに相手は聖女マリアンヌ。毒を仕込んだり、隙を突いて刺客を向けたりすると思いますか?」

 

 そう言われて、フェンナは口を閉ざす。

 

 同じ派閥に属する聖女同士、毒を盛る必要などない。

 

 それに加えて相手は他の聖女と違い清廉潔白で知られている。

 最近になって政治に手を出すようになったが、それもパーティーが面倒ごとに巻き込まれないように手を尽くした結果だ。

 

(断るのは悪手……でも……)

 

 受け入れるのが良いと判断した上で、フェンナは迷う。

 

 先日フィンに接触するために立ち寄った店でもそうだったが、彼女もまた、贅沢をした経験が乏しい。

 

 騎士としての訓練に加え実務では休みやプライベートなどは一切存在しなかった。

 休日は鍛錬に励み、仕事が終われば身体を休める。

 そんな日々を過ごしていたので、セラフィーヌの元に来て休みを言い渡されて困惑したくらいだ。まあその休みもフィンの監視に使ったりしてるので、あまり休んでいるとは言い難いのだが……

 

(……わ、わからない。どれが、どうなってるのでしょうか……)

 

 さらに、目の前にあるのは〈転生者〉から現代の知識を渡されているヴァシリが作った菓子。

 

 この世界でまだ生まれていない概念を平気で持ち込んでいるため、ただでさえ詳しくないのに、余計わからない状態だった。

 

「その、フィン・デビュラ殿」

「どうされました?」

「……恥ずかしい限りなのですが、実は……こういった甘味を食べたことがあまりなく。簡単にどんなものかご説明いただけると助かるのですが」

「……そうですね。クリームはお好きですか?」

 

 そう言われて指さされたケーキを見て、思わず身体が固まる。

 

 白いクリーム。

 綺麗で整ったそれが、彼女の嫌な記憶を想起させた。

 服や道具であれば気にならないその色も口に入れる物となると、どうしても思い出してしまうのだ。

 

「……では、こちらのタルトは如何ですか? 甘さ控えめで食べやすいですよ」

「それは、ありがたい」

 

 思わずほっと安堵する。

 

(これは、なんとしてでも克服しなければいけませんね……)

 

 思えばミルクを使ったドリンクや食べ物を避けていた。

 

 無意識でのことだったが、これは明確に苦手になっていたのだろう。

 

 苦手ならばまだいい。

 身体が固まるのは許されない。

 護衛として隙を作るのは絶対に無くさねばならなかった。

 

 それに気がつけただけでも、会談について来た価値はあった。

 

(……いや。そんなことに気がつけないほど、私は目を曇らせていたんですね)

 

 何に?

 

 目の前の男に。

 

 フィン・デビュラとセラフィーヌの関係。

 そして、男の交友関係。

 調査すればするほど何人もの女性と関係を結んでいる男だという可能性が増し、セラフィーヌはそんな男の本性を知っていてもなお認知することすら許されず、都合のいい女として扱われているのだと思った。

 

 到底許せることではなかった。

 

 セラフィーヌは聖女の名に相応しい女性だ。

 

 そんな女性が、こんな男に騙されている。

 

 許せるわけがなかった。

 

(未熟者。そんなことだから罠に掛けられるのです)

 

 フェンナは自省する。

 フィンとセラフィーヌの会話を聞いてから正気じゃなかったことを自覚した。焦燥に駆られ、思い込みばかりが先行していた。

 

 フィンが多数の女性と関係があるのは間違いないだろう。

 そして、セラフィーヌもまた、三年の付き合いだと言っていたことから二人の仲も間違いではない。都合のいい女性として扱われているのも事実だ。

 その上で、それを解決するためにはもっと慎重に動くべきだった。

 

(枢機卿が何もしなかったのは、私の未熟さに呆れたのでしょう)

 

 フェンナは二人の関係を確信している。

 目の前で会話を聞いたのだから間違いない。

 だが、エクトルはそうではない。

 セラフィーヌが男との関係を黙って、ハーレムの一人に加わっていると言われてはいそうですかと信じるわけがない。

 

(ならば、私がするべきは──証拠を集めること。セラフィーヌ様が、この男の毒牙にかかっていることの証明です……!)

 

 決意を秘めた瞳でフェンナはフィンを見る。

 

「では行きましょう。俺が持って行くので、貴女には……」

 

 フィンが眉を顰める。

 腹部を押さえ、右手を口元に当てた。

 

(なんでしょう? 咳かくしゃみ? 別にそのくらい、気にしませんが──)

 

「ゲホッ……ゴホッ! ゲェッ!!」

 

 ビチャッ!!

 

 指の隙間から溢れる血。

 床に叩きつけられた血は赤黒く、部屋の中に鉄臭さが充満する。

 フェンナは診療をしてきた一ヶ月の日々、そして騎士としての経験からこれが血糊ではない本物の血液だと理解した。

 

「…………な……」

「ゴホッ! ゲホゲッ……ゴフッ!」

 

 彼女が呆然とする間にもフィンの吐血は続く。

 

 蹲ってしまったフィンにハッと気を取り戻し、慌てて駆け寄った。

 

「だ……大丈夫ですか!? どうして!?」

 

 思わず、護衛騎士としての口調が外れる。

 

「だ、だいじょ……ガハッ!!」

 

 息を呑む。

 吐血量は多い。

 それに加えて色だ。

 赤黒く、内臓に重大な問題があるのは明確。

 

(な、……なぜ!? 毒!? いや、そんなわけが……)

 

『よいことですね。フィンさんはその、いつも手遅れになってからいらっしゃるので……』

 

 数週間前の会話が脳裏をよぎった。

 その後の話が衝撃的すぎて忘れていたことだ。

 

「も、うしわけない。部屋に、ポーションが……」

「ポーション? ポーションでいいんですか?」

 

 ゲホッゴホッと咳き込みながらフィンが頷く。

 部屋にポーションと言われても、この状況で取りに行けるわけがない。そもそも部屋もわからないのだ。となると、今この場でポーションがあれば問題は解決する。

 

 護衛騎士になってから、セラフィーヌに渡されたポーションがある。

 

 緊急時に使ってくださいと言われて渡されたのは、彼女の魔法で作られた特別製。買おうとすれば家が立つとまで言われている、万能回復役(エリクサー)だ。

 

 腰元のポーチから素早く取り出し瓶の先端を割ったフェンナは、逡巡する。

 

 渡すか、渡さないか。

 

「えっと……飲めますか!? いえ、飲ませます!」

 

 患者には、時として強引に対応せねばならない時がある。

 

 セラフィーヌの助手として勤めた経験に従い、フィンの手を口元から引き剥がしてポーションを口に突っ込んだ。

 

 喉が動くのを確認し、無事に飲み込んでいることを確認。

 それから数秒経過し、フィンの呼吸が落ち着く。

 

「ゲホゴホっ! ガハッ!! ……ふぅ。助かりました。見苦しいものをお見せして、申し訳ない」

「い、いえ……。大丈夫ですか? 今すぐセラフィーヌ様に見てもらった方が……」

「それには及びません。本日の会談の邪魔をするわけにはいきませんから」

 

(いや、そんなことより絶対にこちらが優先されるべきでは……)

 

「このことはどうか内密に。仲間にも知られたくないのです」

「……しかし……」

「お願いします。これが露見しては、この先やっていけなくなる」

 

 強い意志を込めた瞳で見つめられ、フェンナは動揺する。

 

 吐血した量は尋常ではない。

 気絶してもおかしくないほどだ。

 エリクサーを飲んだところで焼け石に水、根本的な治療が必要なのは明らかである。それこそ、セラフィーヌに診療してもらわねばいけないほど。

 

 血溜まりを見る。

 フィンを見る。

 血溜まりを見る。

 フィンを見る。

 

「……わかり、ました。この事は、私の胸の内に秘めておきましょう」

「……ありがとう。助かります」

 

 フィンが微笑んだ。

 

 緊急性を要すると分かっていながら、フェンナは頷いてしまった。

 

 そして、それと同時に気がつく。

 

(……仲間に知られたら、この先やっていけなくなる……?)

 

『みなさんの体調はいかがですか?』

『健康そのものだ。多分俺が一番弱ってるな』

『んもう……マリアンヌさんに言いますよ?』

『それは困る。出来れば知られたくない』

 

『……に、認知、されてないのですか……?』

『……知られない方がいいこともあるんだ』

 

(…………まさか……)

 

 サァッと血の気が引く。

 

 確証はない。

 だが、そう考えれば辻褄があう。

 フィン・デビュラと聖女セラフィーヌの会話は、もしかして、かなり言葉を圧縮して交わされていたのではないか、と。

 

(私は…………とんでもない勘違いをしていたのでは……?)

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